第九十六ノ契約 妖怪の主
総大将が放った衝撃波は刃となり、風圧となり、嵐となって哉都達三人を襲い、そしてヨウカイを倒し応援に駆けつけようとしていた国久達をも襲う。パキパキと柱にはヒビを走らせ、床にも亀裂を走らせる。運が悪ければ、そこにあったはずの床は抜け、柱は崩れ落ちる。崩れ落ちた影響で土煙が辺りを支配する。吹き抜けで新たに生やした翼をはためかせながら総大将は彼らの動向を伺う。あれだけで死ぬとは到底思えない。だって、そう、自分の片割れであるのだから。そんな簡単に殺してしまっては、復讐にならないでしょう?だって、そうだって、自分は……!物音がした。総大将はニヤリと耳が拾った物音に笑みを溢した。途端、土煙から跳躍して現れたの右手の手のひらに無数の槍をまるで銃弾のように展開させた壱月だった。空中であるにも関わらず、そこに足場があるかのようになめらかに、それでいてスピーディーに総大将に跳躍すると左手で右手の手のひらに展開された槍を取ると総大将に突きつけた。それを首を傾げる要領で総大将はかわすとその槍を掴み、引けないようにする。壱月は掴まれた槍を名残惜しそうにすることもなく、手を放すと新たな槍を展開されたところから抜刀する要領で引き、総大将に向けて振った。壱月から奪い取った槍で防ぐと槍を押し付け、ナイフを持ち直す。壱月の顔面狙って突き刺し、振り切れば、壱月は後方に仰け反ってかわし、二度目の槍を掴み取る。槍を投げ槍のようにして投げれば、それを総大将は一回転して取ると壱月に投げ返した。そうして壱月の腹を蹴って今までいた階へと押し戻せば、今度は総大将の背後から別の武器が振られる。気配がなかった、何故だ!?驚きに目を見開く総大将の表情がこんなにも滑稽だと誰が教えてくれただろうか?澪は総大将の首筋に当てた仕込み刀を要領なく、横に振った。が、間一髪で総大将の左腕が澪の肩を掴むと背負い投げの要領で澪を前に引き釣り出す。突然のことにかわせなかった澪はそのまま攻撃を受けるとあり得ない滞空時間をものとし、一階まで一気に落下する前にと総大将の腕を軸に彼女の足を刈り、閉じていた番傘を目に突きつけた。かわされてしまったが、それでも番傘を開き、体勢を一瞬でも崩した総大将の胴体を蹴り、跳躍。総大将の前から姿を消す。腹を押さえながら総大将が顔を上げれば、いつの間にか土煙は晴ており、哉都の大盾と紗夜の防御魔法で身を隠した哉都達が姿を現した。先程総大将に攻撃した壱月と澪はまるで騎士のように哉都達の前に立ちはだかっていた。
「ねぇ、いつの間に嗚呼なっちゃったの?」
茶々が紗夜の防御魔法から身を乗り出して言えば、ほぼ隣にいた哉都が大盾を横にずらしながら言う。
「さっきからだよ。蛇っぽいの出たかと思ったらナイフ付き」
「まさに化け物の主って感じだね」
そう哉都の答えに国久が苦笑を溢しつつ言う。彼の言う通り、まさに化け物を引き連れ、百鬼夜行を生み出した主。絶望を、闇の感情をこれでもかと自分達に押し付けるように漂わせ、殺気を放つ。でも、どちらとも自分が勝つと信じて疑っていなかった。じゃないと、飲み込まれてしまいそうになるから。
「だからこそ、共感したって言ってるんでしょうね」
「はい、おそらく」
鈴花が考えるように腕を組んで言えば、紗夜が頷く。
「嗚呼、嗚呼!だからこそ我は君達を殺したいのさぁ。この世界を、君を、愛しかったこの物語を、自分をねぇ!!」
鈴花と紗夜の言葉に空中で羽ばたいていた総大将が叫べば、クスクスと嗤う。その様子が何処か妖艶でいて、それでいて悲しそうだった。
「復讐を、復讐をっ!我には、それで十分さぁ「本当に?」……え」
総大将の言葉を遮り、哉都が問えば、彼女は不思議そうに首を傾げた。
「……さっきも聞いていたねぇ、どういう意味だい?」
「……ただ、魂が違うって言ってるから気になっただけだよ……本当は、復讐でもなんでもなくて、悲しかったんだろ?死んだからじゃなくて、遺してしまった未練に。刻達『神の名を冠する者』に。そうして、世界に。寂しかったんだろ?」
だって、お前は俺なんだから。ピキリと総大将の動きが止まる。それはまるでガラスにヒビが入り、動いたら壊れてしまうから動かなくなったかのよう受け入れられなかったもう一つの可能性。それは表裏一体、光と闇。だからこそ、分かち合えて分かち合えない。だからこそ、だからこそ、全てを裏切る覚悟を持て。哉都の言葉に澪はなるほどと頷き、番傘を開くと肩に担いだ。
「その可能性もなきにしもあらずってかァ。闇の部分も感情も全てを知ることは出来ない。それは自分でさえも同じことさ。だが、もう一人の、本体は別ってことサネ。誰も分かりっこない一つを感じる……魂が叫んでいるとでも言ってるようなもんだねェ」
ギロリと総大将を睨み付けるが、彼女は微動だにしない。哉都と澪に刻は刺激されたように、爪先を前に出した。嗚呼、でも。哉都がまどろっこしいと言わんばかりに刻の背を押せば、彼女が驚いたように振り返る。でもな、いつかは刃で、いつかは優しかった聞いたことあるようなないような声が言うんだ。『誰も、裏切ってなんかない』って。つまりは、そういうことでしょう?刻は力強い哉都の視線に頷くと項垂れる総大将に言う。
「彼方、みんな、愛していた」
言うのは、伝えるのはそれだけで充分。だって皆、それを望んで貴方を輪廻の輪に入れたんだから。それを一番分かっているのは貴方でしょう?そう、これは時雨と同じ。時雨の元主が言ったような、誰も幸せになれない現実的すぎるお話。『神祓い』となったもう一つの可能性。だからこそ、もう一度、その感情で包みましょう?時雨と和泉のように、強い絆と縁を辿って。だが、総大将ー彼女にとってはただの絵空事でしかなかった。
「……ウソつき」
「え?」
「ウソつきも大概にしたまえぇえええ!愛してた?我だって愛してたさ!大切な君達を!今も、そうこうなってしまっても!けれどけれどけれどけれどけれどぉおお!我は復讐を望むのだよ!だって……今の我はそうあれと自分が望んだ……「望んではない。その場合、主君も主も堕ちてるんじゃないかい」」
総大将を遮ったのは刻だった。そう、例えそう望んだとしたら魂は最初から闇の中。そうならなかったのは、呪いが一つの可能性だったから。呪われてしまったのは、増幅させられたのはきっと、悲しみ。哉都と澪の云う一つの感情。
刻の言葉にも哉都の言葉にも、その存在さえも総大将にとってはもう苛立ちの対象で。もう消したいという症状しか残っていなかった。同情なんて、欲しくない!
「殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!我の、この世界への復讐のためにっ!」
バッと総大将が腕を広げれば、翼が大きくはためていないにも関わらず、風圧が彼らを襲う。風から視界を守りつつ、哉都が彼女を見上げれば。嗚呼、見たことがある笑みを浮かべていた。『託そう。これは、君達の未来であり運命だ』。誰かの声が頭で響く。反響して、染み渡って行く。途端、心臓を鷲掴みにしたような痛みはパッタリと止んだ。その意味をきっと俺は知っている。哉都に頷き返すように総大将が目を細めた、次の瞬間、地震が起こった。いや、地震と言っても良いのだろうか?足元から響く振動は何処か突き上げられたような、雄叫びにも似ていて。遠くからおびただしい数の雄叫びが聞こえた気がした。いや、実際にそうだった。地響きも大きくなり、それはまるで不協和音だった。ヴーヴーと壱月の腰のベルトからぶら下がったトランシーバーが振動する。彼が手を触れるよりも早く、ブッとぶった切るような音がして波の如く情報が溢れ出す。
『"八咫烏警備隊を助け隊"より通達です!えと、あの、物凄いモノノケの大群がっ!!』
『!?なんだあれ!?百鬼夜行じゃねぇぞ!?』
『第三波を確認!各員持ち場についてください!』
『……二ー四ー六ー八……はぁ?千体?あんなの倒せるの……?』
『モノノケとヨウカイの群れが、多過ぎて気持ち悪っ!!』
茫然と佇む哉都達に押し寄せる情報の波は総大将の本気を示していた。モノノケとヨウカイが千体?ショッピングモールの外は一体どうなっているんだ?一瞬にして勝利の希望は絶望へと叩きつけられる。しかし、トランシーバーから放たれる怒声は絶望を吹き飛ばそうと敵に牙を向いていた。
「相手も、本気で決着をつけたいみたいだな」
時雨が浮遊する総大将を睨み付けながら言えば、彼女はニッコリと笑った。ピリピリと空気が振動する。触れただけで切れてしまいそうなほどの殺気はどちらから放たれているのかさえ、曖昧だった。
「ッハハ!でもさぁ、ボクたちだって本気、でしょ?」
こんな状況にも関わらず、茶々が無邪気に笑って言う。そう、相手が今さら本気を出してきたところで自分達がやるべきことは変わらない。総大将を倒す。ただそれだけなのだから。倒すとは、相手にとっても自分達にとっても都合の良い言い方だと知っておきながら。だって、誰も知らないし分からないでしょう?けれど、その悲しみは受け止められるから。だから。
「お前がなんと言おうともこの世界を、親友達を、刻達を……俺達を殺させはしない。その感情含めてやってやる!」
「キャハハ!それで良いのさぁ片割れくんよぉお!もう一回、やろうじゃないかぁ。今度こそ、輪廻も召喚も関係なく、命と世界、欲を求めて!」
狂ったように嗤う総大将に向けて哉都が叫べば、彼女は嬉しそうに口角を歪ませるが瞳は一切笑わない。ねぇ、今度こそ、決めましょう。この世界の未来を、この感情の行き先を。
「私達だってやるわよ?後悔は嫌だもの」
「それに、信じてるからね」
剣と拳銃を構えて鈴花と国久が言えば、彼らの神王・神姫達も声をあげる。
「お嬢様達のためならば、やります!」
「ッハハ!愉しくなってきたねぇ~!」
杖と大太刀を構えて紗夜と茶々は言う。すると彼らを守るように立っていた壱月がトランシーバーを取ると宣言する。その姿はやはり、八咫烏の名に相応しかった。
「これより、勝利のために戦闘を開始する」
クルクルと楽しげに番傘を回しながら、澪もクスクスと笑う。
「はっきりさせようかいぇ、全てをねェ」
刻と時雨が哉都の前で武器を交差させる。その瞳もオーラも背後にいる哉都には分からないけれど、けれど、ただ言えることは力強くて頼もしくて。
「大将の願い、叶えようぜ?」
「今度こそ、きちんと受け止めよう。受け止め切れなかった過去全て!」
キリッと交差する武器は彼らの思いで。そんな哉都達を総大将は笑う。その意味を本人も哉都もきっと正確には読み取れない。再び、彼らは睨み合い、そうして敵に向かって跳躍した。
『最初に死ぬのは、誰?』
そんな絵空事で、嘘で、紛い物も復讐も追い出してしまえ。
そしてー、全員で共闘!ですね。




