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1両目 人間発→神様行き

 空から地上に降ってくるのが、雨や雪とは限らない。

 たまには人間だって降ってくる。


 ――雲よりも遥かに高い空の上。

 見渡す限りの青一色。

 現在進行形で降ってきている最中の俺は、空の上から降下中という現実にクラクラしながら、隣にいる女性に声をかけてみた。


「地面に衝突したりしないよな?」


「もちろんです!」


 誇らしげに胸を張る彼女の名前はラファマエル。いわゆる天使というやつらしい。

 身に纏っているのは純白のキトーンで、古代ギリシア人の女性を思わせる格好だ。絵画とか教科書で見覚えがある服装。ザ・天使って感じ。腰まで届く金髪と相まって、神々しさが撒き散らされてる気がする。


「ならいいけどさ。まぁ、落ちたところで死なないんだろうけど」


 いかに天使様が付き添ってくれてるとはいえ、パラシュートすら装着していない状態で空から降下中だ。普通なら怖いどころじゃない。パニックになってもおかしくないだろう。けど俺がそうならないのには、ちゃんと理由があった。


 だって俺、神様だから。

 そう、神様だ。ついさっき、なんと俺は神様になってしまったのだ。

 なら大丈夫だろ? 神様が墜落死とかするわけないじゃん。


「え? 普通に死にますよ?」


 死ぬらしい。神様Yoeeee!


「……あ、そうなの?」


「神様といっても、鉄太郎さんはまだ十級神ですから。肉体的には普通の人間と変わらないはずです」


 サラッと言わないでくれるかな? 安定していると思ってた空の旅が、急に頼りなく思えるじゃないか。


「けれどご安心下さい! このラファマエルが、安心安全に地上までお届けしますのでっ!」


 ぽてっとした涙袋が印象的な目を優しげに細め、ラファマエルは自信満々に言いのけた。

 けど正直不安だ。彼女とは出会って間もないけど、それでも分かることはある。この天使様はあまり頼りにならないタイプ。残念な天使なのだ。


 そんな駄天使様が命綱とか笑えない状況だけど、無能な神様一年生の俺には祈ることしかできない。

 ニコニコ微笑んでるラファマエルを横目に見ながら、心の中で必死に願っていた。


 頼むから慎重にな?

 神様にさせられたあげく、こんなところでエクストリーム自殺は嫌だぞ?

 ……おい。余所見すんなって! 雲の形が挽肉みたい? どうでもいいんだよ! お前がミスったら俺が挽肉になっちまうだろ!?


 途中から罵倒ばかりになってしまったが、祈りが通じたのか、俺とラファマエルの身体は危うげなく降下していく。少しでも恐怖を紛らわせるため、俺はこうなった経緯と、これからすべきことについて考えることにした。



 ……。



小田急鉄太郎(おだきゅうてつたろう)くん。君は死にました」


 ほんの少し前。上下左右どこまでも真っ白な空間で、最初に聞こえた言葉は死刑宣告ならぬ手遅れ宣言だった。

 声がした方に視線を向ければ、小学校高学年くらいの男子児童。麻酔針でも飛ばしてきそうな、まんまる眼鏡の小生意気そうなお子様がそこに居た。


「死んだ……?」


「はい、死にました。お亡くなりです」


 普通なら慌てふためくのかもしれない。けれど俺には、最後の記憶があった。

 駅のホーム。近付いて来る急行列車。バランスを崩し、吸い寄せられるように線路へ投げ出される自分の身体。

 ぶらり人生途中下車の旅だ。まかり間違っても、あの状態から体勢を立て直せたとは思えない。


 つまりはそういうこと。

 俺は電車に轢かれたのだろう。いわゆるグモったというやつだ。


「なんだか落ち着いてるね。嘘や冗談を言ってるつもりはないんだけど?」


「落ち着いてたら駄目なのか?」


「そういうわけじゃないけどさ。普通は取り乱すものだから」


 そりゃそうか。

 例え俺みたいに最後の状況を思い出せたとしても、未練や絶望感が消えるわけじゃない。やり残したことや、親しい人たちを思い浮かべ、半狂乱になる人だっているだろう。


 普通なら。


「生憎と、良い人生とは言い難かったからなぁ」


 悔いがあるとすれば、ようやく親元を離れて一人暮らしを始めたところだったってことか。心機一転。人生これからだと鼻息を荒くしていた。けどまぁその程度だ。これといって、希望や展望があったわけじゃない。あの父親から離れられるって意味では、一人暮らしも死後の世界も同じだしな。


「で、アンタは? 死んだ俺と会話出来るんだから、たぶん死神とか閻魔様とかのご親戚なんだと思うけど」


「僕は神様さ」


 当たらずも遠からず。にしても神様か。想像してたのと大分違うな。

 白髭の爺さんみたいなのだと思ってたんだけど。


「おや? これも驚かない?」


「とくに」


「なんか張り合いないなぁ。……だったらこれはどう?」


 そう言うと、自称神様系の男子児童は、ビシっと俺を指差してきた。


「鉄太郎くん! 君もこれから神様になるんだよ!」


「……は?」


「あはっ。さすがにこれは驚いてくれたみたいだね!」


 驚いた。というか、何を言われたか理解出来なかった。

 神様になる? 俺が?


「どういうことだよ」


「そのまんまの意味さ。小田急鉄太郎くんは、神様として生まれ変わるんだ。それに、今ならなんと天使も一人付いてきちゃう!」


 なんだその通販みたいな謳い文句は。ふざけてんのか?


「そんな疑わしい目で見ないでよ。ほら。証拠に、今すぐ天使を呼び出すから」


 丸眼鏡の男子はそう言って笑い、持っていたステッキで地面にくるっと円を描いた。すると書かれた円が発光し、中から何かが出てくる。


 初めに見えたのは蛍光灯……のような輪っか。天使の頭上に装備されてるアレだ。そして金色の髪の毛が見え、顔が見える。

 地面から生えてくるという間抜けな登場シーンではあるけど、呼び出された天使様はとてつもない美人さんだった。


 しかし首元くらいまで出て来たところで動きが止まってしまう。なんだろう? 俺の顔を見て帰りたくなってしまったのだろうか? 逆チェンジというシステム。それだったら切ない。


 だが、それは杞憂だったようで


「あ、あの、神様。もう少し転移穴を大きくして貰えませんでしょうか? ちょっと……その……胸がつっかえてしまいまして……」


 決めた。今決めた。神様に、俺はなる!


 密かに決意しているうちに、天使様は穴から抜け出ていたらしい。

 純白のキトーンを纏った見目麗しい女性が、目の前でニコリと微笑んでいた。


「初めまして鉄太郎さん。私は天使ラファマエル。これから神様になられる鉄太郎さんを、全力でサポートさせていただきますね!」


「これはご丁寧に。俺は新米神様の小田急鉄太郎だ。これからよろし――ラファエル?」


 俺はキリスト教徒というわけではないし、どちらかというとちゃきちゃきの仏教徒だ。一年に一度くらい「あ、俺って仏教か」って思い出すくらいの、現代人的仏教徒である。宗派? 知らんがな。

 けれどラファエルって名前には聞き覚えがある。それって確か――


「四大天使とかいう偉い天使なんじゃ……」


 確かに彼女の胸にはそのくらいの威厳がある。今この場で彼女が神に弓を引いたとしたら、俺は間違いなく彼女側に付くだろう。第二のサタンを目指してもいいかもしれない。

 なんてことを俺が考えてるのに気付いたのか、天使様は若干頬を染めつつ訂正を入れてきた。


「あ、あのですね。私はラファマエル……なんです。ラファエル様とは天使違いで……」


「あ、そうなんだ」


「がっかりされてしまいましたか……?」


 そんなことはない。むしろ四大天使だったらこっちが気を使っちゃう。そう考えれば、違って良かった。


「全然そんなことないから。これからよろしくな、ラファマエル」


「は、はいっ! こちらこそよろしくお願いしますっ! 一緒に村を繁栄させましょうねっ!!」


 ……村を繁栄させる?

 なにそれ聞いてない。ってかそれって神様の仕事か?


 丸眼鏡の男子児童に視線を向けて説明を求めると、彼は眼鏡をキラッと光らせた。ちょっとイラッとする。


「そう、それが鉄太郎くんに与えられた、神様としての最初のお仕事だ。君にはこれから異世界に降り立ってもらい、そこでとある村を繁栄させて欲しい」


「え? 直接行くのか?」


「もちろんだよ。じゃないと村を繁栄させられないでしょ?」


 やばい。全然話が見えてこない。村人と一緒に畑仕事に精を出せとでも言うのだろうか? 現代人的モヤシっ子の俺としては勘弁して欲しいところなんだけど。


「心配しなくても大丈夫。それにさっき了承してくれたよね? 神様になるってこと。君はもう神様になったんだから、神の力を使ってパパッとやってくれればいいんだよ」


「そうですよ鉄太郎さん! 神様の奇跡があれば簡単です!」


「そうなの? 神の力が何なのか分からないけど?」


 ラファマエルに聞き返してみると、彼女はニコニコ顔のまま首を傾げ、チビッ子神様にヘルプ申請。どうやら彼女は何も聞かされていないらしい。ならなんでそんなに自信満々なのか。不信感プラス1だ。


「君に与えられた能力は、鉄道を作る能力だよ」


 ……は? 何故そこで鉄道? 意味が分からない。

 意味が分からないのでラファマエルを見てみる。笑顔のまま頷いているけど、あの顔は絶対分かってない顔だ。不信感プラス3をくれてやろう。


「より正確に言うと、鉄道経営シミュレーションゲームと同じことが出来る能力ってことだね。鉄太郎くん得意なんでしょ?」


 得意かどうかと言われたら、得意な方だと思う。なんせゲームと呼べるものはそれしか買ってくれなかったからな。子供の頃は、ずっとそれだけで遊ばされていた。

 そして、確かにあのゲームと同じことが出来るというなら、村の一つや二つ繁栄させることも出来るかもしれない。


 しれないけれど……。


「うん。理解はしてくれたみたいだね」


「さすが神様に選ばれる方ですね! 私も精一杯お手伝いします!」


 二人にグイグイ迫られると、なんだか訪問セールスとかを思い出してしまう。新聞の勧誘とか断りきれなくて、結局お試し三ヶ月契約をさせられたなぁ。ホロ苦い。


 でも、今はそんなことを思い出してる場合じゃない。この提案には、一つだけ大きな問題があるのだ。


 だって俺……大っ嫌いなんだよ。鉄道。


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