24両目 貸切温泉発→エアスク温泉郷行き
エアスク村改め、エアスク温泉郷が完成してから二日。
温泉街の情緒と、町中を走るミニ列車の物珍しさ。癒しと驚きの空間を作り上げた俺は、満足げに村を見渡しながら呟いた。
「全然人がこねぇ……」
なんでだよっ!?
ゲームの中だと、すぐに人口が流入してきたはずだぞ!?
もしかして、温泉に需要がないのか!? で、でも列車! お子様が大好きなミニ列車が走ってんだぞ!? 吐気と鳥肌を我慢しながら設置したんだ! 流行れよっ!!
地面隆起で作った小高い丘の上。温泉街を一望出来る展望台で憤慨している俺の視界に、身体からほかほか湯気を昇らせながら歩いて来る女が見えた。ティアモーテだ。
銀髪を煌かせながら歩く彼女は、いつもの領主軍スタイルじゃなく浴衣姿。ヤツは全力で温泉を満喫してやがる。
「温泉は良いものだな! 誰にも邪魔されずゆっくりお湯に浸かっていると、まるで天にも昇る気分だ!」
「なに貸切り状態を楽しんでやがんだよ。お前を喜ばせても何にもならねぇっての」
「ふん。だったら人を呼べば良いではないか」
「それが出来たら苦労しねぇよ。……くそっ。なんで誰も来ねぇんだ……っ」
これじゃあ村人たちを戻せない。彼らに現状を伏せておいて正解だった。
本当なら初日から大盛況で、村人たちには店番や接客を頼むつもりだったのだけど……。
「施設自体は悪くないと思うがな。ルドアートに戻った後も、週に一度は足を運びたいくらいだ」
「じゃあなんで流行らないんだと思う?」
「宣伝の仕方が悪いのではないか?」
「…………ん?」
宣伝……?
あ…………ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
そうか! そうだ! 宣伝だっ!!
俺、どこにも宣伝してねぇわ!!
迂闊だった!
こんな辺鄙な村のことだ。こっちから宣伝しなきゃ、来る来ない以前に知りようがないじゃないか!
くそ……っ。ゲームなら……っ。ゲームなら宣伝なんてしなくても勝手に人が増えてたんだよ……っ!
「まさか……宣伝していないのか? 馬鹿なのか貴様……」
「は? するし? 今からしまくるし?」
くっそ。銀髪の視線が寒い。今までと違った意味で寒々としてやがる。
なんだこの敗北感……。
「と、とにかくだな! エアスク温泉郷のことはこれから宣伝しまくってやる!」
「ほう? どうやってだ?」
「それは……」
コマーシャル? ダメだ。
だってテレビがねぇ。ラジオもねぇ。インターネットはあるわけねぇ。
異世界で効率の良い宣伝ってなに? どうしたらいいの?
俺が頭を抱えていると、何かに気付いたティアモーテが突然ビシッと敬礼した。
「こ、これは領主様! このようなところまで足をお運び頂くとは!」
銀髪の視線に合わせて俺も振り返る。するとそこには、何故かストラトス子爵とシュバルツが立っていたのだ。その後には子爵の護衛なのか、ぞろぞろと領主軍の姿。宣伝もしないうちから団体様のご到着である。
ティアモーテの敬礼に頷きで返したダンディー髭貴族。だがその視線はあちこちへ忙しい。
「報告を読んでも全く理解不能だったのでこうして足を運んだのだが、実際に見ても理解不能だな。なんだこれは? こんな町が一晩で?」
「はっ! この男の魔法によるものであります! この男はボンクラですが、こと造形魔法に関してだけは認めざるを得ません! ちなみに、町の設計は私が担当しました! テーマは混濁する光と闇の輪舞であります!」
そんなテーマだったのかよ。いかん。今すぐ全て作り直したくなってきた。
しかし造形魔法か。なるほど。俺は土魔法ってことで説明してたけど、本職から見ると造形魔法というものに近いらしい。今度からはそう名乗ろう。
良い言葉を聞いた。ありがとうティアモーテ。ボンクラって言葉共々忘れないでおいてやる。
「報告って言ってたな? タイミング良く現れたことといい、誰かに探らせてたのか?」
温泉郷が完成したこのタイミング。もちろん偶然だなんて思っちゃいない。
するとシュバルツは、悪びれもせずネタを明かしてくれた。
「探らせるなんて人聞き悪いですよ。僕はただ、引越ししてもらっただけですから」
突然村に住み始めたゲオルグ夫妻。あれがシュバルツの部下だったらしい。
ってことは、土地を買ったのもシュバルツの命令だろう。嫌がらせか? いや、そんな無意味なことをする男には思えない。だとすれば、俺が何をするつもりなのか検討がついていたってこと……? 侮りがたし商人魂。
「しかし見ると聞くとは大違いと言いますけど……さすがにこの規模は予想してませんでした。ちょっと悔しいですね。僕がやったとしてもここまでは……」
そんなことを呟きながらキョロキョロと動いていたシュバルツの視線が、やがて俺を不思議そうに見た。
「ところで、どうして誰もいないんですか?」
痛いところを突いてきやがる……。どうしてかって? 誰もここのことを知らないからだよ!
と、そこでピンときた。閃めいてしまった。
俺が宣伝したってたかが知れている。効果的な宣伝方法も、興味をそそる謳い文句も、素人の俺じゃ何一つ思いつかないんだから。
それに宣伝する場所も、ルドアートだけでは大した集客に繋がらないだろう。出来るだけ広範囲から客を集めないと、すぐに閑古鳥ってことになりかねない。
その点、目の前の男は打ってつけだ。
あちこちの町に伝手があり、人の購買意欲を煽ることを常としている人間なのだから。
ならお任せしてしまうか? まるっと丸投げ。俺の得意技だ。
「まだ正式にオープンしてないからな」
「そうなんですか?」
「あぁそうだ。だって見てみろ。客もいないが、接客する店員もいないだろ?」
「確かにそれもおかしいとは思っていました。でも何故です? 見たところ、箱は完全に出来上がっていると思うのですが」
良く聞いてくれました! その言葉が聞きたかった!
俺はコホンと咳払いでもったいつけた後、シュバルツの肩をポンと叩いてやる。そしてニコリと良い笑顔だ。然も最初から、全てこうする予定だったと言わんばかりにな!
「ゴーギオ商会にも一枚噛んでもらおうと思ってるんだ」
金の臭いを嗅ぎ取ったのだろう。シュバルツは、瞳の奥をギラリと輝かせた。
「聞かせてください」
「簡単な話だ。俺が町を作り上げたんだから、宣伝と経営はゴーギオ商会が担当する。そして利益を分配しないかってお誘い。どうかな? 悪い話じゃないと思うんだが」
すぐに飛びついてくるかと思ったけど、シュバルツは眼を見開いて唖然としていた。
「そ、それではウチばかり得をしてしまいませんか? ここまでの町を作り上げる労力を考えたら……」
「構わないさ。分配する割り合いも、俺とゴーギオ商会に関しては五分でいい」
「……おや? おかしな言い回しですね。その言い方だと、他にも分配相手がいるように聞こえるのですが?」
「いるからな」
箱を作ったのは俺。宣伝と経営をするのはゴーギオ商会。
けれど一番大事なところ。土地を提供するのは俺じゃない。エアスク村の人々なのだ。
それを説明してやると、首を傾げたのはダンディー子爵だった。
「どういうことだ? 騒音で村人たちを追い出し、その土地を買い占めたのだろ?」
「まぁな。でも……」
言いながら、俺は懐から紙の束を取り出す。
「土地売買の契約書。まだ教会に提出してねぇんだよ。つまり、まだ契約は成立してないってこと」
「なっ!? し、しかし金は払ったのだろ!?」
「あぁ払ったよ。けど二束三文だ。もともとあの程度の金で土地を巻き上げようなんて思っちゃいないさ」
だから俺が払った金は、土地を買った金ではなく土地を借りるために払った金。レンタル料なのだ。もちろんそんなこと、誰にも話してはいないけれど。だってお金を払うから土地を貸してって家から追い出すのは無理があるだろ? 納得して出ていってもらうために、売買を装ったのだ。
まぁ温泉観光地計画が頓挫した場合はこの村をまるっとシュバルツに売りつけて、その金を村人たちに分配する計画もあったから、契約書を押さえておく必要があったんだけど。
つまり、俺がやりたかったのはこういうことだ。
村の土地を全て借り、そこに温泉資源を中心とした観光地を作る。
そこで発生した利益の何割かを、土地の持ち主である村人たちに還元。温泉が儲かれば儲かるほど村人たちも潤うというわけだ。土地信託ってやつだな。
ただし温泉が繁盛しないという可能性もあったので、その場合は本当に土地を買い取り、まるっとシュバルツに売りつける。
彼なら温泉を有効活用する方法を持っているかもしれないし、鉄鉱石が埋まってる土地も僅かだが残ってるから、買い叩かれはしても拒否はしないだろう。もともと彼は、ここの土地を欲しがっていたらしいのだから。
んで、その金をパトリエッタに渡せば、村人たちを町に引っ越させるなりなんなりしてくれるという手筈だ。
どちらにせよ、村人たちは困窮から脱出できる。
問題があるとすれば、後者だった場合。俺には何も残らなくなるので、車掌さんな未来が待っているってことか。
……ま、そん時は馬小屋屋さんでも開店するさ。
「とまぁそういうことだ。で、どうするシュバルツ? 温泉の町エアスクとして盛り上げるのを手伝ってくれてもいいし、この村を全部買い取ってくれてもいい。俺としては断然前者がお勧めだ」
全て説明し終えると、ポカンと口を開けてしまったシュバルツ。けど商人魂が瞳の奥に疼き始めているのを見て、俺は計画の成功を確信したのだった。