2両目 天界発→限界突破集落行き
「もう到着しますよ! 最初の挨拶はビシッと決めてくださいね、鉄太郎さんっ!」
空の上から地上へ向けてゆっくり降下中の我が身。ラファマエルに釣られて視線を下げると、足元に小さな村が見えてきた。ここが、神様になった俺が繁栄させなきゃいけない村なんだろうけど……
「無理じゃね?」
ってのが正直な意見だ。
山奥にひっそり佇むこの村には、見える範囲で五十軒くらいの家屋しかない。しかも半分近くが朽ち果てている。畑も荒れ放題だし、村の一部は森に侵食されていた。
限界集落。……いや、限界を突破してるな。限界突破集落だ。この村を繁栄させるより、全員で町に移住した方が遥かに簡単なんじゃないか?
「だ、ダメですよ? 神様から与えられたお仕事なんですから。それに、鉄太郎さんなら出来るって神様が言ってました!」
何を根拠にそのような……。
村の経営どころか、経済活動なんてコンビニでのバイトが精々。そんな俺に何を期待しちゃっているのだろう。買いかぶりも甚だしい。
「だって鉄太郎さんは、いくつもの村や町を繁栄させた実績があるんですよね?」
「あるわけないだろ。ってか、学生に求める実績じゃねぇよ」
「ち、違うんです鉄太郎さん! 村や町と言っても、それはゲームの中のお話で……っ」
ラファマエルが言うには、どうやら俺が神様に選ばれたのも同じ理由らしい。ゲームの中で、どんな村でもたちどころに復興させたと。
馬鹿だろうか? 当たり前だけど、それはゲームの中での話だ。現実とは違う。
「け、けど、今は神様の力があるんですから、ゲームと同じようにすれば……」
「アホかお前。ゲームってのはな、正解のあるパズルなんだよ」
俺がやっていたゲーム『い~列車でやろう』には、ミッションモードというのがあった。マップごとに様々な条件が課されていて、それを達成することを目指すというやつだ。
ミッション内容は色々あって、総資産1兆円を目指すとか、新幹線を誘致するとか。中には、眼下に見えている村よりも酷い状況の寒村を、街レベルに発展させなきゃないような高難易度のミッションもあった気がする。そして俺は、ことごとくそのミッションをクリアしていたわけだ。
しかし勘違いしてはいけない。あれはゲームだ。ゲームである以上そこには製作者の意図があり、同時にクリア方法も用意されている。まぁ、他のゲームだとレベルを上げて物理で殴るのが正解だったり、裏技を使わないとクリア出来ないようなクソゲーもあるらしいけど、『い~列車でやろう』シリーズに限ってそんなことはなかった。じゃなければ、ナンバリングが二桁までいくような良ゲームとして支持されたりはしないだろう。
「で、でも、神様は不可能なことなんて仰らないです! 鉄太郎さんなら出来ると思ったからこそ、鉄太郎さんにお任せした筈ですから!」
んなこと言われても無理なもんは無理だ。お前が信じてるチビッ子神様は、どう考えても節穴だぞ?
なんて心の中ではバッサリ斬り捨てつつ
「ま、まぁ、やるだけやってみるよ」
そう答えてしまう俺のなんとヘタレなことか……。
けどな? 全幅の信頼を寄せて瞳をキラキラさせてるラファマエルに「無理です」とは言い辛いわけよ。信頼を寄せてる相手は俺じゃなくて、俺にこんな無理難題を押し付けたチビッ子神様になんだろうけど、それでも胸の前でグッと拳を握りながらグイグイ迫ってくる天使様に対して、現実を教えるのは気が咎めてしまう。
それに、俺は神として降臨している真っ最中だ。異世界観光だけして帰るというわけにはいかないだろう。だいいち、あのチビッ子にも言われている。神になったからには、神としての義務が発生するのだと。
酷い押し売りもあったものだ。クーリングオフすら効かないとは……。
とまぁそんなわけで、我ながら後ろ向きな返答だったわけだけど、それでもラファマエルは嬉しかったらしい。「はいっ」と元気良く返事をしてから下に視線を移していた。するといつの間にか、降り立つべき村がすぐそこまで迫ってきている。
「おいラファマエル? このままだと屋根に衝突するぞ?」
真っ直ぐ降下中の俺たちの真下には、赤い屋根が見えていた。周囲の建物と比べてちゃんとした石造りの建造物は、たぶん教会なんじゃないだろうか? 十字架は見当たらないが、シンボルと思わしき杯のオブジェが屋根の上に乗っかっている。
「大丈夫です。スルッと通り抜けますので」
大丈夫かそれ? 天井からの不法侵入なんて、俺が家主なら無言で110番だぞ?
あと凄くどうでもいいけど、下から見上げたらスカートの中が覗き放題だ。指摘していいものかどうか判断に迷う。
なんてことを考えてる間も降下は止まらず、ついに足先が屋根に触れた。反射的に膝を曲げてしまったが、どうやら本当に通り抜けられるらしく、なんの衝撃もないまま身体が屋根に埋まっていく。
「な、なんだっ!?」
やはりここは教会だったようで、礼拝中だったのだろうか? 屋内には二十人ほどの男女がひしめき、天井からこんにちわした俺たちを見上げていた。中には呼吸すら忘れてる者もいる。
そんな彼らの前に堂々と降り立ったラファマエルは、優雅に両手を広げると、透き通るような声を響かせた。
「お喜び下さい村のみなさん。みなさんの困窮を知り、神様自らが救いの手を差し伸べに降臨されました」
両手を広げ、慈愛の眼差しで村人たちを見る彼女は、理想的な天使様の姿に違いない。そのためか、教会に集まっていた人々は両手を胸の前で組み、自然と祈るようなポーズになっていた。
「め、女神様じゃ……。女神様が降臨なされた……っ」
「ありがたや……っ。見かねた村長が遣わして下さったに違いない……っ」
「隣にいる男は誰だ? 見たところ浮浪者のようだが……」
驚愕の言葉が口々に漏れているが、ちょっと聞き捨てならない評価が混ざってないか? そこのお前だよ。顔は覚えたからな?
いや、まぁいいんだけどね。ラファマエルと違ってこっちはラフなジーパン姿。黒地のTシャツには良く分からん英語が書いてあり、神聖さなんて欠片もないんだから。
「ち、違いますよっ!? 私はただの天使で、こちらの方が神様ですからねっ!?」
ラファマエルが慌てて説明したことで、村人たちの視線がこっちに集まってしまった。う~ん。これは何か言わなきゃいけない流れだろうか? 神様っぽい口調とか出来ないんだけど……。
「あ、えっと……。神だ。よろしく」
……。
その後正気に戻った村人たちが、なんやらかんやらと詰め寄ってきた。
そりゃそうだ。なんせ神と天使が降臨したんだから。こんなビッグイベント、人生を何回やり直したって遭遇できるものじゃない。
渦中の俺としても、こんなにちチヤホヤされんのは生まれて初めての経験だ。なんというか、こう、背中がむず痒くなる。
しかしもう一方の渦中の人物。天使ラファマエルは緊張した様子もなく、村人たちの質問責めに答えていた。
「救って下さるとは、具体的にどうして下さるんじゃ!?」
「そこにいらっしゃる鉄太郎神が、神の御業で奇跡を起こして下さいますよ」
「飼ってた豚のハナコが逃げてしまったんじゃ! 何でも食べる良い子なんじゃ! それも見つけて下さるので!?」
「鉄太郎神に不可能はありませんから」
「腰痛も治りますかのぉ? 畑仕事も出来んで困っとるんじゃが……」
「もちろんです。神様は全ての困難を取り払って下さるでしょう」
安請け合いの大バーゲンである。アイツ、俺の力が何か知ってる上で言ってるのだろうか? 鉄道ゲームだぞ? どこをどうしたら豚を探したり腰痛治したり出来るというのだろう?
俺はすぐにでも訂正しようと足を踏み出したのだが、グイッと袖を引っ張られてしまった。次いで、腕がむにゅっと柔らかな物に包まれる。
「神様はこの村に滞在なされるのですよね?」
見れば、二十代前半の女性が俺の腕を掴んで身を寄せていた。必然、腕に感じる柔らかさは彼女の胸の感触だ。明らかにわざと。当ててんのよ! ってやつだろうか。ドンと来い。
「そうなるみたい」
「でしたら、どうぞ我が家をお使いくださいませ」
周囲の村人と比べてずっと垢抜けた美人さんは、そう言いながら更に身を寄せてくる。少し釣り目ガチな瞳に、意思の強さが伺えた。
なんて甘美なお誘いだろうか。断る理由が見当たらない。見当たったとしても断らない。どうぞお持ち帰りくださいませ。
「そ、そうっすね。じゃ、じゃあ、お言葉に甘え――うぉ!?」
フラフラと女性に吸い寄せられたところで、今度は逆側から引っ張られてしまった。
なんだなんだ? モテモテじゃないか。さすが神様。大岡裁きなんてとんでもない。二人まとめてドンと来いだぜ。
そう思って振り向くと
「ご滞在になるんだったら、是非うちに来てくだせぇ!」
筋肉マッチョがそこにいた。
秒でノーサンキュー。
「ちょっとルクソン兄さん! 神様はわたくしの家に来て下さるのよ! 邪魔しないで!」
「何言ってんだパトリエッタ! この村で一番神様に相応しいのは、村長宅であるうちに決まってんだろ! お前こそ手を引け!」
どうやらこの二人は兄妹らしい。ルクソンと呼ばれたマッチョは見た目通り凄い力だ。俺にしがみついているパトリエッタごと、グイグイ引っ張っていこうとしている。
心情と下心的にはパトリエッタの味方をしたいところだけど、周囲の様子がおかしいことに俺は気付いた。なんだか村人たちが二つに分かれているのだ。
んん……?
これはアレか? 派閥争い的な?
高校のころ、クラスの女子がこんな感じだったのを思い出して、ちょっとげんなり神様だ。こういう時、下手にどちらかの味方をしてはいけない。味方をされなかった側からは猛攻撃を喰らい、なぜか味方をした側からも陰口を叩かれる羽目になるからだ。そんな感じでクラスカースト最下位に沈んでしまったかつてのクラスメートを思い出しながら、俺は両方の手を振りほどいた。
「ちょっと待ってくれ。どこに住むかはラファマエルと決めるから」
逃げるように二人を制すると、ちょうどラファマエルが人混みを掻き分けて出てくるところだった。グッドタイミング。助けて天使様。簡潔に言うと、矢面に立ってくれ。
「お呼びですか鉄太郎さん」
「あ、あぁ。俺たちはしばらく村に滞在するんだよな? どこに住むとか決まってる?」
「住居ですか? 教会でご厄介になろうかと思っていたのですけど」
ラファマエル曰く、教会は神聖な気で満たされているから、天使的に快適なんだそうだ。神様である俺はそんなことなかったけど……。
まぁ、彼女がそう言うならそれでいいだろう。そう思って教会の司祭に目を向けると、皺の目立つ老人は困ったように視線を泳がせていた。
「ダメなの?」
「い、いえいえ滅相もありませぬ! た、ただ……その……」
泳ぐ視線の先には、先ほどのルクソンとパトリエッタの姿。これの反応を伺っているらしい。
あぁ、そういうことか。なんとしても俺たちを自派閥に加えたいルクソンとパトリエッタが、周囲に圧力をかけてるわけだ。これに逆らっては、下手すりゃ村八分なのだろう。
なんて面倒な。田舎社会の闇が凝縮されている構図に溜息が出た。
「……分かった。住居は自分で建てることにする」
「え? た、建てる……のですか?」
俺の発言に驚く周囲を無視しながら、俺は適当な広さの空き地へと足を進めた。
見せてやろうじゃないか。神様の力とやらを。