10両目 エアスク村発→ルドアート町行き
さてここで、元のゲーム『い~列車でやろう』における『マップ端』の重要性を説明しておこう。
い~列車でやろうのマップは、広大だけど有限だ。マップの外は真っ黒に塗り潰されていた。線路でグルリと地球一周ってのに憧れる人もいるかもしれないけど、残念ながら出来ないってことだ。
しかし『マップ外』という概念があり、線路をマップ端に繋げると、マップの外にある町と繋がるという設定になっていた。自分の町を発展させて人口を増やすために、マップ外から人を流入させることができるわけだ。
だが、もっともマップ端を活用するのは人口のためじゃない。
資材の売買である。
い~列車でやろうにおいて建造物を建てるには、資金と資材の二つが必要になる。建造物を建てたい場所の近くに資材置き場を作り、貨物列車で資材をそこに運び込まないと、いくら資金があっても資材不足で建物が建たないのだ。
資材はさっき地形把握で見えたように、白い箱のような形をしている。トーフなんて呼んでたなぁ。
とにかく、序盤は資材が大量に必要となってくるのだけど、埋まってる地下資源だけでは賄いきれない。そこで足りない分を、マップ外の町から運び込んで賄うのだ。
逆に中盤以降は大型工場を建造しまくるので、地下資源がなくても資材を自給自足できるようになり、今度はトーフが余りまくる。なので余ったトーフはマップ外の町へと運び込むのだ。マップ外の町はいくらでもトーフを買い取ってくれるからな。トーフを売り捌き、資金が調達できるというわけである。
つまり『い~列車でやろう』とは、トーフ売りゲームなのだ!
俺が発展させるマップの隣町は、いつも大量のトーフで埋め尽くされていたことだろう。
とまぁ、これが『い~列車でやろう』における『マップ端』の重要性だ。
作り出したトーフを無限に高値で買い取ってくれる親切なお隣さん。それがないということが、どれほどの絶望かご理解頂けただろうか?
「……ど~すんだよ。トーフが売り捌けねぇ……」
ゲームと同じ方法で稼ぐと決めた時、真っ先に思い浮かんだのがトーフの売却だった。マップ端に線路を繋げれば、いくらでもトーフを売り捌けると。
しかしなるほど……。考えてみれば、異世界といえどリアルな現実。マップ端なんて概念あるわけない。
ちくしょう。意識の隙を突いた、なんて巧妙な罠なんだ……。
「ど、どうしたんだい神様? なんだか顔色が悪ぃみたいだが」
「いやぁ……。これ、どうすりゃいいんだろうなって……」
「売るんじゃなかったのか?」
「どこにだよ……」
「そりゃあ、町の商人かなんかだろ?」
天才かっ!? その発想はなかったわ!
一瞬「いけるやん!」と思ったが、しかし村の老人が問題点を指摘してきた。
「どうやら鉄鉱石のようでごぜぇますが、これだけの量の取引となると、大手の商会じゃねぇと厳しいんでねぇでしょうか?」
え? そうなの? ってか、これ鉄鉱石なんだ。
発掘した資源は、白いどころか黒々した岩ばかりだった。なぜ胡麻豆腐になっちまったのかと思っていたけど、そういうことらしい。
ついでに取引が難しい理由を老人に聞いたところ、この世界の商人事情を教えてくれた。
まず、一般のお店だと販路も限られているので、大量の鉄鉱石を買い取っても捌ききれないのだそうだ。手に余ると分かっている物を、わざわざ買い取ったりしないというのは道理だろう。
そして、よしんば捌ききれる自信があったとしても、それをすると大手の商会に目を付けられるらしい。なにせこれだけの量の鉄鉱石だ。全体の流通量に対して、占める割り合いが大きくなる。それを普通の店が独占するのもよろしくないし、下手をすれば鉄鉱石の相場が下がる可能性もあるのだから、大手の商会としては看過できない問題なのだ。
その点、大きな商会なら外部の町にも伝手があるし、流通量を調整したりすることも出来るから、買取に難色を示すこともないだろうとのことだった。
爺さんは若い頃に商人をしていたこともあるそうで、その他にも色々と教えてくれたが、残念なことに俺では半分も理解できない。なんせこちらの神様はつい先日まで普通の学生。理解しろという方が無理だろ?
そして、そんな話も理解出来ない残念神様が、いきなり大手の商会なんかに顔を出してまともな交渉が出来るとは到底思えない。とてつもなくぼったくられるか、塩を撒かれて追い返される未来しか見えないのだ。
「じゃあ爺さん。俺の代理で交渉を頼めないか?」
なら出来る人にやってもらおうと言うわけだ。餅は餅屋。神様にトーフ屋は荷が重い。
けれど元商人の爺さんは申し訳なさそうに首を振った。
「ワシ程度じゃ門前払いされちまいますで……。神様がなさったほうがよろしいんじゃ?」
神様のご威光で~とか爺さんは言ってくれているが、残念なことに俺の神様ムーブはこの村限定だ。降臨するところを見せつけたから信じられるわけで、初対面の人から見ればどこの馬の骨とも分からない兄ちゃんでしかない。ってか「オレオレ、神様だよ」なんて言えば、十中八九頭のおかしい奴だと思われる。目の前で馬小屋建てたら信じてくれるかなぁ? 今なら大サービスで四頭用を建てちゃうよ?
どうしたもんかと悩んでいると、集まっていた人たちの中から進み出てくる女性がいた。パトリエッタだった。
人混みを掻き分けて現れた彼女は、パンパンとスカートを叩いて身嗜みを整えてから、ニコリと微笑みかけてくる。
「そういうことでしたら、わたくしにお任せいただけますか?」
「出来るのか?」
「ここから西にルドアートという大きな町がございます。そちらにある商会でしたら、伝手がありますから」
それは願ってもないです! どこぞの天使様よりよっぽど天使に見える!
どのみち俺じゃあ交渉なんて出来そうにないし、ここは慣れてそうな彼女に任せた方がいいよな? 決して、まるっと丸投げしちゃおうって意味じゃないぞ?
しかし申し出てくれたパトリエッタの肩を掴み、ルクソンが鼻息を荒げ始めた。
「おいパトリエッタ! お前、そんなこと言って神様に取り入ろうとしてるだけだろ!」
パトリエッタに向き合いプレッシャーをかける筋肉兄。たが彼女は、怯みもせず堂々と睨み返している。
「あまり品のないことを言わないでもらえますか、ルクソン兄さん。わたくしは純粋に、神様のお役に立ちたいだけですわ。それとも、兄さんが商人と交渉いたしますか? 肉体言語が通用すると良いですね?」
「なんだとぉ!? てめぇもう一度言ってみろ!」
「筋肉馬鹿は引っ込んでなさいと言ったのよ馬鹿!」
「やめろ二人とも。資源の積み込みはルクソンに手伝ってもらった。だから商人との交渉はパトリエッタに手伝ってもらう。それでいいじゃないか」
どっちに肩入れするとか言う話じゃない。むしろどっちにも肩入れしたくない。俺を巻き込まないで欲しい。
呆れながら諌めれば、両者はプイッと顔を逸らしあっていた。
「神様がそう言うなら仕方ねぇ。けどなパトリエッタ。余計なことすんじゃねぇぞ」
「ふん。兄さんこそ」
やれやれだ。
けどこれで、なんとか資源を売る目処がたった。西にあるルドアートという町は、恐らく周辺地図で見えた町のことだろう。西に広がる草原地帯の向こうに、確かに大きな町があったのを確認している。
もう一度周辺地図で町の場所を確認した俺は、その方角に向かって線路を敷設し始めた。周囲で見ていた村人たちから「おぉっ」と感嘆の声が上がっている。
「よし。あとは列車に乗って、線路を敷設しながら進むか」
見える範囲。しかも一度に敷設できるのは五十メートルくらいだからな。ゆっくり進みながら、リアルタイムで敷設していくしかないだろう。
「パトリエッタも乗ってくれ」
「え、えぇと。……どこに乗れば良いのでしょうか?」
俺は先頭車両を指差す。運転席だ。客車はつけてないからそこしかない。
始めてみる巨大な鉄の塊に、パトリエッタは恐る恐ると言った感じで乗り込む。次いで俺も、彼女の横に座った。
「じゃあ行って来る」
見送る村人たちに挨拶すると同時、ポーーーッと大きな汽笛が木霊する。出発の合図らしい。
初めにゴトン、と躓いたような揺れを感じた後に、車輪がゆっくりと動き出した。
「ほ、本当に動くのですね……」
腰の悪い爺さんにプレゼントした玩具とは違い、こちらは本物だ。とにかくでかい。こんな鉄の塊が動くなど、この世界の人々からすれば信じられないのだろう。
「神様だからな」
驚愕と歓声で見送る人々に手を振り、黒い鉄の塊は黒煙を上げながら線路を滑り出す。
この黒煙、環境破壊とか大丈夫だろうか? 神力で動いてるんだから煙が出る必要なくない? 妙なところで現実準拠の能力に首を傾げつつ、俺とパトリエッタはルドアートを目指すのだった。