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15.5両目 迷子の天使様

 ***** ラファマエル視点 *****


 夢を見ていました。

 まだ私が天使になる前。人としての生を終える、そんな頃の夢です。

 凄く凄く遠くて、でも決して忘れることはできない昔の記憶……。


「お姉ちゃん……いつになったら神様は助けてくれるの……?」

「お腹すいたよ……」

「パパとママはどこ……?」


 子供らしからぬ絶望に染まった声が、四方八方から聞こえてきます。

 だから私は言いました。


「大丈夫。神様は見ていてくれますから。きっとすぐに私たちを救って下さいますよ?」


 今は私の言葉だけが唯一の希望。そうなれるように、無理やり笑顔を作りながら優しく言うのです。


 それを聞いた子供たちは、何人かが安心したように。何人かは、もう諦めたように眠りにつきました。

 そんな子供たちを見ながら、私は神像を見上げます。


 ここは教会。

 私が生きていた世界では、永らく戦争が続いていました。

 ここは住む場所を失い、頼れる者を失ってしまった子供たちが、命からがら辿り着く最後の拠り所なのです。


 けれど最後の拠り所であるここも、限界が近付いていました。食糧はとっくに尽きていて、誰かが援助してくれる可能性もありません。昨日近くの町が燃えているのが見えたから、いつここに敵国の兵士たちが雪崩れ込んできてもおかしくない状況です。


 それでも、私は懸命に生きていました。

 雑草、木の皮、ネズミの死体。食べられる物は何でも食べて。そうして、まともな食糧を子供たちに回していたのですが……。


「ダメ……。弱気になっちゃダメ。子供たちを守れるのは私しかいないのですから」


 シスター見習いとしてやって来た教会。先輩シスターたちは、とっくに逃げ出してしまいました。

 ここにいるのは、私と、逃げることも出来ない子供たちだけなのです。


 きっと私はこのまま死ぬのでしょう。

 せめて子供たちだけでも助けてあげたい。


 それも叶わないなら……。

 それすらも叶えてくれないのなら……。



 ……。



「痛い……」


 足の痛みで目が覚めました。もう出血は収まってるみたいですけど、血が乾いたせいでスカートが太ももに張り付いてしまっていますね。

 剥がすと痛いでしょうか? また出血しちゃったら困りますし、このままにしておきましょう。


 改めて周囲を見渡すと、辺りは真っ暗でした。どこにいるのかも分かりません。


「どうしましょう……」


 山に入ったのはお昼前。なのに今はもう夜。

 昨日帰って来なかった鉄太郎さんだけれど、ひょっとしたらもう村に戻っているかもしれません。なのに出迎えることも出来ず、山の中で迷子だなんて……。


 こんなことじゃいけないです。

 私は鉄太郎さんをサポートするために遣わされた天使なんですから。


 鉄太郎さんはとても頑張って下さってます。神様になったばかりで戸惑いも多いはずなのに、その責務を全うしようとしてくださっているのです。


 私は知りませんでしたけれど、なんでも村の方々を助けて回っていたのだとか。

 壊れた建物を直したり、探し物を手伝ったり、腰の悪いお爺さんのために奇跡を使ったり。果ては子供たちの遊び相手まで。


 凄いです。

 嫉妬を覚えるほどに、鉄太郎さんは素晴らしい神様です。


 ……不敬ではありますけど、初めてお会いした時は消極的で少し頼りない感じがしました。なんだか色々なことを諦めてしまっているような、興味がないような、そんな虚ろさを感じたのです。

 だから私は「神様としてのなんたるかを教えて差し上げなければ」なんて意気込んでいたのですが、実際に村の人たちと触れ合ったからでしょうか? いつしか鉄太郎さんは、とても頼れる神様になっていました。


 彼に出会えたことを――初めてお仕えする神様が鉄太郎さんであったことを、神様に感謝したい気持ちで一杯です。――願わくば、生前にお会いしたかったですけど……。


 けどそれだけに、もしかしたら私なんて必要ないのかもしれないという思いがあります。

 私の言葉も、行動も、彼にとってなんの意味もないかもしれない、と。


 だからって、本当に何もしないわけにはいきません。

 鉄太郎さんが憂いなく人々を救えるように、少しでもお役に立ちたいのです!


「って、迷子じゃお仕えすることも出来ないじゃないですか……」


 なのに、どうしてこんなことになってしまったんですかね……。


 狩りを禁止された私は、ならばと山に入ることにしました。少しでも良い物を鉄太郎さんに食べて頂きたかったからです。

 生前鍛えられた私の胃袋と違い、彼の胃袋はデリケートみたいですからね。人々を救う活力を得て頂くためにも、食卓の充実は私に課せられた使命なのです。


 幸い、村の方からは、山の奥に行けば山菜が豊富だという話を伺っていました。熊や猪などが出るので危険とのことでしたが、こう見えても私は天使です。神様の奇跡とまではいかなくても、害獣にエンカウントしない程度の幸運は持ち合わせてるはずでしょう?


 ――と、思ってたんですけどね……。


 えぇえぇそうです。エンカウントしました。見事なまでに熊さんに出会いました。

 なんでしょう? 私、神様に嫌われてるんでしょうか?


 多少の狩猟知識で太刀打ち出来るほど、野性の熊さんは甘くありませんでした。しかも、逃げても逃げても追いかけてくる執拗さ。悪魔でしょうか? エンジェルミート、完全にロックオンされてます。


 どこをどう逃げたのかも分からず、せっかく洗ったばかりのキトーンも枝に裂かれ、泥に塗れ……。これでは、また鉄太郎さんに怒られてしまいますね……。

 それもこれも、生きて帰れればの話ですけど。


 そうして命からがら逃げていたはずの私がこんなところで寝ていたのは、熊に追われて崖から滑り落ちてしまったからです。ふと見上げれば、切り立った崖が聳え立っていました。


 ……あの上から落ちたんですか? よく生きてますね私……。


 とはいえ、のんびりもしていられません。どのくらい気を失っていたのか分かりませんが、熊が諦めていない可能性もあるのですから。

 まずはこの血痕。全身にこびり付いた血を洗い流したほうがいいかもです。血の臭いは獣を呼び寄せてしまいますからね。狩人の常識です。


 とにかく場所を移動しなければならないので、私は痛む身体に鞭を打つことにしました。

 全身が痛いです。膝が悲鳴をあげてます。両手がもう持ち上がりません。そういえば、ご飯もまだでした。そろそろお腹がオーケストラを奏でそう。


「言ってる場合じゃないです……あ、この草食べられそう」


 その辺の草をもしゃもしゃしながら、少しでも村へと向かって足を進めます。

 暗い山道。獣道すらありませんが、慎重に慎重に。次に崖から落ちたら、きっと起き上がれませんから。


 聞こえてくるのは、何かの唸り声でしょうか? それとも風の音? 今にも木々の間から熊さんがこんにちわしそうで、心臓がバクバクです。

 けれど止まるわけにはいきません。なんとか……なんとか村に戻らないと……。


 そうしてどれだけ歩いたでしょう?

 茂った草を払いながら進んでいると、不意に開けた場所に出ました。


 なんでしょうか? 山の中なのに、なんだか人の手が入っているような。

 それに、この臭い……卵の腐った……さすがの私でも、ちょっと躊躇ってから食べる程度に腐った、卵のようなこの臭気は……


「……温泉? なんでこんなところに……」


 目の前に、何故か温泉がありました。

 地面を掘って、周囲を石で固めてある露天風呂。中にたっぷり満ちているのは、間違いなく温泉です。


 どうしましょうか。

 ゆっくりお湯に浸かっている場合じゃありませんよね。


 けど……抗い難い誘惑があるのも事実……。

 疲れ切った心と身体が、底の底からリラックスを欲しています……。


 ――あ、そうです。そうでした。

 熊さんの追跡から逃れるために、身体に付いた血を洗い流さなければならないんでした。

 そうですそうです。これは必要なことなんです。


 だから


 ――ザッパ~ン……


 服を脱ぎ捨て、私はお湯にダイブしました。気付いたらダイブしてました。

 少しだけ。ほんの少しだけ馬鹿になっていたのかもしれません。熊さんに追われる恐怖と、昔の夢を見てしまった切なさと、ぐーぐー鳴ってるお腹のせいです。そういうことにしましょう。


 お湯が高温だったら大変なことになってましたね。火傷じゃ済まなかったです。

 けれど温泉は丁度良い湯加減で、ぽかぽか私の身体を迎え入れてくれました。ありがとうございます。


「あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛~~~~…………」


 ……。


 なんか、天使にあるまじき声が出てしまった気がします。……ま、まぁいいでしょう。誰もいないからセーフ。

 それよりも、なんて心地良いお風呂なんでしょうか。身体が温まり始めると、指の先からお湯に溶けていってしまいそうな感覚。

 もうこのままお湯になってしまいたい。お湯と溶け合いたい。そんな感じです。


 ついでにバシャバシャとキトーンを洗います。

 あ、もちろんお風呂には入れてませんよ? 余ったお湯がどんどん外に流れ出ているので、それを利用して洗っているんです。上半身だけお風呂から出して、手でじゃぶじゃぶ。ちょっと胸が邪魔ですけど、出来るだけ綺麗になるように。


 うん。いいですね。

 なんとなく白さが戻ってきました。これなら鉄太郎さんもニッコリでしょう。


 一仕事終えると、上半身だけ冷えてしまいました。これはいけません。

 もう一度、とっぷり肩まで浸かります。


「ふひぃぃぃぃぃ~~~~~…………」


 ……まぁいいですよね? どうせ誰も聞いてませ――


「お前なにしてんの?」


「ふぇっ!? ち、違います! これは違いますからね!」


「いや、何も違わないだろ……」


 突然の声に振り返ると、そこには何故か鉄太郎さんがいました。

 なんでですか? なんでこんなタイミングなんですか!?


 やっぱり神様は、私のことがお嫌いなんじゃないでしょうか……?



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