15両目 銀髪の魔術師発→神様の決意行き
ルドアートの町で鉄鉱石の取引きを終え、エアスク村への帰り道。敷設した長い線路の丁度中間地点辺りに駅を建設したところで、俺を監視しているティアモーテが俺の胸倉を掴んできた。
「今何をした?」
ティアモーテはルドアートの町を守る領主軍の、魔術師部隊に所属しているらしい。服装も魔術師部隊の隊服で、赤く縁取りをした白いロングコートだ。胸に付いてる階級章が、彼女がまだ十八歳だというのに副隊長を任せられている傑物なのだと示していた。
そんなことより、俺にとっては彼女が美人さんだという方が大事。
薄っすら日焼けしたような褐色肌に、陽光を反射した蜘蛛の糸を思わせる綺麗な銀髪。軍人らしく髪型はショートだけど前髪は少し長く、片目が完全に隠れてしまっている。赤い瞳と相まって、ミステリアスな雰囲気を醸し出していた。パトリエッタとは違った魅力である。
別に下心があるわけじゃないけど、監視という名目でティアモーテとは行動を共にするわけだから、綺麗な人の方がいいじゃんね? ムサい筋肉マッチョの軍人さんとかだったら、借金を返す当てがあっても逃亡したくなってしまう。
もっとも、俺に好感なんて持ってるはずもない彼女だ。魔術師だというのに身体も鍛えているらしく、グイグイと俺の胸倉を締め上げる力に加減が感じられない。現在進行形で死にそう。いや、割とマジで。
「た、たんま! タップタップ!」
褐色の腕を何度も叩くと、ようやく意味が伝わったらしく力を抜いてくれた。おかげで新鮮な空気を取り込める。もう少し遅かったら天界にカムバックするところだった。
「何をしたって聞かれても、何のことか――」
「惚けるな。突然建物が出来たではないか。貴様の仕業なのだろう?」
「あぁそれ? 丁度中間地点くらいだから交換駅を作っておこうかなってね」
「交換駅、ですか?」
食いついてきたのはパトリエッタだ。俺がティアモーテに昇天させられそうになってる間も、彼女は何故こんなところに駅を造ったのか考えていたらしい。ならば彼女にも分かるように説明してあげないとな。
「これから俺たちはルドアートまで鉄鉱石をたくさん運ぶわけだけど、一度に運べる量は限られてるだろ? どうしたらいいと思う?」
「列車の本数を増やせば良いのではないですか? これだけ長い線路なのですから」
「半分正解で半分不正解だ」
確かに線路は長い。けど単線である以上それは無理なんだよ。端まで到達した列車が折り返してきちまうからな。どこかで正面衝突だ。
そこで取れる方法はいくつかある。一部を複線化するとか、列車をたくさん配置したいなら環状線もいいだろう。これなら進行方向は常に一定なので、どれだけでも列車を走らせられるし。
けれどそこには大きな問題がある。ゲームでもそうだったが、線路を敷設しまくると莫大な土地代が掛かるということだ。
例えば今敷いてある線路の横にもう一本同じ距離の線路を敷いただけで、単純に借金が倍になってしまう計算だ。これでは採算が合わない。そこで今回用いることにした方法が、交換駅の設置だった。
交換駅とは、長い線路の中間地点辺りに駅を設置し、そこだけ複線化しておくものだ。二番線を用意した駅ってことだな。そうすると、両端から同時に走り始めた列車が、丁度その駅で擦れ違うことが出来るというわけである。
これだと、駅を造らず複線化するだけでいいんじゃね? って思うだろ? けどそれだと、正確に距離を測ってきっちり中間地点じゃないと成り立たない。少しずつタイミングがズレてしまい、いずれ正面衝突してしまうからだ。
そこで交換駅の出番である。駅ならば、列車の発車タイミングを設定しておくことが出来る。二本とも駅に停車するのを確認してから発車と設定しておけば、多少の距離の誤差はその駅で修正されるというわけだ。
メリットは、新たに線路を敷設するための土地費用が最低限で済むこと。
デメリットは、このやり方だと列車をもう一本しか増やすことが出来ないってことか。まぁ、今は二本走ってれば十分なので良しとしよう。
と、長々説明したところで俺の呼吸が再び苦しくなった。ってか、さっきより断然苦しい。視界がホワイトアウトするレベル。なんでだ!?
「そういうことを聞いているのではないっ」
凍てつきそうな視線で俺を睨みながら、ティアモーテが胸倉を掴み上げてきていた。
いったい何なんだよ……。
……。
一命を取りとめた俺は、再びゴトンゴトンと列車に揺られていた。
ったく、駅をどうやって造ったか知りたいんだったら、最初からそう聞けよ。紛らわしい。
落ち着いたところで車窓から外を見ると、もう日も落ちてしまい辺りは真っ暗だった。前照灯の灯りが暗闇をぽっかりと丸く切り取り、その中を線路が高速で過ぎ去っていく。
パトリエッタは疲れていたのか、俺の隣でウトウトとしているようだ。一方ティアモーテは、先ほどの俺の説明に納得がいってないのか、斜め後ろで何やらブツブツ呟き続けている。呪詛のようで何だか怖いが、途切れ途切れで耳に届く言葉は尚怖い。
「地獄の底より召喚されし馬の宮殿……。疾走する黒き鋼……。地の果てへと伸びし神槍がごとき道標……。聞いたこともない魔法ばかりだ……」
俺も聞いたことないんだけど!? それ、馬小屋の建設と、蒸気機関車と、線路のことだよね!? どんだけ格好良く言っちゃってんの!?
しかもティアモーテは銀髪で隠れた左目を押さえながら「く……っ、静まれ……っ」とか言い出してる始末。はっきり言って、あまりお近づきになりたくない状態だ。
なので彼女のことは無視して、俺はパトリエッタに話しかけることにした。
「悪かったな。付き合ってもらったのに、大して村に還元出来そうになくて」
鉄鉱石の取引きは上手くいった。ひとえに彼女の功績だ。
けれどそれ以上の借金を背負ってしまった無担保神様は、得ることの出来た収入を村人たちに分配できない。というか、全て返済に回さなくてはとても返しきれないのだ。骨折り損の草臥れ儲けとか言うけど、全面的に損しかしてない。何をしているのやら我ながら呆れるばかりである。
それでもパトリエッタは欠伸を噛み殺しつつ、ニコリと笑顔を向けてくれた。
「そんなことありませんよ? ゴーギオ商会とはより強い繋がりを持つことが出来ましたし。鉄太郎様と親交を深めたい向こうとしては、今後わたくしの事も無碍には出来ないでしょうから」
「実益とは言い難いだろう? 最初からパトリエッタはシュバルツと親しかったみたいだし。……そういえば、どういう間柄なんだ?」
「元々は、ゴーギオ商会の元会長……シュバルツさんのお父さんですね。その元会長さんとウチの父が友人のような関係でして。子供の頃に何度か訪れたことがあるのです」
「それだけか?」
確かシュバルツは、パトリエッタのことをビジネスパートナーと言っていた気がする。子供の頃に会っていた程度の相手を、そんな呼び方しないだろう。
「今後エアスク村をどうするのか? という話を、以前しましたよね?」
「あぁ。パトリエッタは村人たちを町に移住させたいんだったか? それで兄のルクソンと意見が対立してるって」
「その通りです。けれど集団で移住しようとすれば、色々と必要になるでしょう?」
金だけじゃない。住居や仕事など、生活の基盤が必要となってくる。彼女はそのことを言っているのだろう。
「以前からシュバルツさんにはそのことを相談していまして、色々と便宜を図って頂いてるんですよ」
ちなみにその計画では、ゴーギオ商会で住居を用意してくれることになっているそうだ。その代わり、移り住んだ村人たちには人手が足りていない仕事を手伝ってもらったり、村で持っていた土地の権利を譲渡してもらう予定らしい。労働力と土地を、新しい住居と交換するわけだな。
もちろん斡旋するのは奴隷のように過酷な仕事ではないし、土地だって使わなくなるものだ。失っても何の問題もないだろう。不当な取引きどころか、ゴーギオ商会に旨味があるのか疑問ですらある。商人なんだから、慈善事業ってわけじゃないだろうけど。
「それより鉄太郎様。宜しかったのですか?」
言いながら、パトリエッタは座席の下に置いてある皮袋を指差した。そこには今回の取引きで得た全額。半金貨六百五十枚が入っている。
「領主様に手付けとしてお渡しするのでは?」
「一週間以内に千枚用意すりゃいいんだろ? なら問題ない。あと二回ほど鉄鉱石を運び込めば、それで達成できるんだからさ」
そういう計算で、今回の売上は全て貰ってきている。
というのも、まずは鉄鉱石の積み込みを手伝ってくれたルクソンたちに手間賃を払わなきゃならないからだ。次回以降も手伝ってもらえるよう、初回は少し給金を弾まなきゃな。
それともう一つ。
鉄鉱石を売りまくって借金を完済する予定だ! とパトリエッタは……いや、誰もが思っているのだろう。でも俺は、それが不可能だと思っている。なぜなら、地下資源は有限なのだ。神様の力でポコポコ湧き出てくるようなものじゃない。
村の地下に埋まっていたものを思い起こすと、恐らく十五回くらい採掘したところで枯渇してしまう。村の地下にはもう何箇所か資源の埋まっている場所があったが、全て掘り起こしたとしても借金の完済は不可能なのだ。なので次の金稼ぎを考える必要があり、これはその元手にするつもりだ。先立つものがなければ、何も出来ないからね。
次の金稼ぎについても、一応考えてはある。
ただしこの計画は、まだ誰にも話せない。特にパトリエッタから今の話を聞いてしまったので、余計に話すことができなくなった。
……怒るかな?
計画の全容を知った時、きっと彼女は……いや、村人たちも、そしてラファマエルも怒るだろう。とくにルクソンなんて、殴りかかってくるかもしれない。
けど仕方ないじゃないか。他に方法が思いつかないんだから。何よりもまず借金の完済。それが優先だ。だって俺が借金のせいで村から離れてしまったら、どっちみちあの村は滅びるんだから。
それに、上手くやれれば村人たちにも還元出来るはずである。この世界には俺がやろうとしている仕組みがないので説明しても分かってもらえないかもしれないが、『い~列車でやろう』にもその仕組みは存在した。理論上は上手くいく。
まぁそのためには、一度村をぶっ壊す必要があるんだけどな。
「あ、見えてきましたよ鉄太郎様。村に帰ってきました」
暗い草原を駆け抜け、山を登り始めてから数十分。ポツポツと灯りが見えて来た。村の明かりだ。
けど数が多い。
確かにまだ寝るには早い時間だけど、いつもより多くの光源が村を照らしている。……篝火まで焚いてるぞ? なんだ?
「神様がお帰りになったぞ!」
するといち早く列車を発見した村人が走り寄ってきた。
待て待て。出迎えは嬉しいけど、駅に到着するまで止まれないんだよ。
そう言って制するものの、村人はとてつもなく慌てているのか、列車と並走しながら俺に話しかけてきた。
「た、大変なんでごぜぇます神様!」
「なんだ? いったい何があったんだ?」
「天使様が迷子になっちまっただ!」
いや本当に何があったんだよ……。