8両目 地道なレベルアップ発→堕天疑惑の天使行き
昨夜はまともな食事にありつけた。野菜があり、イチゴがあり、ラファマエルが狩ってきた鳥があったのだから。
しかし鳥を仕留めたとことを嬉々として語る天使様には不安が過ぎる。そんな天使で大丈夫か?
「問題ありません。悪戯に命を奪うことは許されませんけど、生きるための糧にするならば神様も認めてくださいますよ」
彼女はニコリと笑みを見せたけど、その笑顔を見ているとなんだかSAN値がガリガリ減っていく気がする。キノコの精にやられてしまったのかもしれない。
「あまり無理はしなくていいからな? いざとなったら食材を買うことも検討するからさ」
「ふふ。心配しなくても大丈夫です。昨日でコツは掴みましたから」
そう言いながら、ラファマエルは今日も出陣していった。手にはお手製の槍が握られている。獲物を求めて山へと向かう姿は狩人のそれだ。もう天使を止めてしまったのかもしれない。
「急がなきゃ危ないな……色々と……」
天使様の羽が黒く染まらないうちに生活状況を改善しなきゃ。そんな決意をして、俺は今日も村へと繰り出すことにしたのだった。
……。
午前中はコマンドのレベルアップに勤しむ。
ラファマエルじゃないが、コツは昨日掴んでいるのだ。とにかく、人に感謝される使い方をすればいいってこと。俺の能力は人々の感謝に直結し辛い力ではあるけど、そこも考えてきた。能力が感謝し辛いものなら、感謝し易い人を選べばいいのだ。
「神様の兄ちゃんスゲェ! ありがとー!!」
地面隆起で砂の山を作ってやると、村の子供は嬉しそうに棒倒しを始めた。俺もコマンドのレベルが上がったのを確認してニコニコである。
そう。俺が考えた作戦とは、子供たちを相手に能力を使いまくるという方法だった。
ククク。感受性豊かで、なおかつ操りやすい子供たち。レベルアップのため、我が手の平で踊るが良い!
「兄ちゃんも手伝ってよー!」
ちょっと魔神ムーブをかましていると、女の子に袖を引かれた。なるほど。隠れんぼの最中のようだが、上手く隠れた子を見つけられないらしい。
「任せるがいい。神の目は欺けぬのだ。周辺地図!」
コマンドを唱えると、脳内にビュンと周辺の地図が展開される。上空から俯瞰で見た景色だ。神様アースとかそんな感じ。異世界でアースってのもどうかと思うけど。
ただし現在はまだレベルが低いため、自分を中心に半径三百メートルくらいまでしか見えない。レベルが上がれば見える範囲が広がると同時に、熱源で人や動物を探知したり出来るようになるはずだ。今後有用なコマンドの一つとなるだろう。
もちろん今の能力でも、隠れている子供くらい簡単に見つけられるがな!
「その家の裏側に一人。それからあっちの丸太の影に一人伏せっているな」
「神様ありがとー!」
良いぞ良いぞ。存分に感謝するが良い。
走り去る子供を見ながら心の中で高笑いしていると、向こうから筋骨隆々のマッチョが現れた。見覚えがある。あれはルクソンだ。
「いよぉ神様。子供の相手をしてくれてるのか?」
「そんなところだ」
俺が頷くとルクソンも嬉しそうに頷き、はしゃぐ子供たちに視線を向ける。
「良い村だろう?」
「何もないけどな」
「ははっ。『何もない』があるだろう?」
そんな言葉に騙されない。結局何もないってことじゃないか。良いこと言った風を装っても俺には効かんぞ?
「確かに小せぇ村だけどよ、だからこそ皆家族みてぇなもんなんだ。何もなくても、俺はそんな村が大好きなのさ。それに、自然も豊富だろ? 神様も、昨夜は山の恵みに感謝したんじゃないか?」
「ラファマエルが仕留めてきた鳥のことか?」
「狩りの仕方を少し教えただけでダダッチョウを仕留めるとはな。さすが天使様だ!」
うちのラファマエルを闇堕ちさせた犯人はコイツかよ。堕天したらどうしてくれんだ。あの鳥の名前がダダッチョウだとか、凄くどうでもいい。
「山で獲物を仕留め、森で木の実や薬草を採り、畑で作物を育てる。俺たち村人は、ずっとそうやって生きてきた。そしてこれからもそうやって生きていく」
「……そうか。それが妹と対立している原因か」
このマッチョさんは亡き村長の息子で、かつパトリエッタの兄という話だった。
村長を継いで村を存続させたい兄と、村の存続を諦めて村人たちを町に移住させたい妹。それが村人たちを巻き込んで派閥を作ってしまっているのだろう。
指摘されたルクソンは拳を握り、睨むように南側に視線を向けた。パトリエッタは実家である村長の家を出て、今は数名のお手伝いさんと一緒に村の南に居を構えている。
「対立なんて大げさなもんじゃない。妹の我侭に村の者たちが振り回されとるだけさ」
「我侭、ね。妹さんは本気みたいだけど」
ギョッとしたルクソンが、そのまま鋭い視線を俺に向けてきた。そんな目で見ても知らんがな。俺は部外者だ。
「神様はパトリエッタに手を貸すつもりか?」
「今のとこその気はないけど、村を捨てるって選択肢はアリだと思ってる」
「村で生まれ育った俺らが村の外で生きていけるもんかよっ! アイツには現実が見えてねぇんだっ!」
吐き捨てるように叫んだルクソンの言葉には、怒りだけじゃなく悲しみが混ぜ込まれている気がした。ひょっとしたらこのマッチョも、このままじゃ村を維持出来ないと考えているのかもしれない。けれど村を捨てる選択をすることが出来ず、意地になっている。そう思うのは考えすぎか?
「とにかくよぉ。アイツに手を貸すのはやめてくれよ?」
「それはいいけど、パトリエッタは俺を頼って何をして欲しいんだ? 彼女にも言ったけど、俺は人間のルール内でしか村の役に立てないぞ」
「……鍵を。鍵を探してくれって言うんじゃねぇかな」
「なんの?」
「親父の金庫を開ける鍵だ」
故村長の部屋には、開かずの金庫があるそうだ。そしてそこにはお宝が入っているらしく、パトリエッタはその鍵を探しているのだとか。かくいうルクソンも開けようと試みたが、力尽くでは無理だったと苦笑していた。
いやいや。無理やり開けようとすんなよ。鍵を隠してるくらいなんだから、見られたくないものが入ってる可能性が高いだろ? エロ本とかだったらどうすんだ。そんなもん子供に見られたら、村長が浮かばれんぞ。
「パトリエッタは金目の物が入ってると思っててな。それを元手に村の奴等を町に移住させたいんだと」
ルクソンは「馬鹿らしい」と斬り捨てていたが、パトリエッタは藁にも縋る想いなのかもしれない。じゃなきゃ、あんな色仕掛け染みたことまでしないと思う。
みんな村をなんとかしようと必死なんだろう。けど足りない。それだけじゃきっと、この村は廃村になってしまう。だからあのチビッ子神様は、わざわざ俺を神様にしてこの村に派遣したんじゃないだろうか? 漠然とだが、そんな気がした。
俺が考え込んでいると、ルクソンが思い付いたようにパッと顔を上げた。
「そういやダズさん家の馬小屋を建て替えてくれたんだってな?」
ダズさんが誰か分からないが、馬小屋を建て替えたってなら心当たりは一つしかない。俺が頷くと、ルクソンは二カッと白い歯を見せた。
「建てられんのは馬小屋だけか? うちの物置もガタがきてるんだが」
そういや馬小屋を建てた後で建造コマンドはまだ見てなかったな。そっと目を閉じて集中してみると、上手い具合に物置小屋を建てられるようになってるのが確認できた。
「出来るぞ。なんなら今から建てに行こうか?」
「そいつぁ助かる! この前の大風でやられちまってよぉ」
俺も助かる。きっとこれで感謝されるから、建造コマンドもレベルアップするはずだ。
よし。今日の午後は建造コマンドを集中的にレベル上げするか。馬小屋売りから物置売りにクラスチェンジだぜ。
……。
「今日はまた……豪快っすね……」
家に帰るとラファマエルが鹿っぽい動物を斧で捌いているところだった。おかげで馬小屋の中が血生臭い。
「おかえりなさいませ鉄太郎さん。今お夕食を準備しますから……ねっ!」
バヅンッと音を立てて鹿の足が切り落とされる。振り返ったラファマエルが額の汗を拭うと、代わりにべったりと血が付着していた。
なにこれホラー。ってか堕天してんじゃねぇのこれ。
「あの……ラファマエルさん……? ほんと無理とかしなくていいからな?」
「無理なんてしてませんよ? ふふふ……。鉄太郎さんは食事の心配などせず、村の繁栄に注力してくださいね?」
「あ、はい」
早く村を繁栄させなきゃ。
何故かかつてないほどの使命感に追われることになる俺なのだった。