第三十四ノ契約 カラスのさえずり
いつもの静けさから一変し、神社は楽しげな雰囲気に包まれていた。此処の神社は比較的敷地が広いため、多くの出店が並んでも狭い感じは微塵もしない。今は青々と緑を生い茂らせる大樹の近くには移動式の車でステージも作られている。ステージ上では付近の学校の生徒であろう何人かがヒラヒラと動きやすくも様々な模様で飾られた着物に身を包み、時おり手に物を持って美しくも繊細な躍りを披露している。手先にまで繊細さが宿り、その手から今にも何かが飛び立ちそうだ。その躍りに魅せられた客がステージ前に群がっており、人が増えるたびに躍りの世界へと誘う音楽が大きく響き渡る。その音に負けじと出店からは客を引き寄せる声と良い匂いがところかしこから叫ばれ漂わせられてしまい、客はあっちへふらふらこっちへふらふら、道が定まらない。出店と石畳の道の近くには簡易的な休憩スペースが設けられており、出店で食べ物を買った人々が休憩をしていたり花火が始まるまで酒盛りをしていたりと様々な人々で溢れている。哉都達はそんな休憩スペースの一つ、四人席に座っていた。座っているのは哉都と刻、鈴花で、ただいま国久と茶々は出店で食料調達中である。
「にしても、なんで刻に浴衣着せようと思ったんだよ」
「いつも刻ちゃん、着物着てるでしょ?似合うと思ったのよね!」
哉都のふと出た質問に鈴花が自信満々に答える。その表情がドヤ顔に見えてならない。うん、似合ってるから鈴花の目は当たっているとしか言いようがない。刻はその時を思い出したのか、また照れたように顔を背けた。
「刻ちゃん、似合ってるから自信持って」
「そうだぞ刻。綺麗」
「……二人共、褒めすぎないでおくれ!恥ずかしい!」
「「あれま」」
刻がいつも以上に顔を布に隠すように背けるので自信がないのかと思い、二人が褒め称える。と刻はやはり褒め慣れていないと言うよりも格好に慣れていないだけで恥ずかしいらしく、そう返された。哉都は鈴花と顔を見合せ、クスリと微笑ましそうに笑った。それに刻はちょっと不貞腐れていたが、まるで茶々みたいだと思ったのか、クスリと噴き出した。
「うんまぁ、こういうのも良いね」
「でしょー!おしゃれは任せてね!」
「連れて行く時はちゃんと俺にも言えよ?」
「わぁかってるわよカナ。貴方は刻ちゃんの彼氏かっ!」
「契約者で友達だっつーの!」
「「ハハハッ」」と睨み合ったかと思えば、笑い出す二人に刻もつられて笑う。たわいもない会話で笑い合えるのがなんとなくでも楽しかった。
「茶々!国久くん!こちらだ」
すると刻が国久と茶々を見つけた。茶々は既に両手いっぱいに食料を抱えており、口には串に刺された玉こんにゃくが咥えられている。ホクホクと嬉しそうに頬張っているその姿は遠目から見ても分かるほどで、茶々の周囲にはポワポワと花が舞っているような幻さえ見える。茶々の少し後ろにはいくつかのプラスチックの入れ物を持った国久が彼を不安そうに覗き込みながら歩いている。どうやら茶々が食べながら歩いているので転ばないか心配らしい。なんというか国久らしい。そうして二人が哉都達のところへやって来ると茶々はテーブルに腕いっぱいに持っていた食料を置いた。茶々の腕からまるで雪崩のように多くの食料が流れ落ちる。それに軽く驚いた哉都が叫んだ。
「多っ!?一体どれだけ買ったんだよ!?」
「もぐもぐんにゃっともぐん」
「食べてから言え!」
哉都の問いにモグモグと咀嚼をきちんと終え、茶々が答える頃には国久も到着し、席を詰めた鈴花の隣に座っていた。茶々は立って食べるようだ。国久は手に持っていた食べ物は人数分の焼きそばのようで輪ゴムで止められた蓋には割り箸がついている。
「えーと、ポテトとわたあめとうどんとおにぎりと焼き魚とホットドッグと焼き鳥とお好み焼きとー」
「多っ!?全部食べるのか!?」
「茶々は育ち盛りだからねぇ」
「そういうことなの刻ちゃん?!」
結構の量だった。一人で食べるには多すぎる量だが、茶々ならペロリと食べてしまいそうで苦笑しない。食料がなくなる事件みたいなのがあったのならなおさらだ。
「夏祭りのお小遣いが茶々のご飯に消えたよね、半分以上。茶々が美味しそうに食べるから良いけど」
「ありがと主様!残りは全部、主様が使って!」
テーブルの脇に立ち、食べ終わった玉こんにゃくの串を持っていたごみ袋用の白い袋に入れる茶々。茶々の言葉に国久は「そうだね」と笑いながら焼きそばを哉都達に配る。茶々は買ってもらった食べ物を消費するようで次なる獲物はうどんだ。国久から焼きそばを受け取り、哉都は言う。
「ありがと国久。はい、これ、焼きそば二人分」
「私も私も。はい、お代」
「そんな良いのにさぁ、律儀だなぁ」
「そんなとこも好きなんじゃないのぉ?」
「まぁ、そうなんだよな」
クスクスと笑い合いながら哉都達は焼きそばを手元に置き、全員で「いただきます」と言って本日の夕食にありつく。蓋を開けると出来立てホヤホヤの湯気をあげながら焼きそばが顔を出す。鈴花は紅生姜が嫌いなのか、隅に寄せそれに気づいた茶々がうどんに盛り付けている。美味しいのだろうか?刻は割り箸を割るのに悪戦苦闘しつつも、美味しそうに頬張っている。浴衣に気を付けながら慎重にではあるが。哉都もお腹が空いているのでさっさと焼きそばにかぶりつく。出来立てなため、少し暖かい温もりと家庭で作られる焼きそばとは違う、ちょっと苦味というか甘味というかそんな上手い具合に混ざり合ったうまさが哉都の口を支配する。隠し味だろうか?なんの隠し味かは分からないが、国久はその隠し味を当てようと焼きそばを何度も咀嚼して味わっている。
「哉都くん、ちょっとちょうだい」
「なんだ茶々。食べたくなったのか?」
「うん!」
美味しそうに食べる哉都達に茶々も焼きそばが食べたくなったらしい。うどんを食べる手を止めて茶々が言う。しょうがないなぁと哉都は茶々の方へ焼きそばを渡そうとすると刻の手が哉都を止め、代わりに自分のを茶々に渡した。
「うどんと交換させておくれ?」
「なに、刻食べたかったのか?」
「うんまぁ、ね」
「じゃあボクとこうかーん♪」
意気揚々と哉都の傍らで交換を開始する二人。焼きそばに当たらぬようちょっとだけ下がる。交換した焼きそばとうどんを美味しそうに食べる二人にこちらの食欲の箸も進む。焼きそばとうどんを一口ずつ食べた二人だが、鈴花に促され、うどんを回す。食べさせあいっこが微妙にも始まった。
「……茶々のポテトうまそう」
「もっと買ってくれば良かったかな?」
「だったらみんなでシェアしたらどうかしら?私もおにぎり食べたいの」
「良いよ!はい、どーん!」
鈴花の提案に茶々は快く頷き、買ってもらった食料をテーブルに並べる。本当に色々買ってもらったようでテーブルにところ狭しと食べ物が並ぶ。茶々は焼きそばが気に入ったらしく、国久から譲り受けていた。並んだ料理に彼らはテーブルを睨み付け、食べたいものに手を伸ばした。
「まるでバイキングみたいだね」
「確かに!国久の言う通りね」
「お祭りでバイキングみたいってのも良いよなー」
「じゃあ、わたあめも置いとくねー」
「茶々、わたあめは食後だと思うよ?」
楽しげに笑いながら哉都達は花火までの間、お祭りを堪能していた。すると一瞬、楽しげなお祭りの雰囲気に騒然としたざわめきが混じった。楽しい雰囲気に混じったそれは異物でもあり、不安の要素でもあった。なんだとポテトを咀嚼しつつも哉都は振り返った。そこには巡回中の八咫烏警備隊がおり、お祭りには似合わない険しい顔つきと刃物の如く鋭い視線で警戒に当たっている。騒然とした理由は八咫烏警備隊のようで、まるで怒っているかのようなピリピリとしたオーラと神王・神姫の触れてはならないと言うような神々しいオーラから離れるように人々が歩いている。それもあるため、なんだが遠巻きにされているように見える。ご苦労な事だなぁと内心「お疲れ様」と労いの言葉をかける。
「そういえば、アイスも売ってたよ!」
「今日は暑いからね、大繁盛だろうね……茶々、それ取っておくれ」
「……飲み物が欲しい。なにか買ってこようかな」
「なら私が行くわ」
飲み物を買おうという話になり、国久と鈴花が腰を上げる。それに茶々がいちはやく挙手した。
「お茶!」
「同じく」
茶々に続いて刻も小さく挙手して言う。「自分が買ってくる」と国久を座らせ改めて立ち上がろうとする鈴花は二人のリクエストに笑う。
「分かったわ。カナと国久は?」
「コーラで」
「んー……見て決めて良いか?水もお茶も飲みたい気分で」
「カナったら欲張りだね」
ケラケラと笑う哉都達にゆっくりと近づく人影があった。近づいてくる自分と似たような気配に刻が振り返るとそこにいたのは巡回中の八咫烏警備隊員だった。眉間に刻まれたしわがどう見ても怒っているようにしか見えず、思わず立ちかけたのは気のせいだろう。立っていた茶々も彼らが近づいている事に気付き、食べる手を止めた。二人の様子を見て哉都達は怪訝そうにしていたが次の発言で状況を理解した。
「やっと見つけたぞ」
『神祓い』を思い出させるような台詞に若干背筋が凍ったのはきっと、気のせいだ。
もう七月も半分……やっと追い付いたのに!みたいな。




