5両目 鉄道事業発→んなもん知るか行き
「神様! 是非お願いしますだ!」
ラファマエルを見送った俺は、さっそく村を歩き回りながら「馬小屋いらんかね~」と訪問販売を始めていた。
すると七件目のお宅で声が掛かる。ちょうど使っていた馬小屋が老朽化していて、建替えを検討していたそうだ。
男に案内されて見に行けば、なるほど。今にも朽ち果てそうな馬小屋がそこにあった。恐らく雨漏りもするのだろう。中に押し込められている二頭の馬が、不機嫌そうにヒヒーンとこちらを睨んでいる。
「馬は一旦外に出してくれ」
「へい!」
俺の指示に従い、馬たちが外に連れ出された。空になった馬小屋の前。俺はゆっくりと手をかざす。
「撤去」
……。
…………。
「か、神様? 何をしてるんで?」
「こ、これから建てる馬小屋が長持ちするように! なんかその、アレだ! 祝福だ! 建てる前に祝福掛けちゃう! そう! 神様ならね!」
「そうでございましたか! ありがとうございます!」
ごめん。嘘です。使えると思ってたコマンドが使えなかったなんて、恥ずかしくて言えないじゃん。神様的に考えて。
それにしても、建造物の撤去が出来ないのは予想外だった。これもゲーム内にあるコマンドだから可能だと思ったんだけどな。それとも何か足りなかったのか? MPとかガッツとか。
……いや、待てよ? もしかしたら、自分の所有物じゃないから撤去出来ないのかも? その可能性はありそうだ。これは後でもう一度試してみなければ。
「ふむ。ここは少し馬小屋を建てるのに向いていないな。広い場所が良いんだけど、どこかない?」
「あ、でしたらこちらの空き地を使ってくだせぇ」
気を取り直し、男が指し示した空き地の前で再び俺は手をかざした。そうして集中するフリをしながら、これからやるべきことを考える。
調べたいことは二つだ。
まず、昨夜作った二つ目の馬小屋は、どうしてグレードアップしていたのかということ。これに対する仮説として、俺は「作れば作るだけレベルアップしていく」と考えている。
となると、今から建造する馬小屋はさらにグレードアップしているかもしれない。楽しみだ。
そしてもうひとつ。こちらの方が大事かもしれない。
それは、建造するものを自由に選べるのか、ということだ。
昨日は単純に「建造」と言ってしまったために馬小屋なんぞが出来てしまったが、建造するものは選べて当然だろう? というか、それができないと非常に困る。むしろ詰んでる。馬小屋一つ考えてみても、二頭用ではなく一頭用の馬小屋を作りたい場面だってあるんだから。
ゲームでは建造コマンドを選択する時、建造可能な建物のアイコンがズラッと出てきていた。しかし目の前にモニターはない。どうしたらいいのだろうか?
考えた結果、地面に手をかざしたまま俺は目を瞑った。そして頭の中に集中してみる。
するとどうだろう? 脳内に、つらつらと文字列が浮かび上がったではないか。
【馬小屋Lv1】【馬小屋Lv2】
現在のところ、それしか見えていない。けれど間違いなく、これは建造するものを選択できるということだ。
試しに『馬小屋Lv1』に意識を集中してから「建造」を唱えてみる。
「おぉ……っ! 神様の奇跡じゃ……っ」
男の声に釣られて目を開くと、思惑通り一頭用の馬小屋がそこに生えていた。
「おっとすまない。馬は二頭だったな。撤去」
ついでにもう一度撤去コマンドも試してみると、今度は上手くいったようだ。完成したばかりの新築馬小屋が、砂になるようにサラサラと崩れて消えた。
その後で再び建造コマンドを使うために意識を集中する。けれどこっちは期待外れ。新たに建造できるようになった物があると思っていたんだけれど、建造リストは増えていなかった。
仕方ないので二頭用の馬小屋を新築してやり、感謝する男に背を向けた俺はその場を後にする。他にも試しておかなきゃいけないコマンドがあるのだ。
今度は村の西側へやって来た。
こっちは畑が広がっていて、比較的平らな場所が多い地区だ。色々試すのに適している。
とはいえ、畑に被害を与えるわけにはいかない。手入れされていないのか、雑草が多い茂った畑を見つけた俺は、その近くに陣取ることにした。農作業をしていた村人たちがこちらを伺っているが、片手を振って挨拶するに留め、さっそく試すべきコマンドについて考えてみる。
それは、線路敷設だ。
先に建造を試してしまったが、元になっているのは鉄道シミュレーションゲーム。となれば、こちらが本命と言えるだろう。
ゲーム内では敷設したい場所の始点と終点を決めることで、ビッと線路を敷設することが出来ていた。
だがしかし、それはマップを上から見下ろす神視点だからこそ出来る方法。現実的ではない。神様になったら神視点を使えないとか、なんだか酷い矛盾を感じるけど。
そこでまず試すのは、先ほどと同じく脳内イメージだ。
建設の時は建造可能リストが一覧表示されたけど、今回はマップが表示されて欲しい。
ということで、いざ実践。
…………ダメだ。
真っ黒だ。何も見えない。
この方法ではないらしい。
となるとどうすればいいのだろう? 視界の中で始点と終点を意識してみるか?
それだと見えている範囲内にしか線路を敷設できないから、ちょっと不便なんだけど。
まぁものは試しだ。やってみるか。
「線路敷設」
自分の足元を始点。畑の反対側を終点と定め、コマンドを実行してみる。
すると足元から終点に向け、ビッと線路が伸びた。どうやら当たりらしい。
なのだけど……。
「色々おかしくね?」
まず軌間が狭い。軌間というのは左右のレール間の幅のことで、日本の在来線は大体一メートルくらいだったはずだ。ちなみに新幹線になると一メートル四十センチくらい。
しかし目の前に出現した線路の軌間は、ざっと見て四十センチくらいか? 軌間は鉄道の能力に関わるので、これでは大分性能が落ちた列車しか走らせられないことになる。
一応造りとしてはバラストが敷いてあるし枕木も並んでいる立派なものだ。神様の能力で造り出した物なので保線が必要なのかどうか分からないが、そこは要検証だろう。
そんなことより、まずはこの軌間について考えなければならない。
『い~列車でやろう』では、特に軌間を考える必要はなかった。新幹線だけは別だったが、それ以外で煩わされた覚えは無い。
ということは、これも建造と同じく仕様が変わっているのだろう。ひょっとしたらまだ線路敷設のレベルが低いだけで、レベルが上がれば軌間を変えられるようになるのかもしれない。
そう思う根拠は、今回敷設出来た線路の短さだ。俺は始点を足元、終点を畑の反対側と定めたつもりなんだけど、足元から伸びた線路は畑の真ん中あたりで止まってしまっている。これはレベルが足りなくて、一度に敷設できなかったと考えるのが自然じゃないかな?
つまり結論から言うと、線路の敷設にもレベルが設定されていて、これを上げないとまともな列車を走らせることも出来ないし、思い通りに線路を敷設することも出来ないということだ。
となれば、線路敷設レベルを地道に上げようと考えるのが人情。本格的な鉄道事業を行うなら、それが絶対に必要なこと。
……と、普通なら考える。
けれど俺は、鉄道が嫌いだ。大嫌いなのだ。
チビッ子神様が言った通り、鉄道経営シュミレーションゲームはBGMが頭でリピートしてうなされるほどやったし、鉄道に関する知識もある程度詳しい。
いや、正確には『ゲームをやらされたし、知識も詳しくさせられた』だ。
そこに、俺の自由意志は存在しない。
全ては父親の……あの男の歪な教育の賜物なのだから……。
「くそ……っ。嫌なこと思い出しちまった……」
頭を振って前世を振り払う。
九九より先に『キハ』とか『モハ』とか覚えさせられた悪夢など、神となった今の俺には不要な記憶だ。
「か、神様? どうかなさったんで? それに、コレは一体……」
俺の様子がおかしいことに気付いたのだろう。畑仕事をしていた村人が、いつの間にか近くまで寄って来ていた。
丁度良い。一番試したかったことを試してみよう。
「大丈夫だ。それよりも、手伝って欲しいことがある」
そう言うと村人は背筋を伸ばし、やや緊張した面持ちで「へいっ!」と威勢良く答えてくれた。力もありそうだし、頼むには良い人材だ。
俺は先ほど出現させた線路を指差し、男に笑いかける。
「これ、みんなにあげるから地面から引っぺがしちゃって」