第九十五ノ契約 三者の鏡
刻と総大将の武器がぶつかり合う。いや、総大将は武器ではなく、左腕の虎のような腕が武器だ。それで刻の薙刀を防ぐとあまりの衝撃に二人の周囲に風圧が発生する。その風圧に総大将が軽く目を瞑れば、隙を逃すはずもなく刻が回し蹴りを放つ。それを紙一重で余裕綽々とした様子でかわし、総大将は薙刀を大きく弾く。そうしてまるで猫のようなしなやかさで一気に刻に接近した。左腕を大きく横に振りかぶる。手首で薙刀を弄び、振り回された一撃を防ぐ。かと思いきやその攻撃を軽く受け流し、刻の脇を通り過ぎそうになった総大将の人間の腕を掴む。足元でカラコロと下駄が軽やかな音を奏でれば、そこに掴んだはずの総大将はいなくて。驚きつつも薙刀を構える刻の死角から何処から都もなく総大将は現れ、鋭く尖った爪を刻に向かって振り下ろす。刃物のように尖った殺気に刻も気づいたようだが、総大将のいる方向へ一瞥しただけだった。正確に言えば、笑ったか。途端、空中で総大将の動きが一拍遅れる。なんだと総大将が首を傾げるのを狙っていたと言わんばかりにこちらも何処から都もなく現れた時雨が二本の剣を彼女に突き刺す。ガキッと骨が折れたような音を奏でながら総大将は一拍だけ動かなくなった体を動かし、空中で体を捻るとその一撃一撃全てをかわしていく。そして時雨よりも先に着地すると、着地した途端に襲いかかって来た刻に左腕を振るう。甲高い音が鼓膜を震わす。ギリリと鋭い爪が刻の瞳を傷付けんと迫ってくる。片腕だけとは思えない凄まじい威力に刻の足が震える。だが、片手で薙刀を持ち直し、力を入れ直すと総大将を弾き返した。追撃を加えようとする総大将に背後から時雨が剣を突き刺して来る。それらを見ずにかわせば、前後同時に武器が振り払われる。同時に振れば、我の首が取れるとでも?
「ハッ。舐めるんじゃないよぉ?」
キャハ。そう彼女が嗤った。その瞬間、時雨の体に突き刺さった凄まじい痛みに振り切ろうとしていた腕が止まる。そうして腕でも足でもないもので吹っ飛ばされてしまう。空中で体勢を立て直そうとするが痛みでそれもままならない。と、恐ろしいほど素早い動きで総大将が刻を一瞬にしてねじ伏せるのが見えた。薙刀を持つ手を掴み上げ、容赦なく捻り上げるその姿はまさに異様で外道だった。総大将は手で刻をねじ伏せているのではない。背中方面から生えた蛇で締め上げていたのだ。だが刻だってこれで終わるわけではない。痛む片腕を犠牲にしてもう片方の手に薙刀を移動させると総大将に向けて振り払った。容易く防げるものでがあったが、次なる攻撃を警戒してか刻と距離を取る。いや、取ったかと思いきや一瞬にして時雨の目の前に躍り出ていた。驚く刻と時雨なんぞ知ったことかと総大将は嗤う。どうにかしようと時雨が歌を紡ごうとすれば、勢いよく右手で口を塞がれる。いつの間に背後から伸びた蛇が時雨の片手を刻の時のように締め付けており、そこにも痛みが生じる。そうして勢いをつけて左腕を時雨の顔面目掛けて突き出した。
「爆っ!」
「っ」
が、突然、時雨と総大将、二人の間で火花が散った。火花と鈍い痺れに総大将が悔しげに時雨から距離を取る。二人の間には黒く染まりつつある一枚のお札が浮遊していた。誰のものかはすぐにわかった。哉都だ。時雨は雷を放つお札を指先で摘まむと一旦後退しようとする総大将に空中で迫り、貼り付けると剣を振った。一秒ほど時雨が早かったらしく、バリバリ!と破裂音を響かせて総大将に雷が落下する。動きを一瞬止めた総大将に時雨の隣に跳躍して躍り出た刻と共に武器を振り下ろし、蹴りを放つ。防ぐことなく、その攻撃を受けた総大将が床に勢いよく落下し、一度バウンドするとすぐさま体勢を立て直した。そして着地した二人を睨み付けるが、後方に現れた気配に口角を三日月のように歪める。後方から漂う殺気に二つに結ばれた髪が揺れ動く。バッと振り返り様に総大将が左腕の爪を振り切れば、凄まじい衝撃と共に甲高い音が哉都の体と脳内を揺さぶる。しかし、総大将はそんなこと知ったことかと左腕の虎のような爪を次々と哉都が構える大盾に振るう。大盾から響く振動に別で傷ついた傷が小さく響く。けれど。
「おらっ!」
「っ、と。力だけで勝てると思わないことさぁ」
大盾を上に振り上げれば、総大将がケラケラ見下すように嗤う。弾かれた総大将は蛇で哉都に攻撃しようとするが、それよりも早く哉都は右手の指先でお札を操り、再び雷を落下させる。バチバチッと静電気並みの雷に一瞬、総大将は「それだけ?」という意味で面食らっていたが、哉都にとっては上出来だった。
「刻!時雨!」
ニヤリと笑いながら哉都が叫べば、総大将が周囲に視線を動かす。だが、そこに哉都が呼んだ二人はいなかった。え、とまたまた呆気に取られる総大将の頭上から刻が薙刀を突き刺す。ガァン!と甲高い刃音が響く中、着地した刻は驚いたように後方に跳躍する総大将に迫り、薙刀を振り回す。その攻撃一つ一つを左腕、蛇で防いでいく。攻撃する刻の脇を通り過ぎ、時雨が滑るように接近し、剣を振り回す。ガンッ!と二人分の攻撃が総大将を襲う。時雨の攻撃を左腕で、刻の攻撃を何処から出したのかナイフで防ぎ、足攻撃と力任せに武器を弾こうとする二人に総大将は片足を軸に一回転し、二人を引き離す。が、逃げようとする総大将の頭上から哉都が大盾を振り下ろす。刻と時雨、哉都の三人で考えれば誰が総大将にとって簡単かは想像がつく。ただし、どう始末をつけるかは分からないが。ニッと頭上を見上げ、総大将は笑うと軽く跳躍し、刻と時雨を蹴り飛ばすようにして足場にすると哉都の懐に潜り込む。慌てて大盾を自らの方へ引く哉都だったが、一瞬瞬きをしてしまえば総大将は哉都の懐にいつの間にか潜んでいた。驚いて身を引こうとすれば、離さないと言わんばかりに総大将に片手を掴まれる。自分と同じでいて違う彼女。哉都と似たような黄緑色の瞳が猫のように、嘲笑うように細められた途端、また心臓を鷲掴みにされたような痛みが哉都を一瞬襲い、瞳に、闇に吸い込まれるかのような錯覚に陥る。
「主君!」
刻の悲鳴にも似た声に哉都はその痛みと錯覚からはっきりと我に返ると総大将が左の爪を振るより先に右手を振った。スゥ……と哉都の焦燥に反応してか否や、大量のお札が右腕を包んでいるのが一瞬見えた。かと思えば、バリバリッ!と右腕で閃光が散る。その閃光は右腕を伝い、右手の指先へと行くと至近距離にいた総大将に向けて放たれた。いや、落下、という表現があっているかもしれない。しかし、総大将はその一撃を軽々とかわすとグイッと哉都の方へ顔を近づける。
「君は我には勝てない。そう決まってるんだよ」
「……それは、どうかな!?」
自信ありげに総大将が言えば、哉都も言う。確かに、総大将からは絶望の片鱗がこれでもかと哉都達を既に襲っている。だが、そうだとしても俺達は抗うだけだ。物語のように、いつまでも!その時、何処か美しくも悲しげな歌声が響き、哉都と総大将を引き離した。いや、正確に言えば、総大将を黒い腕のようなものが後方から羽交い締めにしたのだ。身動きを失ったその隙に哉都は着地するがそれだけで終わる総大将でもなく、哉都が着地する寸前に蛇が噛み付き、右腕に傷をつけていた。哉都は痛む右腕を一瞥しながら着地すると思った通り、時雨が歌声を響かせていた。まるで加護だと言うように彼の足元からは風が吹き荒れている。腹からは深いというか浅いというかこちらから見ると微妙な死角でよく分からない怪我があり、時雨は歌いながらも痛みに耐えていた。どうやら深い方らしい。不安になり、哉都は時雨を覗き込むと彼は大丈夫だとニヒルに笑った。それに哉都も笑い返すと頭上を見上げる。空中で黒い腕のようなものに捕らえられた総大将はナイフと蛇を使い、器用に腕を切ると刻がタイミングを図ったかのように薙刀を突きつける。それを左腕で防ぎ、二人は激しい攻防戦を繰り広げることになる。ただ、時雨の歌声も哉都の後方支援も続いていて。どちらかと言うと不利なのは総大将だ。だが彼女は、余裕綽々と笑っていた。
「嗚呼、嗚呼、嗚呼!憎き君を、君達をこの手で殺せるだなんて、最初から呪われてしまった報いだよこれはぁ!」
「っ、今から思い直してはくれないのかい?彼方!」
「だから我は彼方であって彼方ではもうないのさ。闇の部分、化け物。呪われた本物だぁああああ!!!」
狂ったように叫ぶ総大将。その言葉に刻はグニャリと表情を歪ませた。嗚呼、もう無理なのかもしれない。彼女は、片割れはモノノケとヨウカイに賛同した。そう、彼女の言う通り最初から呪われていたのだ。きっと、みんな、その可能性があって。だから、受け入れられなかったんだ。ギュッと薙刀を握り締め、ナイフと蛇を弾き返そうとした刻の目の前で総大将の背からパキパキと音が響く。
「刻!戻れ!」
「わかっている!」
嫌な予感しかしない。哉都も気付き、刻に叫べば、彼女は総大将が振りかぶった左腕を蹴って跳躍し、床に向かって後退する。蹴られた総大将はニヤニヤと嗤うのみで、その背中からは依然としてパキパキという骨が鳴るような、折れたような音が時雨の歌声と不協和音を奏でている。と、パキンッと甲高い音がした途端、総大将から凄まじい衝撃波が放たれた。時雨の歌声が掻き消され、哉都達を襲う。襲うが、そこまで攻撃力はない。慌てて総大将を見上げれば、彼女の背には烏天狗のような翼が生えていた。そうして、目が合った哉都に見下すように笑いかけると先程とは非にもならない衝撃波を放った。
三人で、共闘です!
次回は木曜日です!




