20両目 筋肉御殿発→ご近所問題行き
力自慢の男衆を二十人ほど連れて、俺はエアスク村に戻って来た。何事かと集まってしまった村人たちに事情を説明した後、この間購入した畑の前に陣取る。これから、彼ら用の集合住宅を建造するのだ。
何をするのかと訝しんでる男衆の眼前。いつものように手をかざし、俺は建造コマンドを使ってみたのだが……
「ほ、本当にこんな立派なところに住んでいいんですかい!?」
「……いいんじゃない、かな?」
何故だろう? 小っちゃい城が出来ていた。
建造コマンドに『集合住宅(異世界仕様)』とあったので、丁度良いかと建ててみたらこの始末。てか、お城って集合住宅扱いなの? 確かに王様だけじゃなく大臣とか色々住んでるのかもしれないけどさ、団地内ヒエラルキー半端なくない? 王様から回覧板が回ってくるとか絶対嫌なんだけど。
異世界仕様と書いてトラップと読むのだろうか? 建造コマンドさんとは、膝を突き合わせてお話したい。
「と、とにかく中に入ってくれ。部屋割りは好きなように決めていいから」
考えるのも面倒なので、さっさと男たちを入城させる。
赤い絨毯が敷かれ、シャンデリアなんかがぶら下がってる内装は、明らかに肉体労働者向けの施設に見えない。けど細かいことを気にしたら負けだ。呆気にとられる男たちを整列させてから、これからのことを説明することにした。
「じゃあ仕事の内容を説明するから良く聞いておくように」
俺が声を張ると、呆けていた男たちの視線が一斉にこちらに向けられる。予め半金貨三枚を日払いで支払うと伝えてあるため、彼らにとって俺は優良雇い主だ。それに加えて謎のお城待遇。どの顔にもやる気が満ちていた。
「この村には、鉄鉱石の採掘場が全部で四箇所ある。そのうちの一つは村の男たちに任せてあるから、みなさんに担当してもらうのは他の三ヶ所だ。場所の振り分けはリーダーを決めておくから、各々で話し合って欲しい」
「鉄鉱石は地面の下から掘り出してるって聞いてやすが、どうやって掘り起こせばいいんすか?」
「あぁ、それは機械が自動でやってくれるから気にしなくていい。みなさんの仕事は、掘り起こされた鉄鉱石を貨車に搬入することだから」
現在ルドアートとエアスクを往復する列車は二本。以前より性能が上がっているため、積載量も速度も向上している。
一度に運搬出来る量は初回に運んだ量の倍くらいか。半金貨換算で千二百枚分だ。
運転台には一人乗ってもらうけど、基本的に列車は自動運転。駅に停車すると三時間ほど止まったままになる設定なので、荷物の積み下ろしはこの時間内に終らせなければならない。
ルドアートとエアスク間に掛かる時間は片道九時間。つまり彼らは三時間で鉄鉱石を積めるだけ積み込み、列車が発車したら九時間休憩。次の列車が到着したら、また三時間の積み込み作業となるのである。これで日当三万円なら、かなり美味しい仕事だろう。
「何か質問は?」
「休日はあるんすか?」
「ない。だから全員で仕事をするんじゃなくて、ローテーションで休むように。あ、もちろん休日は給料出ないけどな」
凄いホワイト企業じゃね? 福利厚生までは考えてないけど、それを補って余りある労働環境だと思う。
これで日に二回鉄鉱石を売ることができるので、こちらの実入りも上々。一日に支払う給金が最大で半金貨六十枚に対し、売上は半金貨二千四百枚。純利で二千三百四十枚の計算だ。
五十日も稼動させれば借金が完済できてしまう。素晴らしい。
しかし、そう上手くいかないことを俺は知っている。だって、その前に資源が枯渇するから。
地形把握で確認出来た埋蔵資源を鑑みるに、恐らく掘りつくすまで二十日前後といったところか。それでは借金の半分も返せないのだ。
ちなみにルドアートへ行くまでの間、列車の中で地形把握し続けてみたけれど、他に資源が埋まってる土地はなかった。探せばあるんだろうけど、そうそうあちこちにあるものでもないらしい。
この村に資源が埋まってたのは幸運だったのだろう。まぁ、なければないで他の方法を考えただろうけれど。
そんな感じで「後は任せる」と馬小屋に帰ると、ラファマエルが料理を作って待っていてくれた。
彼女にも売上の中から食費を渡してあるので、もうアマゾネス化することも山で遭難することもない……はずだ。使命に燃える天使様には悪いけど、ここは家政婦さんとして家を守っていて欲しいと切に願う。
「遅かったな。先に頂いているぞ」
と思ったら、何故かティアモーテも居た。ラファマエルは、さっそく家を守り切れなかった模様。
「なんでお前がいるんだよ」
「貴様を監視しなければならないからな。近くにいるのは当然だろ。あ、すまないがおかわりを頂けるだろうか?」
おかわりは頂かせたくない。お帰り頂きたい。
なのに天使様はニコニコと笑顔で対応。銀髪に新しくパンとスープをよそってしまっていた。
「鉄太郎さんも冷めないうちにどうぞ! 村で採れたてのお野菜なんですよ!」
釈然としないものの、勧められるがままに席に着く。するとパンを齧りながら、銀髪が赤い瞳で覗き込んできた。
「ゴーギオ商会で雇った者たちに仕事の説明をしてきたのだろう? どうなのだ? 本当に今までの四倍近くも鉄鉱石を売ることができそうなのか?」
「それに関しちゃ心配いらねぇよ。お前ともすぐにおさらばだ」
「是非そう願うな。私も早く領都に戻り、さらなる魔導の研鑽に励みたいところだ」
「そうしてまたボッチになるわけだ」
「孤高と言え!」
コイツに人並みのコミュニケーション能力を身につけさせたいというダンディー領主の願いは、当分叶わないんじゃないだろうか。まずは治療が先だろう? 主に頭の。
とまぁ望まない方向で賑やかな食事を終えると、ティアモーテは満足そうに腹を擦りながら帰って行った。あの様子だとまた来るかもしれない。ボッチはボッチらしくボッチ飯してれば良いものを……。
ご機嫌に去って行く銀髪の後姿を眺めていると、食後のお茶を用意してくれたラファマエルが俺の顔を覗きこんで来た。ぽてっとした涙袋に大きな瞳。憂いを帯びた美しい顔が接近し、ドキリとしてしまう神様だ。
「鉄太郎さん。何かお悩み事ですか?」
「……ん? なんで? なんか悩んでるように見える?」
「分かりません」
なんじゃそりゃ。
でも、なんとなく彼女が言わんとしてることは分かった。
悩んでる……ってわけじゃない。
だってもう実行すると決めているし、すでに動き出しているんだから。
けれど、少しだけ躊躇はしてる。明日にでも村の人々から弾劾されることになるだろうから。きっと、目の前の美しい天使様にも……。
そのことに、知らず心が重くなっていたのだろう。
「悩みなんてないぞ。借金はあるけど順調だ。全てが終わった時、この村も繁栄してるはずだから」
「……そう、ですか? それなら良いのですけど」
説明するべきか? とも思ったが、止めておくことにした。結局やることは変わらないし、たぶん理解は得られないから。
俺は早々にラファマエルに別れを告げ、自分の馬小屋へと戻ることにした。
全ては明日。そこから動き始めるのだ。
……。
「神様っ! おい神様っ! いるんだろ!?」
予想通り村人たちが怒鳴り込んで来たのは、昼を少し回った頃だった。
馬小屋から外に出てみれば、筋肉マッチョのルクソンを筆頭として、数十人の村人たちが小屋の前に集まっている。
「どうした? なにか困りごとか?」
「アレを止めさせてくれよ! 煩くて仕方ねぇっ!」
アレとは、村の四箇所で同時に動き出した掘削機のことである。一基でも煩かったのに、それが四基。しかも居住地近くで轟音を発てているのだから、当然の苦情だ。
「悪いな。ちょっと我慢してくれ」
「できねぇって! 家の中にいてもガンガン聞こえてきやがって、会話も出来ねぇ状況なんだぞ!? あんなのが夜まで続いたら頭がどうにかなっちまう!」
ルクソンの背後からも、そうだそうだと同調を示す声が多数。けどお前たちは勘違いしてるぞ? 動いているのが昼間だけだと、いつから錯覚していた?
「鉄鉱石を掘り尽くすまでの辛抱だ。それまでは夜も稼動させるつもりだけど、何年もってわけじゃないさ」
「はぁっ!? 夜もだとっ!? んなもん耐えられるわけねぇだろ!?」
あの轟音が四六時中続くという絶望的な宣言に、ついにルクソンが俺に詰め寄ってくる。
これも予想していたことだ。筋肉マッチョの攻撃をモヤシっ子がどんだけ耐えられるか心配だが、覚悟はできている。何発殴られようと、俺はアレを止めることはしないと。
だから、お手柔らかにお願いします。
「ちょっとルクソン兄さんっ! 神様に向かって何してんのよ!!」
今まさにルクソンが俺の胸倉を掴みあげようとしたところで、待ったをかける声が俺とルクソンの間に割って入ってきた。パトリエッタだった。
彼女は俺に背中を向けた状態で、両手を広げて立ち塞がってくれている。女性に守られるとか凄い情けない構図。神様株がストップ安。
「どけパトリエッタ! いくら神様でも、こりゃあんまりってもんだろ!」
「ルクソン兄さんこそ事情も知らずに勝手なことばっかり言わないで! 後ろのあなたたちもよ!」
筋肉に毅然と立ち向かうパトリエッタの背中。凄く格好良い。
「鉄太郎様はね、この村を豊かにしようと莫大な借金を背負うことになったのよ!? それなのにそんな顔見せず、兄さんたちには十分以上のお給金を……。みんなだって、神様が買ってくださった食べ物で宴会を楽しんでたじゃない!」
「しゃ、借金……?」
「そうよ! だから急いでお金が必要なの! 今までたくさん助けて頂いてるんだから、少しくらい我慢しなさいよ!」
「そ……んなこと言われたって初耳だ! 水臭ぇじゃねぇか! 言ってくれりゃ、借金なんて村のみんなでなんとか――」
「十一万五千枚」
「……あ?」
「神様がわたくしたちの為に背負った借金の金額よ。半金貨で、十一万五千枚。それを村のみんなで出し合えるっていうの?」
途方もない金額に、ルクソンの動きが止まった。後ろに居る村人たちも、互いに顔を見合わせながら首を振っている。
そりゃそうだ。ただでさえ困窮していた村なんだから、どんだけジャンプさせてもそんな金額出てくるはずがない。
それでもルクソンは村人を代表してまだ何か言いたげだったが、自分たちは給金として恩恵を受けてしまっているし、俺の奢りの大宴会も記憶に新しい。上手く言い返すことができず、奥歯を噛みながら背を向けた。
「……なるべく早く何とかしてくれよ」
ごめん。それ無理。