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19両目 神様の思惑発→商人の思惑行き

 大宴会の翌日。

 鉄鉱石を積んだ列車に揺られ、俺はルドアートの町へ向かっていた。

 ポッポーと力強く貨車を引くのは、以前よりも進化した蒸気機関車。C10形だ。リベット組み立て構造なので、重厚感というか威圧感が凄い。例えこれが魔物だったとして、立ち向かおうとしたルドアート兵って勇猛すぎない?


 車窓に意識を移すと、旧式の倍近い速度が出ているため、流れるように景色が過ぎ去っていく。気分が悪い。車なら別に気分が悪くなったりしないんだけど、精神的な嫌悪感が原因だろうなぁ。俺のトラウマは相当根深いようだ。


 それが分かっていたので俺も乗りたくはないんだけど、今回はシュバルツに相談したいことがあったので、パトリエッタに任せるわけにはいかなかった。

 ちなみに彼女自身は、十二時間ほど後に出発する後続車に乗り込む予定になっている。そのため、俺の隣で気を紛らわせてくれる存在がいないのだ。随分救われていたんだなぁと実感してしまう。


「おいっ! 上に登ってみても良いか?」


 気を紛らわせてくれない存在が着いて来てるのも問題である。ティアモーテが。彼女がいると、気が紛れるどころか気が休まらない。今も何を思ったか、蒸気機関車の上に登りたいと仰せなのだ。頭おかしいんじゃないか?


「なんでだよ。危ねぇから座ってろ」


「ここは視界が悪いからな。外を監視するのも私の役目だ。それに、少し風を受けてみたい」


 絶対後半が本音だろ。疾走する蒸気機関車の上で仁王立ちになって「ふはははっ!」とか言いたいだけに決まってる。

 コイツが転落してグモるのは勝手だが、こっちに疑いが掛かりかねないんだぞ? 借金から逃げるため、監視役を殺したとかなんとか。お前の病死にこっちを巻き込むな。


「いいから座ってろ。もう着くんだから」


「……ちっ」


 コイツ舌打ちしやがった。帰りは縛って貨車の中に放り込んでやるからな。覚えてろよ?



 ……。



「ほう? 借金返済の目処でもたったか?」


 シュバルツの屋敷。応接室に通されると、先客がいらっしゃった。髭を撫でながらニヤニヤとこちらを見るダンディーは、ストラトス子爵だ。俺にとっては債権者様である。


「まぁボチボチってとこっすね」


 俺の返答が予期せぬものだったのか、子爵の眉がピクリと跳ねた。なんだい? 許しを乞うとでも思ったか? そう簡単に運転士になる運命は受け入れられねぇんだよ。


「さすが鉄太郎さんですね。さらに稼ぐための策がおありのようだ」


 それを上機嫌で眺める屋敷の主は、老紳士に命じて俺の紅茶を用意してくれた。促されるまま、俺もソファに腰を落ち着ける。


「それで、どんな策なんです? 鉄太郎さん自ら訪れたってことは、そのお話なんでしょう? 是非聞かせてくださいよ」


 話の内容に興味があるだけかもしれないけど、シュバルツは随分と俺に協力的な姿勢を見せてくれている。今のところ俺のことはトンデモ発明家という認識だろうからな。今度は何が飛び出すのかと、楽しみにしているのかもしれない。


 けど残念ながら、今回はいたって普通。まともなお話である。


「人手を借りられないかと思ってな。荷積みをする作業員を」


「荷積みっていうと、鉄鉱石を列車に積み込む人手ですか? 村の方に手伝ってもらっていると聞いたのですけど?」


「今はそうだけど、彼らは本当にお手伝いなんだ。一応給金は払ってるが、ちゃんとした契約を結んでるわけじゃない。まさか昼夜を問わず働かせるわけにもいかないだろう?」


 そう言うと、シュバルツが頬を引き攣らせるのが見えた。


「昼夜を問わず……ですか? パトリエッタさんにも色々伺っていますが、掘削速度がそこまで早いとは聞いてませんよ? それとも、掘削機に改良を施したのでしょうか?」


「いや、もっと単純な話だ。掘削場所を増やした。三ヶ所ほど」


 今度は頬を引き攣らせるだけで留められなかったらしい。シュバルツが大きく息を呑み、その後ろではサンチェスまでも目を見開いていた。子爵にいたっては「はぁ!?」と詰め寄ってくる始末。

 なんでも、新たな鉄鉱石の採掘場ってのは、年間で二つ三つ見つかるかどうかの頻度なのだとか。こう何箇所もポンポン見つかるのは異例中の異例だそうだ。

 俺のように地面の下を透視できるなら別だが、普通はそうじゃないからな。むやみやたらに地面を掘ったり山を削ったりするわけにもいかない。偶然見つかるのを待つしかないのだろう。


「そういうわけで、今の人手じゃ全然足りない。どうかな?」


「え、えぇ……そうですね……。では力仕事が得意な者を二十人ほど派遣しましょう」


「助かる。あ、もちろん給金はこっち持ちでいいからな?」


「あ、はい」


 そんな感じでシュバルツとの話はサクッと終了。ついでに、子爵にも水を向けてみた。


「チェンジは可能か?」


「あ? なんの話だ」


「監視役。コイツうるさい。あと寒い」


 言った瞬間、背後の気温が十度くらい下がった気がするけど無視だ。ティアモーテとはここでおさらばしたい。この際、静かならマッチョでも構わんぞ?


「監視役の変更はなしだ。ティアモーテには、引き続き鉄太郎の監視を命じる」


「はっ!!」


 威勢の良い敬礼に振り向くと、銀髪が勝ち誇ったような赤い瞳で俺を見下ろしていた。ウザい。


「なんでだよ。債務者にも気を使えよ。……あ、まさか厄介払い?」


 背後の気温が氷点下を突破した気がする。振り返ったら雪夜叉とかいそう。

 そんな俺の背後を楽しそうに見てから、ダンディー子爵は俺に視線を戻した。


「ティアの才能は万人の認めるところでな。百年に一人の天才だなんて言う者いるくらいだ」


 子爵の言葉に気を良くしたのか、背後で温暖化が始まったようだ。なんて分かりやすい奴だろう。温度計でも付けておけば、コイツの機嫌は丸分かりだ。


「ゆえに、ゆくゆくは魔術師部隊の隊長。いや、領軍を率いる立場になるかもしれん。だが経験不足や若さもさることながら……少し性格に難があってな……。はっきり言うと、周囲から浮きすぎるのだ」


「な――っ!? お、御言葉ですが領主様っ! 私の性格のどこに問題があると仰るのですかっ!?」


「…………そういうわけで、今回の任務は彼女に世間を知ってもらおうという意図もある。ゆえに、変更は認められん」


 あ、無視しやがった。絡むと面倒臭いことを分かってやがるんだ。

 ってか、厄介払いとは言わないまでも、それって「ちょっと手が掛かるから成長するまで面倒みてね」ってことじゃねぇか。債務者は保父さんじゃねぇんだぞ?


「聞いたなティアモーテ。一人研究室に篭って魔術の研鑽に励んだからこそ今のお前があるのも分かるが、魔術師として優れているというだけでは誰も着いて来ないのだ。お前はもっと世界を知り、人を知らねばならん」


「りょ、領主様……」


「それだけ、お前には期待しているということでもある。励めよ?」


「は、はいっ! このティアモーテ! 粉骨砕身の覚悟で監視に励み、漆黒の闇を払う綺羅星がごとき成長をお見せすると混沌の神々に誓約致します!!」


 お前全然分かってないだろ。そういうとこだぞ。


 そんな感じでうるさい監視役のリリースに失敗した俺は、がっくりと肩を落としてエアスク村に戻るのだった。



 ……。



 *****  シュバルツ視点  *****



「どう思う? 本当にそれだけの鉄鉱石を持ち込む当てがあると思うか?」


 鉄太郎さんを送り出した後、叔父さんは宙を睨むように唸りだしていた。たぶん、本当に借金が返済されてしまいそうで困ってるんじゃないかな。彼を取り込むつもりで土地の値段を吹っ掛けたくらいなんだから。


「可能性は高いですね。今嘘を付く理由がありません」


「ちっ……。もう少し吹っ掛けておいた方が良かったかもしれん……」


「ご愁傷様ですね。とはいえ、それはそれで良かったんじゃないですか? 財政も潤うでしょう?」


 なんせ金貨二千三百枚だ。買い手が付く筈のない土地がそれだけのお金に化けるのだから、どっちに転んでも叔父さんは困らない。蒸気機関車を見てしまった今となっては、それが手に入らないのは非常に惜しいのだろうけど。


「ふん。そこまで逼迫しておらんわ」


 軍備拡張のために資金繰りが大変だと叔父さんが零していたのがついこの間だから、やせ我慢だろう。髭に隠れた口許が、悪戯のバレた子供のように歪んでいた。


「お前とて思惑が外れたのではないか? さっきから爪を弾いてるのが見えているぞ」


 叔父さんに指摘され、僕は慌てて手を隠す。昔からの癖なのだ。心配事があると、デコピンするように中指の爪を親指で弾くのは。


「大方、返せそうにない借金の肩代わりを申し出るつもりだったのだろう? 俺と同じような条件を突きつけて」


 確かに考えなかったわけじゃない。鉄太郎さんに運転士をしてもらい、蒸気機関車を商会のために使わせてもらうという案は。それが上手くいけば競合商会はもちろん、下の者たちの鼻も明かせる。父から商会を継いだばかりの僕を侮っている人間は多いからね。仕方のないことだけど、だからこそ僕は実績を欲しているのだ。


 けど、今僕が考えているのはまったく別のことだった。


「鉄太郎さんは『昼夜を問わず』と言ってましたよね……?」


「ん? 鉄鉱石の採掘のことか? 確かに言っていたが、それがどうした? 借金を早く返したいのであろう?」


「それは違うと思うんですよ」


 だってその為に、新たな人手を雇うのだから。

 もともと彼には手付け金さえ払っておけば残りは分割で大丈夫だと伝えてある。であれば急ぐ必要はないんだから、人手を増やしてコストを上げるのは理に叶わない。


「ではなんだ? 急ぐ以外の理由があるのか?」


「パトリエッタの話では、鉄鉱石を掘り出すのは見たこともない大型の道具で、それが結構うるさいらしいんですよね……」


 叔父さんはピンと来ていないようだけど、話しているうちに、僕は自分の考えが正しいんじゃないかと確信し始めていた。きっと彼は、パトリエッタの方針に合意したのだろう。


 けれど、同時に疑問もある。鉄太郎さんの思惑が僕の考え通りだとしても、やり方が強引過ぎる気がするのだ。


 だとすれば、鉄太郎さんには他の目的もあるはず。もしかしたら彼は、僕と同じものに目を付けたのかもしれない……。


「サンチェス」


「はい、旦那様」


「エアスク村に何人か人を派遣してもらえる?」


 祖父の代から仕えている老執事は、優しげな瞳の奥に『なんのために?』という疑問と『何か始めるつもりですな?』という興奮をない交ぜにしながら恭しく腰を折った。


「ただちに。して、何をさせればよろしいでしょう?」


「土地相場の調査。それと、僕の考え通りなら近々相場が暴落するはずだから、その兆候が見られたらいくらか土地を押さえるように言っておいて」


 無駄に終る可能性もある。けど僕は商人だからね。大きな商機になりえるのなら、多少のリスクを背負う覚悟はある。それに、こんなワクワクする状況。指を咥えて見ているなんて、僕には出来そうになかった。




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