7両目 駄天使発→アマゾネス行き
翌朝……というかもう昼過ぎだけど、食材調達に出発したラファマエルの瞳は決意に燃えていた。「必ず食べられる物を持って帰ります!」と、悲壮感すら感じるほどだった。
昨夜は酷い目にあったからな。彼女としても、変なキノコのせいで妖精さんとお話しするのはコリゴリなのだろう。俺もコリゴリだ。幻覚症状マジヤバイ。
そんなこともあり朝が遅くなってしまったわけだが、やるべきことは決まってる。妖精さんと相談しながら、一晩ゆっくり考えた。どうやって村を救うのか。結局その答えは出なかったけど、何をするにもまずお金が必要だっていう結論だ。
じゃあそのお金はどうやって稼ぐのか? いくつか超えなきゃいけないハードルがあるけど、ゲームと同じ方法が一番手っ取り早いだろう。
目的の決まった俺は馬小屋を出ると、手の平を地面に向けながらゆっくり村を練り歩き始めた。もちろん散歩してるわけじゃない。コマンドを使用しながら歩いているのだ。そのコマンドとは――
地形把握!
これは、地形の高低差を確認するためのコマンドだ。線路を敷設する際に地形を調べておかないと、段差があって線路を繋げられなかったりするからな。
けれどこのコマンドには、もう一つ有用な使い道がある。
「……地下五十センチくらいまでしか確認できないか。これもレベル上げが必要だな」
地形把握は地下に埋まっている物が分かるのだ。思わぬ水源だったり、地下空洞だったりを見つけることができる。中でも重要なのが資源の有無なのだけど、大体は地下深くに埋まっているので今のレベルでは確認できなかった。見える物と言ったら埋められた生ゴミや、動物の骨とかばかり。ラファマエルが寝泊りしている馬小屋の地下にも動物の死骸が埋まっているのを見つけてしまったが、これは見なかったことにしよう。
そうして下を向きながら歩いていると、村の女性に呼び止められた。
「おや神様。何をしているんだい?」
顔をあげると、恰幅の良い女性がいた。ビッグマザーって感じ。
「えぇと……大地を調べてるんだ。穢れてたりしないかをね」
「へぇ! 神様はそんなこともするんだねぇ」
感心したように頷いてくれてるから信じてくれたのだろう。俺の神様ムーブも板についてきたらしい。
「ならさ、ついでといっちゃあ何だが、髪飾りが落ちてないか探してくれないかい?」
「落としたのか?」
聞き返すと、女性は自分の頭を寂しそうに撫でつけていた。恐らく髪飾りを着けていた場所なのだろう。今は何の飾り気もなく、短く揃えられている。
「ほら。ちょっと前に酷い暴風雨の日があっただろ? その時に飛んでいっちまってねぇ」
「暴風雨?」
「村長が亡くなった日のことさ……あぁそうか。神様はこちらに来たばかりだから分からないかもしれないねぇ」
詳しく聞いてみると、十日くらい前に凄まじい暴風雨がこの村を襲ったらしい。土地がら、たまにあるのだそうだ。で、村長は畑の様子が気になったのか、暴風雨の中を外出。翌朝、冷たくなって発見されたとのことである。
俺とラファマエルが教会に降り立った時は、ちょうど村長が亡くなって十日目。十段供養の日という儀式の真っ最中だったのだとか。どうりで多くの人があの場にいたわけだ。
「あの日はちょうど蝋燭を切らしちまっててさ。雑貨屋さんまで歩いてすぐだから、暴風雨の中を買い物に行ったんだよ。いやぁ酷い雨風だったねぇ。このあたしが飛んでいっちまうかと思ったくらいだ」
あはは、と豪快に笑うおかみさん。この人が飛んでいくほどの暴風って凄いな。ハリケーンってレベルじゃないぞ。
「風の音がなんだか悲鳴みたいに聞こえるわ、おまけに雨が強すぎて視界が利かないから枯れ木なんかが化物に見えてくるわ……。おっかないから走って行ってきたんだ。それでようやく買い物から帰って来たんだけど、気付いたら髪飾りが見当たらなくなっててねぇ……。頼むよ。旦那から貰った大事なものなんだ」
そう言われたら神様としてお断りできない。約束は出来ないので曖昧に頷きつつ、だいたいどの辺を歩いたのか聞いた俺は、その周囲を探索することにした。
すると女性と別れてから十分くらいだろうか。地面の中に、何か埋まっているのを発見。髪飾りだ。
たぶんだけど、風で飛ばされたあとに木の葉や土で埋もれてしまったのだろう。道理で見つからないはずだ。
手で掘り起こしてもいいが、その前に試したいコマンドがあるのでついでに試してみることにする。
「地面陥没」
地面に手をかざすと、直径十センチ。深さ十センチほどの穴が出来上がった。
これは地面操作のコマンドで、ゲーム内のフリーモードで遊ぶ時に、好みの地形を作るために使用するものだ。ゲームだと巨大な山を作ったり、海や川を作ったりすることも可能だったけど、今出来るのは蟻地獄程度の小さな凹みを作るくらい。レベルが足りなさ過ぎて、何の役にも立たなそう。
まぁ今回は、おかみさんの髪飾りを掘り起こせたので良しとしよう。
すぐに持っていってあげるとおかみさんは大層喜んでくれて、御礼にと野菜をたくさんくれた。
これで今夜はまともな食事にありつけそう。役に立たない能力だなんて言ってすまなかったな。今のところ、建造の次に役立ったぞ。
おばさんと別れた後は、気を取り直して再び地形把握。村の隅々まで調べる所存。
すると、すぐに異変に気付いた。
……お? 見れる範囲が広がってる。レベルアップしたか?
地道な作業が実を結んだな。
そう喜びかけて、俺はフッと違う可能性に気付いた。
だって、タイミングが良すぎる。
今日は起きてからずっと地形把握しながら歩いていた。けれど、レベルが上がる気配はまるでなかったのだ。
なのに髪飾りを探し当てた直後、突然のレベルアップ。これは大きなヒントではないだろうか?
「試してみるか」
だとしたら、どうすればいいだろう。そういえば教会に降臨した時、色々頼みごとをされていたな。
よし。腰の悪い爺さんを探すことにしよう。
……。
爺さんはすぐに見つけることが出来た。名前をベクドットと言うらしい。
暴風雨の日に腰を痛めてしまったため畑仕事が出来ず、自宅で横になっているそうだ。昔は剣士だったという爺さん愛用の木刀も、今は杖代わり。時の流れを感じる。
残念ながら、腰を治療するコマンドは存在しない。そりゃそうだ。鉄道経営シミュレーションに、怪我をする要素なんて皆無だもの。
だから俺も爺さんの腰を治してあげることは出来ないが、代替案を持ってきていた。
「こ、これは…………なんじゃ?」
爺さんの畑の前。完成した物を見て、爺さんは首を傾げていた。
仕方ない。説明して差し上げよう。
「畑の中をグルグル回る列車だよ。これに乗れば座ったまま畑を周回できるから作業も楽だろう? ついでに収穫物を入れる籠車も付けておいた」
教えてあげると、爺さんはさっそくと先頭車両に跨った。
……そう。跨った、だ。
完成した初の列車は、子供用の玩具と変わらない物だったのだ。つまり、デパートのキッズコーナーとかにあるアレである。蒸気機関車を模した青い車体の前面には、ちょっと小憎らしい顔がプリントされていた。それに跨る爺さん。とてもシュール。
しかし本人は、どこからか流れる軽快なBGMにノリノリ。「うぇ~い」と楽しそうに出発進行していた。腰痛のクセに陽キャとは恐れ入る。
「これなら畑仕事も楽チンじゃ! ありがとうごぜぇます神様!」
畑道を縫うようにジグザグと敷設した線路。先頭車両に跨った爺さんはぐるりと畑を一周し、満足気な顔で帰って来た。
スタート地点に駅を設置しておいたので、玩具の蒸気機関車は自動で停車する。自由に止められないのはネックだが、爺さんに説明したところ問題ないそうだ。
「それよりも見てくだせぇ! この美味しそうなイチゴ! 腰の治りを待ってたら、収穫が遅れるところでごぜぇましただ!」
爺さんは車両に跨ったまま、後続の籠車に収穫したイチゴを大量に積んで帰ってきたらしい。是非にと差し出されたイチゴをさっそく口に入れてみる。
「ん。美味い」
「そりゃ良かった! けんど、なんでこんなに良くしてくださるんで?」
「これでも一応神様だからな。初めてこの村に降り立った時言ってただろ? 腰を治してくれって。まぁ、それは出来ないから代替案なんだけどさ」
すると爺さんは何やら考え込み始めてしまった。心なしか顔が青い。なんだろう?
「し、したら……ハナコも見つけるつもりで?」
ハナコ? そういえば、逃げ出した豚を探してくれって頼みもあったな。豚の名前がハナコだったか。
周辺地図が順調にレベルアップすれば動物の探知機能が付与される可能性はあるけど、今のとこそんな機能はない。出来るようになるとしても後回しだな。
「できれば探してやりたいとは思ってる」
もちろん神様的には、無理ですなんて言えない。最上のゴッドスマイルで言っておく。
「そ、そうでございますか……。あ、そうだ! お礼にイチゴをお持ち帰りくだせぇ!」
爺さんはそう言って歯を見せると、籠車からイチゴを選び始めた。
今食べたイチゴは本当に美味しかったからな。取れたてだからだろうか? 葉っぱの青々とした香りとイチゴの甘い香りが混ざり、自然を頂いていると感じられたのだ。たくさん貰えるなら、ラファマエルにも食わせてやろう。
なんて思っていたら、何故か爺さんが遠ざかって行く。
「お、おいっ! 動いてるぞっ!」
列車が発車してしまったのだ。
「ふぁっ!?」
そうだった! 駅には停車時間が設定されているんだった!
デフォルトだと三分くらい? その仕様を忘れてるなんて!
「か、神様っ!? なんでじゃ!? なんで遠くに行ってしまうんじゃっ!?」
「落ち着け! 遠ざかってるのは爺さんだ! ってか危ないから動くな!」
予期せぬ発車にパニックになりながら遠ざかる爺さん。乱れ飛ぶイチゴ。流れる軽快なBGM。
なんだこの地獄絵図。ニヤリと笑う蒸気機関車の顔が憎たらしい。やっぱり鉄道は敵だな。うん。
……。
結局爺さんは落車せず戻って来たものの、変な体勢で暴れたために腰痛を悪化させてしまったらしい。
それでも爺さんは俺にイチゴを手渡しながら笑っていたが、申し訳ないことをした。今度お詫びに馬小屋でもプレゼントしようと思う。
それに一番の収穫はイチゴではなかった。いやイチゴもめっちゃ嬉しいんだけど、俺の仮説が証明されたのだ。
「能力がレベルアップする法則。これで間違いないだろ」
爺さんを家まで送った後でこっそり試したところ、線路敷設、配置できる列車、そして駅。全てがレベルアップしていた。
列車と駅については初めて使ったコマンドだから簡単にレベルが上がったと考えることも出来るが、線路敷設については違う。色々実験するために、このコマンドは昨日使いまくったのだ。にも関わらず昨日はレベルアップせず、今日になって突然上がった。地形把握と同じ状況だ。
二つの能力が突然レベルアップした時の共通点。
それは『能力を使って感謝された』ということである。
それを実証するために困っていた爺さんを探したわけだけど、見事に実証されたと言えるだろう。
解った後で考えれば、なるほど。神様の力なんだから、人々の感謝で強化されるというのはありそうな話だ。明日からはこの方針でレベルアップに励もう。
「ただいま帰りましたー!」
一足先に馬小屋の中でくつろいでいると、やたら元気な声で食料調達班が帰還した。朝出陣する時は悲壮感が漂っていただけに、これは期待できるのかもしれない。
しかし持ち帰ったのがキノコばかりだったら投げ捨てよう。妖精さんはノーサンキューだ。
「見てください鉄太郎さん! こんなに立派な鳥を仕留めましたよ!」
……仕留め?
不穏な言葉に振り返ると、ダチョウくらいの鳥を肩に担いだラファマエルさんが、勇ましく仁王立ちしていらっしゃった。
純白だったキトーンは土で茶色に染まっており、ビリビリに破れまくっている。というか、自分で汚したのかもしれない。顔にも泥が塗りたくられていて、全体的にコマンドー。うちの天使様は、いつの間にかアマゾネスにジョブチェンジしたらしい。