11両目 平和発→緊迫行き
シュポシュポと蒸気を上げる機関車に揺られ、俺とパトリエッタはルドアートの町を目指していた。
時速は25kmくらいだろうか? 随分とのんびりした速度に思えるが、馬車に比べてずっと速いらしい。なにより揺れが少ないのが凄いのだと、隣のパトリエッタは興奮していた。
「これが神様の乗り物……。素晴らしいのですね!」
「あんまり窓から身を乗り出すなよ? 危ないぞ」
子供のようにはしゃぐ彼女と違い、俺はご機嫌斜めだ。自分が列車に搭乗していると思うと、それだけで身の毛がよだつ。
くそ……。鉄道に関わらずにミッションクリアするつもりだったのに……。
せめて次回からは、パトリエッタ一人で行ってもらおう。どうせ列車は自動運転だ。必ずしも俺が乗る必要はないんだから。
「あの……わたくしと一緒だとつまらない……ですか?」
気付くと、パトリエッタが不安げにこちらを見詰めていた。
そんなことはない。むしろパトリエッタのおかげで多少なりとも気は紛れている。彼女が窓から身を乗り出した時、こちらへ突き出されるお尻とか最高に気が紛れる。
「この乗り物、あんまり好きじゃなくてな」
「こんなに素晴らしいのに、ですか?」
「……まぁ。色々あるんだよ」
全てはあのクソ親父のせいだ。奴の趣味にまで口出しするつもりはないが、それを家族に押し付けるなってんだ。そもそも母さんもおかしい。アイツは母さんの苗字が『小田急』ってだけでプロポーズしたアホだぞ? なに連結しちゃってんだよ……。
そのおかげで俺が生まれたとはいえ、恨み言の一つも言いたくなる。
「では、気晴らしに何かお話でもしましょうか」
「……気を使わせてしまってごめんな」
「い、いえ! 滅相もありません! 神様は、あまりお好きではない物まで使って村のことを考えてくださってるのですから」
神様の義務とか言われちゃったし、逃げる方法もないからやってるだけで、べつに献身的というわけじゃないだよ。そんな風に言われると、なんだか申し訳なくなってくるじゃないか。
まぁ、気分転換に話をするってのは良い考えだ。俺は有難くその提案に乗ることにした。ついでに聞いておきたいこともあるからな。
「親父さんの金庫には何が入ってるんだ?」
「……ルクソン兄さんに聞いたのですか?」
「あぁ。鍵を探してるって」
「白々しい……っ。自分で隠しておきながらっ」
んん? ルクソンが隠した? 聞いてた話と違うぞ?
「あの金庫には宝物が入っているのだと、生前父が言っていました。兄もそれは聞いていたはずです」
「ルクソンはそれを独り占めするために隠した?」
「そうに違いありません」
パトリエッタは確信しているみたいだけど、俺にはそう思えないんだよなぁ。あのマッチョからは、金庫への執着みたいなものが感じられなかった。それよりも、金庫の中身を当てにしているパトリエッタを諌めたいと考えてるんじゃないだろうか? 人生そんなに甘くないぞ。都合の良い想像を当てにするな、とね。
なんだろう。マップ端なんてものを当てにしていたゲーム脳野郎にも刺さるんだけど……。
とにかく、金庫の鍵の行方。そして村の行く末に対する考え方。
それが兄妹の確執の元となっているのだろう。せめて鍵さえ見つけられたら、少しは兄妹仲も改善しそうだけれど……。
鍵……鍵ねぇ……。
村の中を歩き回った時にそれらしい物は見てないから、やはり誰かが隠し持っているのか?
「村長は、その鍵を持ち歩いてたのか?」
「いつも首からぶら下げていましたから。なのにあの日……発見された父の首には、鍵がなかったそうです」
あの日というのは、暴風雨が村を襲った時のことだ。畑の様子を見に家を出た村長は、そのまま帰らぬ人になったんだったか。
悲しげに目を伏せるパトリエッタは、まだ父親のことを吹っ切れていないのかもしれない。普段気丈に振る舞っている姿は、村長の娘としての矜持なのだろう。強い女性だと思う。
「村長も、今頃は神の元に召されているさ」
なんとなく励ましたくて出た言葉だったが、パトリエッタは目を見開いて――破顔した。
「神様は目の前にいらっしゃいますのに?」
「あ……そうだった」
なんとも締まらない。俺にイケメンの真似事は無理みたいだ。
まぁ、パトリエッタに笑顔が戻ったので良しとしておこう。
そうこうしているうちに、景色が変わってきた。
村を出てから二時間くらいか? 何もない草原地帯に、ポツポツと家屋らしきものが散見され始めた。かといって、村や町といった風ではない。
「大きな町ですと住むだけで税が掛かりますからね。それを嫌がって郊外に家を建てたり、あとは牧畜のためでしょうか。村にも家畜を飼ってる方はいますけど、大規模な畜産業を営むのでしたら、この辺りは非常に適しているでしょうから」
言われてみれば、夏草の匂いに混じって家畜の臭いも漂っている。周辺地図を確認したところ、少し離れたところに柵が設けられ、家畜が放し飼いにされているようだった。
なんていうか長閑だな。牧歌的とでも言うのか。
異世界のイメージって、もっと「魔物グワァァァッ!」「魔法ドーーーンッ!」みたいなのを想像してたから意外だ。平和なのは、あの村だけだと思ってたぜ。
「魔物っていないんだな」
「いますよ?」
いるんじゃん。家畜を放し飼いしちゃってるけど大丈夫なのか?
「あまり人前には現れませんので。もちろん、現れてしまったら危険なことに変わりはありませんけどね」
町に住んでいれば、そういう時でも町の兵士たちが守ってくれるらしい。徴収する税金分は、きっちり仕事をしてくれるようだ。
もっとも頻度は低いので、こうして町を離れる人もいるのだとか。
あの村から出ることで、初めて知ることのできた異世界事情。村の繁栄ミッションを村内だけで完結できれば簡単だったし、そうする予定でいたのだけど、その予定が頓挫したことをちょっとだけ良かったと思った。じゃなければ、こういう話を聞くこともなかっただろうから。
その後も、取り留めのない会話をしながら列車は進む。
見えるところまで線路を敷設しながらなので面倒臭さは感じるけれど、慣れればどうということはない。それに、出発時に比べて線路敷設コマンドのレベルが上がっていた。一度に敷設出来る線路の距離が、今では三百メートルくらいまで伸びているのだ。
パトリエッタが感謝してくれてるのだろう。言葉にされなくても分かってしまうのがちょっとくすぐったい。
「そろそろ見えてきましたね。あれがルドアートの町ですよ鉄太郎様」
緑の草原に真っ直ぐ引かれたレールの先。掘りに囲まれて、建物が密集している場所が見えた。周辺地図でも確認したが、どうやらルドアートの町で間違いないらしい。
しかし、なにやら町が騒々しい。外にいた人々が慌てて町の中へと駆け込み、逆に武装した兵士たちが町の中から飛び出してきていた。
なにかあったのかな?
「どうするパトリエッタ。なんかタイミングが悪かったみたいだけど、ちょっと列車を止めて様子を見たほうがいいか?」
「あ……えぇと……ですね……」
「ん?」
「悪かったのはタイミングではなく、わたくしたちの見た目かもしれないです」
見た目?
今日の彼女は町に行くからか、普段よりも気合が入っている。アップに纏めた真っ赤な髪が、濃い緑色のドレスにとても良く似合っていた。勝気なイメージも合わさって、商家のお嬢様といった感じ。悪いどころか十分魅力的だ。神様なんて面倒な立場じゃなかったら、是非お近づきになりたい。……神様になると碌なことねぇな。
となると、見た目がよろしくないのは俺の方か?
Tシャツにジーパン姿は、この世界では確かに怪しい。不審者と言っても過言ではないだろう。村人の誰かに服を借りてくるべきだったかもしれない。俺としたことが……。
どうしたものかと考えているうちに、馬に乗った兵士たちが列車の周りを並走し始めていた。さすがに無視して町まで行くわけにもいかず、急遽駅を建造して停車させることにする。
突然地面から生えた駅に周囲はざわめいているが、説明すれば大丈夫だろう。
「ま、魔物かっ!? 魔物なのかっ!?」
「え?」
「惚けても無駄だっ! 今すぐ成敗してくれるわっ!!」
え? なに? なんなの?
なんで皆して機関車を攻撃し始めちゃってんの??
俺と同じく鉄道を憎む教に入信してるのか?
困惑する俺をよそに、蒸気機関車を囲んだ兵士たちは鉄の塊に次々と剣を振り下ろしていた。どうしていいか分からず、俺はそれを呆然と見ていたのだが
「た、隊長! 鱗が硬くて刃が通りません!!」
「怯むな! 中で人が食われそうになっているのだ! ルドアート兵の力を見せてやれ!」
なんかすっごい盛り上がってる。使命感に燃えてガッキンガッキン。列車を痛めつけてくれてるのだ。
すると隣のパトリエッタが、ちょんちょんと袖を引いてきた。見れば、真っ青な顔で彼女はこちらを御伺いだ。
「ど、どうしましょう鉄太郎様……。酷い誤解を与えてしまっているようですが……」
うん。そうだね。
さすがに俺も状況を理解したよ。理解したくなかっただけで。
動く巨大な鉄の塊なんて、彼らにしてみれば未知も未知。高らかに「ポッポー!」となる汽笛すら、彼らには魔物の鳴き声に聞こえているのだろう。
つまり兵士たちは突然現れた凶悪な魔物に立ち向かっているつもりなわけで、俺とパトリエッタは魔物に捕らわれた憐れな被害者と誤認されちまってるわけだ。
……逃げてもいいかな?