27両目 線路は続くよどこまでも
人間にとって、残酷な神様事情。隣を見れば、神様信者のラファマエルですら、スカートの裾を握った手をぷるぷると震わせていた。
……仕方ない。
さっきしてもらったことを返してやろう。
「……鉄太郎さん……」
そっと彼女の手に自分の手を重ねる。
「心配すんな。このチビッ子も、あの世界の人たちを助けようとは思ってくれてる。……だろ?」
じゃなければ、俺を神様にして派遣した理由が分からない。
「一応ね。魔物の王は確かに知能の高い生物だけど、突然変異みたいなものだから。発展性や今後の進化を考えた場合、人間の方が遥かに可能性の高い生物だと僕は判断しているよ」
「非常に気に入らねぇ言い草だが、まぁ信じてやる。で、それとあの村。どういう関係だ?」
「さっきも言った通り、魔物といえど高い知能を有する固体を神様が殺すことは禁じられている。かといって、普通の人間にアレを殺すことはできない。だから神のごとき力を持った人間を、一時的にあの世界に誕生させることにした。言ってみれば、突然変異に突然変異をぶつけて相殺してしまおうってことだね」
なんかとんでも理論が飛び出した。化物には化物をぶつけるんだよ、ってか? それ上手くいかないらしいぞ? 大丈夫か?
「鉄太郎くんにも分かりやすく言うと、魔物の王が魔王。だから人間側に――」
「勇者?」
「そう。そういう感じ」
そう説明されると、納得できなくはない。
なるほど。勇者って突然変異の化物だったのか。憧れるようなもんじゃねぇな。
「けどそういう特殊な力を持った人間を誕生させるってのは、準備やらなにやら大変でね。かなり歪な介入だから、人間時間で百年近く掛かるんだよ」
「別に問題ねぇだろ? 魔王とやらが生まれるのも百年後なんだから」
「百年って時間を舐めてるね? 人間たちにとって百年っていうのは、王朝が終焉を迎えたり、時代が変わったり、色々あるでしょ? それこそ、いくつの村や町が消えてなくなることやら……」
「あっ!?」
まさかそういうことか!?
勇者が誕生する予定地があの村だったのに、放っておいたら村が無くなってしまうから、勇者も誕生しなくなる!?
「ま、待てよ! 別にあの村にこだわる必要はなくないか? その時にある町や村の中から選べば――」
「準備が大変って言ったでしょ? もう座標をセットしちゃってるから動かせないんだよ」
「馬鹿なのか!?」
「だから最初に言ったよね? 悪いのは僕じゃなくて前任の神様だから。僕に言われても困っちゃうよ」
とにかくそういうことらしい。
あの世界を救うには勇者が必要で、勇者が誕生する場所はあの村に決まってしまっている。だからなんとしても村を滅ぼすわけにはいかないと。
「鉄太郎くんはとてもよくやってくれた。本来なら八年後に無くなるはずだった村の運命が、大きく変わったんだから」
「そうか……」
なんにせよ、それは良かった。
アイツ等はこれからも温泉郷を管理し、その収益で平和に暮らしていけるのだろう。
……あれ?
さっきチビッ子神様が言ってなかったか?
まだ仕事が終わってないとかなんとか……。
どういうことだ? と視線を向けると、神様は衝撃の事実を言ってのけた。
「八年後に滅ぶはずだったエアスク村だけど、鉄太郎くんのおかげで発展しました。結果、あの村は来年滅びます」
「なんでだっ!?」
ふざけんな! 寿命早まってんじゃねぇか!
「それがねー、大きくなりすぎたから隣国に目を付けられちゃったみたい。最初は占領して自領に組み込む予定だったらしいけど、当然こっち側の国も黙ってないから戦争になっちゃってね」
oh……。
なにしてくれてんだよ人間……。
全然学習しねぇな……。
ってちょっと待て。
仕事が終わってないってまさか……。
「二人には、その戦争をなんとかしてもらいたい。あ、もちろん人間を殺しちゃダメだからね?」
なんだその無理ゲー。
村を守って戦争に勝利するってだけの方がずっと分かりやすいぞ?
しかし隣の天使様は、なんだかやる気に満ちていた。
「やりましょう鉄太郎さん! 争いは不幸しか生みません! わたしたちにそれを止める力があるなら……一人でも多くの子供たちを救えるなら……っ! それこそが、わたしが天使になった理由なんです!!」
いや力強く良い事言ってる風だが、戦争を止めるどころかお前何の力もねぇからな? 毒キノコじゃ戦争は止まらんぞ?
……けどまぁ。
……そうだな。
「仕方ねぇな」
アイツ等が不幸になるのを黙って見過ごすことはできない。
その程度には、情が移っちまってるって、さっき自覚しちゃったから。
……。
ってことで戻って来た温泉郷。
どうやらあのチビッ子は未来を見るだけじゃなく、一時的に時間を止めることも可能なようで、戻った時に時間は進んでいなかった。
だから誰も、俺とラファマエルが消えていたことにも気付いていない。
「すげぇな神様。だてに三百年生きてねぇわ」
「そんな神様に頼まれてるんですから、鉄太郎さんも十分凄いんです! さぁ! やりましょう! まずは何からしますか?」
もうね。凄いハイテンション。これ絶対空回りするやつ。空回りしたあげく熊に追われて遭難して俺に迷惑かけるタイプのアレだ。
なら今回も、方針変わらずだな。
ラファマエルには蚊帳の外にいてもらおう。
「そうだな。まずはラファマエル。お前は温泉郷の的当て屋で仕事を続けてくれ」
「え? それでいいんですか? 戦争を止めるなら、潜入とか色々あると思うんですけど」
その目立つ身なりで敵国に潜入するつもりだったのかよ……。
油断も隙もねぇな。
「戦争はまだ始まってもいないだろ? 今は温泉郷の噂が広まり始めてる段階だ」
「そ、そうですね」
「つまり隣国とやらも温泉郷に興味を持ち始めてる。となれば、最初に敵国がすることはなんだ?」
「温泉郷の調査……でしょうか?」
「その通り。奴らはバレないように、温泉郷に忍び込んでくるはずだ。的当て屋なんてこの世界じゃ珍しいんだから、必ずお前の働く店にも立ち寄る」
「――はっ!?」
「そう。そこでお前は、逆にソイツ等から情報を収集したり、敵国を混乱させる偽情報を流したりできるってわけ。この村の命運を握る重要な任務だ。できるか?」
「もちろんです! 不肖ラファマエル! 全身全霊を持って任務に当たりたいと思います!」
チョロい。
チョロすぎて、軒を貸す前に母屋を取られてそうなほどだ。
俺が呆れているうちに、ラファマエルは大きな胸をぷるんと揺らして仕事に向かった。
その後姿を……まぁ、なんだ。微笑ましく見送ってやる。
「さて。頑張ってみますかね」
鉄道を作る能力。
そんな訳の分からない力しかないけど、俺に出来ることがあるってんならやってやるさ。
俺の異世界鉄道の旅は、まだまだ始まったばかりみたいだからな。
**** 完 ****