第八十四ノ契約 翼を持つ者は、神と共に
「そんなに驚くことじゃないでしょ?ほら、僕って一応有名人だしぃ?」
「それでも限度ってものがあるじゃん!わかんないの?!」
「今はその限度、要らないね」
縁に腰掛け、優雅に座る男性に驚いた様子で茶々がそう叫べば、にっこりと笑顔で返された。結構声が低かった気もするが、気のせいだろう。というかもう少し声は高かったはずだが……まぁ良い。少し風が吹けば、一階までまっ逆さまなはずなのに八咫烏警備隊最強の男性はそんなこと気にも止めずに、驚く哉都達をニコニコと親しみ深い笑顔を浮かべて眺めている。そこに先程見たー感じたオーラも殺気もない。恐ろしいほどの変わりようと言えば良いのか、それともこれが本性なのか?本物の八咫烏警備隊最強に会ったことがない哉都達には分からなかった。
「どうして、此処に?」
少しびくつきながらも鈴花が問う。一応連絡し、情報交換の相手として接していた身としては自分が聞くべきだと思ったのだろう。男性は腰で震えるトランシーバーの電源をブチッと少々乱暴に落とすと組んだ足の上に頬杖をつき、言う。
「一般人三人じゃ大変だと思ってね。まぁ、武器を持ってるところを見るに大丈夫そうだったけど」
「様子見ってことかい?なら、一人で来なくても」
「そんなこと良いじゃん?たまたま近くにいたから来ただけだよ」
嘘だ。男性の台詞に哉都はそう叫ぼうとして言葉を飲み込んだ。そんな簡単にショッピングモール近くに来るはずがない。それに最強と言うならば、激戦区に配置されるのが妥当だ。それか前線。そこに彼がいるだけで鼓舞されるのだから、彼の意志でなくともそこにいるのはほぼ確定だ。なのに、何故此処に?ほっつき歩く放浪癖があるらしいが、本当かどうかはわからない。グルグルと考え込む哉都達が面白いのか、男性は楽しそうに笑う。
「まっ、本当は此処に来ると思って来たんだよね」
ケラケラと笑う男性の笑みが何処か意味深げで恐ろしい。それは此処が戦場だからだろうか?そう思いたいが、どうやら違うようだ。感じる些細な事。嗚呼、でも。するとスッと哉都達より一歩前に出て、時雨が言う。
「オマエらの言う総大将が、か?」
「そうだよ君。確かもう一人の契約した神王だよね?君でしょぉ?『神祓い』サマ?」
「!?」
ニタァリと、意地悪げに見下すように口角を三日月のように歪めて笑う男性。そこに親しみ深さはなかった。人懐っこそうな笑みも。どうして、時雨が『神祓い』だとわかった?その時の髪色も違えば、会った時とは服装も違う。時雨の反応から見て彼と会ったことはないのだろう。ならば何故、見破れた?しかも、何故此処で言う?驚く時雨の肩を茶々が引き、下がらせる。一人そこにいたならば神擬きの餌食になってしまう、そう言わんばかりに。しかしそれは男性に肯定を示しているようなものだったが、突如として味方から敵のような雰囲気を醸し出す男性の前にいる哉都達にとってはどうでも良かった。警戒する哉都達を見て男性はクスリと笑い、先程の不可解な笑みをし舞い込んだ。
「まぁ今はそんなことどうでも良いんだけど。ってか、僕、時雨の正体そんな興味ないしねー」
「……なんで」
吐き出すように呟かれた時雨の震えた声に男性は気づかないふりをしながら答える。
「なんで分かったかってことかな?簡単だよ。消えた『神祓い』と同時期に現れた時雨。考えない方が可笑しいじゃない。同一人物って」
「っ」
「嗚呼、でも、八咫烏警備隊では『神祓い』は誰かに倒されたってことになってるから人違いだねぇ」
ごめんね?と笑う男性の顔と視線から逃れるように時雨は茶々の背後に隠れた。「まるで猫だねぇ」と微笑ましそうに笑う男性。その言葉に哉都は今度こそ確かな違和感を覚え、国久と鈴花を振り返った。すると二人も違和感に気づいたらしく、哉都に頷き返すと茶々と紗夜に視線で合図を送る。それに男性は気づかない。哉都も刻に視線で合図を送るとゆっくりと左手の大盾を顔前に引き寄せる。ニコニコ笑う男性は彼らの変化に気づいているのか否やで、それが逆に違和感を醸し出している。
「でさぁ「ねぇ、いつまで嘘をつくつもり?」……」
男性を遮って鈴花が煽るように言えば、彼の笑みが固まる。そうして今まで笑っていたとは思えないほどの鋭い視線を哉都達に向け出す。話を遮られたから、と言うのだけが原因ではないのは容易にわかっていた。哉都は片手間に髪を払うふりをしてインカムを操作する。その様子を見られぬよう、刻が哉都を隠すように傍らに立つ。それを見届け、鈴花は次の一手を紡ぐ。
「貴方、雨神壱月じゃないわね」
「何言ってるの君?僕は、八咫烏警備隊最強の「八咫烏警備隊では"誰かに倒された"なんて曖昧なことは言わないし使わない。"『神祓い』は消滅し召喚の輪を経て、新たな縁を結んだ。これにて、閉幕"。そう説明してくれたのは、雨神壱月かしら?」」
「嗚呼、確かにそれは、僕だね。兼平ちゃん♪」
呻いた男性とは別に高くも低い声が哉都達の背後から響いた。その声はまさに哉都達が何度も聞いた声で、その声に目の前にいる男性の顔は大きく歪み、そして不気味にその顔を剥がした。いや、剥ぎ落とした。
「紗夜!俺の右腕に防御魔法かけてくれ!」
「え、あ、はい!防御魔法、哉都さんに向けて展開!」
グルリと哉都の右腕を鴇色の膜が小さく包む。と途端、覚醒時に見た封印された鬼のような無数のお札が一瞬見えた。それに哉都はニヤリと笑い、顔をその言葉の通りに歪めた男性を睨み付けた。ドロリと歪んだその顔に先程までの笑みも強者という威圧的な迫力もない。そこにいるのは、破られた化け物。ただそれだけ。
「防」
パキンッ!となにかが割れる音と共に哉都を中心にカーテンのようなバリアが前方に展開される。そのバリアに向かって縁を飛び降りた男性の強烈な蹴りが衝突するが、大盾で殿を構えた哉都にとっては小さな衝撃でしかない。しかも紗夜の防御魔法付きだ。そんな簡単に壊れるはずもない。残念だったな、と言うように鼻で哉都が笑えば、目の前にいたはずの男性が突然消えた。「何事!?」と驚愕する茶々の声が聞こえる。それもそうだ。ガラス張りの縁を背に同じ顔と姿をした二人の男性が刃物を交差させていたのだから。が、縁を背に苦しそうな表情をしている男性の顔にはまるで干からびたようなひび割れが入っていた。
「なんなの?!どういうこと!?」
「茶々、落ち着く落ち着く」
突然の同じ二人に茶々が国久の肩と時雨の肩を掴んで左右に揺らす。時雨も分かっていないようで目を丸くし、あんぐり口である。紗夜も口元を驚きで押さえており、視線で合図を送るだけでは全てが伝わらなかったようだ。刻には伝わっていたようだが。
「あの人、多分ヨウカイで偽物だよ」
「……どうやって分かったんだ?」
「簡単、でもないけど些細な違和感よ、違和感」
「違和感、ですか?」
国久と鈴花の簡潔過ぎる説明に時雨と紗夜は首を傾げる。目の前の敵に一応警戒で武器を構えているが、納得いかない方が大きいらしい。国久と鈴花に哉都が視線を流すと二人は頷き、言う。
「さっき私が言ったみたいに『神祓い』の報告は、いえ、八咫烏警備隊の報告は全て曖昧なことは書かれないのよ。それを教えてくれたのは雨神さんなのよね。のにそんな彼が曖昧なことを言うのは明らかに可笑しいのよ」
「僕も八咫烏警備隊について少し調べたんだけど、彼らにとっての極秘扱いの情報はごくわずかなんだよ。それに『神祓い』については情報開示が可能な情報なんだ。だから、『神祓い』について倒されたなんて表現を使うのは可笑しいんだ」
「嗚呼、なるほど。言葉の綾、ですね」
二人の説明を受けて紗夜が納得したように頷けば、茶々と時雨も理解したのか顔を見合わせる。
「それに俺達はスカウトは受けたがまだ一般人。そこまでは分かる。じゃあ、なんで今時雨のことを言った?」
「……えっ?」
哉都の言葉を理解出来なかったのか、驚きの声が時雨が漏れる。
「時雨、主はテーマパークで彼に会っただろう?」
「うん……まぁ……あ」
そう言うことかとその瞳に理解の色を滲ませる時雨に刻は頷き、続ける。時雨がニヤリと笑ったのが印象的だった。
「あの時に時雨の正体に気づいていたのならば、今此処で言うのは可笑しいのさ。それに主君達は八咫烏警備隊ではないから武器を持つなんて表現は可笑しい。表現するとするならば、攻撃手段か能力」
そう、あの会見の時、男性は「君たちの能力」と言った。それを彼に共感した者達や哉都達は能力=武器と解釈した。だからこそ自分達のフィールドを、死角も多く、一度は戦いの場に使用されたショッピングモールに選んだのだ。武器はあったら良いくらいの認識だった。だって傘でもさすまたでも消火器でも十分に戦えたのだから。エアガンあってちょっとホッとしたのは事実だけど。つまり彼自身も武器を能力という意味で使っていたのだ。そんな彼が此処に来て能力を武器と言うのは言葉の綾だとしても可笑しいのだ。それに今哉都達は覚醒状態だ。覚醒状態を応用活用している八咫烏警備隊が分からないはずない。そう考えれば、違和感が浮上する。あるはずがない違和感。全てを覆す不正解であり正解を。そうして此処にいるのは誰かと考えた瞬間、思い浮かぶのは意志を持った化け物、ヨウカイしかいない。
ガンッと前方を覆うバリアに本物の雨神 壱月が足をつけて着地し、斜め走りする。え、と驚いたのも束の間、偽物の男性ーヨウカイが彼を追って攻撃し、その攻撃がバリアと盾に大きくぶつかる。突然の衝撃に哉都の体が一瞬よろめく。そんな哉都を刻が後方から肩を掴んで支える。と哉都も踏ん張り、ヨウカイの攻撃を防ぐと大盾を振り上げて吹っ飛ばす。とヨウカイの顔に運良くか否や当たったようでデロリとその音の通り、顔の皮が剥がれ落ちた。ベタッと云う音共に落下した顔の下から現れたのは真っ黒な仮面。そうして宙を飛ぶための黒い翼。間違いない、夏祭りの時の烏天狗だ。
「っ!あの時の!」
「嗚呼、なら分かるな。時雨のことを一発で見抜いたわけが!」
茶々と刻がその正体に叫ぶ。あの時の烏天狗がニヤリと武器片手に縁の上で仮面越しに笑う。女性と思われるヨウカイである烏天狗なら、時雨を見抜いた理由が分かる。だって、そこに刻も茶々もいたからだ。紗夜のことはどうなのか不明だが、鈴花の側に侍っているところを見てすぐに理解したとすると、残るのは時雨だけ。格好から融合した人とも考えられるかもしれない。だが、哉都には心当たりがあった。時雨と初遭遇した時のあの烏……いや、考えすぎか。
「愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か愚か!!あの方の世界であるのにも気づかぬ愚か者愚か者愚か者愚か者!死に損ないがぁああああ!!」
「うわぁー狂ってる、狂ってるねぇ」
両腕を広げ、奇声とも取れる笑い声を上げる烏天狗を尻目に本物の八咫烏警備隊最強が哉都達のもとにやって来る。
「なんで此処にいるんですか!?」
「んー?えっとねぇー烏天狗、総大将の側近なんだよ。だから変化出来るんだけど。で、捕まえて場所吐かせようとしたら、いつの間にか此処に迷い混んでて第二波内に総大将いるし僕に変化されてるしで……困っちゃうよね!」
「このノリ明らかに本物よ!!」
「ノリ判定酷くない!?ねぇ兼平ちゃん!?僕、一応最強だよ最強!」
ねぇねぇ!とまるでいつかの茶々のように鈴花に詰め寄る男性にはあの時見た親しみ深い笑顔も最強と名高いオーラもあった。今度こそ本物、そう言わずとも分かった。すると烏天狗がパチンと指を鳴らした。途端、周囲にモノノケが突如として現れる。瞬時に武器を構え、背中合わせになる哉都達を嘲笑うように烏天狗がバッサバッサと翼をはためかせ、風を起こす。聞きたいことも驚くことも山ほどあるが今はこいつらの討伐が先だ。
「刻、時雨」
「茶々」
「紗夜ちゃん」
契約者の力強い声に先程までの感情は吹き飛ぶ。それに刻達は武器を構えることで答える。相変わらず、頼もしい。戦う気満々の、強い意志が宿る彼らを見て男性はクスリと笑った。そして、哉都達は烏天狗率いるモノノケの群れに向かって駆け出した。
第二回戦、開戦である。
翼を持つ者=八咫烏と烏天狗、と云うことです!
次回は来週、月曜日です!




