第五ノ契約 契約の契り
その後、八咫烏警備隊が到着し、討伐されたモノノケも含めて事態は収拾された。哉都達も怪我がないかを確認後、それぞれ帰宅した。しつこいと互いに感じて笑ってしまうほどに親友の怪我の状態や無事を確認し合い、また笑ってしまった。自宅に帰るまでに何度も何度も、スマートフォンでテレビ電話をしてお喋りをした。モノノケの脅威にさらされていると、今まで実感がなかったのかもしれない。知っていたのに知らなかった。だからこそ、この恐怖と不安を分かち合いたかったのかもしれない。
テレビ電話を終え、「また明日」と二人と約束して、哉都は扉を開けた。哉都はマンションに弟と叔母と共に住んでいる。哉都と弟の両親は数年前に事故で他界してしまっている。そのため唯一の肉親である叔母に引き取られ、一緒に住んでいる。叔母は夜勤が多く、夜はあまり部屋にいない。がそれでも二人の甥っ子のために様々な事を出来るようにしてくれているし、保護者としての行事や役割をつとめてくれてもいる優しい叔母だ。弟は部活三昧な生活を送っている部活少年だ。ちなみに今日は部活の合宿のため、部屋にいない。つまり、哉都一人きりである。もしかすると叔母が夜勤までの時間潰しでいるかもしれないが、可能性は低いだろう。一応、保護者の叔母に連絡を入れると、彼女は酷く心配しつつ、安心していた。それが哉都にとってもう一つの温もりだった。
「ただいまー」
まぁ、誰もいないかもだけどな。虚しく響く自分の声を想像した哉都だったが、次の瞬間、聞こえてきた声に玄関で転びそうになった。
「お帰り、主君」
「?!」
弟と叔母以外に誰かいる?!そう驚いたが、そう言えば自分は契約したのだと改めて思い出した。国久と鈴花の無事に喜ぶのに精一杯で自身が契約を結んだ神姫の存在をすっかり忘れてしまっていた。それにそのあとには八咫烏警備隊を初めて生で見たのもあって少々興奮してしまった。目を凝らさないと見えない契約印が刻まれた左手を一瞥する。申し訳ない、と思いつつ、どうやって中に入ったのだろうと首を傾げながら、リビングに入る。暖かくも優しい光がリビングに入った哉都を包み込む。リビングの中心に置かれたテーブルを囲む形で置かれた椅子の一つに座る神姫、刻がいた。先程、モノノケと戦闘を繰り広げていた時とは違い、ワイシャツに紺色のベスト、灰色のズボンに身を包み何処にでもいる男子学生にしか見えない。顔に布がなければの話だが。あとオーラ。彼女の突然の変貌にも登場にも驚き、唖然としている様子の哉都に刻はクスクスと笑い、まるで自分の家のように「おいで」と哉都を手招く。それに驚きつつも哉都は従い、テーブルにスクールバックを置いた。一直線に向かい合う形で座る二人。何処か重たい空気を打ち破ったのは本日、召喚にも契約にも成功した初心者主・哉都だった。
「どうやってうちに入ったんですか?」
「おや、最初にその質問をするとはね。ちょっと驚いたよ。うん、そうだね。私は人型であると同時に精霊型でもある。主君のあとをついて此処まで来、主が入ると同時に滑り込んだ」
神王・神姫、『神の名を冠する者』は全員が全員、人の姿をしている訳ではない。人型、精霊型、動物型と神王・神姫の数だけ様々な姿形をしている。また格好もそれぞれ違い、刻のように和服の神姫もいれば、現代の服を着た神姫もいる。また彼らには主となった者の周囲に溶け込めるよう、擬態が出来る。だが神王・神姫の象徴となる物や契約印、オーラなどは隠せないため「やーめたっ」と通常の姿でいる神王・神姫が多い。刻の説明に哉都は頷き、続いて質問を投げ掛ける。
「モノノケ、戦う時に言っていた契約条件。それと、倒してくれてありがとうございました」
ぺこりと頭を下げる哉都に刻は驚き、目を見開く。が嬉しそうににっこりと笑うと言う。
「あの時も言ったように契約書みたいな物さ。主らが私達を召喚する時にも契約の一部が適応される。それによって召喚出来る者と出来ない者が発生するんだ」
「……全員が召喚出来ない、神王・神姫が少ない理由って事か……」
「嗚呼。私達にも意志があるからね。世界と私達が交わしたもう一つの契約だ。で」
刻が真剣な表情で哉都を見る。契約条件を告げるのだろうと瞬時に分かり、哉都は背筋を伸ばした。だが、刻の表情が僅かに寂しそうで少し面食らってしまった。刻は気づいていないようで哉都の変化に気づかず、告げる。
「『裏切らないこと』」
「え?」
「それが私が望む契約条件。これを守ってくれるならば私は、この力を使おう」
にっこりと優しくも悲しげな笑顔。その笑顔は刻にとても似合っていたが、やはり哉都には違和感があった。その違和感の意味も哀愁漂う意味も、哉都にはわからない。でも。
顔を上げ、一直線に哉都は刻を見据える。そして言った。
「分かった、裏切らないよ。でも俺からも良い?……ですか?」
「私は主の部下なのだから、敬語は不要。神の名を冠してはいるが神ではないのだし。で、なんだい?」
「『守って』」
「!」
哉都のその言葉の意味に分からないほど刻は馬鹿ではない。自分の意志と彼の意志。それが共鳴して響き合っている、そんな感じがしてしまい、刻は再びこうべを垂れた。
「ならば、私はこれから主を守るためにこの力を使おう。改めてよろしく、我が主君」
「こちらこそ、よろしく刻さん」
伸ばされた手を取って二人は固い握手を交わした。それは一種の契約であり、一種の戒めであった。「よしっ」と手を離し、哉都は立ち上がるとキッチンへと向かった。真剣な話をしていたせいで一気にお腹が減ってしまった。刻が哉都を手伝おうとして立ち上がり、「あ」と声をあげた。哉都がなんだと振り返ると問う。
「どうかした?」
「……えぇっと、言い忘れていた。契約条件や世界との話は秘密で頼む」
「どうして?」
「これもなんだが、世界と交わした契約なんだ。混乱を引き起こさないために。もちろん、契約者同士は大丈夫」
「分かった。俺、これでも口固いからさ!」
「ふふ、それは頼もしいね」
哉都のもとへ歩み寄りながら刻が嬉しそうに笑う。それに哉都も「任せろ」と頷き返し、笑い返す。
「そう言えば、刻さんはご飯食べるのか?」
「私達は基本、食べても食べなくてもどちらでも大丈夫な体質なんだよ。私は美味しいから食べてしまうけれどね」
「そっか。じゃあ、一緒に食べよ。聞きたいこともあるし、刻さんのこと色々知りたいしな」
「おや、嬉しいことを言ってくれるね主君。では私も、主のことを知るために料理のお手伝いでも」
ワイシャツの裾を捲り、両腕をうんと掲げて見せると哉都が「頼もしい」と微笑んだ。
「なにか食べたいものある?」
「んー……なんでも良いよ」
「じゃあカレーな!」
意気揚々とカレー作りに取りかかる哉都を見て、刻は楽しそうに笑い、手伝いを始めた。
そんな彼らを眺める光が二つ。窓際のベランダ越しに微動だにせずに二人の様子を窺っている。暗闇にまるで漂うように揺れる二つの光。それは妖艶で、恐ろしくて、畏怖で狂喜だった。
遅くなってすみません!投稿です!
こういうの必要な気がしました……
次回は木曜日です!