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25両目 ミッションクリア発→フラグ建築士行き

 エアスク温泉郷の管理、運営をする団体『エアスク温泉郷管理委員会』の議長席に座るパトリエッタは、なんだか座り心地が悪そうにお尻をもぞもぞさせながら、集まった委員会のメンバーに視線を泳がせていた。


「あ、あの……えぇと……そ、それでは会議を……始めてもいいのでしょうか?」


「緊張しなくていいぞパトリエッタ。このダンディーもここにいる間は貴族じゃなくてただの出資者だ」


 俺に莫大な借金を負わせてくれた髭ダンディーはこめかみをピクピクとさせながらも、平静を装って頷いていた。というのも子爵が「俺も一枚噛ませろ!」と言ってきた時に条件を付けたのだ。


 それは、対等であること。

 当然だ。大した金も出さず大した労力も使ってないのに、貴族ってだけで口を挟まれたらたまらない。身分の違いで忖度してやるつもりはないのだ。


 まぁ血縁関係にあるシュバルツはともかく、普通の平民は貴族に対して平身低頭が当然らしいこの世界。いきなり「タメ口でOK」と言われても、納得しづらいものがあるのだろう。後で温泉裏に連れて行かれ「調子乗ってんじゃねぇぞ」みたいな展開を恐れているのかもしれない。……本が薄くなるな。


「ほら。まずは収支報告でしょ? 頑張って」


「え、えぇ、そうね」


 シュバルツの言葉で幾分冷静さを取り戻したパトリエッタが、手元の資料に目を走らせた。


「正式なオープンから二週間でエアスク温泉郷に足を運んでくれたお客様の人数は、述べ千六百人。売上は半金貨四千六百枚です」


「思ったより少なくはないか?」


「いえ、こんなものでしょう。宣伝効果があるのはこれから。というより、口伝で噂が広まっていくはずですよ」


 ダンディーは売上の少なさに懸念を覚えたようだが、シュバルツは逆に確かな手応えを感じているらしい。


「それに現在の売上の内訳は、ほぼ宿泊料だけです。温泉郷の特産品やお土産を充実させるためゴーギオ商会で商品開発を進めていますから、これが完成すれば加速度的に売上も伸びるでしょうね」


 正式オープンしたといっても、温泉郷にある店舗は半分くらいがまだ休業中。売る物がないからだ。

 それらが充実すれば温泉以外を目的とした客も来るだろうし、どんどん活性化されていくという彼の目論見は間違いじゃないだろう。


 ってか特産品か。

 ふむ。ここはアレじゃないだろうか? 現代日本の料理知識で俺UMeeee。一人暮らしをしていた俺の腕の見せ所だ!


 ……よく考えたら、カップ麺と半額惣菜がメインだった俺にそんなスキルねぇわ……。


「進めてよろしいでしょうか? 次に支出に関してですが、ほとんどが宣伝広告費用ですね。合計で半金貨三百枚ほどが計上されています」


 担当はゴーギオ商会だ。シュバルツからは、その内訳も細かく報告されている。

 どうやらビラを配るだけでなく、馬車に広告を掲載したりしているらしい。遠方にも手を伸ばしているようなので、かなり精力的に宣伝活動をしてるみたいだ。


 それから支出といえば人件費なのだが、今は村人たちが総出で手伝ってくれている。彼らは土地の出資者なのだから、働かなくても分配金が入ってくるんだぞ? と伝えたのだが納得してくれなかった。馴染みのないシステムだから理解が及んでないのかもしれない。

 まぁ働いた分は当然給料が上乗せされるので、タダ働きってわけじゃない。好きにさせておこうと思う。


「意見をいいか?」


 俺が支出について思いを巡らせていると、ストラトス子爵が手を挙げていた。

 ちなみに領主である彼の担当は、貴族に対する宣伝と税務に関することだ。ルドアートの町に住んでいなくても、領内で商売をすれば所得税が徴収される。ダンディーには、その計算をしてもらうわけである。


 本人は『何故俺に収める税を俺が計算するのだっ!?』と混乱していたが、こちらの神様に確定申告のようなことが出来るはずもない。またゴーギオ商会は自分のところの経理で手一杯なので、必然的に彼にお鉢が回ったという建前だ。

 本音としては「領主自ら計算してんだから、間違いがあってもお咎めなしだよね」っていう合理的な打算があるんだけどな。これで脱税も粉飾決算もやりたい放題だぜ。


 と、それは置いておいて、挙手したダンディー子爵の意見に耳を傾ける。


「温泉郷に貴族用の施設は準備しているのか?」


「えぇと……」


 問われたパトリエッタ議長は、視線で俺にヘルプ申請。彼女も努力をしているようだけど、見慣れない建物も多いため、全てを把握出来ていないのだろう。ならここは、建設担当大臣として俺がお答えするべきだ。


「貴族用というわけじゃないが、奥まったところに高級宿を建設しておいた。大浴場も付いているが、他の宿との一番の違いは各部屋に露天風呂が付いていることだ。必要であればルドアートからその宿まで直通列車を開通させることも検討しているが?」


「ほぅ? 貴族に対して使う気の回し方を多少は心得ていたのか。俺はそこに驚きだ」


 いきなり土地代をボッタくる貴族以外にはな。

 てかそもそもこの案は、貴族に対する気遣いというよりも貴族に会いたくない平民に対する気遣いだ。リラックスするため温泉を訪れたのに、そこで貴族とこんにちわなんて嫌だろ普通。もちろんそんなこと言わないけど。


「まぁな。で、必要か?」


「あった方が良いな。次回からは俺もその列車を利用するので早めに着工するように」


「あいよ。あ、もちろん線路の土地代はそっち持ちな?」


「ぐ……っ。抜け目ない奴め…………が、仕方あるまい」


 当然だ。そんなところで借金倍々チャンスなんてやってられんよ。


 それにしても、ストラトス子爵が貴族用の施設を気にしたのは、すでに温泉郷に興味を持った貴族がいるからなんじゃないだろうか? となると、早ければ貴族線の開通と同時くらいにやって来るのか……。


「高級宿の接客担当に関しては、ゴーギオ商会に一任してもいいか? エアスク村の住人だと、十中八九粗相があるぞ」


「あー、そうですね。今から勉強してもらっても間に合いませんもんね。分かりました。心得ている者を見繕っておきます」


 そんな感じで会議は進んで行く。

 とりあえずの目標は、一ヶ月の来客数が五千人。純利で半金貨一万五千枚を目指すということになった。たぶんだけど、この目標はかなり早い段階で達成されるんじゃないかな? なんというか、今の温泉郷には上昇気流のような流れを感じる。


 そして肝心の分配率だが、分かりやすくパーセンテージで表すと


 俺:純利の20%

 ゴーギオ商会:純利の20%

 ストラトス子爵:純利の3%

 土地出資者(旧エアスク村住人):純利の40%


 という振り分けに決まった。

 残りの17%は温泉郷の発展に使ったり、いざという時のために溜めておくプール金だ。


 つまり目標を達成した場合、俺は何もしなくても毎月三千枚の半金貨を手に入れられることになる。当面は全て借金の返済に充てられるが、いきなり温泉郷が爆発でもしない限り完済は確実だろう。


 ダンディーの取り分が少ない件に関しては仕方ない。まぁ後乗りだしな。濡れ手に粟で毎月四百五十枚の半金貨が手に入るのだから十分だろ?

 その代わりと言ってはなんだが、領主軍には毎月一枚ずつ温泉無料券が配られることになった。株主優待券みたいなものかな? ティアモーテが月一くらいで足を運びたいと言ってたから、その意見を参考にしたのだ。子爵からも「それは良いな!」と好感触だったので、分配金の少なさにも納得していただけただろう。


 かくして、第一回のエアスク温泉郷会議は閉幕した。

 次回のお題は「対貴族用施設について」だそうだ。それまでに建造コマンドをレベルアップさせるか、最悪小さいお城をぶっ建ててしまおうかと思ってる。


 精神的疲労からか机に突っ伏してしまったパトリエッタを「お疲れ」と労った俺は、会議に使用したエアスク温泉管理委員会本部を後にした。

 ちなみにこの建物は、ゲオルグ夫妻が購入した土地に建てたもの。普段はゴーギオ商会の温泉郷支部として使われている。


 そういえば、シュバルツに土地を買っていた理由を問い質してみた。返ってきた答えは「鉄太郎さんが温泉に目を付けていた場合、土地が高騰すると思いましたから。高止まりしてから売却するも良し、出店して利益を求めるも良し。捨て値に近い価格で購入出来るのですから、押さえない理由がありません」とのことだった。


 どういう目利きか、彼も温泉が出ることを知っていたらしい。出遅れたことを悔しがっていた様子だが、割とギリギリのタイミングだったのかもしれない。まぁ完成した温泉郷を見て「下手に僕が手を出さなくて良かったですよ。こんな町、僕じゃ想像も創造も出来ませんから」と言っていたけど。


「あ、鉄太郎さん! お帰りなさいませ!」


 管理委員会本部からの帰り道。

 的当て屋で接客中のラファマエルにばったりと出くわした。


「いやいや。何してんのお前」


「お仕事のお手伝いに決まってるじゃないですか。あ、当たり~っ! おめでとうございます! こちらが景品ですね~!」


 客が放った矢が的の中心に当たったのを見て、すかさずラファマエルが何やら客に手渡している。どうやら木彫りの像のようだが……


「なんかさ……今渡した木彫りの像さ……。ジーパン履いてなかった?」


「神様の像ですから当然ですよね?」


 どこ界隈の常識だよそれは。てか、間違いなく俺の像だろそれ。止めろ。全力で止めろ。


「で、でも、もう三百個も出来上がっちゃってますから……今更止められません!」


「誰だよそんなアホなもん作ったの!」


「エアスク村の方々です!」


 ドンっとラファマエルに胸を張られると、もうそれ以上何も言えなくなってしまう。反則だろその胸。


「みなさん本当に鉄太郎さんに感謝してるんですよ。全部エアスク村の方々のことを想ってのことだったって、ちゃんと分かってくれているんですね」


「……気のせいだ」


 彼らのことだけ考えたなら、さっさと土地をシュバルツに売って金を作り、まるっとパトリエッタに丸投げした方が遥かに簡単だっただろう。

 そうしなかったのは、俺の借金も同時に返済したかったからだ。結局は自分のため。俺はそこまで善人でもお人好しでもないんだよ。


「だいたい、お人好しってんならラファマエルの方だろ。お前だって俺に何も聞いてなかったのに、神様を信じましょうとか村人たちに言ってたそうだな?」


 実際のところ、村を追い出されたエアスク村の人々は結構危うい感じだったらしい。俺はそこまで気が回っていなかったのだけど、後で聞いてゾッとした。場合によっては俺が領主に捕らえられていた可能性もあるそうだ。


 それを押さえてくれていたのがラファマエルなのだけど、あの状況で何を根拠に俺を信じていたというのか? 逆の立場だったら、俺は絶対に信じないだろう。罵詈雑言吐き捨てるか、土地を取り返すために闇討ちでもするか。それが普通じゃないか?


 なのに彼女は、最後まで俺を信じていた。ラファマエルが心の底から信じていたからこそ、エアスク村の人々も変な気を起こさなかったんだと思う。


「……天使ってすげぇな。俺には真似できねぇわ」


「鉄太郎さんが言ってくれたんですよ?」


「……は? なにを?」


「天使らしくあれって。何よりも、それが鉄太郎さんの助けになるからって」


 ……言った。確かに言った覚えがある。

 けどそれって、アマゾネス化していくラファマエルを何とかしたくて言った言葉だ。説き伏せるための口から出任せだ。そんな言葉を彼女は大切にしていてくれてたってのか?


 ――馬鹿だ。

 とてつもない馬鹿天使だ。

 神ってだけで、ついこの間まで学生やってた一般人だぞ俺は。お前にそこまで信じてもらえるほど上等な人間じゃないんだよ。ここは一つ、後学の為にもガツンと言っておくべきだろう。


「お前さ、チョロいんだから、もうちょいちゃんと相手を見ろよ? 神とか人間とか以前に、信じられる相手かどうか考えたほうがいいぞ?」


「見てますよ?」


「見てねぇだろ」


「見てます。ちゃあんと見てるんです」


 ニコニコと嬉しそうなラファマエル。腰の後ろで腕を組んで、ちょっと上目使いに微笑みかけてくる。


 ……くそ。駄天使なのに可愛い。見蕩れちまったじゃないか。


「と、とにかく、俺はそんなにお人好しじゃねぇよ。俺も借金があったから頑張っただけで、こうなったのは運が良かったんだ」


 吐き捨てるように言ってやったのに、それでも天使様は笑顔を崩さなかった。なんだかとても敗北感である。


「そ、それよりだな! これでミッション完了じゃないか?」


 チビッ子神様から投げつけられたミッション『エアスク村を繁栄させろ』は完全にクリアした。

 ならこれからどうなる? 晴れて天界に戻ることになるのか?


 なんかそう考えると、途端に惜しい気がしてきた。

 だってせっかく作った町だ。このまま成長を見守りたい気持ちがある。もちろん鉄道なんてこれ以上作るつもりはないけれど。


 それに金だ。

 借金を返し終わったあとも、俺には毎月大量の半金貨が送られてくる予定。

 けどそれも、現世にいればこそだろう。まさか天界まで郵送してくれるとは思えない。


「あ~~~~っ!! こんなことならパーッと使ってしまえば良かった!! いくら借金があっても天界に取立ては来ないのに!!」


 なんてことを叫んだのがいけなかったのだろうか?

 気付けば突然視界が真っ白に染まり……


「やぁ」


 目の前に、チビッ子神様が現れていた。




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