やばいって10代では死語? 私、現役高校生なんですけど 笑
ピアノ、良くなってる……。
きっと最近調律したんだと思う。いま私が奏でているのは、得意なバラード1番。先生の前では全然動かなかった指も、スラスラと面白いように動く。
到着した電車から降りてきた乗客たちがチラチラと私の方を見ては通りすぎる。
ねえ、みんな、足を止めて。そして私の音楽を聴いて!
両手のオクターブで半音階を下降させ、最後に終止音をキメる。しばらくの静寂の後にパラッパラッと拍手の音。
「結奈のショパン最高!」
「ホント、素敵! プロみたい!」
私の大切な、たった二人のファン。見渡す限り演奏を聴いてくれたのは、この二人のクラスメイトだけだ。
「ありがとう……」
私はピアノレッスンのあった日は彼女たちを川渡中央駅に呼んでミニリサイタルを開いている。それは、鬼のように厳しい先生からこっ酷く叱られてペシャンコになった時、彼女たちの手放しの賞賛を受けて気持ちを回復させるためだ。甘いといわれるかもしれないけど、そうでもしないと身も心もズタボロになってしまいそうなのだ。
でも、今日はまた別の目的があった。いつも聴いてくれている友達の舞子が、「最近、すっごいイケメンが結奈が弾いているのをジッと見つめているよ」と教えてくれた。もうひとりの友達である留美もそのイケメンを目撃したという。それで、私もそのイケメンをこの目でしかと見たい、そう思って気合い入れてピアノの前に座ったのだ。
「ところで例のイケメンさん、来てる?」
私は舞子にきいてみたが、彼女はかぶりを振った。
「ううん、留美は見た?」
「私も見てない。今日は来ないのかな……」
とその時、舞子と留美の目が突然大きく見開かれた。その目線の先に、ひとりの青年が現れたのだ。身長は180センチくらい、グレーのカーディガンにベージュのチノパンという、あまり派手さのないコーディネートだが、その肩の上には整った端麗なお顔が載っていた。
(やばい、好みだわ……)
呆然とする私を舞子と留美が小突いた。
「何してんの、早く弾きなよ!」
私は慌ててピアノの前に座り、スケルツォ2番を弾き始めた。イケメンは券売機の横に立ち尽くしてじっと私の方を見ている。やだ、緊張するじゃん。普段ならしないようなつまらないミスのオンパレード。そうかと思えば指が勝手に滑ってテンポが上がったりする。完全にコントロールを失った。
ぐちゃぐちゃ。
だけど、舞子と留美はいつものように惜しみなく拍手を送る。そして……何をトチ狂ったか、彼女たちはイケメンに近づいて話しかけたのだ!
「あのう、あの子のピアノ、ずっと聴いてましたよね。どうでしたか?」
私はかーっと顔が赤くなった。いったいなんてことしてくれるんだ!
イケメンはしばらくキョトンとしていたが、ふいにフッと鼻息を漏らした。
「それさ……きくの?」
「え……?」
今度は私たち三人がキョトンとする番だった。イケメンは近寄ってきて、まっすぐ私の目を見据えていった。
「君、受験生?」
「は、はい……」
「だったら、今のが全然ダメだって自分でわかってない時点で終わってるんじゃないの?」
私たちは返す言葉がなかった。イケメンは容赦なく辛辣な言葉を浴びせる。「音楽のわからない素人にほめて欲しいなら、自分の家でコンサートでも開けよ。ここは公共の場だ、そんなクソみたいな雑音鳴らされたらみんなに迷惑なんだよ」
すでに赤かった私の顔がますます真っ赤になった。そして舞子と留美のイケメンを見る目の色が急激におどろおどろしくなっていった。その目力に恐れをなしたのか、イケメンは踵を返して立ち去っていった。