第六ノ契約 美しき日々
『昨日、出現したモノノケは八咫烏警備隊の活躍により、討伐されました。なおこの騒動の負傷者は八人。いずれも軽症との事です。また周辺の店舗に被害が及びましたが、こちらも店員の早めの行動により、被害は最小限で済んだそうです。今後もモノノケが出現する可能性が非常に高いとして八咫烏警備隊は警戒を呼び掛けています。続いてのニュースですーー』
「刻さーん、準備出来たー?」
テレビのリモコンを手にし、画面を消しながら哉都は後方を振り返った。後方、キッチン方面の扉から刻が飛び出すように出てきたが、忘れ物をしたらしく洗面所の方へとUターンした。それが戦闘時の頼りがいある雰囲気と違って何処か微笑ましくて、ギャップ?のようで哉都が噴き出したのは言うまでもない。今日は刻も一緒にお出かけである。国久と鈴花と昨日、約束をしたためだ。昨日の今日で早いとも思うが、いつも通りといえばいつも通りでもあった。神姫と言う刻が加わる事を除けば。昨日は慌てていたために二人も忘れているだろうし、ついでに紹介しておきたかった。
「すまない主君。簪を忘れてしまった」
「気をつけろよ刻さん」
簪を結び目に着けた刻が恥ずかしそうに頭をかきながら戻ってきた。昨夜は色々聞いたし、答えた。全てを知れた、なんて思ってはいないが刻の事を知れた。その分、刻と距離が縮まったように感じる。刻の格好は昨日と同じ男子学生風だ。それに合わせてーと言うよりも考えるのがめんどくさいー哉都も学生服である。「私服で良いよ」と刻にも言われたがこれで良いのだ、うん。
「じゃ、行こっか」
「嗚呼」
哉都が刻に言うと彼女も頷いた。互いに忘れ物がないかを確認して、部屋を出、鍵を閉めた。数時間後には叔母が帰って来るだろうが、戸締まりはきちんとしなくてはならない。
そうこうして二人がやって来たのは大勢の人々でごった返すショッピングモールの中にあるカフェである。シックで統一した店内で珈琲などがあれば一日中暇を潰せるほどに大量の本もあり、さながら小さな図書館のようだ。そんな店内に入り、キョロキョロと辺りを見渡す。その間にも神姫である刻と彼女を召喚し契約した哉都に様々な視線が向けられる。恥ずかしいようなむず痒いような。自分も向けていたはずなのだが……当たり前なのになんだろうこれ。他の人もこんな感じだったのかなーと思いつつ、哉都は諦めた。
「あ、いた」
「どこだい?」
「あそこ。壁際のとこ」
と、哉都が半分現実逃避をする中で国久と鈴花を見つけた。壁際の少し大きなテーブル席、四人席に陣取っていた。黄色のワンピースに身を包んだ鈴花がこちらに向かって大きく手を振っている。哉都の隣にいる刻に気づいているらしく、明らかにパァアア!と大きな笑顔が咲いた。
「カナ!」
鈴花が叫ぶ。哉都と刻がそちらに行くと鈴花が人当たり良さそうに二人に席を勧めた。いつの間にか国久は注文をしてきたようで財布を手に哉都の隣に座った。国久はカジュアルな格好だ。
「昨日は助かったわ!ありがとう!」
「あれ、鈴花覚えてたんだ」
「当たり前でしょー?まぁ思い出したのは家に帰ってからなんだけどね」
そう、鈴花が刻に礼を言うと国久もそれに習って頭を下げる。刻はおろおろと慌てた様子で、少し照れているようだ。昨日も今日も、照れてばっかりな気がする。どうにかして話題を変えないと。
「ええと、主らは今日、何をしに?」
「あれ?カナに訊いてなかったんだ。二週間後にテストがあるからね、勉強会♪」
「なるほど。ちなみに私の知識は勉強の糧にはならないからね主君」
「チッ」
「あ、コラ!」
刻が哉都に言えば、何処か残念そうな顔をされる。狙っていたらしい。残念、秘密だから無理です。鈴花が「コラ」と哉都を怒るように声を上げれば、クスリと哉都が笑う。それにつられて国久も笑い出し、刻も笑う。仏頂面だった鈴花も呆れたように笑い、暫しの間、楽しそうな声が響き渡った。
「そうだ。君の名前、聞いてなかったね。僕は筑城 国久」
「私は兼平 鈴花よ、よろしくお願いします」
「これはご丁寧にどうも。私は刻。主君の神姫だ。どうぞよろしく」
「……俺も紹介したかったなー」
「おや、それは失礼、主君」
ぶぅーと少し膨れっ面になる哉都を刻が笑って彼の頭を撫でた。長身でもあるし、今現在の格好が男っぽいためか、まるで兄に甘やかされているようで少しこそばゆい。別に、嫌と言うわけではない。兄とはこんなものなのかな。刻さん女性だけど。少々照れた状態で哉都が顔を上げれば、ニタニタと笑う国久と鈴花と目が合った。ビクッと椅子が大きな音をあげたのは気のせいではない。
「な、なんだよ!」
「いや~?なんでもないわよ~ねぇ国久」
「そうだね~鈴花」
「なんなんだよもぉー!!」
両腕を振り上げ、恥ずかしそうに叫ぶ哉都を国久が「まぁまぁ」と肩を押さえて落ち着かせる。三人のじゃれあいを見て刻は微笑ましそうに笑った。とそこでパンッと鈴花が手を叩いた。
「ハイハイ、そろそろ、やるわよー」
「「…………」」
「黙ってもムダ。じゃ、英語から行きましょ」
「……辞書忘れt「てもやるわよ国久♪」……おふ」
「課題出されるわよ」
「それもヤだなー」
しぶしぶと言った感じでノロノロとバックから道具を取り出す哉都と国久。そんなにやりたくないのか。ニコニコと笑う教師役の鈴花の笑みが何処か恐ろしい。でも、やらなくては遊びにも行けないので。頑張るしかない。カチカチとシャープペンシルを鳴らしながら芯を出すと哉都は軽く深呼吸をし、テスト範囲である英語の教科書を開いた。カリカリ、カリカリと静かなメロディが流れるカフェにピリッと漂う緊迫感がプラスされる。集中し始めた哉都に触発されたかのように隣では国久も集中して問題集を解いている。二人の前方に座る鈴花も問題集を解き始めようとして刻が手持ちぶさたであることに気がついた。鈴花はバックから暇潰しに読もうと思っていた文庫本を取り出すと同時に、テーブルに先程国久が置いていたレシートを手に取り、それらを刻に渡した。渡された刻はキョトン、と目を丸くしつつ両手で受け取りながら鈴花を見る。その受け取り方が可愛らしく見えたのは神姫と言えども女性だからだろうか。
「……え、えっと……?」
「そろそろしたらこのレシートに書かれてる物が出来上がるから、取って来てもらっても良い?帰って来たら、私が持ってきた本読んで待っててくれる?刻ちゃん」
「!嗚呼、喜んで!」
パァと心底嬉しそうに笑う刻に鈴花も笑い返す。ホワホワと二人の周りに花が飛んでいる、穏やかなオーラが漂う幻が見えるようだ。集中していたはずなのに哉都も国久も「和むなー」と二人を眺めており、それに気づいた鈴花が「やりなさい」と手を振って二人の視線を追い返し、刻は恥ずかしくなったのか貸してもらった文庫本で口元まで隠してしまった。が口元までしか隠れていないので紅く染まった頬が見えている。
「カフェオレ一つに、珈琲一つ、マフィンセット二つのお客様ー!」
「よ、呼ばれたから行って来ようかな!?」
「行ってらっしゃい刻さん」
タイミング良く、注文名が呼ばれ刻が勢いよく立ち上がった。レシートと文庫本を持ったまま、早足にカウンターへと駆けて行く。そんな彼女の後ろに暖かい眼差しが注がれる。もちろん、その眼差しの正体は言わずもがなである。少しだけ、刻の肩が楽しそうに上下していて哉都は我知らず微笑むと勉強に視線を戻した。国久も問題集に視線を戻し始める。鈴花は刻が心配なのか、彼女が行った方向をチラチラ見ている。が鈴花も勉強しろと言った手前、やらなくては意味がないと思ったのか、問題集と辞書を使い始める。三人が集中し、ノートと問題集に書き込む量が増え始めた頃、刻がトレイを持って帰って来た。三人の邪魔にならぬよう、静かに、気配を消して席に座るとトレイを置き……暫し思考した。そして、マフィンのセットを国久と鈴花の側に、カフェオレを哉都の側にソッと置くと残った珈琲のカップを両手で恐る恐ると持った。飲むには良い温度だ。珈琲を軽く一口飲み、トレイにまた置くと鈴花から借りた文庫本を開いた。どうやらミステリー物のようだ。イラスト的にはファンタジーだと……嗚呼、ファンタジーもあるらしい。ワクワクしながら読もうとする刻の視界に自分を見ている視線に気がついた。神王・神姫がいるのは日常であっても、やはり気になるものは気になるのだろう。そのうち、誰も気にしないようになるのだろうが。人差し指を口元に当て、「シィ」と刻がやれば、見ていた人々は我先にと蜘蛛の子が散るように散った。契約を結んでいる神王・神姫の逆鱗に触れたくなどないのだ、誰もが。いつも通りの静けさを取り戻したカフェで静かな音が響いていた。それが心地好いと感じながら、それぞれの事に視線を落とした。
小さな日常です。
次回は月曜日です!