想像したくないと思えば思うほど、頭に浮かんでしまうのはなぜ?
「いやあああっ‼︎」
ピアノの部屋で私が突然叫び出したので、母が何事かと思ってやってきた。
「どうしたの? 結奈」
「ごめん、何でもない……」
〝何でもない〟なんてことはない。
あれからショパンのスケルツォ二番を弾くたびに、あのオゾマシイ〝歌詞〟が頭に浮かんでくるのだ。
〽︎ボットーン ウンコシッコ
ブリブリ ブリブリ
私はこのオゾマシイモノを払拭するべく、何度もスケルツォ二番の冒頭を弾きなおした。しかし、そんな私をあざ笑うように、頭の中ではあの歌詞が高らかに歌われる。そしてついに、ウ○コやシ○コがボットーンとなる様をビジュアルに想像してしまい、おもわず悲鳴を上げたというわけである。
「何でもないならいいけど……そういえば、あなたのショパン、ちょっと変わったわね。少しパパに似てきたみたい……」
「じょ、冗談じゃないわ! あんなク……」
〝クソオヤジ〟と言いかけて慌てて口をつぐむ私。もうスカトロ系の話はたくさんだわ。
「と、とにかくパパなんかと一緒にしないで!」
私の剣幕にタジタジとなった母は慌てて出て行った。母は大人しい性格で、厚かましい父や気の強い私にいつも尻込みしてしまう。
ちなみに父は一度離婚していて、母とは再婚である。留学先で知り合ったということ以外、詳しい馴れ初めは聞いていない。小耳に挟んだ話では、父の前妻は母とは対照的に短気でヒステリックな性格だったらしい。
母が退出してから、ふとあの曲のことが思い浮かんだ。例のウンコ野郎(あのクソイケメン……私の中の呼び名はこちらに変わった)がポロッポロッと弾いていたメロディー。実を言うと、あの曲は父が作曲したのである。
父は何度か私の前で「これ、パパが作った曲だよ」と弾いたことがあった。私はそもそも父の音楽が好きではなかったので適当に聞き流していた。そのうち父も私の前でその曲を弾くことはなくなった。
†
次の日、学校に行くと留美はちゃんと登校していた。傷心で立ち直れていないんじゃないかと心配したけど、彼女は何事もなかったかのように平然としていた。それどころか、〝裏切り者〟桜庭玲奈に対しても、フレンドリーな笑顔で応対していた。
昼休み、中庭でお弁当を食べながら、留美は私と舞子に心境を語った。
「実はね、桜庭さんにはまだ言ってないの。私がすべて知ってること」
「そうなの? 早く言ってとっちめてやりなさいよ」
と舞子。
「確かに……それが出来ればスッキリするかもしれない。でも、変にもめたりギスギスするのも嫌じゃない? 騒いだところで、入江君が心変わりしてくれるわけじゃないし」
「留美……」
「それに、結奈に散々失礼なことを言っていたあの男……あいつを見てたら、なんだかどうでもよくなっちゃって。あいつに比べたら、入江君も桜庭さんもそんなに悪いやつじゃないって……」
「何言ってるの、充分匹敵してるじゃない!」
「あ、そういえばさ……」
と、私は話に割り込む。「あの男についてちょっと気になることがあるんだよね」
「「何? 気になることって」」
二人は興味深々に聞いた。
「あの男がちょろっと弾いてた曲、実はお父さんが作曲した曲なの」
「「ええっ!?」」
「別に私のお父さん、有名な音楽家でもないし、どうしてあの男があの曲を知ってるのか不思議なの」
二人は私のいう〝不思議〟に共感したみたいで、黙って互いに顔を見合わせていた。やがてその沈黙を破るように舞子が「はいっ」と手を上げた。
「はい、魚崎舞子さんっ!」
と私も冗談めかして彼女を指差した。
「あの人、きっと結奈のお兄さんよ!」
「「お兄さん!?」」
今度は私と留美が声を揃えて驚く番だった。