12両目 地下牢発→ブルジョワ行き
俺は今、絶賛牢屋の中である。
あれからすぐに列車を降り、いやぁごめんごめん、紛らわしかったよね? これ、俺の作った乗り物なんだ。魔物じゃないから安心してね! ってご説明差し上げたにも関わらずのこの仕打ち。
石造りの地下牢は広さ三畳ほど。ジメッとしていてただでさえ不快なのに、同所に設置された排泄用の桶に前任者の置き土産があり、居住性は最悪だ。
馬小屋から地下牢への転居。せめて一般人程度の住居に住まわせて欲しいと、切に願うジーパン神様である。
ちなみに「俺は神様だぞ!」なんてことは言ってない。パトリエッタにも口止めしてある。
これは別に「隠しておいた方が何か格好良いじゃん!」みたいな中二病的発想でも、身分を隠して世直ししたいという黄門様的発想でもない。言ったところで誰も信じないだろうという、酷く現実的な考えに基づく判断だ。
仮に神様カミングアウトをしたとしよう。こちら側の証明材料は、魔物扱いされた蒸気機関車や、今や最大八頭用まで用意できる馬小屋だ。
けれど仮にも、名乗るのは神様。天候を操ってみせよ! みたいに言われちゃったら非常に困る。てか普通に無理。鉄道、ホント使えない。
そして証明出来なかった場合、その後の展開はお決まりだ。
神を名乗る不届き者! 神の下にてその愚かさを懺悔するが良い! みたいな台詞とともに、自称神様は断頭台のシミへと変わるだろう。
そうと分かっていて神様ムーブを決めるわけにはいかない。ここは通りすがりの一般人を装うのがベストの選択。
……だと思ったのに、運命は変わってくれなかった。結局今生の死因も鉄道絡みとか、マジ呪われてんじゃねぇの?
しかしさて。どうするか。
鉄格子の向こうには見張りの兵士がいるけれど、はっきり言って脱獄は難しくない。蒸気機関車を出現させて鉄格子をぶち壊してやってもいいし、建設で大型建造物を作り出し、牢屋を中から破壊することだって出来るんだから。
一番穏便なのは地面陥没かな? 壁の下の地面を陥没させて、そこから抜け出るといった方法だ。脱走というと、そんなイメージが一番しっくりくる。
けれどそれらは最終手段。
今はまず、ともに捕らえられたであろうパトリエッタの安否を確認しなければならない。
例え俺の行いがなんらかの罪に問われるのだとしても、彼女は同乗していただけなんだから無罪だ。パトリエッタの安全だけは、なんとしても確保してあげたい。
そんな風に鉄格子の隙間から覚悟を覗かせていると、コツコツこちらへ近付く足音が聞こえてきた。弁護士だろうか? 是非とも無実を証明して欲しい。
「お初にお目にかかります鉄太郎様。私は、ゴーギオ商会の会長であるシュバルツ様の下で、執事としてお仕えさせて頂いているサンチェスと申します。以後お見知りおき下さい」
兵士に連れられてやって来たのは、見覚えのない白髪の老人だった。
でも村にいる爺様たちとは雰囲気が全然違う。折り目正しくお辞儀するその姿は、なんというか老紳士といった感じ。洗練された身のこなしを見せ付けられて、ちょっと萎縮する一般神様だ。
てか俺のことを知ってるみたいだけど何故だろう?
ゴーギオ商会とやらもシュバルツとかいう奴も聞き覚えないんだけど。
「鉄太郎様のことはパトリエッタ様に伺いました。同時に、鉄太郎様を助けて欲しいと頼まれておりまして」
俺の疑問を読み取った老紳士が、嫌味にならない程度の気遣いで答えてくれた。
話によると、パトリエッタが言っていた伝手というのが、そのゴーギオ商会らしい。この国で三番目に大きな商会だそうだ。
町で騒ぎが起きたことを知ったシュバルツは、すぐに何が起きたのかを調査して、騒ぎの渦中にパトリエッタがいることを知った。そしてすぐさま、警備隊長と連絡を取って面会を求めたのだそうだ。
この辺のフットワークの軽さは、さすが商人の親玉といったところ。情報の鮮度を重要視しているのかもしれない。
「旦那様のお計らいでパトリエッタ様はすぐに釈放することが出来たのですが……」
老紳士は、そこで一旦言葉を切った。
言いたいことは分かる。兵を動員するような騒ぎを起こした俺まで簡単に釈放するわけにはいかないんだろ? 恐らくパトリエッタを釈放する条件に、俺のことは釈放しないということも含まれていたんじゃないかな。
「パトリエッタ様からのお話で鉄太郎様の身元は証明されております。実質的な被害もなかったことですし、本来であれば幾ばくかの罰金で済む話なのですが、どうにも領主様が興味を持たれてしまったらしく……」
領主ってくらいだから、お貴族様的なアレだろうか?
なんでそんな奴が出てくるんだよ……。
「で、このあと俺がどうなる予定なのか分かる?」
「申し訳御座いませんが、私の口からはなんとも……。ただ、旦那様は引き続き釈放の為の交渉に当たられるそうですし、拘留待遇の改善も求められておりましたから、今しばらくご辛抱いただければと思います」
おぉ……。
釈放されるかどうかは分からないが、この三畳一間との別れはなるべく早くお願いしたい。
「分かった。よろしくお願いするよ」
「畏まりました」
そう言って頭を下げ、老紳士は足早に去って行った。
とにかく、パトリエッタが無事であることが分かったのは僥倖だ。これで枷がなくなったのだから、やろうと思えばいつでも脱獄できる。
けれど、やはり可能なら穏便に済ませたい。俺を釈放させるために動いてくれている人がいるなら尚更だ。
……シュバルツか。いったいどんな人物なのだろう。
パトリエッタと知り合いらしいし、見ず知らずの俺まで助けようとしてくれてるんだから、悪い奴じゃないと思いたい。でも、でかい商会の会長とか言ってたな。まったくの善意とは考えないほうがいいか? 神様だと説明されて、俺を利用しようとしてる可能性もあるんだから。
……俺に利用価値?
自分で言うのもなんだが、あんまりないぞ? 馬小屋が欲しいならいくらでも建ててやれるが。
それに、領主も俺に興味を持ってるらしい。
どんな興味だろう? 騒ぎを起こした阿呆の顔が見てみたい? それとも、大量の鉄鉱石を持ち込んだこと? まさか、ウホッ的な興味じゃないことを願わずにはいられない。
「てか、今日はここで寝るの?」
石床の上に敷かれたボロ布。気持ち程度の緩衝材でしかないそれは、俺の背中に石の硬さをダイレクトに伝えてくれる。
これに比べたら、馬小屋の藁の方が何倍もマシだろう。
「ラファマエル、今頃何してっかなぁ」
なんとなくホームシックな神様。仕方なく石床にゴロンと寝転んでは、鼻を摘まんで目を閉じる。
マジ臭い。せめて臭いだけでもなんとかしたい……。
……。
明けて翌日。
朝早くに起こされた住所不定無職の神様は、地下牢から地上へと連れ出された。
お部屋替えだろうか? 昨日、老紳士がそんなことを提案していると言っていた。
有難い話だ。もう一日あの部屋に居ろと言われたら、牢屋からのボイコットも辞さない覚悟だった。あんな牢の中で何泊も出来るなんて、この世界の犯罪者は気合が入ってると言わざるを得ない。
しばらく歩かされてから、俺を連行していた兵士が木製の扉の前で止まった。
地下牢を出てから地上へ向かい、日の光を浴びる間もなくそのまま屋内へ。擦れ違うのは薄手の鎧を纏った兵士ばかりだったので、ここは恐らく兵舎とかそんな感じの建物なのだろう。遠くから、訓練に勤しむ威勢の良い声が聞こえてきていた。
なんというか、放課後に聞こえてくる体育会系部活の掛け声を思い起こさせる。その当時バリバリの文化部だった俺は、煩わしさと少しの羨ましさを感じたものだ。
団体行動ってやつが苦手だったんだよ。小さい頃から、一人でいることの方が多かったから。だからみんなで同じ目標に向かって努力するとか、ちょっと憧れていた。まぁ、嘔吐しながら校内を走らされてるのを見た時は、そんな憧れも消え失せたけれど。
――コンコン
失われた青春に思いを馳せている間に、兵士の一人が扉を叩いた。すると中から「入れ」と野太い声が返ってくる。
あれ? お部屋替えじゃないの?
となると取り調べ的サムシングだろうか? カツ丼を所望したい。
まかり間違っても魔女裁判的サムシングはやめろよ? 馬小屋ぶつけんぞ?
ちょっとビクビクする俺をよそに、ギギッと扉が開かれる。
広い部屋。床には絨毯が敷かれていて、俺が一泊した部屋と比べると、歩き心地だけでも雲泥の差があった。ここなら大の字で寝られそう。この部屋が『ななつ星』などの豪華クルーズトレインだとすれば、地下牢は『無星』だ。明るさなど欠片もない。
部屋の奥には、部屋の主たる中年の姿があった。滑らかに磨かれた木製の机に座っては、抜け目ない視線で俺を観察しているのが分かる。ダンディーなオッサンといった感じ。
さらに応接テーブルのソファには、もう一人男が座っていた。まだ二十代前半くらい。幼さの抜けきらない童顔が、緊張と興奮をない交ぜにした表情でこちらを凝視している。その後ろに昨日の老紳士が控えていることから、恐らく彼がゴーギオ商会の会長なのだろう。想像していたよりもずっと若い。
「あの珍妙な乗り物を作ったのは、お前で間違いないか?」
奥にいたダンディーが、名乗りすらせず不躾に聞いてきた。
「……まぁ、そうかな」
ちょっと答えに窮したのは、肯定することで犯罪が確定しちゃうかもしれないからだ。
けどパトリエッタからもある程度の事情は聞いてるだろうし、誤魔化し切れるものじゃないだろう。その結果が、渋々のご返答である。
という実に深い理由があったのだけど、俺の態度が気に入らなかったのか、両脇の兵士が俺の腕をグイッと捻り上げてきた。ちょー痛い。
「止めろ。抵抗しないなら不敬は問わん」
「はっ!」
止めてくれるオッサン、マジダンディー。でも裏を返せば、抵抗すると罪に問われるってことじゃん? 現在進行形で神様に不敬を働いてるって気付いてるか? 馬小屋の刑に処すぞ?
「すまなかったね、えぇと……鉄太郎さん?」
「あ、はい……」
「こちらとしては話を聞きたいだけなんだ。暴力に訴えたりするつもりはないから、楽にしてくれていいよ。で、どうやって造ったの? あれ、動くんだよね? パトリエッタはエアスク村から半日であの量の鉄鉱石を運んできたって言っていたけど本当に?」
矢継ぎ早に質問を飛ばしてきたのは、ゴーギオ商会の若き会長。シュバルツとかいったか? テーブルに両手を付き、前のめりになっての質問責めだ。そんな彼を、中年オッサンがギロリと睨みつけていた。
「シュバルツ。静かにしているというから同席させたのだぞ?」
「だって叔父さん。凄く興味があるんだから仕方ないじゃないか」
「叔父さんはやめろ。公けの場ではストラトス子爵と呼べ」
子爵。つまりやっぱりお貴族様か。どうりで偉そうなわけだ。
学校でフランス革命とか学んだ身としては、貴族というものに良い印象はない。お前の血は何色だぁ! って聞いたら、青ですって答えるのかな? 聞いてみたい。
「では改めて訊ねよう。鉄太郎。貴様は何者だ?」
神様だ。血は赤いぞ?