第七十ノ契約 二色の黒色と紅色
ガンッ!と手元に響く痛みと云うか振動に哉都は顔を微かに歪ませた。
「(嗚呼、もう慣れねぇなぁ!)」
口角が嫌と言うほどにあがってしまうのは、この現状ではしょうがないと思ってしまっているからに他ならない。まぁ八咫烏警備隊同様、自らを守るための対抗策だ。慣れたい訳では決してない。鈴花から借りた日傘は結構丈夫らしく、モノノケの頭を振り切っても壊れやしない。いや、逆にモノノケの頭が柔過ぎるだけかもしれない。力一杯、哉都に頭を日傘で殴られたモノノケの頭は面白いほどにくるくると回ったかと思うと回りすぎたのか、目を回して倒れてしまった。まさかのことにどうしたら良いのだろうと哉都は一瞬思い、そうして日傘を自分達で言うところの心臓に突き刺した。が、頭上から勢いよく突き刺したにも関わらず、力が足りなかったようでモノノケの屈強な体には刺さらなかった。それどころか立ち上がる時間を与えてしまったらしく、下半身を捻って勢いよく跳躍して立ち上がるモノノケから哉都は後方に一歩足を引いて逃げる。立ち上がったモノノケは哉都に矛先を向け、手に持った得物を哉都に向け、振りかざす。自分が持っているのは日傘だ。真っ正面から受けたら真っ二つになるしか道はない。どうしようかと悩む哉都はモノノケの背後に見えた影にニヤリと笑った。モノノケも哉都の笑みに気づいてはいたが、負け惜しみだと思ったらしく得物を振り下ろそうとする。それが一番の間違いでしかないのに。
「えいっ!」
ズサッ。となにかを切り裂く音がした。と同時に哉都に得物を振り下ろそうとしていたモノノケの頭がポロッと落ちた。敵は首が切られたことに気づいていなかったらしく、頭が落ちてようやっと自身の敗北に気がついた。それでも哉都に襲いかかろうとする頭なしの胴体に哉都は日傘を突き刺すとバッと傘を開いた。突然開かれた事でモノノケの胴体がヨロヨロと後方によろめく。そこに横から国久の蹴りが炸裂し、胴体は勢いよくコンクリートの地面に叩きつけられる。叩きつけられた胴体に頭上から鈴花が剣を振り下ろし、トドメを刺す。胴体は一瞬痙攣したのち、今度こそ息を止めた。モノノケの胴体から剣を抜くとドロッとした液体が付着しており、鈴花は「うわぁ」と嫌そうな表情を見せる。
「なにこれぇ……気持ち悪い」
「本当にね……ところでカナ、大丈夫?」
「二人のお陰でな!」
「それは良かったわ!」
三人は小さく笑い合うと次なる獲物に向けて視線を滑らせた。
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大きく跳躍した茶々はそのまま飛んだ先にいたモノノケに向かって飛び蹴りを放った。うまい具合に顎に当たったらしく後方に仰け反るモノノケの両肩に素早く足を引っかけ、軽く宙ぶらりんになると茶々は大太刀を引き寄せ、その胸に突き刺した。そして容赦なく上へ振り上げ、胴体を蹴飛ばすようにして跳躍する。胴体から頭を真っ二つに切り裂かれたモノノケが血を吹き出しながら後方に倒れて行く。空中で数回回転して着地すると茶々はすぐさま大太刀を構え直す。茶々の周囲にはモノノケやヨウカイが集まっていたが、ヨウカイに至ってはモノノケから無理矢理進化したばかりだとでも言うように意志を持っているようには見えない。無我夢中で動いているのか、はたまたそう動くように設定されているのか。まぁ、そんなこと茶々にはどうでも良いことでしかない。ただ、戦えれば良い。茶々はニッと笑うと大太刀を構える。そして、一番最初に自分に突っ込んで来たモノノケに向けて跳躍した。相手の持つ刃物と大太刀が交差し、耳元で甲高い音が響き渡る。刃物は茶々の持つ大太刀よりも短い。素早さから言えば敵の方が有利、でも。茶々は大太刀を軽く引き、モノノケを自身の懐に潜り込むように誘導すると、懐にまんまと入ってきたモノノケの腹に向かって膝蹴りを放つ。体を真っ二つに折り曲げる敵に大太刀を振ろうとして、前方から別のモノノケの援護が飛んで来ていることに気付き、茶々は慌てて飛び退いた。それを皮切りに周囲のモノノケから一斉に空中に浮かぶ茶々に向かって援護の攻撃が飛びかかる。
「防御魔法及び攻撃魔法、展開!」
「ナイス紗夜~!」
バンッと茶々を包み込む膜、そうしてそんな彼を中心に援護するモノノケに向かって雨のように降り注ぐ二色の刃。防げるは防げるが既に攻撃を放ってしまったモノノケ達に至っては瞬時に防御体勢など取れやしない。紗夜の膜によって攻撃を弾いた茶々はいつの間にか、膜の上に乗っていた紗夜を見上げる。と二人は視線を合わせ頷いた。途端、膜は壊れ、二人は一気に落下を開始する。少しでも減ったモノノケとヨウカイの群れに上空から降り立ち、二人は蜘蛛の子を散らすように武器を振り回す。ガッと振り切った二人の武器が交差する。ニッと笑ったのはどちらだっただろうか?考えるよりも速く二人は背中合わせの状態からモノノケより振り下ろされた攻撃を防いだ。紗夜は槍のような杖のような武器を相手の蛇のような腕に自ら絡ませると自らの方へ引き寄せる。モノノケは突然のことに受け身も取れずに紗夜の懐へと引き込まれる。絶好の機会、と言うようにモノノケはもう片方の蛇のようになった腕を紗夜に絡み付けようとする。だが、紗夜はそんなモノノケを哀れむように、蔑むように微笑んだ。そして
「攻撃魔法、展開」
ズサッ。モノノケの腹に伝わる鋭い痛み。紗夜は容赦なくその腹に攻撃魔法の刃をそれこそ針山になるまで突き刺すと武器を振り切り、無理矢理腕を引きちぎった。目の前で血飛沫が上がる、それと同時に響く悲鳴を煩わしそうに紗夜は顔を歪めると回し蹴りを放った。腹から真っ二つ、にはならなかったが折り曲げられるようになったモノノケが横に吹っ飛んで行く。吹っ飛ばされた仲間なんぞ知らん、と言うように別のモノノケが上段から刃物を振り下ろし、また別のモノノケが左右から挟むようにしてハサミのような武器で紗夜に攻撃してくる。紗夜は瞬時に視線だけで敵の数を確認すると武器を平行にし、左右からの二体の攻撃を杖をつっかえ棒のようにして防ぐ。と杖を軸に逆上がりをする要領で一回転し、その回転で上段から攻撃を加えようとしていたモノノケの一撃を防ぐ。そのまま勢いよく敵を蹴り倒すと紗夜は回転しながら片手を軽く掲げる。するとそこに現れたのは二色の刃。その二色の刃を素早く両手に持ち変えつつ、遠心力の勢いをついて大きく飛び出す。猫のような軽やかな動きで着地するとすぐさま駆け出し、杖を放り投げた二体のモノノケの首筋を狙って刃物を振り切った。脇を通りすぎながらその背後に刃物を「忘れてますよ」と言うように突き刺し、頭上からクルクルと回転しながら落ちてきた杖をキャッチする。そして、振り返り様に尖っている部分を無防備な背中に振り回した。前方に仰け反りつつも倒れて行くモノノケ二体に紗夜はクスリと笑うと振り返った。次の瞬間、茶々の後方に迫る斧の煌めきに目を見張った。
「茶々!後ろです」
「おっ?」
どうやら別の敵を相手取りながら背後に迫っていたモノノケを探していたらしく、楽しさを隠しきれていない声が漏れる。バッと前方のモノノケを弾き返し、仰け反りながらその一撃を跳躍しつつかわすと茶々は斧の刃にソッと足を乗せ、足場にすると再び跳躍した。斧を茶々の機動上に滑り込ませるモノノケの攻撃をかわし、大太刀を手首の上で弄ぶ。と大太刀を真下にいるモノノケに向けて振り下ろした。モノノケは茶々の攻撃に間一髪で気付き、後退してかわす。ガンッと音がしてコンクリートに大太刀が叩きつけられる。大太刀を杖代わりに片膝をつく茶々がニヤリと妖艶に笑えば、彼に恐怖でも抱いたのかモノノケは屈強な腕を振り回した。斧を振ったことにより放たれた風圧は大太刀を構え直す茶々に要領なく襲いかかる。だが、そんな茶々の前に紗夜が踊り出るとカァン!と杖の石突きをコンクリートに叩きつけると月のようになっている部分から膜を展開させ、風圧から身を守る。
「茶々!」
「ッハハ!分かってるってーのぉ紗夜!」
跳躍し上段から斧を何度も振り下ろすモノノケを見上げ、茶々が興奮したように微笑んだ。そして周囲に集まりつつあるモノノケにもほぼ同時に攻撃を仕掛けようと茶々は大太刀を振りかざした。と同時に紗夜が故意的に膜を解除した。途端、一斉に襲ってきたモノノケ達の刃を茶々が素早く大太刀を振り回し吹き飛ばす。そこへ紗夜の攻撃魔法が飛び、礫と化す刃達と共に茶々も巨大なモノノケ目掛けて駆け出す。目の前に突然現れた茶々にモノノケは斧を振り回す。だが、茶々はその一撃を素早くかわすとまるでモノノケの腕に絡み付くかのように懐に侵入し、その腕を掴み上げ、捻り上げた。
「アハハハッ!!うるさいっ!」
凄まじい痛みに悲鳴を上げるモノノケに茶々は心底損したと言わんばかりに低い声で言い放つと下から大太刀を振り切り、腕を切断した。それと同時に振り切られる斧からしゃがんで逃げると紗夜と入れ違いになる。脇を通り過ぎ、首根っこ辺りに杖で激痛を与える。と同時に杖を振り切り、首を前方に凭れさせ、視界を塞ぐ。紗夜に向かってモノノケが斧を振ろうとするがそこに彼女はいない。ガキンッと甲高い音が響き、驚くモノノケの視線の先には茶々がいた。ニヤリと茶々が笑った、かと思えば、グルンとモノノケの視界が一回転する。足を刈られた、と言うのは一瞬にして分かったが片腕もなく斧を振り切った状態のモノノケにはなす術などなかった。興奮した笑みを浮かべる茶々の大太刀が倒れ行くモノノケに突き刺さった。
最初はきっと慣れない。と思う。
次は木曜日です!




