第三十六ノ契約 色付きかき氷
「鈴花ちゃん凄い!八咫烏警備隊を言い負かしちゃったっ!」
八咫烏警備隊が遠くまで離れたところで茶々が興奮気味に叫んだ。それに鈴花は苦笑をこぼしながら席に戻った。どうやってそれほどまでの知識を得たのか気になるところだが、先程の話は本当なのだろうか?哉都にはそこが疑問だった。あの時、鈴花は小さく笑っていた。瞼が少し痙攣していたのに哉都と国久は気づいていた。あれは鈴花が嘘をつく時の癖だ。些細な癖なので鈴花も気づいていないし、二人も最近気づいたようなものだ。ふんぞり返るほど威張るものではない。
「鈴花」
「ん?なーに?」
「さっきの情報発信者?って本当?」
「嘘よ」
「「早っ?!」」
国久の問いかけに鈴花は即答で返した。あまりの即答ぶりに二人の突っ込みが炸裂した。刻と茶々も驚いたように顔を見合わせている。
「え、何処から何処まで?!」
茶々が鈴花の方へ身を乗り出して聞くとテーブルの上を覆い尽くしていた食料がガタガタとその振動に悲鳴を上げる。そんな茶々を落ち着かせる刻を眺めつつ、鈴花は言う。
「前半は本当よ。雨神 壱月は今時みんな知ってるしね。後半の情報発信者辺りは嘘よ。そんな重要な事を雇い主である八咫烏警備隊員の誰かに言うはずないでしょ?仮にそうだとしても私に彼を追い返すほどの強大な権力はないわ」
「え?……鈴花ちゃん、追い返してたよね?」
「茶々、それは権力の話で鈴花ちゃんは口喧嘩で追い返したんだよ」
鈴花のあっけらかんとした説明に茶々は一瞬混乱したらしく、そんなことを呟いていた。刻が付け加えて簡潔に説明する。そう、鈴花は口喧嘩と云う名の知識戦で勝ったのだ。相手の隊員も狙っていた哉都と国久の連れに頭脳明晰な鈴花がいることは知らなかったのだろう……入隊する者は結構な割合で素性調査されると思ったんだが……?まぁそれを知るのは大抵上の隊員だが。
「てか、鈴花どうやってあんな情報知ったんだよ?最強の人は知ってたにしろ、特例の話とかさぁ」
もっともな問いを哉都がテーブル中央に置かれた紙コップからポテトを一本取って食べながら聞く。鈴花もポテトを一本取りながら答える。
「調べたのもあるし教えてもらったのもあるわ。私、八咫烏警備隊に知り合いがいるの」
「「「はっ?!」」」
「……まさかの展開だねぇ」
まさに刻の言う通りである。まさかの発言に驚きで目を見開いた刻を除く三人が大声を上げてしまった。ステージ上の音楽の音と夏祭りを楽しむ人々の楽しげな声や騒音によって掻き消されてしまい、周囲の人にはあまり迷惑にはなっていない。だが、気にはしてしまうのか国久がそっと口元を押さえていた。
「え、は、どういうことだよ鈴花」
「八咫烏警備隊について知識を詰め込んだって、私、言ったでしょ?そのあとも色々調べてたら『八咫烏警備隊の情報屋』って言う人とインターネット上で知り合ったのよ」
「で、出会い系サイt「んなわけないでしょ。そういう情報を共有するサイトがあるの、そこでね。大丈夫、女性よ。親戚の兄さんと一緒に会ったし。今じゃ兄さんとその女性がラブラブよ」」
そこまでの情報は聞かなくても良かった。「もうねぇー」とまるで愚痴をもらすかのように言いながらポテトを食べる鈴花。まさか情報源から鈴花の親戚の恋愛事情まで筒抜けになるとは思わなかった。けれども……
「その情報屋の情報は事実なのかい?」
「ええ。インターネットに載ってる八咫烏警備隊の規律とか全部暗記してるか聞いたし」
「あれ?それってインターネットに全部載ってないよね?」
「ええ、だから八咫烏警備隊に聞いたの。あとは八咫烏警備隊の身分証明書かしらね。あれって偽装出来ないようになってるから」
「……お、おふ」
鈴花の凄まじい行動力に茶々の口から驚きの声が漏れる。言い表せないほどに凄まじい。それで退散させてしまったのだから凄いとしか言いようがない。事実確認(?)が終わったので哉都と国久は素直に鈴花に礼を言った。あのままだったら自分達は強制的に連行されていたかもしれない。そう思うと自分達だけでは無理だった。また来ると云う宣言もされてしまったし。二人の感謝に鈴花は慌てたように頬を紅くした。どうやら当たり前のようにやっていたらしい。照れている。
「許さない、って言ってる鈴花、格好良かったよ」
「なんかギャップだよな」
「~~!の、飲み物いらないの!?」
「「いりまーす」」
恥ずかしそうに照れる鈴花が哉都と国久に言われ、立ち上がって叫ぶ。その様子が可笑しくて刻と茶々がクスクス笑う。照れていた鈴花もクスクスと笑い出す。暫し楽しげに笑い合い、「よしっ」と言って哉都は立ち上がった。
「俺も行く。さっき言ったしな」
「それならば、全員で行くのはどうだい?先程のような事がないとは限らないしね」
哉都に賛同しながら刻も立ち上がった。彼女の言う事ももっともだ。八咫烏警備隊はまだ広い神社内を巡回中だ。確率とは言え、また出会ってしまったらなんと言うか気まずいものもある。
「さんせー!ちょうど、うどんなくなったしね!主様、ゴミちょうだい!」
「はい茶々。うん、それが良いね。甘いものもついでに見れば良いし」
「かき氷」
「主君ったら」
ハハハ、と笑い合いつつ、テーブルを片付けると哉都達は出店が集中するエリアに向かって歩き始めた。もちろん、焼きそばはもう一度蓋を閉め、ポテトは食べ歩き用へと変更した。ドンチャンドンチャン、愉快な音が四方八方から響いていた。
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「ボク、イチゴ!」
「ブルーハワイ一つ。刻は食うか?」
「うん……ピーチ味?が食べてみたい」
「毎度三つだな!少々お待ちっ!」
飲み物を買いに来た哉都達だったが、その隣がかき氷屋だったのでそのまま即購入である。今か今かとかき氷機が作る白い雪の山を眺める茶々の隣では隣の出店で買った飲み物を受け取る国久がいる。
「刻ちゃん、かき氷初めて?」
「嗚呼……雪みたいだねぇ」
「楽しみだね刻!」
「ふふ、そうだね」
「イチゴお待ち!」
「わーい」
国久から飲み物を貰った鈴花が刻に問うとワクワクとした楽しみそうに顔を綻ばせる。先に茶々のイチゴが出され、すぐさま赤く染まった氷の山をスプーンで掬おうとする横で哉都はかき氷代をもう一人の店員に渡す。と勢いよく掻き込んだらしく、キーンとしたのか頭を押さえて止まっていた。
「茶々ったら。掻き込んだでしょ?」
「……頭痛い」
「先に忠告しておくべきだったな。刻」
「わかった、気を付けよう……鈴花ちゃん開けようか?」
「ありがと、お願い」
キーンとしている頭を押さえる茶々を見てクスクスと笑いながら国久は彼の手からかき氷を抜き取ると自分も一口食べた。うん、美味しい。そう言うように頷く。その間に哉都と刻の分も出来上がり、鈴花の手助けに回っている刻の分も哉都は持つ。両手に花ならぬ両手にかき氷だ。出来立て冷え冷えで持っている両手が冷たい。
「刻ー」
「嗚呼、すまん主君。えーと、こっちかい?」
「そう。んー上手い!」
刻にピーチ味のかき氷を渡し、さっそくブルーハワイ味のかき氷にかぶり付く。この暑さには持ってこいのひんやりとした冷たさでブルーハワイ味が口の中にゆっくりと浸透して行く。美味しそうな笑みを溢す哉都を横目に刻もスプーンを持って仄かにピンク色に染まった雪の山を掬う。少し躊躇して口に含むと仄かなピーチの味と冷たさが刻を迎える。美味しい、声に出さずとも分かるのはその左半分だけの表情が心底美味しそうに輝いているからだろうか。一方、キーンから解放された茶々は国久からかき氷を受け取り、食べ始めていた。
「次、何処行く?」
「そろそろ花火の時間じゃないかしら?」
かき氷を食べる哉都達を後方に、国久と鈴花を先頭に夏祭りで大混雑中の人混みの中を歩き出す。哉都は全員と離れぬよう前にいる茶々のカーディガンの裾を掴む。茶々は一心不乱にかき氷を食べているようで時折頭をキーンとさせながら、氷の山を削り崩していた。
「国久、今何時?」
「えーと……七時半くらいかな」
「あらーまだだったわね」
「でも場所取りを考えれば良い時間じゃないか?どうせ食べるだろうし」
どうせ、と云う部分で一斉に茶々を見たのは気のせいじゃない。一斉見られた茶々はタイミングが良いのか悪いのか、またキーンとさせていた。それに哉都達三人が吹き出した。ムゥと茶々が頬を膨らませるが表情が表情なためあまり怖くはない。すると刻がなにか見つけたようで、クイッと哉都の服の裾を引っ張った。
「主君、あれはなんだい?」
「あれ?」
スプーンを咥えたまま刻が指し示す方を見れば、そこには多くの子供達が群がる金魚すくいがあった。薄い紙のポイを使って我先にと赤い金魚や黒い金魚をすくおうと子供達が水の中に腕を突っ込んでいる。腕を水の中に入れるたびに静かに水面に波紋が描かれ、出店のライトがチラチラと揺れる。金魚すくいに熱中する子供達を刻は微笑ましそうに、それでいで何処か羨ましそうに見ている。大方、自分は今浴衣だから……とでも遠慮しているのだろう。哉都は意地悪げに笑いながら先に行く国久と鈴花を引き留める。
「なぁ、金魚すくいで勝負しようぜ!」
「カナー突然なに?」
「勝負?面白そうね!ビリは全員分のおごりでどう?」
「なにそれ面白そー!ボクやりたい!」
「面白そうだねぇ」
「なんでそんなみんなやる気なの!?」
哉都の提案にやる気満々で反応する皆に国久は叫ぶ。まぁ本当は刻が金魚すくいを気にしていたからだが、言わないでおく。哉都は鈴花を振り返り、二人はニィと悪戯っ子のように笑うと国久を見上げた。
「そう言いつつ?」
「国久もやるんでしょ?」
「なに言ってるの。当たり前だよね」
「「さっすが国久!」」
えっへん、と胸を張る国久に二人が拍手喝采を送る。そうして楽しげに笑う。刻と茶々も笑い、互いのかき氷を頬張った。
その時
話が進む進む~
もう一個行きます。




