第四十三ノ契約 偽り予知
『いまだ八咫烏警備隊から発令されております緊急警告は、解除の目処は立っておりません。神祓いは新月の夜に活動が活発化するとの調査結果も出ており、契約をしている方々はなるべく今夜の外出を控えるよう、八咫烏警備隊が警戒を呼び掛けています。契約していない方も自分は大丈夫だと慢心せず、くれぐれもご注意ください。近頃、モノノケの進化系と言われるヨウカイも出現しております。繰り返しになりますが、警戒を怠らぬようくれぐれもご注意ください。また八咫烏警備隊は今夜にも巡回を更に強化し、今週中にも神祓いを討伐する見通しとしています。このあとはスポーツです』
結局、ニュースアプリをもう一度入れて二度目の無料配信サービスを堪能中である。無理だと思ったのだが、タイミング良くスマートフォンの機種変更時期だったため、スマートフォンを変更すると同時に情報収集のため、もう一度ダウンロードした。哉都は新しいスマートフォンからブチッとイヤホンを引き抜くとアプリを閉じた。一応ダウンロードした日から今週までは無料だ。万が一のためにまだ入れておくに限る。そのまま電源を切り、スマートフォンとイヤホンを片付けたところで哉都の隣に国久がやって来た。国久の後ろからは缶ジュースを両腕に抱えた鈴花がゆっくりと歩いて来ている。
「なに見てたの?」
「ニュース番組。機種変更したからもう一度入れた。情報収集~」
「なるほど。容量とか気をつけてね」
「言ってろぉ」
怒ったような哉都の言い分に国久はクスクス笑う。哉都もクスリと笑い、視界に入った弧を描く缶ジュースをキャッチする。国久も同じように落下してくる缶ジュースをキャッチする。二人が缶ジュースのラベルを覗き込むとカフェオレとオレンジジュースだった。哉都と国久は無言でカフェオレとオレンジジュースを交換する。どうやら鈴花が投げ間違えたらしい。こちらにやってくる鈴花の顔が「間違えた」と言っているのが証拠だ。二人のところにやって来た鈴花は自分用の紅茶を腕の中から抜き取るとプルタブを開けた。プシュッと軽快な音がして、紅茶の香ばしい匂いが鈴花の方から漂ってくる。そんな彼女から各一本ずつ缶ジュースを引き抜きながら、哉都と国久も缶ジュースの蓋を開ける。
「どう?二人の様子は?」
紅茶を飲みながら鈴花は聞く。聞きながら視線は二人の背後に向けられている。それがすでに答えなのに鈴花は二人の口から聞きたいらしい。国久が哉都を目で促すと哉都は頷いた。冷たいカフェオレが喉元を通りすぎていき、缶の中に閉じ込められていた独特の匂いが待ってましたと言わんばかりに鼻腔を擽る。
「さっきからずっと空中戦やってる。よく飛距離持つよな」
「茶々のお願いでもあったしね。だからこんな場所探したんだろ?」
何処か得意気に云う国久に哉都と鈴花は真剣な表情で頷いた。キィン!と甲高い音がして一斉に後方を振り返ると壁を蹴り上げ、空中に飛び出す刻と茶々がいた。そうして二人は空中で刃を交差させた。交差させた風圧が衝撃波と化し、眼下にいる三人に襲いかかる。前髪を掻き乱し、鈴花のスカートを大きくはためかせる。国久は前髪を押さえ、鈴花はスカートを押さえながら空中で何度も刃物を交差させる二人を見上げる。哉都もお茶を二、三回に分けて飲みながら真剣な眼差しで、それでいて静かに見上げていた。
刻と茶々の熱が下がって数日後。哉都達は二人の頼みで近所の空き地に来ていた。二人の頼みと云うのは「鍛練をしたい」というもので、『神祓い』やヨウカイの一件を考えてのことらしい。空中戦については二件を踏まえて茶々が刻に提案したようだ。なんとなくだが哉都達も気づいていた。それが少し嬉しくて、むず痒くて……ちょっと複雑だったが嬉しくて思わず二人を抱き締めたのは不可抗力だ。一緒にいたいと思うのは自分達だけではなかったのだと。そうして、訪れたのがこの空き地である。空き地と言っても古いビルとビルの間にひっそりと存在する場所で、誰かに言われなければ決して気づかないであろう場所だ。両脇のビルは廃墟でコンクリート自体が薄いのか否や、二人が壁を使って駆け上がったり跳躍したりするとカァーン……と鐘のような音が左右から響いて来てまるで音楽ホールにでもいるような錯覚に陥る。ビルとビルの間には破れかけた金網フェンスが設置されており、間から見えるオレンジ色の空は何処か幻想的だ。空き地は草も生えない荒れ地で、どちらかというと挟まれているためスペースはない。そんな所で二人があっちへこっちへと飛び回っている。その動きが哉都達のウキウキとした楽しみと似ているようで、哉都はクスリと笑った。此処からでも分かるように明日から楽しみにしていた夏休みである。宿題もたっぷり出されので夏休みの中間辺り等で勉強会開催決定である。ちょっとどんよりである。また本日は終業式だけだったため、昼食を済ませると午後から此処にやって来た。それからずっと刻と茶々は鍛練を繰り広げている。すでに四時間は経っているが、二人は疲れなど知らん顔で戦い続けている。国久が休むよう言っているのだが、刃が交差する音で掻き消されているのか、それとも集中しているのか聞きやしない。それを見て鈴花が飲み物を買いに行ったのがついさっきのことである。
「ていうか、よくこんな場所見つけたよな」
「小さい頃、よく遊んでたんだよ。まだ残ってるとは思ってもみなかったけど」
哉都の問いにケラケラと笑って国久が云う。そう、此処に全員を連れてきたのは国久だ。こういう場所は鈴花の方が詳しいだろうと思っていたので思わぬ伏兵だった。
「にしても、茶々楽しそうに鍛練するよね」
「気づいてたのか?茶々が……その「戦闘狂?」嗚呼、気づいてたんだな」
「まぁね。一緒にいれば分かるよ」
恍惚とした笑みで刻の薙刀をかわし、大太刀を振り回す茶々を見て、国久はそうもらす。その言葉と柔らかい表情に知っていると言われている気がして哉都は二人の鍛練から目を背けた。疚しいことはないはずなのに、何処か不安になってしまうのはきっと、待っているからなのかもしれない。と鈴花と目が合った。彼女の鬼気迫る瞳にピリッと背筋に電流が走る。グッと歯を食い縛るようにして哉都は二人に言った。
「……相談って言うか、気になる事があんだけど」
「心配しなくても良いわよ、大丈夫」
相談の内容を云う前に鈴花は笑って言う。安心して、と言うように。国久も同じだった。言わずとも分かってしまうのはあれ以降、いやずっと前から絆を繋ぎ合わせたからだろうか?それとも互いの意志を、決めた意志を尊重しているからだろうか。こればっかりは哉都にも分からなかった。
「それに、カナって顔に出やすいものね」
「はぁ?!どういうことだよソレ?!」
「そのままの意味よー国久はし舞い込んじゃうし、良い塩梅じゃない?」
「うえ、僕にまで来たぁ?!でも、鈴花もだろ?」
「そうだそうだ!」
「もー!」
安心して、と笑っていた鈴花が唐突に言えば、彼らに笑顔の花が咲き誇る。大丈夫、そう言われているのは分かっていた。そうして暫く楽しく笑い合うといまだに鍛練を続ける二人を見上げる。茶々の表情は恐ろしいほどまでに分かるが、刻は顔半分を覆う布もあってか、口元が微かに笑っている事くらいしか分からない。と言うよりもようやっと、と言うように二人の肩が上下に動いている。普通ならばすぐに疲れても可笑しくはないのに、よく頑張るものだ。『神祓い』やヨウカイでなければ、体力が持つという新たな発見を見つけ、ちょっと嬉しい哉都である。三人は顔を見合わせるとうんと頷いた。
「茶々呼ぶね」
「俺は刻」
「じゃあ私は二人ね」
三人で打ち合わせをし、「せーのっ」と声を合わせて叫ぶ。
「「「刻/茶々/二人共!!そろそろ休憩!!」」」
三人で揃えた大声に何処かでカラスが驚いて「カァカァ」と叫びながら飛び立ち、オレンジ色の空を覆い尽くす。哉都達の大声に空中戦を終え、着地しようとしていた茶々は驚きすぎて片足で着地してしまい、そのままバランスを崩して座り込んでしまった。そうして隣で華麗に着地した刻に手を引かれていた。茶々の驚き様に刻はクスクスと先程の殺気溢れる気配も表情も何処へやら、嘘のように笑っていた。哉都と鈴花も爆笑だったため、茶々は恥ずかしそうだ。どうやら集中しすぎたせいか、三人の声に気づかなかったらしい。刻に立たせて貰いながら茶々が抗議する。
「ちょっとぉ!!突然叫ぶのはやめてよ!」
「そんなこと言ったって、茶々と刻が集中して聞かないんだから。しょうがないよ」
はい、と缶ジュースを茶々に渡しながら国久は言う。茶々は大太刀を消してしまいながら「それもそっか」と少しだけ納得した様子で缶ジュースを受け取る。中身は炭酸水らしく、缶ジュースを振りかけてやめていた。
「お疲れ刻」
「ありがとう主君。私達のワガママに付き合ってもらって悪かったね」
「いんやぁ?刻達が俺達と同じだって知れてちょっと嬉しかったし」
「……嗚呼、そうだね」
はい、と刻に缶ジュースを渡すと彼女は一瞬視線を逸らした。一緒にいたい、そう思っているのに何処かでなにかを恐れるあまりいびつな笑顔になり視線を逸らしてしまったような感じだった。哉都は刻の契約条件を思い出し、そうして左手の契約印に一瞬目をやり、カフェオレを飲み干した。刻も缶ジュースを開けて飲み始めており、喉が渇いていたのか一気に飲み干していた。
「たまには休憩いれなきゃ倒れちゃうわよ?」
「心配ご無用さ鈴花ちゃん。私達は主らと少し体の作りも違うからね、ちょっとの無理は付き物さ」
「でも、心配になるよな」
「国久の云う通りよ!お詫びにまたお洒落させてね?刻ちゃん♪」
「えっ、あ……えぇ……?」
ウインクと共に鈴花に言われ、刻が照れたように恥ずかしそうに狼狽える。夏祭りの事を思い出したらしい。嗚呼、刻、綺麗だったもんな……いつもと違って……あ。哉都も一緒に思い出してしまい、「夏って暑いなー」と頬の紅さを悟られぬよう変なことを口走り、缶ジュースを煽るがカフェオレが出てくるはずもなく、また恥ずかしくなる。案の定、茶々には意地悪げな笑みで見られていた。そんな彼らを和ましく見つめつつ、国久は鈴花に問う。
「鈴花、それ目当てで買い出し引き受けたのかい?」
「あら、もちろんまだあるわよ。運動したあとの国久の手料理」
「はいボク食べたい!」
「茶々はいつも食ってるだろーが!俺も!」
「最初に発言したのは私よ!」
「……えーと、私も」
「結局全員かっ!!」
ハイハイ!と元気よく挙手する彼らに後押しされたように刻も遠慮がちに手を挙げれば、国久のツッコミが飛ぶ。もう、なにがなんだか。そんな会話をやっていると、もう耐えられないと言わんばかりに茶々が腹を抱えて震え出した。笑っている、なんて言わなくても分かる。茶々の震えに釣られるようにして哉都達も次第に笑い出す。暫くして笑いが収まると哉都は言う。
「てか今日新月で『神祓い』が活動するかもしんねぇし」
「そうだね、帰ろっか」
「さんせー!」
「じゃっ、帰るわよー刻ちゃん、行って行って」
「ふふ、そうだね」
荷物を持ち、帰り支度を始める哉都達。空き地へ入る時に使った細い通路を振り返り、帰るために歩き出す。何故か空き地に配置されているゴミ箱に飲み終わった缶を投げ入れ、失敗したことに大笑いしながら帰り道につく。オレンジ色に染まり終え、違う色に染まり出す空が哉都達を見送っていた。はずだ。
続きますー!




