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23.5両目 エアスク村レポート

 *****  シュバルツ視点  *****


 僕はゴーギオ商会の会長室で、ギシっと椅子を鳴らしながら瞼を押さえていた。

 この椅子は先代の会長である僕の父が、特注で作らせた椅子らしい。座る者の体重を柔らかく受け止め、身体を優しく包み込んでくれる造り。一流の職人業が光ってる。凄まじく座り心地の良い一品だ。


 でも同時に、凄まじく座り心地が悪くもある。これに座るってことは、ゴーギオ商会の全てを背負うってことだから。

 心からこの椅子を心地良いと思える日は、まだまだ遠い先だろうね。


 でも今僕が頭を悩ませているのは、ゴーギオ商会の会長という重責についてじゃない。目の前の机の上に散らばった、何枚もの手紙についてのことだ。

 これは、エアスク村に送り込んだゲオルグ夫妻からの報告書。そこにはエアスク村の状況や鉄太郎さんの行動が仔細に纏められている。


 初めは良かった。

 エアスク村の現状も、そして鉄太郎さんが行っていることも、ほぼ僕の想像通りだったから。


 ……いや、違うな。

 良かったのは初めだけ、と言ったほうが正確かもしれない。


 だって次に届いた報告書の時点で、僕には何が起きているのかさっぱり分からなくなってしまったのだから。


「旦那様。ストラトス子爵がお見えになりました」


「御通しして」


 サンチェスに告げると、ほどなく叔父さんが部屋に入ってきた。いつも自慢している髭を指で扱きながら、叔父さんは楽しげに目を細めて僕を見てくる。


「お前にそんな顔をさせるとはな。いったい向こうで何が起きてる?」


「それが分からないから叔父さんに相談しようと思ったんですよ……。まずはこれに目を通してみて下さい」


 言いながら報告書の束を渡すと、叔父さんは興味深そうに受け取ってソファに腰を下ろした。そしてさっそく報告書を読み始める。


「……ふむ。エアスク村の行き詰まり感は予想通りか。なんとかしてやりたいとは思っていたのだが、なかなか手が回らなくてな……」


 叔父さんの下には、毎年エアスク村の司祭から土地の売買情報、村長から収穫量や税収の報告が届けられていた。それを見れば、あの村がどういう状況か想像出来ていたのだろう。

 けれどルドアートのことで手一杯になり、何も出来なかったことを後悔しているのかもしれない。報告書を読む叔父さんの顔は、苦渋に歪んでいた。


 ……しかしすぐ、今度は困惑に顔が歪む。


「なんだこれは? 城を作った? あの男はクーデターでも起こすつもりなのか!?」


「えっと……人足用の宿泊施設らしいですよ?」


「城がか!? 意味が分からんぞ!?」


 僕に聞かれても困る。

 こっちだって訳が分からないから叔父さんを呼んだのだ。


 叔父さんは困惑と戸惑い顔のまま、さらに先へと読み進めていく。


「……ふむ。大型の掘削機が四基も……。これはどう思う?」


「自動で地面の下から鉄鉱石を掘り出す機械のようですね。是非実物を見てみたいです」


「なんだその性能は!? 使い方次第でとんでもない攻城兵器に成り得るのではないか? ……やはりクーデターかっ!?」


「落ち着いてください叔父さん。彼の目的はその先ですから」


 僕が促すまでもなく、叔父さんは食い入るように報告書に目を走らせていた。いつの間にかサンチェスがお茶を用意していたみたいだけど、叔父さんは口を付ける暇もない。すでにティーカップからは、湯気がたたなくなっていた。


「これは……酷いな。騒音で嫌がらせして村人を追い出すなど、道義に反する」


 そこは僕も眉を顰めた。いや正直に言うと、予想はしていたんだけれど。


「これではいつ村人たちから訴えがあっても不思議ではないな。今のところ訴えは届いていないが、そうなれば軍を率いて調査し、最悪ヤツを捕らえることになるぞ?」


 ここではないが、以前そういう揉め事があったらしい。確かロシェン商会だったかな? 強引な手段で住人を追い出し、土地を買い上げたのだとか。追い出された住人がその土地の領主に不当だと訴えたのだけれど、そこからどうなったのかは聞いていない。事実として、その土地は今もロシェン商会の物になっているってことが分かるだけだ。


 ちなみにロシェン商会っていうのは、この国で二番目に大きな商会。僕らゴーギオ商会にとっては、超えるべき競合相手でもある。

 もっとも、彼らは悪どい商いでも有名だから、良い競争相手とは言い難いのだけど。


「その後は村長の息子と諍いか。無理もない」


「ですね。父が残した村が滅び行く様を見せられたら、身を切られる想いでしょうから」


 僕だってゴーギオ商会を潰そうとする人がいれば、全力で怒るし全力で抗う。

 ……のはずなのに、何故かそのあと鉄太郎さんと和解しているらしいんだよなぁ。いったい彼らの間に何があったんだろう。


「結局村長の息子も村を出たか。これでエアスク村は、事実上滅んでしまったのだな」


「えぇ……。パトリエッタは村民をこの町に移住させようと努力してましたけど、それも出来ないままに」


 僕と彼女に足りなかったのは時間だ。

 僕には、村民を受け入れる場所を作る時間と、それをゴーギオ商会の幹部に説明して納得させる時間が足りなかった。

 パトリエッタには、移住するに際して掛かる諸経費。ようするに、お金を用意する時間がなかったのだ。


 自分の力不足を痛感する。


「ふぅ……。ここまで読む限り、あの男は借金返済に手一杯で、村人たちを慮る余裕がなかったということか? となると、その責は俺にもあるな……」


 あんなに吹っ掛けなければ、鉄太郎さんがここまで強引な手段を取ることはなかったかもしれない。そういう意味で叔父さんは言ったのだろう。


 一呼吸置いてから、叔父さんは再び報告書に目を戻した。けどすぐに呼吸が乱れてしまう。

 鉄太郎さんの周囲は落ち着く暇がないらしい。


「クマンマだとっ!? 何故こんな時期に……っ! くそっ! シュバルツが俺を呼んだのはこれが理由かっ!」


 叔父さんが焦るのも当然だ。なにせクマンマだから。


 理由は不明だけど、野性の動物はたまに魔物化してしまう。でも大体が、ダチョウからダダッチョウになったり、豚からピッガーになったりと、そこまで危険な魔物じゃない。大の大人が数人もいれば退治出来るし、人の前に姿を現すこともあまりないから。


 けどクマンマは違う。

 元が熊であるクマンマという魔物は強靭な肉体と凶暴な性格を持ち、一度人の味を覚えてしまうと人を襲い続ける凶悪な魔物なのだ。

 過去にはクマンマ一頭に滅ぼされた村も記録されているし、クマンマを仕留めるために軍隊が出動したこともある。というか、被害が少ないうちに軍を派遣するのが当然の対処法だ。


 だから叔父さんは、僕が叔父さんを呼んだ理由を『すぐに事の真偽を確かめ、軍を派遣しなければならない事案が起きた』からだと考えたのだろう。


 けれど……。


「……討伐? クマンマをか? いや、そうか。その場にはティアがいたな。……しかし、ティアだけでは…………は? 塔で串刺し?」


 答えを求めるように叔父さんが僕を見たけど、僕が答えを持ってるわけないじゃないですか。

 報告書にはその時の様子も書いてあったけど、それを読んだって理解できないんだから。というか、書いたゲオルグ夫妻も理解できなかったんじゃないかな? 彼らにしては珍しく、文字も文も乱れまくっていたから。


 僕は叔父さんの横に移動し、一緒にその報告書に目を走らせることにした。


『クマンマが現れた。鉄太郎さんは得意の土魔法で穴を作って埋めたけど、すぐに出て来てしまった。今度はティアモーテさんが氷魔法で応戦した。けれどクマンマの硬い体毛を貫くことが出来なかった』


 うん。ここまではとても良く分かるね。

 問題はこの後だ。


『地面から突然家が生えた。その勢いでクマンマが空を飛んだ。生えた家が跡形も無く消えてクマンマが地面に叩きつけられた。するとまた家が生え、クマンマがまた空を飛んだ』


 全然分からない。

 ゲオルグ夫妻は疲れているのかもしれない。


『鉄太郎さんが「埒が開かない」と叫んだ。クマンマがまた空を飛んだ。ティアモーテさんが「考えがある」と叫んだ。クマンマは空と地面を行ったり来たりしている』


 分からない。分かりたくもない。

 けどとにかく、二人は協力してクマンマを倒す方法を思い付いたってことでいいのかな? いいよね。いいってことにしておこう。


『今度はお城が生えた。クマンマが大きく空に打ちあがった。クマンマが落ちてくる前にお城が消え、代わりに塔が生えた。ティアモーテさんが氷魔法で塔をカチカチに固めた。クマンマが突き刺さった。終わり』


「どういうことだっ!?」


「僕に解るわけないでしょう!? というか、土魔法ってそんなことも出来るんですか!?」


「出来るわけないだろ!?」


 すでに事態は、僕たちなんかの想像を遥かに上回っている気がします。

 一般に、とんでもないことや、誰もが不可能だと思っていたことを成し遂げることを『竜を狩る』なんて表現しますけど、彼はクマンマを狩ってしまいました。竜を狩る日も遠くないんじゃないかと、そう思わずにいられません。


「解らん……。さっぱり解らんが、クマンマは討伐したのだな?」


「みたいです。じゃなければ、今頃ゲオルグ夫妻も避難して来ているでしょうから」


 この手紙が届いたってことは、もう向こうに危険がないっていう証明でもある。

 いや、向こうは危険どころか、もっととんでもない状況になっているのだろう。最後に届いた手紙には、今のエアスク村の状況が書かれていた。


『一夜明けると、何もなかった村に町が出来ていました。いったい何なのでしょう? 私たちは悪い夢でも見ているのでしょうか? お願いですシュバルツ様。私たちの任を解き、代わりの者を寄越してください。そろそろ色々限界です』


 そんな一文で始まった最後の報告書。

 そこには一夜で出来たとかいう馬鹿げた町の、馬鹿げた状況が書いてある。


「温泉宿……。やっぱり彼は、村の北にある山から温泉が湧き出ることを知っていたんですね……」


 僕がそれを知っているのは、父から聞いていたからだ。

 昔、あの村の北にある山から温泉が湧き出たと、故村長が嬉しそうに父に語ったらしい。


 その時は特に何も考えていなかったけど、パトリエッタから村民の移住を相談された時、僕はすぐに思い付いた。

 村民を町で受け入れる代わりにあの村を手に入れ、湧き出た温泉で保養地を作ろうって。


 僕の知る限り、この国で温泉に入れる場所は数ヶ所しかない。どこも温泉っていうだけで、最低限の体裁しか整えていない施設だ。

 なのに何度も足を運ぶ人がいるし、中には怪我が治ったとか、病気が治ったとか、そんなことまで言う人がいる。僕も一度だけ父に連れて行ってもらったことがあるけど、確かに心も体もリラックス出来るお風呂だったように思う。


 だから僕は、温泉は商売になると思った。

 もちろん、ただ温泉のお風呂っていうだけじゃ弱い。もっと温泉の効能とかを押し出し、宿泊施設として整備して大々的に宣伝すれば、遠方からも足を運ぶ人が必ずいると確信したのだ。


 そしてどうやら、鉄太郎さんもそれに目を付けていたらしい。

 報告書にあるエアスク村……いや、この規模ならもう町かな? これを見れば分かる。


 いくつもの温泉宿。お土産屋さん。食事処。中には、娯楽施設のようなものも……。

 つまり彼は温泉を中心にして、あの村を一大温泉保養地に作り変えたのだ。


「……行くぞシュバルツ」


「え?」


 見れば叔父さんは、報告書を握り締めて立ち上がっていた。


「何を呆けている! こんなもの、自分の目で見ないわけにいかんだろ!」


 そうか……。うん、そうだ。

 あまりに現実味に欠ける報告ばかりで、僕は見失っていたみたいだ。


 僕は商人。

 その出来栄えも、価値も、想いも。全て自分の目で見て判断しなくちゃ!



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