ドラマチックというには冴えない展開
「ホームレスとピアノ調律師の出会い。なんだかドラマチックね」
「はあ……」
物書きという人種はものごとをドラマチックにデフォルメしたがる性癖があるようだが、正直リアクションに困る。水森さんはそんな僕の心中を知ってか知らでか、話題を事件に戻した。
「あなたがいうように、11時45分より前に小池支店長が外出していないことが分かれば児玉啓介さんのアリバイは確定ね。でも、銀行での取材は断られてるから……ね、事件現場に行ってみない?」
「例の歩道橋ですか?」
水森さんは頷いた。そして僕は彼女と一緒に、再び歩道橋へと向かった。
†
昨日も来たばかりというのに、歩道橋はまるで違う場所のように思えた。とはいえ、別に何かが変わったというわけではない。足元では色とりどりの自動車がひっきりなしに往来し、人々はそれぞれの思惑を胸に抱きながら歩道を通り過ぎる。そんな金太郎飴のような日常風景を、水森さんと僕は傍観していた。
いや、水森さんはその光景の中に何かヒントを拾いだそうと目を光らせていた。僕もその目ヂカラに吊られるように辺りを探るように見回した。
「ここ、けっこうホームレスの人が通るのね」
そういわれてみると、一人の路上生活者が大きな袋を抱えて歩道を歩いているのが見えた。〝けっこう通る〟という口ぶりから察するに、水森さんはさっきから数名のホームレスを見かけているのかもしれない。
「昨日来た時には気がつきませんでしたが……」
「あの人にちょっとお話きいてみるわね」
と言うが早いか、水森さんは階段を駆け下りて歩行中のホームレスに話しかけていた。
「あの、すみません」
「……あ?」
ホームレスは露骨に嫌な顔を浮かべた。しかし水森はしれっとして質問を続ける。
「この道はよく通られるんですか?」
「ああ、毎日通るよ。この先にアルミ缶の買取所があるからな」
僕と水森さんは顔を見合わせた。路上生活者がここを通るには理由があったのだ。つまり転落事件の目撃者はここを通るその他大勢のホームレスの一人を目撃したという可能性が強まった。
「その買取所までついていってもいいかしら?」
「ふん、好きにしな」
そうして僕たちはホームレスのあとについて、アルミ缶の買取所まで出向いた。そこでは、多くのホームレスが買取を待って列をなしていた。水森さんは彼ら一人一人に小池支店長の写真を見せながら声をかけていった。
「すみません、あそこの歩道橋でこの人が倒れているのを見た人はいませんか?」
彼らは一様に被りを振った。ところが、新たに列に加わった一人が思い起こしていった。
「そういえば、『歩道橋でぶっ倒れてるサラリーマンを見た』って言ってたヤツがいるぜ」
「本当? その人、どこにいるの?」
「酒下橋の下に寝ぐらを構えてるやっつぁんって男だ。本名は知らねえよ」
†
僕たちは早速酒下橋へと向かった。そこにはいくつかの段ボール箱が軒を連ねていた。水森さんはそのうち一番手前の住居に顔を覗かせた。
「すみません、この辺りに住んでる〝やっつぁん〟を探しているんですけど……」
「やっつぁん? そりゃ俺んことや。何か用と?」
「ええ、○月△日、この人が歩道橋で倒れているのを見ませんでしたか?」
水森さんが写真を見せると、〝やっつぁん〟は頷いた。
「ああ、確かに見たばい。こん男が歩道橋から転げ落ちて気ば失うたところばね」
「えっ、そのことを警察には言わなかったの?」
水森さんが問い詰めようとすると、やっつぁんは少しムキになった。
「俺だって警察で証言しようとしたんやぞ! ばってん、受付でばり待たしゃれた上に、係員に追い出しゃれてしもうた。こげん臭うて汚か格好ばしとぉけんね」
すると、水森さんはスマホのビデオカメラを立ち上げていった。
「……それ、もう一度言ってもらえるかしら?」