第二十七ノ契約 神祓いの憂鬱
『先月より八咫烏警備隊から発令されている緊急警告ですが、いまだに解除の目処は立っておりません。夜間外出する方はくれぐれもご注意ください。そこで今回は八咫烏警備隊が追う謎の人物、神祓いについて当番組が独自に調査した結果をお知らせしたいと思います。なおこれは当番組の解釈ですので、八咫烏警備隊公認のものではないことをご理解の上、ご視聴くださいますようお願い申し上げます』
スマートフォンでニュース番組を見ていた哉都はブチッと無情にもその番組を消した。アプリを削除し、電源を切る。どうせこのニュース番組を見れるアプリは情報収集のためだけに入れた期間限定品だ。無料配信サービスも今日で終わり。よく本や外出にお金を使うのであまり余計な出費はしたくない。まぁ、インターネットのニュースもあるし、どうにかなるだろうと楽観視して考える。今、哉都は国久と鈴花を待っていた。二人共、教師に手伝いを頼まれたらしく、哉都は一人、教室待機である。伸びーと暇でスマートフォンを片手に机の上で伸びる。そうして、もう一度スマートフォンの電源を入れ、検索ワードを打ち込んだ。
「……『神祓い』、か」
哉都がポツリと呟いたその先には先程のニュースでも言っていた『神祓い』の情報がズラリと並んでいた。
『神祓い』。先月下旬から出現した神王・神姫との契約を強制破棄させる謎の人物。最初の通報は神王の契約者である女性からだった。二人は夜、実家の近くで仕事をしていたーと云うよりも逢い引きだろうーところ人物が突然現れ、神王に襲いかかったと云う。神王も抵抗したが圧倒的威力に敵わず、強制破棄により消滅。女性はその事実に泣き叫びながら八咫烏警備隊に通報した。結果、彼女は強制破棄によって二度とその神王と会えなくなってしまった。この世界において『神の名を冠する者』との召喚、契約に使われる縁。人によっては運命であり、召喚の詞の大半を担う重要なもの。それが人物の、望まれない強制破棄によって破壊されてしまったのだ。縁はこの世界と召喚者・契約者を結ぶ役割を持つ。つまり、今世では二度と会えないと言っても過言ではなかった。……ただ、神王の何処か安らか笑みだけが女性にとっては唯一の救いだろう。
人物の主な活動時間は夜でそのため八咫烏警備隊は夜の巡回を強化。だがいまだに捕獲、討伐には至っていない。しかも、遭遇するにはするが全てが強制破棄が終了し、彼らが消滅してしまった時。そうして戦闘を繰り広げ、圧倒的戦力不足によって一時撤退を余儀なくされるという悪循環だった。謎の人物に関しては学ランと血塗れの大幣が情報として上がっているがそれ以外の情報は皆無。八咫烏警備隊も手を焼いている始末である。モノノケではない、と云うことまでは分かっており、契約を結んでいる者は注意が必要とされ、警告が発令中と云うことである。
「……じゃあ、なんで鈴花の前に現れたんだ?」
今のところ、『神祓い』情報では『神の名を冠する者』と契約を結んでいる者の前にしか現れていない。中には巻き込まれた人物もいたようだが、比較的被害は少なかった。また、八咫烏警備隊よりも強者なためか逆に強制破棄される事態も出ているらしい。まぁ、これに関しては八咫烏警備隊から行ったのでどうこう言えないが。だが、そうなると何故鈴花の前に現れるのだろうか?刻や茶々の気配を感じ取り、間違えて現れたとでも?ほぼ毎回のように『神の名を冠する者』の前に現れるという人物がそんな間違いなどおかすだろうか?
「……ないか」
「ないって、何がないの?」
その声に不意に顔をスマートフォンから上げれば、哉都が座る机の前にしゃがみこむ、制服姿の茶々がいた。どうやら本日の図書室から帰って来たようだ。それとも行動範囲の影響か。
「茶々か。国久は?」
「まだ先生?のお手伝い中。で、何がないの?」
ゆっくりと起き上がりながらそう問えば、ちょこんと机に顎を乗せて茶々は言う。哉都はスマートフォンの画面を見せて言った。
「『神祓い』が間違えたって説」
「ふーん……『神の名を冠する者』よりも強いってことは、人外って事だよねー」
「ふむふむ」と頷いて茶々は言う。茶々の言う通り、『神祓い』は人外だろう。
「まぁ、でも、体が切られて血が溢れる時、どんな表情するんだろうねぇ」
「……」
うっとりと、何処か酔いしれるような妖艶な笑みに哉都は別の意味で固まった。前々から思っていたが、茶々は恐らく戦闘狂なのだろう。心から戦闘を愉しんでいるが、多分彼自身、微妙に分かっていない節がある。普段とのギャップがありすぎて風邪を引きそうだ。まぁ、恐ろしいほどに返り血と笑顔が似合っていたのは言うまでもないが。
「それ、国久の前では言うなよ?」
「えっ?なんでー?」
「なんでも」
微妙に納得していない表情で立ち上がる茶々にそう釘を刺しておく。国久が茶々を理解しているとは言え……いや大丈夫かうん……あとで刻に聞いてみよう。とそこまで考え、刻の存在に気がついた。今日も、茶々とは別行動だったようだ。
「茶々、刻は?」
「あれ?来てないの?」
「…………え?」
「刻ならボクより先に出てったよ?先来てると思ったけど」
「あれー?」と首を傾げる茶々を横目に哉都は考え込んでいた。また迷ったのだろうか?いや、多分違う。なら、なんなんだろうか?これは不安なのだろうか?嗚呼、多分不安だ。だからこそ。ギュッと胸元の服を無意識に握りしめる。と哉都は軽く深呼吸をし、それを消す。もう一度瞳を開けた哉都の目に宿っていたのは強い光。その光にニィと口角をあげて茶々が笑っていた。すると廊下の方から話し声と足音が聞こえて来た。その音は二人がいる教室に入ってきた。
「お待たせカナ、茶々」
「待った?」
「大丈夫、結構暇してたから」
「待ってんじゃん?!」
案の定、入ってきたのは国久と鈴花、刻であった。これで全員集合である。既に国久はスポーツバックを持っており、来る前に教室に寄って来たのだろう。鈴花が自分の机に駆け寄りましたリュックを奪い取るように机から持ってくる。哉都がふと刻に視線を向けると茶々に「何処行ってたのー?」と質問されていた。
「茶々、刻をあんま困らせるなよ」
「えー?」
「そうよー女の子は色々あるんだから。ねぇ刻ちゃん♪」
ギュッと刻に抱きつき、抱き締めて鈴花が言うと刻は恥ずかしそうに笑った。哉都もスクールバックを背負い、全員準備完了である。
「刻の隣、俺な」
「あらなーに?嫉妬?」
「嫉妬ー?」
「からかうな!」
「ところで今日はどんな風に帰るんだい?」
ナイス方向転換!悪戯っ子の笑みを浮かべる鈴花と茶々から逃れるように哉都が刻の背に隠れる。刻と国久は微笑ましそうにクスクスと笑っている。
「先に鈴花の家に行こっか。そんで僕ん家行って……最後カナの家で良い?」
「嗚呼、良いぜ。最初に鈴花の家の方が俺も安心だし」
「……ごめんね、みんな」
国久の提案に哉都が同意すると鈴花がポツリと呟いた。迷惑をかけているとちょっと思ってしまっているようだが、悲しそうな表情と共に瞳には理解の色が色濃く写っていた。それに気づいた刻は鈴花の頭を優しく撫でた。
「もう一回言う?鈴花」
「分かってるわよー!私が言った事だものね!」
「なにー?なんの話しー?」
柔らかく微笑みながら国久が言えば、ニッコリと笑って鈴花が頷く。そう、自分達は分かっている。分かっているから、嬉しいだなんて、ねぇ。一応蚊帳の外である茶々が不思議そうに国久を見上げると彼も刻の真似なのか頭を撫でた。納得してはいないようだったが嬉しそうだったので、余は満足である。
「もし『神祓い』が出て来てもボクが倒しちゃうから安心して!主様も鈴花ちゃんも哉都くんも!」
「無理は禁物だよ茶々。まぁでも、守るから安心しておくれ」
両腕を振り上げ、ふんっと鼻息荒く茶々が言い、刻も真剣な眼差しで言う。なんと力強い言葉だろうか。哉都達は顔を見合せ、クスリと嬉しそうに笑った。きっと大丈夫。そう根拠はないのに思ってしまう。それに刻の「守る」、それがなんとも哉都には嬉しかった。
ふと国久が時計を見上げると時刻は既に四時半を回っていた。
「さっ、そろそろ帰ろ!日が長くなってるとは言え、ね」
「そうね、そうしましょ」
「ほらー刻も茶々も行くぞー」
国久に促され、二人が歩き始め、刻と茶々の背中を押しながら哉都も歩き始める。『神祓い』の活動時間は夜だが、誰も真っ暗になってから動くとは言っていないし、鈴花の前に現れた時刻からも相手はもう夜だと考えているかもしれない。言わなくても分かったのは、信頼がそうさせているのだろうと思うと嬉しかった。哉都に押され、刻と茶々は慌てた様子で歩き始める。その気配を感じ、哉都はクスリと笑い、前方を歩く国久と鈴花を覗き見ると二人も楽しげに笑っていた。
書くことがなくなってきました、があるんです。裏話ですが、もともとこの物語は別の創作設定で作っていたやつをちょっと変更した代物なんですね。ほとんど同じだけど。刻は当初、永遠と言う名前でしたが変更しました。
長文失礼しました!
次回は月曜日です!




