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22両目 村の崩壊発→故村長の想い行き

 二人と共に、俺は故村長宅であるルクソンの家を訪れていた。

 道中、どうして鍵が埋まっていることを知ったのか? などなど聞かれたが、神様の力ということで誤魔化した。正直に説明しては、ベクドットさんに嫌疑が掛かりかねないからだ。爺さんに悪意はなかっただろう。なら全てを明かす必要はないさ。イチゴの礼は沈黙で答えよう。


「これだ」


 案内された部屋の中。ルクソンが指差したのは、重厚な造りの箱だった。鉄を何枚も重ねたものらしく、力自慢のルクソンがこじ開けられなかったのも無理はない。

 そこに、俺から鍵を受け取ったパトリエッタが近付く。鍵穴に鍵を差込み、彼女は緊張しながらカチャリと回した。


「これ……は……?」


 怪訝な面持ちでパトリエッタが金庫の中から取り出したのは一枚の紙。後ろから覗き込んだが、エロいものじゃなかったので一安心。故村長の威厳は保たれたようだ。


 けど、なんだろうこれ。地図のように見えるけど。


「こりゃ裏山の地図か?」


 裏山っていうと、この間ラファマエルが遭難したところだな。しかし地図が宝とはこれいかに。財宝の隠し場所だったりするのか? それはそれでロマンがあるけども。


「……行くんだろ?」


「……当然よ」


「準備して来っからちょっと待ってろ」


 いったいそこに何があるのか。兄妹はそれを確かめるため、山に登ることにしたようだ。当然俺も誘われたが、首を振って辞退する。

 あれは、故村長が自分の子供たちに残したものだ。部外者が着いて行くべきじゃないだろう。二人で行き、二人で見てくればいい。ついでにゆっくり話でもして、兄妹喧嘩に終止符を打ってくれないかなと切に願う。


 二人を見送った俺は、その足で教会に向かうことにした。

 村の様子は非常に見通しが良くなっている。残ってる住居はほんの僅かで、ほとんどの土地が更地だ。広いグラウンドを思わせる光景。意味もなく走ってみたくなっちゃう。


「これはこれは神様。本日は教会にどのようなご用件でしょうか?」


 皺の深い司祭は、そう言って俺を出迎えてくれた。


「司祭は引越しを考えないのか? 煩くて眠れないだろ?」


「教会は性質上、防音に優れる構造をしておりますので。特に地下の告解部屋など、無音に近い快適さでございますれば」


「そ、そうか……」


 そんなところで寝泊りしてるのか。告解部屋とか、色んな人の懺悔が壁に染みこんでそう。うなされない?


「けど、村人はほとんどいなくなったぞ? ここを維持する必要もないんじゃないか?」


「土地の管理者としての使命が残されております。離れるわけにもいきますまい。それに、こうして訪ねてくる方もいらっしゃいますからのぉ」


「まぁ助かるけど」


 もちろん俺が教会に足を運んだのは、茶を飲みに来たわけじゃない。用件があったからだ。


「北東の民家……ルクソンの家の近くかな? そこの管理者を教えて欲しい」


 俺の記憶では、そこは空き家になっていたはずなのだ。ちなみに空き家や管理する者がいない土地は、全てこの教会が管理者となっている。当然それらも俺がまとめてお買い上げするのだけど、件の住居はどうにも人が住んでる気配があるので確認しに来たというわけだ。

 すると司祭は管理者名簿を捲りつつ、不可思議そうに首を傾げた。


「先日まで空き家だったのですが、急遽人が住むことになりましての。ゲオルグ夫妻と言いましたかなぁ。教会としてはお断りできませんので、管理権をお売りしたばかりでございます」


 どうやら村外からの流入者がいたようだ。珍しいどころか在り得ない。しかもこんなタイミングで。


「……何者か分かるか?」


「他の町で雑貨屋を営んでいたらしい……としか。本人の話では、ゆっくり余生を送りたいから畑仕事でもするつもりのようです」


 今は四六時中騒音が鳴り響くこの村だ。ゆっくり余生どころか、ガンガン煩くて仕方ないはず。にも関わらず、ゲオルグ夫妻は家に引き篭もってるらしい。


 絶対怪しい。胡散臭いにもほどがある。

 けど地上げ屋よろしく無理やり追い出すことも出来ないし、どうしたもんか……。


「分かった。ありがとう」


「いつでもお越しください」


 司祭に礼を伝えた俺は、とりあえずそのゲオルグ夫妻を訪ねてみることにした。



 ……。



「それで、結局会えなかったわけだな?」


 雑居ビルという名の塔の上。昏き魔女の尖塔とかいう残念な命名をされてしまったティアモーテ宅で、状況を聞かれた俺は素直に愚痴を零していた。


 ゲオルグ夫妻には会えなかった。確かに住んでいる形跡は見られたが、夫妻の姿はどこにもなかったのだ。

 益々もって怪しい。いったい何者なのだろうか。


「まぁ仕方ない。最悪、あの家はそのままでも計画は進められるから」


 幸いなことに、あの家は村の端っこ。邪魔にならない位置だ。それも已む無しだろう。


「それよりラファマエルを知らないか? 朝から姿が見えないんだが」


「知らん。私の監視対象は貴様だけだ」


「お前も今日一日姿を見せなかったじゃねぇか。俺を監視してる素振りはなかったぞ? うん、職務怠慢だな。子爵に言って、監視役を変えてもらうことにしよう」


「ふん。今日はこれを作るのに忙しかったからな。仕方ないのだ」


 そう言って、ティアモーテは壁を指差した。部屋をグルリと囲む円筒形の壁。なんの変哲もなく見えるが?


「薄く魔力を通してある。どうだ? 外の音がまったく聞こえんだろ?」


 そういやこの塔に入ってから、村の騒音が聞こえなくなった気がする。そうか。魔法でそんなこともできるのか。


「天才である私だから出来ることだがな!」


 ふはははっ、と高笑いする銀髪が煩い。その防音魔法、お前の口にも付与してくれないだろうか?


「村人のついでに私も追い出そうとしたのかもしれんが、私には効かんということだ! この塔は誰にも渡さん!」


 随分と塔がお気に召したらしい。けどこの塔も撤去予定リストに入ってるからな? だって邪魔だし。煩さそうだからギリギリまで黙っておくけど。



 ……。



 自馬小屋に帰ったが、やはりラファマエルの姿はどこにもなかった。

 彼女の馬小屋は撤去済みなので、住むところに困るはずだ。新しく何か建ててやるつもりでいたのだけど、本人がいないとどうしようもない。


 ったく。どこほっつき歩いてんだか。


 仕方ないので一人寂しく食事でもしようかと思っていたところに、ちょうど人が訪ねて来た。

 ルクソンとパトリエッタだった。


「山から戻ったのか。どうだった? お宝でも隠してあったか?」


 彼らは村長の金庫から見つかった地図を頼りに山登りしたはず。そこに財宝でも埋めてあったのかと聞いてみたのだけど、二人は神妙な顔で首を振った。


「父が……本当にこの村が好きだったんだって分りました……」


 力ないパトリエッタの言葉に、どういうことかとルクソンに視線を向ける。


「そこにあったのは風呂だった」


 ……あれ?


「けど、親父が宝って言ったのはたぶんそれじゃない。その風呂に浸かると良く見えるんだ。この村がさ」


 村長が本当に宝だと思っていたのはその景色。村人たちが笑い合い、貧しいながらも手を取り合って生活している村の様子だ。

 それを眺めながら風呂に浸かるのが、故村長にとって掛け替えのない時間だったのだろう。いずれルクソンかパトリエッタが村を継いだ時に、彼はその地図と共にその想いも引き継いでもらいたいと、そう考えていたのかもしれない。


 ……すまん。

 そのお風呂。うちの馬鹿天使が洗濯に使ってた場所だわ。


「これでは村の皆さんを町に移住させるどころか……生活を成り立たせることすらままなりません……。わたくしどうしたら……っ」


「ったくよぉ。だから言ったじゃねぇか。親父の金庫なんか当てにすんなって」


 ルクソンが、大きな手の平でパトリエッタの頭を撫でていた。ガシガシと乱暴に見えるが、照れ隠しのようなものかもしれない。今まで距離が開いていた分、元の兄妹関係に戻るには少し気恥ずかしいのだろう。

 けど二人の関係は、目に見えて良くなっていた。鍵の紛失騒動も解決し、父親の想いを知ったから。今の二人であれば、協力しあって村を治めることもできるんじゃないかな。


 まぁその村は、もう無くなってしまったわけだけど。


「妹とも話しあったけどよぉ……。神様、俺も出て行くことにするわ」


「……そうか」


「建物を建てたり、他にも色々できる神様から見ても、もうこの村は限界だったんだろ? だからパトリエッタに協力した。違うか?」


「……」


「現実が見えてなかったのは俺の方だったのかもしんねぇ。なんとか村の形を存続させたくて、先のことなんてちゃんと考えてなかった。けどよ。妹と話し合ったんだ。残すべきは村の形じゃねぇ。村に住んでたみんなの幸せだって」


「これからどうする?」


「村の奴らのほとんどは、神様が新しく作ってくれた場所に引っ越してる。俺もそっちに行くさ。そこでもう一度最初からやり直しだ」


 そう言ってルクソンは白い歯を見せたが、それは厳しいだろう。住居を移した先は、この村と然程離れていない場所だ。状況は変わっていない。いや、畑を捨てた者も多いから、一層悪くなってるとさえ言えるのだから。


 励まし合いながら去って行く兄妹の背中に、俺はそっと呟いた。


 しばらく生活は苦しいだろうが、少しだけ我慢してくれ。

 きっと村人たちに悪くない未来を作ってみせるよ。

 これでも一応神様だからな、と。

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