第六十八ノ契約 曇天の百鬼
リィン、リィン、リィン、カツン、カツン、リィン。そんな音が哉都達を含む全員の耳に入った。アトラクション待ちの人もお店に並んでいる人も歩いている人もテーマパークの人も哉都達にも。夏にぴったりな涼しげな音と歩いている音がした方向。そこは先程までパレードが行われていた通路で、音がしたであろう発生源から距離を置くようにして人々が立ち竦んでいる。開けた通路、そこに一人佇む人物。左腕は人の腕はなく獣のようで、腕とのギャップが酷いほど格好は見るからに女性だった。いや、髪型から少女のようにも見える。だが、女性だ。しかし、女性は微動だにしない。ドクン、また哉都の心臓が脈打つ。だが、それさえ気にならないほどの異様なものが流れ出ていた。
「なにあれー?」
「新しいパレード?」
「あの腕、不気味……」
「ホラーパレード?!たっのしそぉ!」
「もうパレード終わったよね?」
「……あれさぁ、ヨウカイとかじゃ……?」
「えぇ~?なになに~?」
興味本位で声をあげる者、不安をあげる者など様々な声が反応する。しかし、周囲の人々はその異変に気づいていない。いや、気づいている者もいるにはいるがそれがどれほど重要で危険かは分かっていない。それもそうだろう。自分達は『神の名を冠する者』でもなければ、モノノケやヨウカイではない。楽観的に考えなければ、発狂してしまう。そんなものだった。だからこそ、誰も言わない。いや、言わないで。その真実を、その恐怖を。
突然の女性の登場に驚き、騒然とする周囲に女性は無表情であったが次第に口元を歪め、ニヤリと笑った。途端、晴れ渡っていた空は曇りだし、冷たい風が吹き荒れる。テーマパーク内に植えられた木々が突然の突風に大きく左右に揺れ動く。バキッと音がしたような気がしたが誰もそちらに顔など向けやしない。女性を中心に突風が巻き起こり、周辺の人々を巻き込んで行く。女性の二つに結ばれた髪が大きくまるで鞭のように揺れ動くたびに周囲に漂う異様な空気に楽観的に考えていた人も不安を持っていた人も逃げたい衝動に襲われる。だが、恐怖と言う名の、女性の凄まじい畏れに金縛りにあってしまい、身動きが取れない。それこそ彼女の目的だと言わんばかりに異様な姿を持ち、恐怖を……いや、絶望を与えるような恍惚とした笑みを浮かべる女性に全員の目が釘付けになる。全ての中心に降り立ったと言わんばかりの状況になっている女性はこの異様なまでの現状にニンマリと再び笑い返した。途端、彼女を囲むように地面から現れたのは幾数ものモノノケやヨウカイと云う異形な化け物だった。化け物を従えた女性はいわゆるリーダーのように見えた。それらを視界に納めた瞬間、楽しい空気を醸し出していたテーマパークは恐怖のテーマパークへと変貌した。
「きゃああああああああああ!!!!」
「うわああああああああああ!!!!」
「逃げろっ!」
「た、助けてくれぇえええ!!」
「いやぁああああ!!!」
「死にたくない!!」
悲鳴、絶望、恐怖、不安。負の感情が明るかったテーマパークを瞬く間に支配し、覆い尽くしていく。それはさながら地獄絵図……いや、地獄そのものかもしれない。女性を囲んでいたモノノケとヨウカイは悲鳴に反応したかのように逃げ惑う人々に向かって進行を始め、手当たり次第に食い荒らして行く。食い荒らされるたびに上がる悲鳴や絶叫は絶叫アトラクションの非ではない。そこらかしこで平然と行われる殺戮行為に人々は恐怖を通り越して唖然とし、絶望する。此処で、死ぬのかと。恐怖のあまり動けなくなる人も出る始末で阿鼻叫喚。今まで見た戦場とは非ではないほどの凄惨な現場だった。心臓の痛みなんぞこの恐怖に比べれば屁でもなかった。
「!なんなのあいつら?!」
「兎に角逃げよう!?」
逃げ惑う人々の波と迫り来るモノノケとヨウカイの大群に鈴花と国久が声を荒げる。いつの間にか空が割れているような錯覚にさえ陥っていた。突然すぎる殺戮に誰もが言葉を失い、抗うという手を振り払う。嗚呼、これこそが本当の終わり。そう哉都は思ってしまった。
「茶々!カナのこと持ち上げられる?!」
「まっかせてよ主様!」
「紗夜ちゃん!」
「わかっていますお嬢様!」
国久と鈴花の冷静な対応のもと、哉都達も逃亡を開始する。痛みに動けない哉都を茶々は哉都を背負おうとするがそれを刻が止めた。紗夜は鈴花の指示のもと、頭の上に移動すると周囲の様子をその二色の瞳で見通す。
「刻!?」
「主君は私が。主は素早いし攻撃範囲が広い。もしもの場合も考えた方が良い」
「でも……」
「刻の言う通りだと思うぜ?哉都はオレと刻の契約者でもある。契約者を守れなくちゃ意味ないからなぁ」
無理矢理背負おうとした茶々の手を止め、時雨も参戦する。茶々は二人のもっともな言い分と国久の頼みに迷いに迷い、二人に頼むことにした。速さで言えば茶々か時雨だ。紗夜の声に素早く反応出来るかを考えれば、どちらか片方は既に武器を持っていた方が良かった。時雨も戦えるには戦えるだろうが、まだ本調子ではない可能性がある。
「……俺は大丈夫だから」
痛みよりも恐怖が勝ったがためか、呑み込まれていた声が出る。自分でも出た声に哉都は驚いたように口元に手を当てる。さっきの痛みは本当に、なんだったんだ?そんな哉都を心配しつつも優しい手付きで刻が引っ張り上げる。
「主君、無理はしないでおくれ」
「そうだぜ。無理してもなんにも意味ねぇからな」
「ハハ、そか……じゃ、お言葉に甘えるわ」
二人の心強くも頼もしい言葉に哉都は微笑み、刻に身を預けた。哉都の腕を首に回し巻き付けて刻は支えると国久達に頷き返す。いつの間にか刻達の姿は戦闘モードに突入していた。
「さぁて!カナも準備出来たみたいだし、逃げるわよ!」
「紗夜、状況はどうなってる?」
「逃げ惑う人ばっかです!あ、警備の人達が来ました!」
紗夜が尻尾で示す方向を振り返るとそこには逃げ惑う人々の波を逆走してテーマパークの警備員であろう数人が神王・神姫と共に武器を持ち、出動していた。人々を避難誘導しつつもモノノケやヨウカイに立ち向かって行くのが此処からでもよく見える。避難誘導は人々の悲鳴でほとんど聞こえやしない。それに、明らかに優勢と言うわけではなかった。モノノケやヨウカイの一太刀で押され、圧倒され、防御一戦に追い込まれてしまうことも少なくなかった。反撃はしているにはしているが、敵にダメージを与えているかどうかは不明だ。それを見た哉都達はとりあえず逃げる事で意見が一致した。八咫烏警備隊のように訓練を積んでいるであろう彼らでさえ優勢とも劣勢と言い難い状況なのだ。何度もモノノケやヨウカイに遭遇して討伐している哉都達ー刻達ーだが、こんなに大量で恐らく強敵であろうやつらの相手は自殺行為でしかない!
「「「逃げようっ!!」」」
「オレと紗夜で引導する。茶々、周囲の警戒頼む」
哉都達の恐怖の声が一致した。時雨の的確な指示のもと、人々の波に紛れて哉都達は逃げる。逃げる最中、幾度なく凄惨な戦場を思い出し、足が止まりかけるが止まっている場合ではない。そんな哉都を無理矢理刻が引っ張り、逃げ惑う人々で溢れる出入り口へと急ぐ。通路に立ちっていたあの女性はなんなのか?以前、出会った烏天狗のような輩だろうか?チラリと、気になってしまい哉都が後方を振り返る。
「え」
だがそこにあの女性はいなかった。いたには、血にまみれた元テーマパーク。地獄と化した世界だった。モノノケとヨウカイの大群によって占拠され、血と悲鳴と亡骸に支配されたこの場所がどうして絶望ではないと言えよう?いや、言えるわけない。……否、口に出したくもない。
「さっきの八咫烏警備隊か?あれ」
逃げ惑う中、見知った顔と云うかテーマパークに染まりに染まりまくった格好が目に入る。こんな状況だ、緊急事態と云うことで非番の八咫烏警備隊が駆り出させるのは無理もない。勢いよく敵に立ち向かって行く彼らの姿は先程まで休暇中で遊びまくっていたとは到底思えなかった。大声で腹から声を出し、避難誘導をする八咫烏警備隊は傍らのスマートフォンで応援も呼ぶほど沈着冷静に行動している。さすが、嫌でも慣れている八咫烏警備隊だ。そんな彼らを横目に哉都達は駆けて行く。モノノケとヨウカイの群れはまるで百鬼夜行のようで不気味と恐怖を逃げる彼らなんぞ知らん!とあおってくる。その感情に歯を食い縛って耐える。そうして逃げていると突然、地面が轟いた。地響き、地震である。足元から突き出すようなドンッと云う揺れに逃げていた哉都達も愚か全員が耐えきれずに前のめりになったり後方に仰け反ったりする。刻に支えられていた哉都も案の定前のめりになってしまい、刻が間一髪腕を引いて哉都が地面にぶつかる前に救出した。
「あっぶな……ありがと刻」
「いいえ主君。それより、みんな無事かい?」
「僕らは大丈夫。でも、突然地震!?」
不安そうに声をかける刻に全員を代表してか、国久が答えると共に疑問を叫ぶ。それは逃げていた人々も同様の疑問のようで、どうして今!?とモノノケとヨウカイの襲来を一瞬忘れて唖然としていた。が、すぐさま恐怖と背中合わせになっている事を思い出し、我先にと駆け出す。
「多分、モノノケかヨウカイの仕業でしょう。それよりも……」
「?それよりもなに?紗夜?」
立ち直す鈴花の頭の上に乗った紗夜が言葉を途切らせる。それに茶々が問うと紗夜はパフパプと前足を頭に可愛らしく叩きつけて叫んだ。
「敵が飛んで来ています!」
このノリはどちらかというとボス系のノリ(ウチ感)
次回は来週月曜日です!




