第七十七ノ契約 神の使者、今飛び立つ
『八咫烏警備隊はこの騒動には首謀者がいるとみています。その首謀者はモノノケとヨウカイを操り、出現させることの出来る人型。性別は恐らく女性で、左腕が虎の腕のようであったことから我々は彼女を総大将として区別しました。彼女の力は莫大であり、彼女が歩くだけで百鬼夜行が作り上げられ、死体の山が作り上げられるほどです。つまり、太刀打ち出来ないと言っても良いでしょう。化け物達の大行列は百鬼夜行となり、次々と街を破壊しています。八咫烏警備隊が確認しただけで出現地であるテーマパークを含め、二つの街を横断し破壊。幸い、避難を開始していたため死傷者数は少なかったですが、そのうち都市部である此処にも襲来する見通しです。八咫烏警備隊は化け物達を討伐する以外、他に手はないと考えています。そして、百鬼夜行の横断を止める手立ても同じです。そのため、個々に化け物を討伐するのではなく、全勢力を上げ、総動員で戦闘に挑むことになりました』
『つまり、街一つを犠牲にするというのは苦肉の策と……』
『そうとも言えます。これ以上の被害者を増やさないために政府と共同で考えた策です。大勢を犠牲にし、戦いを終結させるくらいなら最小限の犠牲を取ります』
「懸命な判断ね」
厳しい口調で男性が言い切ると鈴花も妥当だと言いたげに頷く。確かに百鬼夜行が横断中にモノノケとヨウカイを倒せば、もしそこが避難し終わっていない区域の場合、多くの被害が予想される。ならば最初から全員避難させて、めい一杯戦ってしまえば良い。そう言う考えだ。街一つを犠牲にすれば、死傷者は格段に下がる。
『敵は今まで以上の強敵揃いです。八咫烏警備隊全員が無傷とは限りません。もしかすると、負けることだってあるかもしれません』
ザワッ。八咫烏警備隊最強と言われる彼が「負けるかもしれない」と、「死ぬかもしれない」と言った。男性がいる限り、安泰と言われていた八咫烏警備隊が崩壊する可能性もある。つまりそれは事実上のこの世界の死だった。絶望、死ぬかもしれないという恐怖。誰もが恐れおののくのは無理もなかった。罵声から悲鳴へ変わった報道陣の質問の銃弾を男性は片手で制すると続ける。
『もしもの場合、政府によって街に兵器を投下してもらう予定でいます。戦場となる街はもう戻れない、地獄と化します。再開発は……今のところ不明ですが八咫烏警備隊が責任を取って街全てを買い取るつまりでいます……生きていたらの話ですが』
『先程も言っていましたが、どれほど強敵なのでしょうか?』
『数週間前、新しいモノノケとしてヨウカイが出現しました。意思を持つモノノケの数はおよそ一千。モノノケはその倍です。大国の一部隊以上を担う戦力です。対抗策である『神の名を冠する者』がいなければ、確実に人類・世界は一週間以内に滅ぼされていたでしょう』
一週間以内。刻達がいなければ、なんと自分達は弱者だろうか。彼らがいるからこそ生き延びているようなものだ。思わず恐怖で哉都は体を震わせた。そんな彼の手を刻が優しく包み込む。安心させてくれようとしているのが分かり、哉都も刻の手を握り返した。茶々と紗夜も自分の契約者を安心させようと傍らに寄り添ったり、尻尾で頭を撫でたりする。時雨も哉都の側に寄り、ポンポンと頭を優しく叩く。刻達の優しさに心の中が暖かくなる。会見は続く。
『それに加え、総大将が殿を努めています。目的は言わずもがな。もしかすると今回のはその一部に過ぎないのかもしれません。ですが、我々はモノノケ、ヨウカイ、そして総大将を殲滅する所存です。犠牲となる街、都市は百鬼夜行の横断予想から既に確定し、万が一も考え周囲の街の方々にも避難させていただきます。避難する方々はその地区を担当している八咫烏警備隊員の指示に従ってください。避難場所は確保しています。此処までで質問は』
『……………』
『勝率は?』
『先程も言ったように分かりません。五分五分、と言ったところです』
『避難はいつ始まるんでしょうか?』
『この会見が終わったらすぐに。すでに避難誘導を始めている地区もあります』
次々投げられる質問に男性、的確に答えて行く。すでに敗戦した時の準備まで整っているのだろう。まぁ、それは最終手段でもあるわけだが。
「……勝てると思う?」
「どうだろう。僕らは実際に見ているわけだしね」
哉都の問いに国久が答える。確かに自分達もあの女性を、百鬼夜行を見た。男性が勝率が五分五分だと言うのも頷ける。……恐らく、今の戦力ではが付くが。それを哉都達も男性も分かっていた。哉都は刻を覗き見た。あの女性と自分のことを言った方が……いや、理解しているから良いだろう。八咫烏警備隊員に言った方が良いかと云う事だが。
「……ま、あとで良いか」
「?何があとで良いんですか?哉都さん?」
「なんでもねぇよ」
哉都が小さく呟いた声は紗夜に拾われた。何が良いのかわからず、問いかける彼女に時雨が哉都の代わりに答える。軽く彼に会釈し、礼とする。テレビ画面に視線を戻すと質問攻めの嵐が終わったらしく、最後の発表へと移っていた。
『質問が他にないようなので、此処からは八咫烏警備隊ではなく、雨神 壱月として言わせて貰います……僕は他の人とは作りが違うと自負しているつもりだ。それが、僕だけでも生き残る事が神王の欲だったから。でも今は違う。誰もが簡単に命を落とせてしまう戦いが始まる。僕たち八咫烏警備隊だけでははっきり言って戦力不足かもしれない。始まった瞬間に絶望し、命を落とすかもしれない。それでも僕たちはこの世界のために、自らが願った契約のために戦いに行く……だからこそ、スカウトされた人もただただ契約を結んでいる人も聞いて欲しいんだ。君たちの力を貸して欲しい。さっきも言ったようにはっきり言って戦力不足、一般人を戦場に放り投げるなんて正気の沙汰じゃない。戦場に出なくても良い。君たちの能力で、君たちの戦場で、その力を僕たちに貸して欲しいんだ。分析能力が高い人なら百鬼夜行の動きを把握出来るかもしれない。人間観察が得意な人は化け物達の動きを予測出来るかもしれない。職人なら、武器を修復し提供出来るかもしれない。契約を結んでいるけれど、戦えない、それでも行動範囲内で出来ることはある。出来る範囲内で君たちの力を貸して欲しい。安全な場所で戦ったって誰も文句なんか言えない。そこがフィールドなんだから。八咫烏警備隊のフィールドは地獄と云う戦場、ただそれだけの違いなんだから。これは、僕たちの戦いだ』
そう言い切った男性の背後に大きく飛び立つ八咫烏が見えた気がした。力強くも優しく物語るように歌いかけるように、演説した男性は軽く頭を下げると水を打ったようにシンと静まり返ったロビーをあとにした。彼が見えなくなった瞬間、まるで金縛りにでもあっていたかのように動きを止めていた報道陣が一斉に動き始めた。カメラに向かって叫ぶように状況を伝える者や慌ててロビーから消えた男性を追いかけようと別の隊員に問いかける者などなど阿鼻叫喚にも似た嵐のような状況がテレビに広がる。緊張と真剣さを滲ませた状況がとりあえず終わった事に哉都は肩の力を抜き、ソファーに身を委ねた。哉都は刻と繋いでいない片手でスマートフォンを手に取ると通話画面に切り替える。「叔母さん」と表示された画面に指が震える。なにをしようとしているか、それを考えるだけで指先が震える。与えてしまう事になる絶望で体が震えてしまう。と、ギュッと刻が哉都の手を握りしめた。
「主君、無理はしなくて良い。主が責任を感じる事はない。あれは主ではなく溺れてしまった、負けてしまったある意味私なんだから」
「……嗚呼、そうかもな。でも、その理由の一つが俺なら、けじめをつけたいんだ。例え、悲しませる事になったとしても」
ギュッと握り返された哉都の手は震えていた。そうしてその視線は国久と鈴花に向けられていた。二人は哉都の視線に気付き、ニッコリと笑う。
「『お人好しの僕なら、何処までもカナらのために着いて行っちゃうだろうね』って父さんらに言われたんだよね」
「帰って来たら主様のお父さんとお母さんに抱き殺されちゃうね!」
「はは、そうかもね茶々」
「私だって、ねぇ。『あんまりわがまま言わない子が自分からわがまま言った』って驚かれちゃったわよ。私、そんなに薄情かしら」
「ふふ、違うと思いますよお嬢様。嬉しいんですよ」
「分かってるわよ紗夜ちゃん!」
親友達とその相棒の言葉に哉都は一瞬分からず、首を傾げていたが、そういうことかと理解した。一歩間違えばいなくなってしまうかもしれない恐怖。それでも自らの意思を取った。絶望ではなく、新たな希望を選んだ。それはつまり。ねぇ、そういうことなのでしょう?
哉都は震える指を動かし、通話ボタンを押した。すぐに通話が繋がり、叔母さんの声が響く。
『やっぱぁり、来たわね』
「……どうして」
『だって哉都のことだものぉ。親友の二人と同じ考えだろうと思ってねぇ』
「……今回の騒動、俺にも関係があるんだ。だから『行くんでしょ?なら絶対帰って来なさいよ』……止めないのか?」
『だぁって、あなた、止めても行くでしょ?姉さんもそうだったもの。こう!と決めたら一直線。それで義兄さんと出会って、あなたたちが生まれたようなものなんだもの。そんな姉さんたちの遺伝子を継いでるのに止めるなんて無理よぉ。あたしなんて正論で論破されまくったし』
「ハハッ。さすが母さん……そういえば弟もだったなぁ」
『でしょ?あなたたち兄弟はそうなの。だからあたしはあなたたちが自由に一直線に進めるようにするだけなのよ。自分の幸せは二の次で充分。そりゃあ、誰だって怖いわよ。でもね、嗚呼すれば良かったって後悔して欲しくもないの』
自分は、刻と出会って後悔した?時雨と契約して後悔した?……彼らと行くことを拒んで、あとから後悔する?嗚呼、なら、自分の思う通りに『己の正義を信じて、突き進め』ば良い。誰も答えなんて知らないんだから。
『刻ちゃん、いるかしら?ていうかいるわよね?替わってくれる?』
「え、あ……うん。刻」
耳に当てていたスマートフォンを刻に渡すと彼女は少し困惑した表情で受け取った。
「えぇと、刻……です?」
『嗚呼、『神の名を冠する者』、甥っ子のこと、お願いね』
「!……嗚呼、それが主の欲ならば」
『刻姉?兄貴のこと、頼んだ。兄貴さぁ、たまに一人で突っ走っちゃう事もあるからさぁ』
「ふふ、心得ておこう」
クスクスと楽しげに笑う刻からスマートフォンを返されるが、何故笑っているのか理解出来ずに哉都は首を傾げるばかりだ。しかし、スマートフォンを受け取ろうとした哉都の手から時雨がスマートフォンを奪い取ってしまう。「おい!?」と叫ぶ彼を無視して向こう側にいる二人に時雨は言う。
「大将のことはオレらに任せとけって」
『え、誰?』
『……もう一人の神王?』
『ええええええ??!!』
「……大将、返すわ」
「最初から返せっての!」
驚きの声を上げる叔母の声がうるさかったらしく、片耳を抑えて時雨がスマートフォンを返す。奪い返した哉都がスマートフォンを耳に当てると叔母の興奮した声が遠くから聞こえてきた。どうやら二人目の『神の名を冠する者』に驚きを通り越して興奮してしまっているらしい。そんな叔母の代わりだと言うように弟が言う。
『とにかく!絶対に生きて帰って来ないと一生兄貴のこと呪うからな!』
「ッハハ!それは怖いわ!」
兄弟二人の笑い声に見えない絶望の未来も恐怖も消えていく。それは絶対的運命とまでは行かない、誓い。例え絶望しかなかったとしても、それさえも砕いて希望に変えてやる。そこにいるのは弱い少年少女達ではなく、神を纏った強き意思を称えた者達だった。
九月も終わりますね……ハロウィーンが来ます……




