第七十九ノ契約 百鬼夜行大戦
『ご覧ください!八咫烏警備隊によって避難が完了し、無人となった街に百鬼夜行が侵入を開始しています!八咫烏警備隊の推測通り、この街を横断し、破壊する気なのでしょうか!?八咫烏警備隊はこの街をまるごと買い取り、戦場とするとのことです!八咫烏警備隊は全勢力を上げてこのモノノケとヨウカイが列を成す百鬼夜行を倒すとすると『はーい、はいはい!すみません!今から此処、ジャックしまーす!』』
『?!なんですか貴方達?!電波ジャック……?』
『生放送中すみません!でも、こっちも独自の情報網が欲しいものでー』
『……え?……あ、はい、プロデューサーどういう……え?八咫烏警備隊が募集した戦力?』
『はーい。こちら"八咫烏警備隊を助け隊"情報司令部でーす!八咫烏警備隊最強の人、雨神 壱月さんの意思に共感し、結成された仮の部隊です!まぁ、一般人の寄せ集め、烏合の衆みたいなものですけど』
『……それでも、独自の技術を持つ人々でしょう?烏合の衆でも大勢の集まった力に世界は、国は動かざるを得ない。革命とはそういうものです。申し訳ありません!ただいまから当番組は八咫烏警備隊に協力するものとなりました!』
『!ありがとうございます!じゃあ、こっちの電波に切り替えるので、ニュース目当ての人は別の番組に回してくださいねー!』
静寂な空気を打ち破るかのように耳に響いたゴッ、だがブチッと云う音にイヤホンを耳から哉都は引き抜いた。スマートフォンで見ていたニュース番組は「ただいま放送を見合わせています。大変申し訳ございません」という固定された表示のまま、真っ黒な画面で止まっている。放送内容通り、"八咫烏警備隊を助け隊"と云う部隊に協力するために彼ら独自だという電波に切り替えているのだろう。静まり返った冷たい空気を肌で感じながら哉都はスマートフォンの電源を切った。多分だが、こういう情報系は鈴花の方が得意だろう。人には得意不得意があるのだから。哉都はイヤホンをウエストポーチに結んで詰め込むと、後方を振り返った。そこにいるのは刻と時雨。いつの間にいたのかは敢えて聞かないでおこう。振り返った哉都に二人は神妙な面持ちで頷いた。
「どうだった?大将?」
「ジャックされちゃったよ。"八咫烏警備隊を助け隊"だってさ」
「へぇ?人間って面白いこと考えるなぁ」
ケラケラと楽しげに笑う時雨に哉都も小さく笑う。此処は先程のニュース番組でも言っていた無人の街だ。もはやこの街にいるのは八咫烏警備隊と百鬼夜行、そして彼らに協力しようと行動範囲内でのみ行動をしようと集まった烏合の衆である。哉都達は八咫烏警備隊からスカウトーという名の挨拶と通知ーを受けた身ではあるがどちらかと言うと烏合の衆の一部だと思っている。八咫烏警備隊や他の仮の部隊からしてみれば「違う!」と言われそうだが、自分達的にはそうである。
「ーーはい、はい……分かってます、無理はしません。だからこそ、この死角が多いショッピングモールを戦場に選んだんですから」
その時、天井が高いせいか大きく声が反響した。その声の主は案の定、鈴花であるが、彼女がいるのは吹き抜けになったロビーの二階。全体が見える場所に陣取った場所だ。鈴花の隣には人型に変化した紗夜が一歩後ろに下がり、付き従っている。まるであたしの場所は此処だと、今は彼女の領域だと言わんばかりに杖を片手に侍っている。そう、此処は鈴花の言葉からも分かるようにショッピングモールだ。もとは毎日や週末に多くの人々が訪れる憩いの一つだったのだろうが、今は哉都達以外誰もいない無人のショッピングモールと化している。国久と茶々は関係者以外立ち入り禁止の出入り口、いわゆる裏口などの確認に行っている。茶々は全員の中で素早さが断トツであるため、なにかあった時用にと覚えてさせておこうと云うことらしい。多分、国久自身も覚えようという魂胆だろう。そろそろ帰って来る頃合いだろう。哉都はまるで崖の上に悠然と立っているかのような鈴花を見上げる。と彼女がふいに下を見、哉都と目が合った。哉都が何気なく手を振ると鈴花も小さく手を振り返した。片手にスマートフォンを持ち、こちらに手を振った鈴花は一瞬笑みを浮かべたが瞬時に真剣な表情になると再び電話に集中し始める。此処まで聞こえてきた内容からして雨神 壱月と話しているのだろう。それか司令部と云う方だろうか?どちらにしろ、此処は戦場にかわりない。鈴花の邪魔をせぬよう、哉都は視線を前に戻した。哉都の視線の先には自動ドア。ガラス張りの向こう側から戦闘音が聞こえてくる気がする。そう思うと哉都の体がブルリと武者震いがした。
「主君、大丈夫かい?」
「ん、嗚呼。始まるんだなぁと」
「怖がってんじゃねぇぞ大将~」
「違うっつーの!」
武者震いした哉都を心配して刻が問えば、時雨が「ニヒヒッ」と歯を見せて笑ってみせる。それに少しムッとしてしまい、哉都が軽く掴みかかれば時雨も楽しそうに笑う。少しだけ緊張していた空気が緩み、和んで行く。
「楽しそー!ボクも混ぜて混ぜて!」
「うわっ!?茶々!?」
と時雨を後ろから何処から都もなく現れた茶々が抱き締めた。驚いた時雨をすっぽりと後ろから覆い、茶々はニコニコ笑う。茶々が現れたであろう銀色の観音開きの扉から国久がゆっくりとした足取りで現れた。
「お帰り国久。どうだった?」
「ただいまカナ。うん、扉全部に鍵掛けられてたよ。まぁ、意味はないけどね」
「ふふっ、茶々の速さの前には意味ないものね」
哉都と国久の会話に刻も加わり、クスリと笑った。鍵を掛けられていても神王の凄まじい蹴りを受けてしまえば、どうってことない。だな、と笑う合う哉都達が気になったのか時雨を覆い隠すように後ろから抱きつきながら茶々が問う。
「なに?主様も哉都くんも刻もー」
「茶々の能天気さに呆れてんだろ」
「むっ、違うもん!」
「戦闘狂」
「会話の流れ的にも違うよ時雨」
「わざと」
愉快そうに笑う時雨に哉都達も吊られて笑ってしまう。ふと鈴花と紗夜を一瞥すれば、紗夜は爆笑を堪えていた。どうやら紗夜の笑いのツボは浅いらしい。鈴花は笑わないようにとでも云うのか、眉間にシワを寄せて話し込んでいた。と、その時、楽しげな声を響かせていたショッピングモールに不穏な音が大きく反響した。まるで爆発音のような、硬い物で地面を力強く叩いたような鈍い音。その音に一斉に身構えた哉都達だったが、音の出所は周囲を見渡しても分からない。それが異様に彼らを窮地に追い詰める作戦のようで、まるでお化け屋敷の一環だと言われているようで心中がざわつく。でも、大丈夫。そう自身を落ち着かせながら哉都はウエストポーチに手を伸ばす。国久も警戒を示しながら同じように前腰につけている大きめのウエストポーチに手を伸ばす。そうして二人同時に取り出したのはエアガンだ。これらはショッピングモールで調達した武器だ。本当はその場しのぎで行こうと思ったのだが、どのくらいの百鬼夜行が来るか分からない以上、武器を持っていて駄目と云うことはない。つけなければならないゴーグルも付け、いつでも来いとエアガンを二人で構える。そんな二人に触発され、刻達も武器を出現させ構える。時雨はいまだ武器なしなので軽く屈伸をして準備万端を示す。二階でも鈴花が覚醒の武器である剣を片手で持ち始めていたが、重かったらしく両手で持ち直していた。
「来たようだね」
「嗚呼、侵入したにしては案外遅かったな」
薙刀を握り締め、刻は呟く。時雨の言う通り、この街を破壊しようと侵入したのは早かったのに此処まで来るのは遅かった。恐らく八咫烏警備隊の健闘のお陰だろう。このショッピングモールは街の真ん中辺りに位置している。最前線の八咫烏警備隊が百鬼夜行の進行を押さえていたのだろう。今のところ、こちらが優勢と言うことだ。総大将である女性がモノノケとヨウカイを増量していなければの話だが。彼女が化け物を増量しなければこちらにも勝利はある。いや、絶対に勝つ。
刃物同士が交差し、擦れ合う音や地響きのような雄叫びが近づいてきた。もうすぐそこに戦場が迫っている。一瞬の不安と恐怖を感じてしまう哉都達とは裏腹に茶々の表情が歓喜に歪んで行く。それがなんともアンバランスで少しだけ笑いそうになった。
「今ならまだ戻れるよ?」
ポツリ、と国久が呟くように言った。そこにあるのは親友達と相棒達への労り。哀れみや同情は何処にもなかった。
「なに言ってるのよ国久。私達が敵前逃亡するとでも?」
鈴花の声が近くで聞こえるなぁと思い、隣を見れば、いつの間にか鈴花と紗夜が哉都達の元に集合していた。ニヤリと男らしく微笑む鈴花に哉都もニヤリと笑い返す。
「するわけないよなぁ。俺達は選んだんだから」
「ハハッ。そうだね。気になっただけだよ」
「ホントに~?」
「本当だって!」
そうやって確認し合うと哉都達は誰と言うわけもなく手を差し出した。そうしてパチンッ!と良い音を鳴らせながらハイタッチをかわす。三人なりの意思の確認のあと、彼らは傍らにいる相棒と云う『神の名を冠する者』達を見上げる。彼らが何を言いたいのか分かった刻達はそれに答えるべく、言葉を紡ぐ。
「お任せくださいお嬢様!」
「ぜーんぶ、殺しちゃうんだからっ!」
「お手柔らかに、なんてしねぇけど」
「……決着の、時。だなんて。大丈夫さ」
彼らの力強くも優しい言葉に哉都達は頷き、彼らともハイタッチをかわす。そうして自動ドアを睨み付ける。ガラス張りの向こう側ではもう既に戦闘が始まっている。
「あ、そうだ。忘れてたわ」
「?鈴花ちゃん?」
すると鈴花が唐突に思い出したらしく、同じようにつけているウエストポーチからインカムを取り出した。一体何処で手に入れたのかと思うが、そんな問いなど後回しだ。リズミカルにそれぞれの手にインカムを渡していく鈴花。刻と茶々は渡されたインカムに「なんだこれ」と不思議そうな、怪訝そうな表情をしていた。そんな彼の手からインカムを取り、国久は茶々の耳にインカムを装備させる。時雨は使い方も理解しているのかスムーズな手つきで耳に装着しており、刻はどうしたら良いのか視線をさ迷わせた結果、紗夜に助けを求めた。
「戦い始めたらスマートフォンで連絡取るなんて命の危険に繋がるでしょ?」
「それは分かるけどさ、鈴花。このデパートにインカム置いてあったか?」
そう怪訝そうに哉都がインカムを着けながら問えば、鈴花は「ええ」と頷いた。何処にあった……?と考えた哉都の視界にエアガンが入る。嗚呼、エアガンを置いているような専門店があった時点であるに決まっている。此処のショッピングモールの店が特殊なだけかもしれないが。
「なにかあった時はインカムで連絡取るんだね」
「ええ、そうしましょう。使い方……は刻ちゃんと茶々以外は分かってそうね」
「以外ってなに?!……うんまぁ分からなかったけど」
「私は主君か時雨に聞こう。ところで、紗夜はどうするんだい?」
刻は疑問そうに紗夜の頭を撫で、ピンッと立った黒い耳を触る。紗夜がインカムを付けれそうにはないが。そう思っていると紗夜が首元を指差した。そこにはリボンの中央に埋め込むようにして付けられたマイクがあった。
「大丈夫です刻。あたし、これでも耳良いですから」
「ふふ、そうだね」
にっこりと笑い合い、全員がつけたことを確認したと同時にインカムの電源を入れれば、すぐさま八咫烏警備隊かそれとも協力者か会話の内容が流れ込んでくる。まるでそれは情報の波だ。飲み込まれそうになるのを必死に防ぎ、哉都は真剣でいて鋭い視線を自動ドアに向ける。いつの間にか、ガラスにはピキピキッとヒビが入り始め、その向こう側には百鬼夜行が顔を出していた。嗚呼、始まるんだ。ドクンと心臓が一回脈打つ。けれど今回は怖くなかった。
「無理はしない」
「危険と思ったら逃げる」
「絶対、全員で生きて帰ってくる」
鈴花、国久、哉都が決めことのような約束を呟く。それはもう一つの契約であり願い。必ず叶えるべき願い。それは世界の終焉であり、世界の命運。さあ
「この大戦を制そうぜ!」
時雨が興奮したように叫んだ瞬間、百鬼夜行が進行と破壊を開始した。そうして、戦いが始まった。
最初に死ぬのは、誰?
大戦が始まります!




