第二ノ契約 日常の中、宵の中
「夢うつつ、あの世を今か今かと待ちわびて。その世が今まさに此処に有らん。待ちわびた彼の魂よ、安らかに憎悪の炎を燃え上がらせ、この世を全て消し去れ。それが長年の怨念であるならば、今此処で、示したもうぞ……かーごめかーごめ、籠の中の鳥はいついつ出やる……ねぇ」
暗闇の中、美しくも恐ろしくも妖しくも輝く二つの光。それは目かそれとも違う物か。光の方向から響く声は、愉しげに嗤いながら言った。
「最期に死ぬのは、だぁーれ?」
光に、狂喜を称えながら。これが終わりだと、始まりだと言わんばかりに。
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「何冊買うのよ国久ー」
「五冊って言ってたよなぁ~?」
「うーん……うん、これにはあれが載っててこれには載ってない……なら、こっちがお得か……?いや、この価格で総品数で行けばこっち……」
「駄目だ鈴花。全然聞いてない」
料理本が並ぶ棚の前でぶつぶつと呟きながら、あっちの本を取ったりこっちの本を取ったりと忙しなく動く友人に哉都が肩を竦めると、お目当ての漫画と単行本を抱き抱えた少女が不機嫌そうに唇を尖らせた。ちなみに哉都は漫画一冊持っている。三人は当初の予定通りに友人が行きたがっていた本屋に来たのだが……案の定というか友人の本選びに時間がかかっていた。哉都も少女もお目当ての本が見つかったのでレジに行っても良いのだが、友人を放っておくとずっと長考していそうなので呼びに来たのだ。そして冒頭に至る。
「国久?」
「ーーーで、これがああでーーー」
「……国久!!」
「うわっ!?と……あれ、二人共来てたんだ?」
大声で哉都が叫べばようやっと思考の渦から友人が帰って来た。その手にはようやっと選び終わったのだろう五冊の料理本がある。やっと気がついたので少女が不機嫌そうに言った。
「さっきから呼んでたわよ。国久が全然気づかないんだもん」
「あ、また?ごめんね。今決まったから」
「飲み物追加で許す」
「あ、良いわねそれ。缶ジュース三本」
「!?ま、まじかー」
少し怒った表情の哉都と少女の待たせた仕返しに友人はクスクスと笑う。二人が許しているのも分かっているし、冗談で言っているのも分かっているからだ。だてに長年、友人をやっているわけではない。「ハイハイ」と二人をあしらいながら三人でレジに並ぶ。平日ではあるが、結構今日が発売日の本が多いらしく、レジ回りは混雑気味で店員も忙しそうだった。
「これかかるね」
「推定何分かな鈴花」
「うーん……店員さんが新人さんっぽいから十分かな」
「……鈴花の推定よく当たるからなぁー」
「ふふん♪」
自慢気に胸を張る少女。それがなんだが唐突にちょっとだけおかしく見えてしまい、哉都も笑った。少女と顔を見合せ、クスリと笑う。友人は微笑ましい友人達の光景に優しい笑みを浮かべるのみだ。だが、十分かぁ……手首の腕時計を友人が確認するとただいま午後四時近く。少女が行きたがっていたカフェに行くのが遅くなると今後にも響いてくる。
「先行って注文だけでもしておく?」
「え、良いの?そんな絶対ってわけじゃないわよ?本屋に行くついでみたいなものだし……」
「良いじゃん良いじゃん。国久が熱中しちゃうなんて思ってもみなかったしぃ?それにいつもテストには鈴花にお世話になってるし」
「そうそう。本当は三時のおやつの予定だったんだしね。お礼といえばお礼だよ」
「カナ……国久……でもテストの勉強会はするからね」
「「ですよねー」」
話が脱線してしまったが三人は楽しくて笑い出す。しかし、本当にこのままだと時間がなくなる。哉都は咄嗟に少女と友人の手から本を引き抜くとキョトンとする二人に笑いかけた。
「俺が代わりに並んで買っておくから、注文してきなよ。国久も食べたそうだったし」
「えっ……バレてた?」
哉都の言葉に友人が頬をかきながら首を傾げれば、少女がズイッと彼の方へ身を乗り出して言った。軽く腰に手を当てていたため、背の高い子供に説教する母親のようだった。
「そうよー私が画像見せた時、目が美味しそうって言ってたわよ」
「確かに美味しそうだったもんなー」
「……反論出来ない」
うん、自覚はあったんだ……友人、完敗である。「「イエーイ」」とハイタッチする哉都と少女。ちょっと友人が照れているのは気のせいではない。
「だから先に行って席取ってなよ。一人で三人分なら、少しでも時間短縮出来るだろうし」
「うんそうだけど……お願いしても良い?カナ」
「良いよ良いよー俺、カフェオレね」
「りょうかーい。じゃあ、カナ、はい、本代」
チャリンと少女が哉都の手のひらに自分の本代を置く。友人も少し遅れて財布を出すとその上にお金を積み上げた。自分のお金で払ってあとでとか、プレゼントとしておこうと思ったのだが、なんとも真面目な二人だ。そう思っていると二人が列から抜け、人の邪魔にならなそうなところに立つと哉都を振り返った。
「先行ってるから!」
「ゆっくり来てねカナ!」
「うん、分かった。良い席頼んだ!」
「「任せなさい!」」
どや顔で胸を張る二人がなんとも頼もしくて哉都は思わず笑ってしまった。
友人の名は筑城 国久。茶色の毛先がちょっと長いショートのような髪に、穏やかさと暖かさが滲む鬱金色の瞳。哉都と同じように学ランだが、首元のボタンを外している。靴は使いやすいシューズ。
少女の名は兼平 鈴花。漆黒の艶があるセミロングでハーフアップにし、結び目に蘭の花の髪飾りをつけており、知的な眼差しが特徴の露草色の瞳。ジャンパースカートという制服でスカート部分は膝上くらいで色は紺、胸元は少し濃いめの赤いリボンタイで飾られている。同じく紺のソックスにローファー。
国久は肩からスポーツバックを提げ、鈴花は淡い紫色のリュックを背負っている。
この三人は付き合いはそんなに長いというわけでもないのだが、中学からの知り合いだ。旗から見ても付き合いが長くて幼馴染と言っても納得してしまうほどに仲が良く、三人共に二人を胸を張って一番の友人だと言い切ってしまうほどに仲良し三人組である。そんな国久と鈴花が遠ざかって行くのを見ながら哉都は財布を取り出した。前を見れば、もう少ししたら自分の番だ。まだかな、まだかなと待ちながら、手元の漫画をひっくり返した。そこには漫画のあらすじが書かれており、やはり何度見ても興味をそそられてしまう。
「……?」
その時、なにか声、というか聞こえた気がした。歌を歌うように、滑らかに。それでいて物語るように軽やかに。しかし、周りの人々が哉都に向かって話しかけたわけでもなければ、歌ったわけでもなかった。空耳だろう、と勝手に結論付け、順番を待った。
いつもの日常、いつもの毎日。だからこそ、あんなことが起こるだなんて思ってみなかったのだ。あり得ない、そう思っていたからこそ。
「さあ、最期に死ぬのは、だぁーれ?」
なかなか物語が進まない(笑)、ですがいつも通りです。裏話(早いかな?)ですが、鈴花は名前を一度変更して、今のようになりました。今後出るキャラと頭文字被ったんですよ……
次回は月曜日です。