第九十一ノ契約 数百万の九
「聞いても良いかな?」
「なに?愚問じゃなきゃ良いけど」
壱月が微笑ましそうな哉都と時雨を横目に澪に問う。愚問、という毒のようなそれとも牽制しているような口調に壱月の顔が歪む。八咫烏警備隊最強だとしても澪は未知の存在として映るようだ。思い出せなかったことをものの見事に簡単に思い出させてしまうように。
「君の目的は、なに?」
真剣な表情で壱月は言う。彼から唐突に放たれたオーラと殺気に一瞬にして哉都達周辺の空気が一変し、温度が数度下がる。絶対零度とまではいかないが、そうだと言っても申し分なかった。澪が味方でしかなくとも目的と状況は全くもって違う。戦場だからこそ、嘘も真も必要だし、炎のように広がるのだろう。壱月の問いかけに澪はクスリと口元に手を当てて小さく微笑む。
「目的、目的ねぇ。さっきも言ったでしょう?最期に願った者である自分は、自分のために、願いのために動くだけ。願われた約束を果たすために、ね。その道のりが少しだけ同じだっただけだよ」
「本当に?」
低く問われたその声に澪は大きく頷いた。それ以上に何があるの?と言わんばかりに、なにかを知っていると言わんばかりに。彼女の答えに壱月は一応納得したのか、「そっか」と呟くと哉都達の方を振り返った。
「第二波は一時撤退した。その中にいたと思われる総大将も案の定姿を消した」
「そりゃあ、姿を消すだろうさ。此処にいるんだから」
壱月の言葉に澪がそう言い、邪悪と言うかにこやかと言うか複雑すぎる笑みを哉都に向けた。先程までの推理参加、というよりも何処か優しかった雰囲気が一変したようにも見えた。だが、澪にとっては悪気があって言ったわけでもなかった。それでもその笑みに危険を感じたのか、刻と時雨が哉都を背に隠した。それにもまた彼女はニコニコと笑うのだ。……はっきり言って本当に分かんない。
「そう言えば、なんでカナが片割れって気づいたんだい?初めて会ったばかりだし」
少しだけ異様になった雰囲気を変えようと国久が話題を変える。そう言えば、澪は何故、哉都と総大将の魂に気づいたのだろうか?刻は言わずもがな、時雨は聞いていたしで分かるが、普通、分からないのでは?その問いに澪は肩を竦める。
「簡単なことさ。此処に来る前にもう一人のその子に会ったからね。いや、遠くから見つけたと言う方が合っているかな?自分はちょっと色々あってそういうのに敏感でね、だからわかった」
理解した?と首を傾げてみせる澪に国久は戸惑いつつも頷いた。感じ取れないオーラに関係がある色々なのだろうか。気になるが、なんだか今は聞いてはいけない気がした。国久はどうぞと壱月に話題を振ると彼は頷きつつも現在の状況を教えてくれた。
「さっきも言った通り、第二波は一時撤退。多分、戦力差と増援目当てだろうね。八咫烏警備隊はそう見て、助け隊の方もそう見てる。隠密が得意な『神の名を冠する者』や隊員や、協力体勢を取ってくれてるヘリコプターが上空からモノノケとヨウカイを捜索中。街の反対側に撤退しているのを確認。陽動作戦を一時間後、変化がなければ実施するって」
「雨神さんはどうするの?合流するの?」
「いつものことだからね~またかって言われた。ついでに総大将倒してこいって」
「「「いつものこと?!」」」
やっぱり、放浪癖があるという噂は本当だったようだ。手放しで壱月を信頼しているというのが伝わって来て、それと同時に心強くて嬉しく思う。またその状況から今自分達の方が優勢だと分かる。だが、撤退をしている以上、なにか策があるとしか言いようがない。総大将がまたモノノケとヨウカイを出現させ、百鬼夜行を形成させるのだろうか。そうなればやはり、相手の思うつぼだ。
「雨神さんでしたっけ、あなたは総大将を倒せると思いますか?」
紗夜が壱月に問うと彼はうーんと首を捻った。それに一瞬、彼の演説を思い出し、背筋に痺れが走った。その痺れは恐怖と言うよりも希望だったように思う。
「倒すしかないでしょ。例え僕が負けたとしても、まだ、君たちがいる」
そうでしょとにっこりと笑って言う壱月に一気に哉都達の頬に熱が灯る。恥ずかしくて嬉しくて。だってそうでしょう?最強に褒められて頼られているのだから。びっくりして、嬉しくないわけがない。壱月は両腕を翼のように広げ、その場で無邪気に回ると「それに!」と希望を、自らが願った欲を紡ぐ。
「この世界は、僕たちのご先祖様、『神の名を冠する者』達を生み出した者達は抗うと言う選択をした。僕たちにだってその選択肢は存在する。逃げるか抗うか。それを選ぶのは僕たちだけど、世界はいつまでも抗い続ける。抵抗を続ける者ほど敵は疲労し、恐怖を覚える。ならば、僕たちはいつまでも抗い続ける。そうでしょ?」
ニッコリと笑う壱月に哉都達は頷いた。自分達は自らの欲を叶えるために抗い続ける。例えそれが絶望だとしても。希望ではなくとも。
と、パァン!と突然、澪が手を叩いた。なんだと彼女を振り返れば、パチパチ、パチパチと破裂音は拍手へと姿を変える。
「その強き意志は素晴らしい。願いを求める者にとって相応しいね」
「どうしたの突然?」
突然の拍手と言葉に茶々が問いかけると澪はクスクスと楽しそうに笑い、人差し指を立てた。
「此処に来る前にもう一人の子を見つけたと言ったね。敵のボスに挑めるのは決まって限られている。敵は、強き意志を砕くのを好むんだよね。ゲスじゃん?」
「……待ってオレ否定出来ない」
「時雨、強制やってたもんねぇ」
「っるせぇ!」
澪の言葉に『神祓い』の時を思い出したのか、頭を抱えて時雨が言えば、茶化すように茶々が言う。茶々を振り払うように時雨が腕を振れば、彼はケラケラと笑って避ける。唐突のじゃれあいに澪も含めた全員が笑う。そんな些細な雰囲気が嬉しかった。笑い終えると澪は立たせた指を哉都に向けた。
「話を戻すけど、そんなクズが一番嫌いなものはなんだと思う?それは光という可能性。可能性を潰してこそ、可能性は完全体となる」
「……此処に来るってことか」
「そう、だからこそその意志は素晴らしい。だって」
バサッ。澪が言葉を途切らせた途端響いた羽音に哉都達は一斉に背後を振り返った。その瞬間、広がる恐ろしいほどの殺気に、恐怖に、絶望に、負の感情に知っていながら足も体も脳内も凍りつく。周囲が黒く染まっていく。それは目の前にいる原因の仕業というしか答えはなかった。ゆっくりと、そうゆっくりと武器を構え出す哉都達を背後から見て、澪はクスリとその人差し指を襟口に隠れて見えない唇に当てる。
「勝率は、ないかな」
残酷なまでに妖艶に微笑んだのは、誰。
まだまだあります、はい。そーしーてー!?




