第二十五ノ契約 いつもの帰り道・逃
大通りではモノノケと八咫烏警備隊が接戦を繰り広げていた。人々は全員避難したのか、化け物と彼ら以外誰も見当たらない。いや、近場の建物にはまだ人が残っているのだろうか?そこまでは高すぎてよく見えない。先程の八咫烏警備隊員が言っていたように、哉都達が出てきた小道より前の方で戦闘が繰り広げられている。規制線が張られているのか、それとも彼が自分達の存在を告げたのか。八咫烏警備隊の内部事情を知らない哉都達にとって理解出来るものではなかった。
哉都達は視線で会話し合い、彼らが戦っている反対側、フェンスの向こう側を目指す。フェンスの前を右に曲がると先程まで自分達が向かって逃げていた先に辿り着く。つまり、フェンスを越えてしまえばゴールだ。戦闘音を背中に受けながら哉都達は全力疾走でフェンスに向かって駆ける。モノノケが八咫烏警備隊と戦ってはいるもののいつこちらに気づくか分からない。時間との勝負だ。
「っ!みんな、頭下げて!」
突然、茶々が全員を背に隠すようにして立ち止まった。彼が振り返った先、大太刀を構えた瞬間、ギィン!と甲高い音を上げて刃物同士が交差する。どうやら気づかれたらしい。二体ほどの飛行状態のモノノケが逃げる哉都達に向かって迫っていた。頭を下げたと同時に刃物同士が交差したために生じた風圧が彼らに襲いかかる。飛ばされぬよう足を踏ん張るが、茶々が別のモノノケと戦闘を始めた隙にこちらに気づいていた二体が前方に回り込んでいた。
「囲まれた?!」
「いいえ、まだ道はあるわ!」
恐怖と混乱に顔をひきつらせる国久に鈴花は叫ぶ。刻が哉都達の前に踊り出、薙刀を構える。と同時にモノノケ二体が刻に向かって上空から突然急降下。凄まじい攻撃を刻に仕掛ける。薙刀を横にし、一気にその攻撃を防ぐと交差させていた手首をグルリと回し、薙刀を回転させモノノケ達を後退させる。が、哉都達を攻撃すれば勝てると分かっているのか、左右から同時に攻撃しようとしてくる。哉都達を挟んで背中合わせになっている刻と茶々は相手を一瞥したのみで互いの思考を読み取る。と茶々は大太刀を振り切り、襲いかかってきたモノノケの攻撃と移動手段を瞬時に奪い取り、軽く跳躍すると回し蹴りを放ち、八咫烏警備隊の方へと吹っ飛ばす。そうして近くの足場にあった柵を蹴り上げ再び跳躍すると左右から滑るように攻撃を仕掛けるモノノケの前に回り込んだ。同時に刻も回り込み、両脇で耳元から甲高い音が響く。思わず耳を塞ぎたくなるのを我慢し、哉都は刻の背中を見上げる。ガッと薙刀で敵を吹っ飛ばし、追撃を与えるかのように跳躍し、懐に接近すると薙刀を突き刺した。だが、相手は飛行を移動手段としているため刻の飛距離では到底敵わない。
「くっ」
「刻!今は逃げるのが先決だから深追いするな!」
「え、あっ!そっか!」
悔しげに舌打ちする刻に哉都が叫ぶ。と茶々も理解したらしく、大太刀と刃物が交差している隙間から足を差し入れ、敵の腹を蹴飛ばした。そうしてクルンと振り返るとニィと国久に笑いかけた。嫌な予感しかしない。冷や汗とぎこちない笑みが国久の顔に貼り付けられる。しかし、茶々はそんなこと気にも止めずに「ごめんね主様!」と言いながら国久を肩に担ぎ上げた。国久とほとんど同じ体格のはずなのに戦闘中にだけーだけ……?ー発揮される馬鹿力なるものは一体なんなのか、疑問しかない。
「ちゃ、茶々!?」
「戦わずに逃げるのが目的でしょ?なら、こっちの方が速いよね!」
「うわっ!?」
国久を担ぎ上げた茶々は突然、凄まじい速度で走り出し、あっという間にフェンスに辿り着くと軽快なステップでフェンスを軽々とよじ登り、向こう側に国久を下ろしてしまった。突然の行動に哉都達も国久も唖然としてしまった。が
「……そうよね。逃げるのが目的なら無理に戦う必要はないのよね!?」
鈴花がなるほどと呟く。そう、今の目的は大通りからの脱出。前回と違い、八咫烏警備隊が大勢いるこの状況下で無理に戦う必要などないのだ。モノノケは八咫烏警備隊に任せれば良いのだ。モノノケの大半は最初、もしくは視線を向けた先に入った人間に襲いかかる事が多い。つまり、八咫烏警備隊の方へモノノケを吹っ飛ばせば、敵は八咫烏警備隊の方へ向かう可能性が高い。八咫烏警備隊には悪いが。再び襲いかかってきたモノノケを薙刀で弾き飛ばし、こちらを向いた刻に哉都は頷く。刻も頷き、一度モノノケと向き合う。敵は何度も急降下を繰り返し、刻に攻撃を仕掛けてくる。これでは切りがない。くっと歯を食い縛った刻の視界にフェンスを再び飛び越えようとする茶々がうつる。それにニヤリと笑ったのはなにも刻だけではない。急降下してきたモノノケの刃物を薙刀で絡め取り、ガンッと地面に勢いよく叩きつけると刻は哉都達を振り返り叫んだ。
「走れっ!」
「っ、鈴花!」
「ええ、任せて!」
一瞬、哉都は苦々しい表情をした。その理由を哉都は自分自身分かっていた。鈴花の手を掴み、二人同時に勢いよく駆け出す。元陸上部でもある鈴花の方が哉都よりもどちらかと云うと速いので、必然的に引率されているような、前後逆になっている。前方にはフェンス越しに不安と心配をごちゃ混ぜになった国久と、大太刀を構え二人を待つ茶々。そして後方にはモノノケを地面に捩じ伏せる刻。哉都は鈴花と共に全力疾走し、フェンスに向かって走り込む。後方のモノノケは刻が押さえてくれている。その間に!地面に捩じ伏せられたモノノケが刻の薙刀を掻い潜り、立ち上がろうとする。それに気付き、背中に踵落としを食らわせると打ち所が悪かったのかバウンドしたままモノノケは動かなくなってしまった。それを待っていたかのように先程茶々が弾き飛ばしたモノノケが刻の後方から現れる。
「刻!後ろ!」
「ハッ!やはり、そんな簡単に逃がしてくれるはずなんてなかったか!」
モノノケに気付き、茶々が叫ぶと刻が後方を振り返る。そこには片方の翼を負傷したバランスの悪い状態でありながらも大きな刃物片手に飛行するモノノケの姿があった。相手は飛行手段を持っている。このままではいつまでも追い付かれてしまう。つまり、自分達を狙っているモノノケ全てを倒すまで終わらない。嗚呼、ならば、簡単ではないか。ニィと口角を上げて刻は笑うと、薙刀を振り返り様に振った。バランスを崩していたモノノケは器用にも武器で薙刀を防ぐと空中で回転し、頭上から刻に向かって踵落としを食らわせようとする。それを間一髪でかわすと刻は足元にある柵ー先程、茶々が使ったのと同じだーを蹴り、大きく跳躍すると両者は空中で刃を交差させる。甲高い音が響く中、刻はクルリと体を捻らせると体勢の悪いモノノケの上に強引に飛び乗る。刻を振り落とそうとするモノノケの翼に上から容赦なく薙刀を突き刺す。とモノノケは意図も簡単に落下を開始する。そんなモノノケの上から退こうとするが敵もそんな簡単に刻を見逃すはずもなく。飛び降りようとする刻の足首を掴み、共に叩きつけられようとでも言うように笑って見せる。だが、
「それは遠慮しようかな」
手首の上で薙刀を弄び、そうして横目で薙刀の切っ先をモノノケの手に薙刀を突き刺す。突然の痛みに思わず手を放したモノノケから刻が逃れたと同時に敵に背中から別の攻撃が襲いかかる。そしてそのまま地面に叩きつけられ、血溜まりならぬモノノケ溜まりを作り出す。着地した刻がモノノケを振り返ると、敵の上には大太刀を今抜かんと力を籠めている茶々がいた。茶々がいることに驚き、目をぱちくりさせてしまう刻だったが、国久を担ぎ、凄まじいスピードで移動したのだ。此処まで刻にもモノノケにも気づかれずに来ることは可能だろう。少しだけ頬に飛び散ってしまった返り血を自分の服の袖口で少々乱暴に拭ってやると茶々は「いいよぉー」と照れたような恥ずかしそうな声をあげた。
「助かったよ茶々」
「いいえ!刻!」
お礼を言い、二人は笑い合う。
「二人共!」
フェンスの向こう側から哉都が二人に声をかける。刻と茶々は頷き合い、増援が来ないうちにと全速力でフェンスに駆け寄るとフェンスに足を引っかけ、まるで登山するかのように駆け上がり、哉都達の元に辿り着く。二人の無事と全員の無事にホッとひと安心したように顔を綻ばせる彼らに二人も笑みを浮かべる。
「おい君たち!そこは危ないから離れなさい!!」
すると逃げた人なのかそれとも八咫烏警備隊なのか、遠くの方から誰かが叫んだ。どうやら哉都達が興味本位でフェンスから戦闘を見ていると勘違いしたらしい。当初の目的、脱出を果たした哉都達は此処に用はない。
「行こう」
「そうね」
「忘れ物ないね?」
「「国久、さすがにそれはない」」
「ほら行くよ主ら」
「早くー」
モノノケ全てを倒し終わった八咫烏警備隊を横目に哉都達はその場を後にした。
後日、やはり八咫烏警備隊から巡回を増やすとの発表があった。また、もう一つ、気をつけるよう警告する発表もあった。それはーーー
色々進んで行きます~……あれ、これ既に書いたような……まぁ良いか!←
次回は木曜日です!




