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24.5両目 パトリエッタの憂鬱

 *****  パトリエッタ視点  *****


 ついに兄さんも、村を捨てる決断をした。これで残っている村民は司祭様だけになる。

 これは私の望んだこと。衰退する一方の村を捨ててみんなで町に移住すれば、少なくとも今より良い暮らしが出来るだろうと、そう思っていたから。神様は、見事に私の願いを叶えてくれたと言える。


 だから、足りなったのは私の力。有りもしない希望に縋り、都合の良い妄想で事を進めてしまった私の愚かさが、今の事態を招いてしまったのだ。


「んな顔すんなって。辛気臭くて仕方ねぇよ」


 私は村の家を引き払い、ルクソン兄さんと共に新しい住居に引っ越していた。

 エアスク村から西に向かって徒歩で一時間くらい。開拓が進んでいないので良い場所とは言えないけど、その分土地が安かった。なにより神様が新居を建設して下さったのだから、決して住み心地は悪くない。


 それに家の周囲には、エアスク村の住民だった人たちが住んでいる。ある意味で、場所が変わっただけと言えるかもしれない。


 そう。

 場所が変わっただけ。何も変わっていない。

 村人たちの交流も、生活も、そして未来も……。


「ルクソン兄さんは心配にならないの? これから先、私たちはどうやって生きていけばいいかって……」


「畑は一からだなぁ。来年の作付けには間に合うだろうが、今年の冬は厳しいかもしんねぇ」


「そんな目先のことじゃなくって!」


 こっちは来年再来年の話をしてるわけじゃない。そのくらいなら、みんなで力を合わせればなんとでもなるのだから。問題なのはその先のことだというのに……。


 けれど兄さんは、腹筋を鍛えながら苦笑を浮かべて言った。


「お前のそういうとこ、悪いとは言わねぇけどよ。まずは一歩一歩だろ。明日の飯も分かんねぇのに十年後のことなんて考えたってしょうがねぇぞ?」


「そ、それはそうかもしれないけれど……」


 でも不安なんだから仕方ないじゃない。

 だって私とルクソン兄さんには、皆の未来を守る責任がある。色々あって正式にどちらかが村長を継いだわけじゃないけど、だからって関係ないなんて顔はできないもの。


「ま、そこんとこは全員で考えていこうや。幸いなことに、誰一人欠けることなく集まってんだからよ」


 腕立て伏せを始めながら、ルクソン兄さんが言った。


 確かに村人たちは誰一人欠けていない。ここを出るのも自由だと伝えたけれど、誰も出て行こうとしなかったのだ。

 土地の売却額が少なすぎて金銭面の問題から出て行けないという理由もありそうだけれど、決してそれだけじゃないだろう。ならせめて暮らし向きが楽になるように、私にも何か出来ることがあれば良いのだけれど……。


「こんばんわー!」


 沈みそうになっていた私の気持ちを吹き飛ばしてしまうかのような快活な声。玄関を開けると、いつものように天使様がいらっしゃっていた。


「何かお困りごとはありませんかー? ん~、少し顔色が優れませんね? ちゃんと食べてますか?」


 私の顔を見るなり、ぺたぺたと頬を触ったりオデコに手を当てたり。天使様は色々と私を気遣ってくださる。あまりに恐れ多いので、思わず一歩後ずさってしまった。


「ラファマエル様。そんなに気を遣って頂かなくても大丈夫ですから」


「いいえダメです! 今はみなさんが苦しい時。こんな時手を差し伸べるために、私は天使をやっているのですから!」


 そう言って微笑むラファマエル様のお姿は清らかで、とても力強く、そして美しい。

 鉄太郎様は私たちに気を使わせないよう神の威光を抑えていて下さるけど、ラファマエル様からはふとした時に強く感じる。やはりお二人は、私たち如きが近付いていいような存在ではないのだと。


 そんな天使様にグイグイ迫られるとどうして良いか分からなくなってしまうのだけれど、それでもラファマエル様は止めて下さらなかった。


「さぁ、何かお悩みなのですよね? どうぞ気兼ねなく仰ってください?」


 これは引き下がってくれないだろうなと思い、ならばと私は聞いてみることにした。

 たぶん、他のみんなも聞きたくて聞けなかったことを。


「で、では……。どうしてラファマエル様は、これほど皆を気遣い、良くして下さるのですか? 鉄太郎様は……その……わたくしたちを見離されたというのに……」


 なるべく普通に聞くつもりだったのに、つい声が沈んでしまった。だって、やっぱりまだ辛いから。


 私の方針に賛同して下さった鉄太郎様は、私の願いを叶えて村人たちが村から出て行かざるを得ない状況を作って下さった。本当ならその時に私は出て行く村人たちをまとめ、みんなで町へ移住するつもりだったのだ。


 けれど、足りなかった。

 お金も、力も、考えも……。何もかも足りず、結果として村人たちには村を捨てさせただけになってしまった。


 きっと鉄太郎様は呆れてしまったのだろう。考えが足りず、浅はかだった私に対して。

 だから村人がいなくなっても村から出てこられない。もう二度と、私たちの前に姿を現さないおつもりなのだと私は思っている。


 村から出た当初、村人たちの中には「なんて神様だ! こうなったら領主様に訴え出て、土地をお返し頂くしかない!」なんて考えていた者もいたらしい。

 分からなくはない。村にしがみつく人々を追い出すためとはいえ、その方法は強引なものだったから。長年住んでいた村を追われ、恨みを抱く者もいただろう。


 本当はその恨みも、全て私が受け止めなければならないものだ。

 なのに鉄太郎様は、何も語られなかった。むしろ進んで悪役を引き受けて下さったように思う。きっと、あとで私が辛い想いをしなくて済むようにと……。


 そんなお優しい神様の期待に応えられなかったことが、私はなによりも悔しい。いっそラファマエル様にも見離されれば……そう思うこともある。


「大丈夫ですよ」


 苦くて痛くてどうしようもない胸の苦しみに悶えていると、優しい声が降ってきた。次いで、身体が柔らかさと温かさに包まれる。

 ラファマエル様が、私なんかを抱き締めてくださったのだ。


「鉄太郎さんは、みなさんを見離したりなさいません」


「……え? で、でも……」


「信じて下さい。わたしも信じていますから。きっと鉄太郎さんには、何かお考えがあるのです」


 そう言って身体を離したラファマエル様は、女の私でもうっとりするほどの微笑を称えて私を見詰めてきた。


「それまで村のみなさんを支えるのがわたしの役目。みなさんにも鉄太郎さんを信じて頂き、短気を起こさないように、決して諦めないようにして欲しいのです」


「……本当に? 本当に鉄太郎様は、まだわたくしたちを見離してはいないのですか……?」


「もちろんです。だって鉄太郎さんですから!」



 ……。



 半信半疑だったラファマエル様の御言葉が、現実のものになったのはその翌日だった。


「おぉい! なんか大変だ! 領主様の軍勢が村に向かってるぞ!」


 その声に慌てて外に出てみると、白い馬車を先頭に、何人もの兵士たちがエアスク村の方角へ向かっているのが見えた。

 一体何が起きたのか? 鉄太郎様は領主様に借金をしていらっしゃったけれど、その返済を迫るには大掛かりすぎるし、だいいち手付け金を支払ったのだから猶予はまだあるはず。


 そこまで考えて、私は最悪の可能性に思い当たった。

 もしかしたら村の誰かが、土地を無理やり追われたと領主様に訴えたのかもしれない、と。


 そうならないようにラファマエル様が日夜みんなを説得していたけれど、それも無駄だったのだろうか?


 そう思ったら、私は居ても立ってもいられなかった。気付いた時には走り出していた。


 領主軍の背中を追い、どんどんと東へ。エアスク村があった方角だ。

 走り始めてすぐ、景色が見慣れたものに変わっていく。幼い頃からずっと見てきた景色。この木々を抜けた先にもうエアスク村がないのだと思うと、不意に涙が零れそうになった。


 けれど弱音は吐いていられない。

 もし万が一領主様が鉄太郎様を捕らえに来たというのなら、私は身を投げ出す覚悟だ。全ては私が頼んだこと。鉄太郎様は私の願いを聞いて下さっただけで、その罪は私が背負うべきものだと。


 汗を拭い、ひたすら走る。

 道に迷うことなんてない。特に今は、エアスク村からルドアートまで線路があるのだから。それに沿って走れば、走りやすいし確実だ。


 はぁはぁと息が荒くなり、ずきんずきんと心臓が痛む。

 けれど私は足を止める事無く――――ついに辿り着いた。エアスク村があった場所に。


「……え?」


 ここで合ってるわよね?

 本当にここがエアスク村のあった場所?


 私の記憶と同じものは、もう鉄太郎様が設置した駅だけになっていた。


 見知らぬ建物が並び、その間を蛇行するようにクネクネ道が続いている。少し傾斜になっているようで、丘に登っていくような感覚だ。

 建物に人気はないけど、たぶん全てお店なのだろう。雑貨屋さんや食事処。中には白黒の円が何重にも描かれた物が並んでいるだけのお店もあるけど、何屋さんなのかさっぱり分からない。


 一番多いのは宿屋さんだろうか? けど普通の宿屋さんと違って入り口がとても広い。それに玄関で靴を脱ぐタイプのようだ。中を覗き込むと赤い絨毯が敷かれていたり、建物の中に大きな木が植えられていたり。宿にしては珍しい内装。特別な宿屋さんなのだろうか?


 けれど一番気になったのは臭い。町全体から溢れ出ている湯気が、なんだか卵の腐ったような臭気を放っていた。


 いったいこれは何なのか。

 鉄太郎様が何かしたというのは間違いないけれど、何をしようとしているのかが私にはさっぱり分からなかった。


 すると


「パトリエッタじゃないか。丁度良かった。今から呼びに行こうと思ってたんだ」


 向こうから、鉄太郎様がやって来た。私を見つけると笑顔で手を振り、いつものように気さくに声を掛けてくださる。それだけで、もう何だか私は泣きそうになってしまった。


「鉄太郎様……っ! ご無事でしたか!」


 良かった! 間に合った!

 けど安堵も一瞬で、すぐに気付いた。鉄太郎様の背後に領主様が近付いて来ていることに。

 きっと鉄太郎様を捕らえようとしているんだ。そう思ったら、身体が勝手に動いていた。


「ん? お前は村長の娘だったか? 一体何の真似だ?」


 鉄太郎様を庇うように背にし、私は領主様の前に立ちはだかった。正直足が震える。こんな不敬を働けば、いつ首を刎ねられてもおかしくないのだから。

 でも逃げちゃダメ。これ以上鉄太郎様にご迷惑はかけられない!


「す、全てわたくしが企てたことです! 全ての責は鉄太郎様ではなくわたくしが負うべきものなのです! ですから……ですから、鉄太郎様ではなくわたくしを……っ」


 そう言いかけたところで、背後の鉄太郎様から楽しげな声が上がった。


「そうだな! パトリエッタの言う通りだ!」


 え?

 あ、いえ、それはいいのだけれど、なんだか思っていた反応と違いすぎて呆気にとられる。

 そんな私を振り向かせ、鉄太郎様はにこやかに仰った。


「んじゃ本人もこう言ってることだし、この町の代表はパトリエッタってことで決定な!」


 え……?

 えぇ……?


 えええぇぇぇぇぇぇっ!!!???



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