第二十六ノ契約 神様討伐殺人事件
コツコツ、コツコツ。自分の歩く靴の音が静かに響いている。ある日の帰り道、鈴花は一人、住宅街の中を歩いていた。今日は委員会と教師に頼まれたために帰りが遅くなってしまったため、一人で帰宅だ。だんだん沈んでいくオレンジの太陽が何処か神々しくて美しい。鈴花の家はまだ少し歩かなければならない。住宅街が通り道にはなっているが、必ずしもそこに家があると云うわけではない。周囲の家々からは夕飯の匂いだろうか、美味しそうな匂いが漂って来て、思わず鈴花の腹が悲鳴を上げる。誰も聞いてはいないが、何処か恥ずかしくなってしない、腹を押さえる。今日は両親共に帰りが遅い。遅いと言っても一、二時間くらい残業すると言うだけで、夕飯時には帰ってくる。用事があるなら無理せずに外食でも良いと言われているが、鈴花は自宅で食べる事にしていた。夕飯はなにを作ってくれるだろうか?そう考えると余計にお腹が鳴りそうなのでほぼ無理矢理に、自宅で帰りを待っているであろう猫達の事を思い浮かべることにした。今頃、「お腹空いたー」と「にゃーにゃー」鳴いている事だろう。それとも三匹仲良く寝ているのだろうか?可愛らしい猫饅頭を思い浮かべ、鈴花の口から楽しげな声が漏れる。クスクスと笑い、前を向くといつの間にか人が立っていた。いつの間に来たのだろう?歩く音も気配もなにもなかったのに。それにそこに立つ人物の格好は何処か異様だった。いや、異様ではないのかもしれない。学ランを着てはいるがまだ衣替えが終わっていないだけかもしれないし、寒がりなだけかもしれない。まぁその首にしているマフラーはどう見たって暑そうでしかないが。学ランと体格から男性だとは思うが、いかんせん軽く俯いているので微妙なところだ。
「っ!」
息を呑んだ。その先、人物の手に握られていたのは紅いなにかが付着した大幣。紅いなにか、嫌でも血を連想してしまうのは近頃それを目の当たりにする機会があったからだろうか。だが、鈴花が息を呑んだのはそれだけではない。人物の光を宿していないどんよりとした、虚ろな瞳だった。まるで世界全てを憎んでいるような、どうでも良いような、言いがたい感情を複雑に詰め込み、絶望に絶望しつくしたようなそんな瞳。それが怖かった。そして、人物から滲み出ている殺気とオーラ。尋常ではなかった。モノノケとは……似ても似つかなくて強大で。瞳と同じ、複雑さを孕みつつもしっかりと持った意志がなんともアンバランスに漂っていた。
「……(逃げた方が良いのよね?)」
恐怖。それが鈴花を包み隠し、足が震えて動けない。逃げた方が良いのはわかっている。体が、直感が、脳が、そう叫んで警鐘を鳴らしている。なのに、まるで金縛りにあったかのように鈴花の体はピタッと止まったまま動かない。動け、動け!と体に念を送っても人物からのただならぬ感情と殺気に足は言うことを聞いてくれない。否、動くなと警告しているのだろうか?と、人物の目がこちらを向いた。ゾワリ。途端に背筋を駆け上がる悪寒。人物は今まで鈴花に気がついていなかったのだろうか?だったらそのまま、ずっと気がつかないでいてくれた方がとっても良かった!
「……っ」
恐怖で口さえも動かない。人物はゆっくりと鈴花に近づいて来ている。一歩、一歩、慎重にとでも云うように。様子を見ているとでも云うように。逃げようにも動かない、ある意味袋の鼠状態の鈴花の前に来ると人物は彼女を観察し、怪訝そうに首を傾げた。
「……オマエ、違う……?」
「ひっ」
「アイツらと……偽神と……」
「(偽神……?……!まさか?!)」
鈴花が恐怖で一瞬身を引いた時には、目の前から人物は消えていた。忽然と、唐突に、突然に。ピリピリと張り付けていた緊張感と云うか恐怖も一気になくなる。命の危険が消えた喜びに、感じていた恐怖の余韻に鈴花は立っていられなくなってしまい、その場に座り込んでしまった。足がガクガクと震え、恐怖で体も震えてしまう。暖かな夕日の中、鈴花は暫しその恐怖に酔いしれるかのように座り込んでいた。
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ヴー!ヴー!ヴー!
「ん?電話?」
リビングでテレビを見ながら寛いでいた哉都はローテーブルの上で振動によって動くスマートフォンを捕まえると画面を見た。電話の主は鈴花。鈴花の用事で先に帰ったが、何か忘れ物でもあったのだろうか?いや、鈴花に至ってそれはないか。
「誰からだい?」
「鈴花。どうしたんだろ?」
哉都の隣に座っていた刻が軽く身を乗り出すようにして問う。二人の座っているソファーが軽く悲鳴を上げる。怪訝そうに首を傾げながら哉都は通話ボタンを押した。すぐに鈴花が出るかと思いきや、少しだけ静寂が降りた。国久の時のように感じてしまい、怖くなる。と小さい声がボソボソと聞こえて来た。
『…………………た…………の…………』
「え?鈴花、なに?」
『……刻ちゃん、に、話し、たい事が、あるの……』
震えた声でどうにか伝えようとする鈴花に、哉都は瞬時に緊急事態だと察した。それは刻も同じらしく、哉都がすぐさまスピーカーにしつつ刻にスマートフォンを渡すと真剣な顔つきで受け取った。
「鈴花ちゃん、私だ。スピーカーになっているけれども……いや、それよりも大丈夫かい?」
優しく、母親のような優しくも暖かい声で鈴花を安心させようと刻が言う。すると、少し落ち着いたのか鈴花が話し出した。がまだ本調子ではないのは明らかだった。
『……今日、さっきなんだけど、帰りに変な人に会って……今はもう家で大丈夫なんだけど……』
「うん」
『あのね……怖かったの』
支離滅裂になりながらも鈴花は懸命に伝えようとする。それがとても痛々しくて、哉都は目を覆いたくなった。優しく相槌をうちながら刻は彼女の言葉に耳を傾ける。
「何が怖かったんだい?」
『さっきも言ったけど……変な人よ。学ランに……マフラーで……目に光がなくて……大幣が……偽神って言ってて……あれ、何処かで……』
「鈴花ちゃんはもう家なんだよね。家にいるんならもう大丈夫。親御さんは?」
『……もう少しで、帰ってくるわ』
だんだんと本調子に戻ってきたらしく、声にもメリハリと凜とした響きが戻ってくる。哉都は鈴花の言葉にある事を思い出していた。学ラン、大幣。マフラーかどうかは不明だが、多分、今世間で有名な、八咫烏警備隊が今まさに追っている要注意人物なのでは?それを視線で刻に伝えると彼女も頷いた。電話の向こうでは元気のない鈴花を元気付けようとしてか猫達が『にゃーにゃー』と鳴いている。多分、学ランと言うことから相手は男で、まだその時の恐怖が抜けきっていないがために、信頼出来て相談も出来る女性の刻を選んだのだろう。刻は気づいていないかもしれないが鈴花は国久にも同時に通話を繋いでいる。
『多分だけど、私が会ったのって今話題の神祓いじゃないかしら……?』
「嗚呼、多分そうかもしれないね。あまり気にしない方が良いよきっと」
「鈴花、良いか?」
鈴花が安心したのを見計らい、哉都が声をかける。鈴花の『ええ、大丈夫よ』と言う声にホッと胸を撫で下ろすが、鈴花が出会った奴には安心出来ない。何故、鈴花に近づいたのだろう?疑問に哉都の眉間にシワが刻まれる。
「鈴花の両親に一応言っとけよ」
『ええ、確信はないけどって言っておくわ』
『それと暫くは一緒に帰ろうね』
「そう、それ言いたかったんだ」
通話状態になっていた国久も大丈夫と踏み、そう言った。そう、相手が鈴花をどう思っていようとも八咫烏警備隊が言うほどに危険な人物だ。もう一度接触がないとは言い切れない。だからこそ、暫くはなるべく一緒に帰った方が良いと言うことは誰であろうと分かっていた。ギュッと何処からかなにかを握りしめる音がした。すると、少しだけか細い声を響かせながら鈴花は言った。
『……ありがとう、みんな』
「当たり前だろ?友達なんだし」
『そうだよ。それに頼れって言ったのは鈴花だよ?』
「なにかあったらすぐに言っておくれ。友人を助けたいのは誰であり同じなんだからね」
『あ、刻ずるーい!ボクもだかんねっ!』
『にゃぉーん』
『にゃんこもだ!』
「猫もいます!」と言いたげな鳴き声に全員が噴き出した。そこに重苦しかった怖い雰囲気は何処にもなく、ただ友人を労る優しい空気が流れていた。
此処まで長かった……!さあ、始まりますよ!←作者だけテンションが上がっている模様




