6両目 誘惑発→空腹行き
なんだか良く分からなかった……みたいな顔で去って行く村人たちの背中を見ながら、俺はもう一度盛大な溜息を吐き出した。
足元には、線路を分解して取り外したレール。つまり鉄の棒が転がっている。
「楽して儲ける大作戦が……」
神の能力で線路を量産。片っ端から分解して、鉄の棒を売り捌く。これが俺の作戦だった。
農作業する男たちが手にしていた農具を見る限り、この世界の製鉄技術はまだ低い。ここに転がってるレールの方が、遥かに優れた鉄なのだ。だから上手くいくはず。鉄道事業なんてやりたくもない俺としては、これが最適解だったんだよ。
そしてそれは、途中まで上手くいっていた。
線路を分解することは可能だったし、取り出した鉄も高評価。さすがは神様の造りたもうた物だと大絶賛だった。
けれどそれは、突然消え去った。分解してから三十分後くらいだろうか? 馬小屋を撤去した時と同じように、取り出した鉄の棒はさらさらと崩れ去ってしまったのだ。
どういう理屈かさっぱり分からない。嫌がらせの類としか思えない。
なんとかしようと実験を繰り返した結果、分かったのは以下のことだ。
・神の能力で造り出した物は、分解すると三十分~一時間で消え去ってしまう。
・分解せず、設置した場所から移動させただけでも同様。
・自然に破損した場合は自然に修復されるらしい
保線や修繕が不要というのは大きな利点だが、それ以上のデメリットがひしめいている。この条件を見る限り、本来の使い方以外出来ないということだ。
つまり俺の能力を十全に引き出すには、鉄道事業を営む以外にないということで……。
「オーマイガー……」
あ、俺が神様だからオーアイムガーだろうか? どっちでもいいや……。
そんな風に黄昏ていると、女が近付いて来るのが見えた。パトリエッタだ。
彼女はカールした赤毛を右手で振り払い、俺と目が合うと自信満々な釣り目を細めた。
「こんなところにいらしたんですね、神様」
甘く媚びるような声音だけど、なんとなく鋭さも感じる。俺の警戒心が少し上昇だ。
「何か用か?」
「用がなければ来てはいけませんか?」
体温を感じるほどに近付いた彼女は上目使いでそう言いながら、悪戯な笑みを見せる。着ているのは酒場の看板娘を思わせる服装だ。ディアンドルって言うんだっけ? 大胆に胸元を露出していて色気が濃ゆい。上昇していた警戒心が、あっさりと煩悩に塗りつぶされてしまった。ぐぬぬ。やりおる。
「そういう意味じゃないけど……」
「なら良いのですね?」
ニコリと微笑んだパトリエッタはすかさず腕を絡ませ、そのまま俺を強引に座らせてしまった。畑を一望出来る位置。転がっていた丸太の上に俺が座ると、パトリエッタも隣に座ってくる。いったい何がしたいのか。
怪訝な目を向けると、彼女は畑に視線を向けたまま口を開いた。
「なんだか面白そうなことをしていると伺ったものですから。ひょっとして草むしりでしょうか?」
荒れ放題に草が多い茂っていた放置畑は、俺の実験のせいで更地になってしまっている。レールを敷設した後でレールを撤去したら、元々あった草や凹凸が無くなり、平らな更地になっていたのだ。ゲームと同じ現象である。だから彼女がそう思うのも無理はないが、こちとら除草業者になった覚えはない。
「別に面白くはなかったな。むしろつまらない結果だった」
答えた俺の態度が若干ぶっきらぼうに見えたのだろう。パトリエッタは小さく肩を竦めていた。
「神様も万能ではないのですね」
「……人間のルールに合わせているんだよ」
「そうなのですか?」
そうなのです。そういうことにしておいて欲しいのです。だから決して「神なのに無能」というわけじゃないぞ?
俺の言葉を聞いたパトリエッタは畑を見やり、思案げに視線を落としていた。
「ではお聞きしますけど、神様は人間のルールの中で、どのようにこの村をお救いになろうと?」
どのように。
さっきまでなら、鉄を量産して売り払い、村人たちに金をばら撒くというシンプルな解答が出来た。けどその方法が潰えた今、将来設計は白紙に戻ってしまっているのだ。
ただそれでも、金が必要だってのは間違いないだろう。
「金を稼ぐ。稼がせる方法を探す」
「お金ですか。なるほど。確かに人間のルール内ですね」
畑から視線を外し、こちらに向き直ったパトリエッタ。その瞳には、なんだか決意のようなものが見て取れた。
「ですが、私はこう思うんです。この村はもうダメだろう、と」
「駄目?」
「見て下さいこの畑を。管理するものがいなくなり、荒れ放題になっているものばかりではないですか」
「何が言いたい?」
「確かにお金があれば生きていくことも出来ましょう。でもこんな田舎に新しく住もうという物好きはいません。わたくしたちの代、その次の代までは大丈夫でも、いずれ村人がいなくなると思うのです」
言われてみればそうかもしれない。例え予定通り大金が稼げたとして、それを村人たちにばら撒いていたらどうなっていたか?
俺が村人だったら、その金を持って村を出る。大きな町にでも行って、貰った金を元手に商売でも始めた方が遥かにマシな選択だからだ。
「じゃあ、パトリエッタはどうするのが良いと思うんだ?」
「……村を捨てます。皆で村を出て、町に移住するのです。村の人たちのことを考えれば、それが最善だとわたくしは思っています。けれど、それにもお金が掛かりますから……」
うん。個人的には悪くない方針だと思う。最初にこの村を見た時、俺もその方がずっと簡単だと考えたのだから。
俺が彼女の意見に一定の理解を示したことに気付いたのだろう。パトリエッタは身体が重なるほどグイッと身を寄せ、耳元で囁いてきた。
「村を救ってくださると仰るのでしたら、是非わたくしに力をお貸しくださいませ。出来る限りのお礼は致しますので……」
耳に掛かる吐息がすげぇくすぐったい。背中がぞわぞわする。これが噂のハニートラップというやつだろうか? 破壊力抜群だ。
村の復興、諦めちゃってもいいかなぁ? 駄目だよなぁ……。
「ま、待ってくれパトリエッタ。すぐには決められない」
「では、我が家でゆっくりお話を致しますか? 歓迎のお食事も用意しておりますよ?」
次から次へと魅力的な提案でラッシュをかけるのは止めてくれ。理性が折れそうになってしまうじゃないか。
頷きそうになる気持ちをグッと抑え、俺は静かに首を振った。
「ラファマエルが食事を用意してくれているからそれには及ばない。この村をどうするのかも一朝一夕で決めて良いことではないだろ? 少し時間をくれないか?」
そう伝えると、パトリエッタは少しだけ睫毛を伏せてから、スッと俺の隣を離れた。
「畏まりました。色良い返事をお待ちしております」
「あぁ。ごめんな」
立ち去ろうとする彼女の後ろ姿を見ていると、なんだかとても惜しいことをした気がしてくる。
村を繁栄させろというチビッ子神様と、一緒に村を捨てましょうという美人のお姉さん。どちらに着いて行きたいかと聞かれたら、0:10でお姉さんに軍配だ。
けれどなぁ……。
たぶんラファマエルは、めっちゃ落ち込むんだよなぁ……。
今のところ何の役にも立っていない天使様だけど、彼女に悲しい顔はして欲しくない。そう思うのは、きっと彼女が純粋だからだ。
あの天使様は、本気で、真っ直ぐに、一切の疑念なく、神は人々を幸せに導く存在だと思ってる。そして神様を信じていれば、幸せになれるのだ、とも。
はっきり言って馬鹿だ。頭の中が春満開だ。一人フラワーフェスティバルだ。
本当に神様が万能で人々を幸せにすることが出来るってんなら、鉄道なんてオーバーテクノロジーをぶっこんだりせず、戦争を無くすとか貧困を無くすとかすればいい。色々やれるはずなんだ。だって俺なんかと違い、あのチビッ子は本物の神様なんだから。
にも関わらず鉄道を使って村を繁栄させろだなんて、明らかに他の狙いがあるに決まってる。胡散臭いチビッ子の格好を思い出すまでもなく、そうだと言い切れる。そんな神をどうして信じられようか。
でも、それは置いておこう。
どんな狙いがあるにせよ、村を繁栄させるのは悪いことじゃない。
そして、それが人々を救うことだとラファマエルが心底信じているのなら、なんとか叶えてやろうじゃないか。新米とはいえ、俺も神様なんだから。
顔を上げると、遠く沈みかけた太陽が世界を茜色に染めていた。
そろそろ我が家という名の馬小屋に帰ろう。考えなきゃいけないことが山積みだ。
……。
「これだけ……?」
「はい……」
狭い馬小屋の中。テーブル代わりにしている板切れの向こうには、しょんぼり顔の天使様だ。
しかし落ち込みたいのはこちらの方。食卓に並んだ今夜のご飯は、お椀の半分も満たせていない僅かなスープだけなのだから。しかも具はほとんど入っていない。これでどう腹を満たせと?
「もう少し山の奥に入れば山菜が生えているそうなのですけど、熊がいるらしくて……」
「そっか……」
箸でスープの中を探ってみる。茸と思しき欠片が見つかった。やったぜ。お宝だ。
「あ、明日こそ食材調達班の名にかけて頑張りますから!」
「うん。頑張って。じゃないと神様死んじゃう」
パトリエッタに付いて行くべきだった……。少なくともまともな夕食にはありつけたはずだ。なんというミスチョイス……。
純粋で腹は膨れない。
そんなことを学んだ、異世界二日目の夜だった。