第五十四ノ契約 夏空の疑惑について
ミーンミーン、ミーンミーン。蝉がうるさいくらい元気に鳴いている。近くにいるのならば「うるさい!」と叫びたいくらいに元気だ。そんな蝉の鳴き声を聞いていると余計に暑く感じてしまうのだから、蝉には申し訳ないが叩き落としたい。うん、本当に申し訳ないが。はてさて夏休みである。
元『神祓い』時雨と契約をかわした後、哉都達は彼が作った空間から脱出した。彼曰く、以前の結界の強化版のようなものらしく、特定の箇所、新月を突っつけば壊れたらしい。……あんなに遠くちゃあ無理に決まっていると茶々が叫んだら笑われたので自覚はあったらしい。さて、そんな哉都達だが今、国久の家にお邪魔していた。夏休み開始の初日は鈴花に用事があり、集まることが出来なかったので今日になったわけだ。刻達の怪我を治したかった、と言うのが大前提だが。蝉の鳴き声と外の暑さとは裏腹にリビングは嬉しいほどにキンキンに冷えており、エアコン様々だ。ローテーブルを挟んでソファーが二つ並び、その片方には哉都と刻、もう片方には鈴花と黒猫が座っている。黒猫は鈴花の膝に上で悠々と丸くなって微睡んでおり、時折覗くオッドアイの双眼がなんとも美しかった。首には鴇色のリボンをつけており、可愛らしく仕上がっている。この黒猫、実は紗夜である。哉都達も聞いた当初は驚いたのだが、刻の言う通り動物型で覚醒状態以外は黒猫だと云う。まぁ、鈴花の家では猫を飼っているので納得っちゃあ納得ではあるが。そう思いながら哉都は黒猫状態の紗夜を見つめた。そう、今日集まったのは鈴花の言う覚醒や今後について話し合うためだ。話し合う、と言っても鈴花が「聞いて欲しいことがあるの」と神妙な顔つきで言ってきたため、話し合いと言うよりは会議に近かった。また時雨は昨日の今日、というか一昨日の昨日なので欠席だ。入りづらい、と言うのも時雨なりの遠慮なのだろうが、どうやらまだ感情の整理がついていないらしく『もう一人の彼』が頻繁に顔を覗かせるらしい。そこで彼は自主的に籠っていると言うわけである。籠っている、と言っても部屋に籠っているわけではなく刻と同じ精霊型でもあるため、容姿を変更させている。さらにもう一つの理由として、生活に馴染むための擬態が感情によって損なわれてしまい上手く出来ないためー上手くなのかは彼自身分かっていないー、暫くは様子見と言う事である。肘置きに頬杖を付きながら、哉都は視線を刻に滑らせた。夏服姿の学生に擬態した刻が凛々しい眼差しで座っている。ちなみに哉都も国久も夏祭りの時に着ていた服で、鈴花も夏服である。白のオフショルダーでその下に黒のタンクトップを着、チェックが印象的なスカートをはいている。首にはペンダント、左手首にはブレスレットと夏の装いだ。
「はーい、出来たよー!主様特性のあんみつ♪」
「本当に器用だよな国久って」
「それほどでも~」
「なんで茶々が照れるのよー」
その時、台所に立っていた国久と茶々が帰って来た。茶々がいつ見ても暑そうな擬態の格好でコースターをテーブルに置き、ついでとばかりに本日の目玉であるあんみつをみんなの前に置いて行く。刻はもう食べたいらしく、ウズウズしていた。茶々のあとに国久が飲み物を持ってやって来る。「ありがとう」と会釈をする彼らの前に飲み物を置いて行く。中には氷がところ狭しと浮かんでおり、見ているだけでも冷たそうだ。会議の準備は整った。そう言わんばかりに床に座った国久が鈴花を見上げる。その隣では我慢出来なかったらしい茶々が飲み物を暴飲していた。お腹、冷えなきゃ良いが。鈴花は国久と茶々にソファーに座るよう促しながら言う。
「まず、私が紗夜ちゃんと契約した理由だけど、国久と同じよ」
「僕と同じって……」
鈴花の隣に「お邪魔します」と言って国久と茶々が座る。国久の呟きに鈴花は紗夜の頭を指先で撫でて言う。
「そっ。二人の役に立ちたかった。私の知識だけじゃ、どうしても限りがある。だから、国久が拐われたあの日、帰って召喚の詞を紡いだのよ」
「?!僕と同じ日だったの?!」
「あれ?でも、紗夜のオーラ分かんなかったけど……」
まさかの召喚日が同じと言うことに国久が驚き、鈴花の方へ身を乗り出す。哉都と刻も驚き、顔を見合わせてしまう。だが、茶々の怪訝そうな表情もそうだった。時雨の時に聞いたが、あれは鈴花が『神祓い』に出会った時の状態だ。それ以前に紗夜を召喚していたんだろうし、覚醒状態と言うのを知っていそうな以上、オーラを感じ取れそうなものだが。怪訝そうに首を傾げる茶々に紗夜が黒猫のまま声をあげた。
「あたしは召喚された日から数日はオーラが薄まってしまう体質なんです。ですから、お嬢様からオーラを感じなかったのだと思います。それにお嬢様と波長が良いので、結構離れた状態でも良かったですしね」
「あーそっか、だから感じなかったんだぁ……てか刻知ってた?」
「知ってたと言うか……勘?」
「「勘すげぇな!!」」
普通ならば喋らない猫が人の言葉を話しているのはなんとも可笑しくて不思議な光景だ。もしかすると、鈴花の家の猫三匹喋るんじゃないか……?そう思ってしまうほどに流暢だった。顎を押さえてそう言った刻に哉都と茶々が驚きの声をあげる。いや凄いな勘!さすが刻というかなんというか……驚きで呆けているとあんみつに手を伸ばし、食べ始めた。出来立てで冷たいのか、美味しそうに頬を綻ばせていた。美味しそうに頬張る刻を横目に哉都は続けるよう促す。ついでに自分も飲み物を手に取る。麦茶のようだが、氷が微かに溶けて少し味に薄いものになってしまっている。がなんとなく、哉都にはちょうど良かった。茶々には物足りなかったらしいが。
「でね、次の日に国久も契約しちゃうでしょ?言い出しづらくなっちゃって……言おうとしたら『神祓い』に目をつけられるわ八咫烏警備隊にも二人が目をつけられるわで……言い出しにくくなっちゃって。私のせいで巻き込まれたようなものだし、自分で言っておいて浅ましいなと思っちゃって……」
「んなわけないよ」
哉都と国久から視線を逸らすように呟く鈴花を国久の力強い言葉が引き戻す。その力強くも低い声に鈴花が弾かれたかの如く、国久を見れば彼は穏やかな瞳をしていた。穏やかすぎて読み取れない、そんな感じ。ピタッと思わず止まってしまった鈴花に国久の手が伸びる。そしてその手は鈴花の頭を優しく撫でた。
「僕が言うのもなんだけどさ、嬉しいよ。同じだと知ってるから。頼もしい!」
「てかあの時も言ったけどさぁ、なんとなく気づいてたってば。否定できるわけねぇじゃん?」
コトリと飲み物を置いて哉都も言えば、鈴花はキョトンとするとクスリと嬉しそうに笑った。親友を守るために契約を望み、親友の役に立つために契約を望み、そして抗うために契約を望んだ。やっぱり、自分達は似た者同士だ。そう思うと嬉しかった。嬉しいからこそ、失いたくはないと強く思うのだ。哉都は左手の契約印を優しく撫でるとローテーブル越しに鈴花とハイタッチをかわした。そして三人は笑い合う。心の底から信頼し合う、強い絆。誰にも壊せぬ絆がそこにあって。だから、嗚呼、なら、共に抗いましょう?この運命に、幻に。信頼し合う哉都達に刻は優しく微笑み、茶々も嬉しそうに笑った。紗夜も尻尾をパタパタと揺らす。嗚呼、だから、きっと、私達は引き寄せられた。そう思ったって
「(思ったって……)」
そこまで考えて刻は自分の口元を押さえた。何故か。自分でも分かっているようで分かっていないこれは……そう思考の渦に飲み込まれそうになる刻の隣でソファーのスプリングが軽く悲鳴をあげた。哉都が座ったのだ。彼が少し不安そうに刻の顔を覗き込んでいるので安心させるように微笑んだ。
「もう一度言うけど、ありがとう。刻ちゃんも茶々も。紗夜ちゃんもね」
「にゃーお♪」
「アハハ、にゃんこ紗夜ー!」
「まぁ茶々ったら。あたしは猫です!」
茶々と紗夜の掛け合いがなんだか可笑しくて、楽しげに笑い合った。暫く笑い、鈴花と紗夜の件は一件落着と言った雰囲気で、哉都が戸惑いつつも問いかける。
「あのさ鈴花」
「なぁに?」
「覚醒ってなに?」
「そう、僕も気になってた」
哉都の問いかけに鈴花はテーブルの上の飲み物を一口飲む。コースターが水滴でいつの間にか濡れていた。
「私もそれを話したかったの。時に、刻ちゃんと茶々?聞き覚えは?」
「鈴花ちゃん、ダジャ「誤魔化さない」……むぅ、知ってるけどぉ」
不貞腐れたように口を尖らせる茶々に哉都と国久は察した。あ、これ、また聞いてなかったやつだ。多分だが、条件があるから言わなかったようにも思う。茶々の反応からして。「刻ちゃんは?」と鈴花の鋭い視線が刻を貫くと彼女はシレッとなに食わぬ顔で「主君にはまだ早いと思ってねぇ」と返答した。これ以上言うことあるのかな?と云うにっこりと笑っていない笑みが刻から放たれる。鈴花もなにげに同じのを放っていたので茶々がオーバーリアクションを取ってあんみつにかぶりついた。紗夜が鈴花の顔を尻尾でペシッと叩き、宥める。ギロッと紗夜を睨み付けた鈴花だったが自覚はあるようで意識を逸らすように再び飲み物に手を伸ばした。一瞬、あんみつに伸びかけていたが我慢するようだ。
「それに関してはあたしが。あたし達には覚醒という概念があります。契約者と神王・神姫の意思の共鳴によってもたらされる超常現象的なものです。覚醒状態中、契約者は神王・神姫の奥底に眠っている実力を引き出し、神王・神姫は契約時に生まれた契約者の中に眠る属性攻撃と武器を引き出します。武器は人それぞれ異なり、神王・神姫を補うような形構成となっており、属性攻撃も同じです。まぁ、武器=属性攻撃とでも思っておいてください。つまり、覚醒は互いに互いを支え合う、一心同体の必殺技と云うことです。神王・神姫によって効果は異なります。八咫烏警備隊はこの覚醒を応用活用し、随時使用可能状態になっていると言えます……こんなところでしょうか?」
話し疲れたと云うように紗夜が小さな口元を小さな手で押さえる。突然の情報量に哉都と国久が苦虫を噛み潰したような、複雑な表情を浮かべつつ、どうにか理解しようと奮闘する。やっぱり、条件があるらしい。刻が最初から言わないわけだ。無理にやって関係が崩れてでもしたらそれこそ本末転倒だし。紗夜の説明に刻は「ありがとう」と言ってあんみつを置いた。どうやら食べ終わったらしい。茶々もあんみつに手を伸ばし、口に頬張っていた。
「じゃあ、鈴花と紗夜の覚醒状態ってのは……」
「ええ、紗夜ちゃんが動物型から人型に姿を変え、私が花属性の剣を持つ状態ね」
「あ、だから剣じゃ戦えないって」
哉都が思い出しながら云うと鈴花は紗夜を撫でつつ、頷いた。
「うん。私は一応で紗夜の覚醒時の姿は見ていたけど、すぐには出来ないわ。やったことないんだもの!」
「お嬢様、そうは言ってもあたしが眠っていたのを引き出したようなものですし、使えますよ」
「んーでも、突然使えってのは無理があると思うよ?紗夜、さん」
ケラケラと笑いながら鈴花が言えば、国久が同意する。紗夜に同意し頷きかけていた茶々も一瞬止まり、「そっかー」と考え直す。
「条件があるから刻は言わなかったのか?茶々は分かるけど」
「むっ!?ボクは分かるってどういう事、哉都くん!」
「そのままの意味」
うがーっと怒った振りで哉都に両腕を振り上げる茶々を哉都は意地悪げな笑みで見返す。国久が「やめなさい」と茶々の頭を撫でると彼は「苦しゅうない」と言いたげな満足そうな表情を浮かべた。それを横目に刻を見上げると、彼女は見える左半分の顔を優しく綻ばせ、哉都の頭を撫でる。それがやっぱり、姉と言うか兄のようでちょっと恥ずかしい。
「まぁそうだね。主君は八咫烏警備隊でもないし、苦しむようなことはさせたくなかったんだよ。私が守る、そう誓ったしね」
「……そうか」
悲しそうな嬉しそうな、複雑で刻さえどんな感情を表して良いのか分からないような笑みに哉都は訊くのを諦めた。聞いてはいけない、そう誰かが言っている気がした。
「(……誰かって誰だよ)」
自分でさえ、わからない。胸が締め付けられるような、不思議な感覚。恋とは違う不思議な感覚に哉都は首を傾げた。すると、「でも」とあんみつを頬張りながら茶々が発言した。
「でも、共闘っていうのはちょっと憧れるよね。背中預けあってさ!それに意思の共鳴って、とっても嬉しいじゃん!」
ニィと心底嬉しそうに笑う茶々に刻はキョトンとわかっていながら目を丸くした。そうか、そういう考えもあるか。そう考えた哉都と国久が鈴花と紗夜を見ると茶々の発言通りだったらしく、照れたように恥ずかしそうに二人で顔を見合わせていた。納得、口に言わずとも納得である。ちょっとその絆に嫉妬したのは気のせいだ、うん。
「で、他に言いたいことあるの?鈴花」
「うーん……あるにはあるんだけど……いいや、話しちゃえ。あの「ごめん、ちょっと良いか?」……カナ、どうかした?」
鈴花を遮って、哉都の神妙な声が響く。楽しげな声ではなく、真剣な声色に思わず国久と鈴花の背筋が伸びる。真剣な表情の契約者達に飲み物や食べ物を食していた茶々も遠慮してあんみつを置く。コトリ、と容器を置いた音が異様に大きく響いた。
「『神の名を冠する者』について詳しく教えてくれないか?」
新しい章に入ります!なんか時期が微妙にまた合い始めた!




