第七十二ノ契約 破られた静寂
鬱陶しい。その一言に限る。さっきから哉都達は出口に通じているであろう関係者の扉を目指してモノノケをちぎっては投げちぎっては投げを繰り返しているが、いるが……全然減らない。何処かで誰かがモノノケを大量生産しているんじゃないかと思ってしまうほどに全然減らない。一瞬、モノノケじゃなくてヨウカイなのでは?と目の前の敵を凝視したが、明らかに意志も言葉もない顔面と繰り返される攻撃パターンに早々「ないな」と結論付けた。だが、出口に近づきつつはあった。しかし、モノノケと長時間戦い、刻達も満身創痍で疲労困憊だ。中には手こずるほどの強者もいて、それによって余計に体力を消耗していた。明らかに多勢に無勢でもあったし、これ以上は相手の思う壺でしかなかった。
「っ」
吐き気を催してくる体にも嫌気が差す。多分、ずっとこんな地獄にいるからだろうとは思うが、なんだか先程の体調不良がぶり返して来ているらしい。哉都は胃から逆流してきそうな異物を押し留めるように口を抑えた。折り畳み傘はすでボロボロでいつ壊れても可笑しくはない。「壊す」とは言ったが鈴花に怒られるなぁ、なんて場違いな事を考える。がすぐに気を引き締めた。このままじゃじり貧だ。早く、脱出しないと。
「カナ、大丈夫?」
トンと背中に温もりを感じ、哉都が振り返れば国久が旗片手に立っていた。国久の持つ旗もボロボロで、テーマパークのキャラクターが描かれていたであろう場所は見るも無惨な姿へと変わり果てていた。哉都は国久の心配そうな問いに手を外して頷く。とそこへ鈴花もやって来、二人に背を預ける。二人共に大きな怪我はなくて、哉都は胸を撫で下ろした。
「あ~疲れた!なんでこんなにいるのよ!」
「しょうがないよ鈴花。無限に湧き出てくるんだから」
「鈴花の攻撃魔法とかじゃどうにもならねぇのか?ほら、よくゲームとかで属性あるし」
疲労と怒りを滲ませて鈴花が言えば、二人が答える。哉都の問いかけに鈴花は「うーん」と呻き声を上げて悩むと自らが持つ剣を掲げる。
「覚醒って言っても実質二回だけだし、分かんないのよね」
「念じてみれば?」
「うん、そうね。失敗しても文句言わないでよ?」
「「言うわけない」」
不安げな鈴花に大丈夫と念を送り、彼女は両手で柄を握り締める。瞳を閉じ、意識を集中させる。覚醒なんてあんまりやってないし、八咫烏警備隊に上手くもない。でも、この状況を打開出来るのならば、なんだって良い!その思いが通じたのか、鈴花が持つ剣に可憐な花びらが螺旋を描きながら舞い始める。その姿はまるで天女かと見違えるほどで、嗚呼、これが覚醒かと哉都は内心思った。スゥと開かれた鈴花の瞳は凛々しくて美しくて。その瞳に射ぬかれたモノノケは足を止め、動きを止める。そんなモノノケ達を嘲笑うかのようにゆっくりと鈴花は剣を中段に構えた。足元に舞った花びらがまるで魔法陣のように展開されており、魔法使いのようだった。カツンと鈴花が一歩足を踏み出すたびに様々な花を描いた魔法陣が波紋を描くように地面に刻まれて行く。その一歩が鈴花の中で引き金になったようで駆け出すと目の前にたまたまいたモノノケに向かって花を纏った剣を振りかざした。モノノケも鈴花を攻撃しようと武器を握り締めた、がコンクリートから突如として青々しい蔦が生え始めモノノケを意図も簡単に捕らえ、身動きを奪う。そんなモノノケへ鈴花は容赦なく剣を振り落とした。シン……一瞬の静けさのあと、モノノケは静かに剣に刻まれた花のように花びらとなって消滅した。
「……すっげぇえ!」
「鈴花、凄い!」
凄まじい威力を目の当たりにし、二人の口から驚きと称賛の言葉が溢れる。鈴花も自分がやったのかと驚いており、両手で握り締めた剣を呆けた表情で見下ろしたまま二人を振り返った。
「……出来ちゃった……」
「さすがですお嬢様!契約者の覚醒技なるものを引き出すなんて……!」
「え、これがそうなの!?紗夜ちゃん?!」
茫然とする鈴花に二人が駆け寄ろうと走り出す。と同時に傷だらけになった紗夜が彼女の元に跳躍して来る。嬉しそうに微笑む紗夜に鈴花も茫然としていたが、嬉しくて笑い返した。しかし、案外体力を消費するのか、小さな頼りある肩で息をしていた。そこに彼女達のもとへ向かう途中、茶々も合流し、興奮覚め上がらぬ様子で叫ぶ。茶々も案の定傷だらけだった。
「アハハッ!こんなに殺れて愉しい!……でも疲れたよぉ、主様……」
「お疲れ様茶々。やっぱり体力の限界が近いみたいだ」
「嗚呼、そうだn」
茶々を労りながら走る国久の背が小さく見える。視界が歪む。あれ、なんで?ドクドクとうるさい心臓は、あの時の痛みを思い出させて来て余計に気分が悪くなる。足が動かない。その時、哉都の背後で噴き上がった凄まじい殺気に彼の足は完全に止まってしまった。鈴花も紗夜も国久も茶々も背後と前方で滝のように沸き上がった殺気に、恐怖で顔を歪め、体を痙攣させる。暑いはずなのに寒気がして哉都は両手で体を擦った。彼らが恐怖に目を見開いている。それを見て振り返る方が可笑しい。可笑しいのに、哉都は振り返りたくて仕方がなかった。自分でも分からなくて、哉都は心臓辺りの服を握り締めた。ゆっくりと背後に視線を滑らせる。
「っ!?」
遥か遠く、少し哉都達がいる場所から距離がある所に渦巻く全ての感情をごちゃ混ぜにしたような異様な気配、死んでしまうのではないかと錯覚してしまうほどの殺気。無限に湧き出るモノノケとヨウカイに囲まれる少女のような女性がそこにいた。モノノケとヨウカイを出現させた原因、この地獄の首謀者だった。幾人もの憎悪を恐怖を集めたにも関わらず、数多の殺気をその身に受けているにも関わらず、女性はただただにっこりと笑うのみで。いや、瞳は笑っていない。だからこそ、恐ろしいほどの恐怖が彼らに襲いかかる。女性を視界に納めた瞬間、ドクンと哉都の心臓が脈打った。途端に心臓を鷲掴みにされたような形容しがたい痛みに襲われ、心臓辺りの服を引きちぎってしまうのではないかと思うほどに握りしめながら前のめりになる。足が、腕が、上手く動かない。心臓から放たれた痛みが体全体を支配し、全てを奪って行く。呼吸するのさえ、許さないとでも言うような頭を押さえつけられているかのような圧迫感。震える哉都の手から折り畳み傘が落下する。膝をつきそうになってしまう。
「(っ、なんで、またっ)」
「っ!カナ!」
心臓の痛みと共に恐怖と何処か懐かしさが……いや違和感が哉都を支配する。背後から緊迫と恐怖を孕んだ友人達の声がする。前方では首謀者であろう女性がニタニタと笑いながらモノノケとヨウカイを放つ。心臓の痛みに耐える哉都は気づかない。いや、気づいていた。悲鳴と気配と殺気で。背後の国久達から哉都までは距離が多少ある。素早い茶々でもギリギリだろうし、紗夜の防御魔法は彼女自身が傷ついているため間に合うかどうかさえ怪しい。今にも飛び出して行きそうな国久と鈴花を茶々が押さえ、紗夜が防御魔法を叫ぶ。だが、モノノケとヨウカイは本気を出したと言わんばかりの凄まじいスピードで哉都に接近する。そのため、紗夜の防御魔法は絶対に間に合わない。悲鳴染みた声が響く。哉都だって、ただただ痛みで終わりたくはない。嗚呼、でも、体が言うことを聞いてくれない!
「大将!」
少し遠くで時雨の声がする。けれども、苦痛と恐怖か何かで視界が歪み始めていた哉都には彼の姿は分からない。もしかすると、近くにいなくて幻聴だったのかもしれない。その時、顔に風が当たった。なんだと視線だけを上げれば、軽く跳躍した状態でモノノケが鋭く尖った割れたガラスのような物を振り上げていた。サァと哉都の顔から、体から血の気が引く。今、自分の手の中には何もない。折り畳み傘を拾っても……間に合うか?どうする?どうすれば良い!?恐怖に体を強張らせた哉都に伸びる手があった。そうして、叫ばれる声があった。その手も、声も全て知っていた。分かっていた。嗚呼、でも
「彼方!!」
……そこにいるのは、俺じゃない。
刻のあの笑顔と哉都を襲った痛みに進展が……!みたいな感じですね。
次回は月曜日です!




