第六十九ノ契約 雨の百鬼
「敵が飛んで来ています!」
「はぁ!?嘘だろざけんな!」
「本当です!あたしだって嫌ですけど!」
紗夜の言葉に時雨が叫び返す。警戒と緊張に体を強張らせた全員が一斉に後方を振り返った。そこには曇った空を滑るように飛ぶモノノケなんだかヨウカイなんだか分からないが黒い渋滞のような物体が広がっていた。空を覆い尽くすかのように広がる化け物の群れはまるで曇天を通り越して夜のようだった。そんなこれまで以上の現状を見て阿鼻叫喚とならないはずがない。逃げ惑う人々の悲鳴や雄叫びが化け物の群れを直視した瞬間、大きく膨れ上がった。四方八方から響き渡る不協和音の合唱は思わず耳を塞ぎたくなってしまう。まぁ、茶々は我慢ならずと言った感じで既に耳を塞いでしまっていたが。そんな不協和音に引き寄せられたかの如く、モノノケとヨウカイが哉都達の方へと飛行してくる。既に巨大な山のような屈強な体格をしたモノノケが逃げ惑う人々の前に立ちはだかっていた。お前、どうやって飛んで来た?いや、来た!?と感じてしまうくらいに鈍足な動きなのに突然現れた恐怖に身がすくむ。そして、その場で巻き起こる第二の地獄に、人々は絶望か希望かを見出だそうともがき出す。
「どんだけ来てんだあの大群!?」
「分かりません!絶え間なく来ています!」
恐怖を振り払うように大声を上げる哉都に紗夜が答える。彼女の言う通り、モノノケとヨウカイの大群は先程逃げてきた方向から絶え間なく続いて来ている。まるで戦国時代の武将同士の合戦のようだと思ってしまい、哉都は内心苦笑した。そこらかしこで上がる悲鳴と血飛沫にもう逃げ場など何処にもない事を嫌と言うほどに押し付けてくる。教えてなどくれない。感じろとでも言うように。どうやって逃げる?と考えた途端、鈴花の視線が血の凄惨な戦場ではなく左斜めを向いている事に哉都と国久は気付き、頷き合うと彼女に問う。
「「鈴花!」」
「ええ!分かってるわ!多分見つけた、逃げ道!」
「それは何処だい?」
片手間に耳を塞いでいた茶々の手を引き剥がしながら刻が場所を問えば、鈴花は視線だけである方向を示した。そこはテーマパーク内に溶け込むように作られた従業員用出入り口だった。白いプレートに小さく書かれた「関係者以外立ち入り禁止」の文字。近づかないと見えないほどに頼りないその文字に鈴花の作戦が理解出来た。
「何処か出口に繋がってるはずよ!モノノケとヨウカイは外から出た。なら」
「内側からはまだ出現していない可能性がある、だね鈴花」
「そう言うことよ。でも……数が多すぎるっ!」
悔しげな、何処か泣きそうな鈴花の声が戦場に反響する。そう、先程から襲来している化け物の数が多すぎるがあまり、そこに行く事が出来ない。モノノケとヨウカイもそれに気づいているのか、出入り口と哉都達の直線距離を阻むように空から降りたっている。つまり、そういうことでしかない。
「なーに暗く考えてるの鈴花ちゃん?ボクたちがいるでしょ!」
「そうさ、私達に任せれば良いんだよ」
不安げな鈴花に茶々と刻が安心させるように優しく言う。二人のその手には既に武器が握り締められていた。鈴花の頭の上に乗る紗夜もふわふわの尻尾を動かし、彼女の頭を撫でる。
「んじゃ、鈴花の作戦で行こうか。ね、カナ」
「だな国久。鈴花、どうする?」
哉都と国久の頼もしい視線と笑顔に鈴花の中で、いや全員の中で仄かな光が灯る。哉都達の次なる行動は決まっていた。哉都はゆっくりと刻から腕を外すと刻は心配そうに彼を見下ろす。大丈夫だと小さく笑い、哉都達三人は誰と言うわけもなくハイタッチをかわした。
「絶対に生き残るわよ!」
「いつも言ってるけど無理はしないでね!」
「必ず、全員で帰る!」
哉都達が己の希望を叫べば、それに答えるように刻達が武器を構え、先程よりも強い警戒と緊張、そして殺気を露にする。ピョンと鈴花の頭の上から飛び降り、くるくると回りながら刻と茶々の間に着地する。カツンと踵をコンクリートで叩く音が響いた瞬間、鴇色と空色の二色の光が舞い落ちる。そうして現れた紗夜の姿は猫ではなく一人の少女となっていた。覚醒状態である。鈴花の手にはやはり剣が握られていたが日傘も持っているためある意味二刀流のようになっていた。ヤル気満々の彼らを横目に時雨も武器を構えようとして後ろ腰に手を伸ばし……なにもないことに苛立ちの声を上げた。
「嗚呼まだかっ!!」
「時雨、どうかしたか?」
「武器が出ねぇ!」
「「「え!?」」」
無力な自らの両手を見下ろし時雨が叫ぶ。数日前、正確に言えば数週間前まで『神祓い』であり大幣を扱っていたのだ。普通ならば出るであろう物が出ないのは無理もなかった。「くっそ!」と悪態をつきながら両腕を振り下ろす時雨を国久が「落ち着いて」と宥めるが、一人だけ役に立たずに間抜けとで言うような状況になりつつある時雨には自分自身に怒りしか感じなかった。嗚呼、でも。
「まだオレには、アレがある」
ニヤリと笑った時雨に刻が小さくそうだねと微笑む。武器以外、それで哉都達が思い出すのは和泉から受け取った子守唄しかなかった。
「まだ歌って使えるの?」
「嗚呼、辛うじてだけどな」
鈴花の問いに時雨はそう答えた。そういえば図書館事件の時、姿は出ずとも歌で支援をしてくれていた。と言うことは辛うじて出来るのだろう。すると国久がリュックの中から折り畳み傘を取り出すとカシャカシャ!と音を出しながら持ち手を伸ばした。両手で持つと威力が弱そうな弱々の剣に見える。なんとなく、何をする気なのか分かり、哉都と鈴花は噴き出す。それに国久は優しく笑う。
「装備くらいは良いでしょ?」
「はは、そうだな。鈴花、日傘俺に貸して。壊す」
「せめて嘘でも壊さないとか言って!?」
クスクスと笑う哉都に鈴花は少々怒り気味つつも苦笑をもらし、日傘を貸す。命に代えるくらいなら日傘なんて壊れても問題ない。威力は見た目以上(?)のそれぞれの武器を構えた哉都達に刻達は頼もしげに微笑む。誰と言うわけもなく背中を預けられるのは信頼している証拠で。それは戦場と言う危険きわまりない場所でこそ大きく浮き彫りになる。喜ぶところなのか、なんとも微妙なところである。
「以前にも言ったが、無理はしないでおくれよ?」
「わぁーかってる。刻達もな?」
「嗚呼、心得ているよ」
哉都と刻はハイタッチをかわし、うんと頷き合う。力強くも真剣な、緊迫と緊張を孕んだ瞳と気配が周囲の化け物達を圧倒させる。
「防御魔法、展開!」
薄い膜が逃げ惑う人々や哉都を小さく包み込む。攻撃を加えた敵は突然跳ね返され、驚いたように自らの武器を見下ろしている。それがなんだか可笑しくて茶々と鈴花が小さく笑った。さあ、そろそろ、抗いましょう?
「「「頼んだ!!」」」
三人の力強い言葉に答えるように、彼らは敵に向かって跳躍した。
今唐突に自分は主人公や好きなキャラに絶望顔させたいのだと気づきました。ゲスだわ……たまに気に入るんですよ……まぁそんなことより、投稿!




