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14両目 初取引き発→借金返済計画行き

 結論から言うと、俺は拒否した。

 鉄道経営シミュレーションゲームの能力を持つ俺だけど、極力鉄道には関わりたくない。村を繁栄させるミッションだって、直接鉄道が関わらない方法を模索してたくらいだ。運転士なんてもってのほか。断固拒否の構えである。


 一方で、俺の返答に大慌てだったのはストラトス子爵だ。まさか断られるとは思ってなかったのだろう。

 分からなくはない。厳罰をチラつかせられた上で多額の借金を背負った俺が取れる行動なんて、普通に考えれば頭を下げて頷くくらいなんだから。


 残念だったな!

 嫌なもんは嫌なんだよ!


 いい年したジーパン野郎が、ある種の駄々っ子状態だ。これにはダンディーも苦笑い。「突然の提案に戸惑っているのだろう。少し時間をやるから良く考えてみろ」なんて譲歩してくれた。ゴネ得である。


 とはいえ、借金が消えるわけじゃない。

 一週間以内に返事をすることに加え、逃げ出さないようにと監視も付けられることになった。まぁ、その程度は仕方ないだろう。


 とまぁそんな感じで兵舎を後にした俺たちは、シュバルツの案内で彼の屋敷へと向かっていた。

 パトリエッタの安否を確認したいし、これからのことを相談しなきゃならなくなったからな。


「鉄太郎様! ご無事だったのですね!」


 ルドアートの町でも一際お高そうな家々が並ぶ一角にあって、なお周囲の屋敷より立派な建物の前。俺を待っていてくれたのか、こちらに気付いたパトリエッタが駆け寄ってきた。


「パトリエッタのおかげでな。そっちも無事だったみたいでなによりだ」


 パッと見た感じ、彼女は健康そのもの。こちらに来た時と衣服が替わってるのは、替えを用意してもらったからか? 良い待遇で迎えられたようで一安心だ。


 そんな感じで互いの無事を確認しあった俺たちは、シュバルツの屋敷に招き入れられた。鉄鉱石を取引きするためだ。

 随分と寄り道してしまったが、これが目的だったからな。すでにかなりお世話になってしまった今、友達の友達割引きくらい適用してあげてもいいだろう。



 ……。



 応接室と思しき広い部屋に通された俺は、ソファでゆったり寛いでいた。テーブルには、メイドさんが注いでくれた紅茶がある。そして隣にはパトリエッタ。後ろには領主の命令で俺を監視している女性という布陣だ。


 凄いブルジョワジーみを感じる。美女二人を従えてメイドに紅茶を淹れさせるなんて、前世の俺がどう頑張っても到達できそうにない境地だ。求めていた神様生活がここにある。


「ひとまずお疲れ様でした鉄太郎さん。しかし、面倒なことになりましたね……」


 そう言って渋面を作ったのは、正面のソファに座る若い男。この屋敷の主人であるシュバルツだ。

 国内で三番目に大きな商会の会長をやっているらしいが、日本で言うと大手自動車メーカーの社長とか、通信業のCEOとかそんな感じ? そう考えると、とんでもない人物であることが分かるから、深く考えないことにした。だって萎縮しちゃうじゃんな?

 だって内緒だけどこちとら神様だ。肩書き勝負なら誰にも負けねぇから! 内実は馬小屋職人みたいなもんだけど……。


「何か返す当てはおありなのでしょうか? 叔父……ストラトス子爵の申し出を断っていましたが」


「ないな。いざとなったら逃げる」


 言った瞬間、背後から凄い冷気を感じた。振り返るまでもなく誰の仕業か分かる。監視のために着いて来た女性だ。

 てかこれ何? 殺気? なんらかの魔法? 良く分からないけど命の危機を感じてるんですけど。

 半ば冗談のつもりで言っただけなんだけど、あんまり下手なことは言わないほうがいいのかもしれない。


「子爵のご命令は承知していますが、当屋敷内にて物騒な真似はお止め頂けますでしょうか? ティアモーテ嬢」


 シュバルツの後ろで控えていた老紳士サンチェスが静かに目を光らせると、俺の後ろから冷気が収まった。危ない。助かった。サンキュー爺さん。


「鉄太郎様も。軽々な発言は控えて頂けるようお願い致します」


「あ、はい。すいません」


 怒られた。けどちょっとにこやか。俺を助けるという意図は明確だ。惚れてしまいそう。

 とはいえ、後ろの女性。ティアモーテさんは今後村まで付いて来るつもりだ。ここらで、ちゃんと考えてますアピールはしておいたほうが良いだろう。エアコンよろしく事あるごとに冷気を撒き散らされたら寿命がマッハだからな。


「まぁ、何も考えてないわけじゃないです。差しあたっては……」


 言いながら隣を見れば、パトリエッタが俺の意を汲んでくれた。

 彼女はゴトリとバッグから拳大の石を取り出し、テーブルに乗せる。


「もうご存知かも知れませんが、これが村から産出されました。鉄鉱石だと思うのですが、ご確認いただけますか?」


 シュバルツが頷くと、それを手に取ったサンチェスがルーペのようなもので見詰め始めた。鑑定士っぽい仕草だけど、執事ってそんな技能も持ってんの? いい仕事してますね~とか言い出しそう。


「鉄鉱石に間違いございませんな。質も上々。良い鉄になるでしょう」


「そのようだね。同じ物を製鉄職人にも見てもらったけど、北で採れる物より質が良いそうだよ」


 どうやら予め調べておいたらしい。たぶんパトリエッタが仕切ってくれたのだろう。隣に目をやると、勝気な瞳が柔らかく細められていた。


「鉄太郎さんはこれを売ってお金を作るつもりということかな?」


「そのつもりで運んできたんだ。買い取ってもらえそうか?」


 俺の言葉に、シュバルツはスッと目を閉じた。指が忙しなく動いている。計算中なのかもしれない。


「うん……うん。そうだね。問題ないよ。鉄は今需要が上がってるから」


「そうか。それは良かった」


 あとは値段だ。老紳士からは「質が良い」というお墨付きも貰ってるんだから、そこそこ期待して良いよな?

 ワクワクしながら待っていると、提示された金額は……


「半金貨六百五十枚ってところでどうだろう? 多少色を付けても、このくらいが精々で申し訳ないのだけれど」


 俺に鉄鉱石の相場なんか分かるはずもないけど、息を飲んで目を輝かせたパトリエッタを見る限り、たぶん良い値段なのだろう。

 日本円にしても六百五十万円。確かに大金だ。俺が背負った十一億五千万に比べると全然足りないけど、元手がただ同然な上に地面の下から掘り起こせるものと考えれば、非常に良い結果と言える。


「もちろん、これじゃあ借金の百分の一も返せないってのは承知しているよ。でも今回持ってきたものが全てって訳じゃないんでしょう? パトリエッタからはそう聞いているけど」


「あぁそうだ。村の地下にはまだまだ埋まってる」


「素晴らしいね。手付けくらいならなんとかなりそうかな」


「手付け?」


 聞けば、金貨二千三百枚という大金を一括で返済というのは現実的じゃないらしい。向こうもそれを分かっているから、まずは金貨二十枚くらい。半金貨で千枚くらいを返済し、残りは分割にすることも可能なのだそうだ。多少の利子を取られる可能性はあるが、そこまで暴利ではないだろうとのこと。

 相手は貴族であり領主様だからな。カラスが鳴いたら一割増しなんてことをすれば、住民から反発を食らうのは必至。常識的な範疇に収まるとのことである。


「まずは千枚か。それなら大丈夫そうだな」


 パトリエッタもこちらを見て頷いた。握っていた拳から力が抜けているのを見るに、緊張していたのだろう。心配を掛けたみたいだ。


「監視の人もそれでいいかな?」


 次いでシュバルツは、俺の後ろに声を掛ける。


「私が命じられているのは、この男が借金を踏み倒して逃亡しないよう見張ることだけだ。そういった交渉に返答することは出来かねる」


「なら僕から叔父さんに伝えておこう。鉄太郎さんもそれでいい?」


「もちろんだ。何から何まですまないな。ありがとう」


 十一億五千万円分の半金貨と聞いたときは絶対に不可能だと思っていたけど、こうして道筋を考えてもらうと、なんとかなりそうな気がしてきた。シュバルツには足を向けて寝られないな。


 しかしどうしてここまで良くしてくれるのだろうか? パトリエッタと知己というだけで、そこまで親身になってくれるものだろうか?

 そう聞いてみると、シュバルツは肩を竦めて苦笑した。


「鉄鉱石の取引き自体は特別なものじゃありません。こちらとしても十分に儲けが出せると判断したから買い取らせていただくのですから」


「それだけじゃないだろう? 子爵は明らかに蒸気機関車を欲しがってる。血縁関係にあるシュバルツが、俺の味方をする理由がわからない」


「叔父と不仲だとか、そういった深い理由はないですよ。ただ、叔父はアレに軍事的な価値しか見出してませんから。手に入れたとしても、民間には使わせてくれないでしょう?」


 今のところ俺にしか作れない貴重品だしな。数が限られているなら、上で独占なんてのはどこの世界でも当たり前に行われてることだ。


「けど僕は、民間にこそ必要だと思ってます。物資を隣町に運ぶだけで、どれだけのコストが掛かるかご存知でしょうか? 馬車に使う馬の餌代、立ち寄る水場で支払う水代、野性動物や魔物から荷を守るために雇う護衛代。よほど利益の見込める物じゃないと、わざわざお金を掛けられないのです。それに、それだけのお金を掛けても、一度に運べる量なんてたかが知れてるじゃないですか。野盗なんかも警戒しなきゃなりませんから、時間も掛かりますしね」


 鉄道は、それらの面倒をまるっと解決できる。

 まぁ本来なら石炭や水は必要なんだけど、それでも積載量や速度で圧倒的に軍配があがるだろう。魔物は分からないが、野性動物や野盗が走行中の列車を襲えるとも思えないし。


「だから子爵に渡さず、自分たちが手に入れたいと? さんざん世話になっておきながらアレだが、今のところ誰かに譲るつもりはないぞ?」


 というか「くれ」と言われても困る。

 この世界の技術でまともな線路を敷設できるとも思えないし、神力以外の方法で制御できないんだから。


「えぇ、それは存じておりますよ」


「じゃあ……」


「でも興味あるじゃないですか。何もなかったエアスク村から突然大量の鉄鉱石を採掘したり、仕組みを解明することすら出来ない乗り物を作ったり。少し手をお貸しするだけで鉄太郎さんと友誼を結べるのなら、こんなにお買い得な話はありません」


 そう言って笑みを見せたシュバルツは、実に商人らしい顔をしていた。



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