26両目 別れ発→世界の真実行き
気付けばいつぞやの真っ白空間。
どうやら俺はラファマエルと共に、天界へ転移させられたらしい。
そして、それをした張本人。丸眼鏡の男子児童風神様は、悪びれるでもなくキラっと眼鏡を輝かせていた。
「まずはお疲れ様、といったところかな?」
もうね。のっけから不信感しかない。
だって「まずは」だ。普通に考えれば異世界の村を繁栄させるってミッションを達成したことに対しての労いなんだろうけど、「まずは」と始まったら「次は」と続くのが定石。断固拒否の構えである。
もちろん隣の天使様は、些細な言葉尻になど興味をお示しになられていないけど。
「はい! ありがとうございます!」
深々と腰を折ってのご挨拶だ。能天気かと。
「で、ですが神様。一つだけ発言してもよろしいですか?」
お? おぉ!?
まさか天使様。俺と同じ危惧に思い当たってた!?
なんだなんだ。ラファマエルも成長してんじゃないか。
そりゃそうだ。彼女だって、熊に追いかけられたり山で遭難したりと、そこそこ大変な目に合っている。下界の恐ろしさは身に染みただろう。
そしてなんとか危機を脱したかと思えば、すぐ呼び出されて次なるミッション。はっきり言って冗談じゃない。
馬車馬のごとく働かされる労働環境もそうだが、ようやく村を繁栄させて、それなりの報酬も確約された立場になったんだ。せめて数年は楽しく暮らさせてくれたっていいだろ? そのくらいのご褒美はくれよ。有給休暇を切に求む。
「いきなり天界に戻されて不満かい?」
「はい」
意外なほど力強い天使様のお言葉。
ラファマエルも俺と同じ心境だったのだろう。
いいぞ。ガツンと言ってやれ!
「だってお仕事中でしたから。わたしが突然いなくなっては、残された方々が困ってしまいます! せめてお昼休憩の時にして頂きたかったです!」
真面目か。
いやまぁ、平常運転なんだけど……。
「鉄太郎くんも不満?」
俺の溜息を見逃さなかったちびっ子神様が、視線をラファマエルから俺に移していた。
この際だ。はっきり言っておこう。
「不満に決まってんだろ。あの村一つ繁栄させんのに、どれだけ苦労したと思ってんだ」
借金を負わされたり牢屋にぶち込まれたりと散々である。もっと神様らしく、一言二言喋るだけの職場に回して欲しい。
「んでやっとこ繁栄の目処がたったと思ったら、もう次のミッションだぁ? あの村はどうなる? 残された村人たちはどうなる?」
……あれ?
なんか喋ってるうちに、言いたいことがズレてきた気がする。
なのに回りだした口が止まらない。
「管理委員会の代表にパトリエッタを捻じ込んでおいたけど、貴族と豪商がいるんだ。いつ権利を剥奪されるか分かったもんじゃない。今後村人たちが路頭に迷わないと言えるのか? 美味しいとこだけ掻っ攫われて、追い出されないと誰が言える? 誰が彼らを守れる!?」
髭ダンディーは知らんが、シュバルツはそんなことしないと思ってる。
けどそれだって、いつどうなるか分からない。彼は商人だ。赤字転落なんてことになれば、あっさり見限っても不思議じゃないんだから。
そこに俺がいれば…………いや、違うか。
そうなった時…………みんなの側にいられないのが辛いんだ。
「鉄太郎さん……」
不意に手が温もりに包まれた。
ラファマエルの柔らかな手が、俺の手を包み込んでいたのだ。
「寂しいんですよね。せっかくお友達になれた皆さんと会えなくなるのが」
寂しい……?
あぁ、そっか。そうなのか。
天使様の言葉は、なんだかストンと胸に落ちた。
考えてみれば、前世では親父に偏った知識しか与えられなかったため、誰とも会話が合わずまともな友人ができなかった。
こんな風にみんなで何かを作ったり、喜んでもらったり、笑い合ったり。そういう経験がなかったんだ。
いつの間にか、あの世界で体験したこと、出会った人々のことは、俺にとって大切なものになっていたらしい。
「そう……だな……。せめて別れを伝えるくらいの時間は欲しかったかも」
「そうですよね……。神様、なんとかなりませんか?」
俺の手を握ったまま、ラファマエルがチビッ子神様に嘆願してくれた。
少し癪だが、俺も同じく神様に視線を向ける。するとチビッ子は、困った風に首を傾げていた。
「なんだか誤解させてしまってるみたいだけど……君たちの仕事はまだ終ってないよ?」
「……は?」
言われた言葉の意味が分からない。
あの村を繁栄させるってミッションは確実にクリアしたはずだ。だってすでに観光客がひっきりなしに来ているし、これからドンドン噂が広まっていくんだから。
……いや、待てよ?
そういや以前疑問に思ってたっけ。なんで自分でやらず、わざわざ俺なんかを神様にして降臨させたのかって。
村の繁栄は本命じゃなくて、本当の目的は別にあったんじゃないか?
「……そろそろ教えてくれ。俺は何の為にあの世界に行かされたんだ?」
するとチビッ子の頬がピクッと引き攣った。やはり他に何か目的があるらしい。そしてそれは、言い出しづらいことなのだろう。
「村の繁栄だけが目的じゃないんだろ?」
「……どうしてそう思うのさ」
「回りくど過ぎるんだよ。村の奴らを助けたいってだけなら、簡単な方法は他にいくらでもあったはずだ。貨幣価値が落ちるから金をばらまかないとか言ってたが、半金貨一万枚程度なら問題はおきない。それを村人たちにでも渡してしまえば、あとは何とでも……」
言いかけて、俺の頭に電流が走った。
そうだ。あの世界で暮らしてみて、半金貨一万枚程度ならなんの問題も起きないと今なら分かる。俺が思っていたよりも、ずっとちゃんとした文明が築かれていたのだから。
ならなぜ、最初に百枚しかくれなかったのか?
仮に一万枚くれていたら、俺はどうしてた? さっさと村人たちに分配し、町に移住させるなりしていただろう。
しかしそれは神様の本当の目的に合致しない。だから百枚しかくれなかったんじゃないか?
つまり……
「村の繁栄って……村人たちを幸せにすることじゃなく、あそこに大勢の人が住んでいることが重要なのか……?」
「――っ!?」
「え? え? ど、どういうことですか神様!?」
理由はさっぱりだ。けど、俺の推測は的を射ていたらしい。
天使様からも詰め寄られ、チビッ子神様は仕方なさそうに話し始めた。なんていうか、被ってた猫を脱ぎ去った感じ。
「言っておくけど、僕のせいじゃないからね? 前任管理者のバカが間抜けだったせいだから」
「……」
「あの世界にはさ、魔物がいるんだよ。鉄太郎くんも見たでしょ?」
見た。ってか襲われたし、なんなら串刺しにした。
「普通の魔物なら問題はないんだけど、その中から特異な固体が生まれる。他と比べ物にならない力と知能を兼ね備えた魔物の王がね」
それって魔王的なやつか?
いや、待て。生まれたでも、生まれることがあるでもなく、今コイツは『生まれる』って言ったぞ?
「……いつだ? 何故知ってる?」
「百年後。僕はこれでも時間を司る神だからね。未来を知ることくらい造作もないよ。あ、ちなみにこの姿も、自分の時間を操ってるだけだから。本当の姿は三百歳くらいだよ?」
お前がどれだけ鯖を読んでようが、どうでもいい。
それより重要なのは、コイツが未来を知ることが出来るってことと、百年後にとんでもない魔物が生まれてしまうってこと。
恐らく村の繁栄はそれに対抗する方策だったんだろうけれど、いまいち繋がらない。
「その魔物が生まれるとどうなる?」
「滅ぶだろうね。普通の人間にアレを倒す術はない」
「ならお前が倒せばいいんじゃないか? なんのための神様だよ」
これは以前からの疑問だ。
神って存在が空想や願望ではなく目の前の現実として存在してるって分かった時から、俺にはひとつの疑問があった。
戦争やらなんやら、神様がいれば簡単に止められるんじゃないか? 人の世で起こる大体の不幸な出来事は、神様になら防げるんじゃないかってことだ。
「鉄太郎くんは……いや、君たちは何か勘違いしているね。神様ってのは、別に人間の味方ってわけじゃない。知ある者を育て、神の位に届かせることこそが、僕たち神様の本懐なんだよ」
「それは……人間じゃなくても構わないってことか?」
「そういうこと。だから神様は、知ある者を殺めてはいけない。それは可能性を摘むことにあたり、僕たちの存在意義を否定することになるから」
魔物といえど、知能が高ければ殺せないってことか?
「その結果人間が滅んでも?」
「それは人間が神の位に達する資格がなかったってことさ。君たちは辛いことがあるとすぐに「神の試練」とか言うけれど、あながち間違いじゃないってことだね」
なんだかコイツ、ぶっ飛ばしたくなってきたぞ。