第二十三ノ契約 塊要素
最近、刻の様子が可笑しい。
いや、可笑しいと云うわけではない。行動が変と云うわけでもないし……心配なだけなんだ、きっと。
茶々と一緒にいると思っていたら一人で何処かに行っていたり。一人で出掛ける事が多くなったり、いないと思ったらいつの間にか帰って来ていたりと、そんな感じの事が多いように思う。ただ単に行動範囲内で面白いものを見つけてそれを見に行っているだけだろうし、またはこの間の時に知り合いでも見つけて会いに行っているだけだろう。まぁ仮説なんて考えれば考えるほど無限に存在するのだから、考えるだけ無駄なのかもしれない。
刻の、あの表情と云うか笑みを思い浮かべてしまうから不安になってしまうのかもしれない。大丈夫。刻はあの時、俺の声に、召喚に答えてくれた。それで良いじゃないか。俺が信じなくてどうする?友人を、仲間を。だから、だから大丈夫。この不安と心配は、きっと二人に気づかれてる。でも、二人も分かってる。だから、ソッと仕舞っておこう。いつか、そう、いつか
「開ける日が来る、その日まで」
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「図書室かー……なんか合わない」
「それはカナでしょー?」
「お、俺だって本くらい読むしぃ?!」
「裏返ってるよ声」
悪戯っ子の笑みを浮かべる鈴花に哉都は詰め寄るが、首根っこを苦笑する国久に掴まれ、不貞腐れた。まるで猫だ。親猫に首根っこ掴まれて連れてかれる子猫。鈴花もそう思ったのか、スマートフォンを静かに構え写真を撮っていた。やめて!?哉都が国久の手を後ろ手で叩くと彼は「あ、ごめん」と謝りながら手を離した。ムゥと国久にも不貞腐れた表情を見せておく。今三人が向かっているのは図書室だ。いつものように屋上で昼食をした後、刻と茶々は図書室に籠ったのだ。なんで籠ったのかは分からないが、刻は鈴花から以前借りた文庫本の続きを読むためだろう。茶々は……茶々は……体育の授業に混ざってそうな感じなのでちょっと意外だ。
図書室に入ると図書委員であろう生徒がカウンター内で暇潰しに本を読んでいた。その前には大きな円卓があるが、そこにいれば神王だとバレてしまうので、案の定二人の姿は見えない。奥だろうか?
「奥?」
「多分」
小声で会話をしながら三人は図書室の奥へと歩いて行く。本がギチギチに詰め込まれた幾つもの本棚を通り過ぎ、一番奥の円卓に辿り着く。そこは窓辺からの暖かい日差しもあり、廊下や入り口からも遠いのでテスト前になると多くの生徒が勉強に訪れる人気のエリアだ。その円卓の上には多くの図鑑や本が山のように置かれていた。本の山の向こう側に誰かいるようだが、山のせいで見えやしない。多分、茶々だろうが……三人は顔を見合せ、哉都と鈴花が「どうぞ?」と顎で促す。
「えーと……茶々?」
静かに小声で本の山に国久は呼び掛ける。数秒間、なんの音沙汰もなかったが暫くして「んにゅ……」と云うちょっと間抜けな声が聞こえたかと思うとにょきっとオレンジ色の頭が本の山から生えた。
「……主様ぁ?……」
「茶々ったら……帰るよ」
「鈴花、その本な」
「じゃあ図鑑お願いね、カナ」
「ふわあ」と大きな欠伸と伸びを呑気にかます茶々を国久は起こしにかかり、その間に哉都と鈴花がテーブルを覆い隠すほどまでの量の本を片付けに入る。ほとんど図鑑の山だったので、鈴花の手伝いもあって早く片付いた。茶々はいまだに眠気眼だったが。と哉都は図書室にいるはずの刻がいないことに気がついた。片付けている間、何処かで立ち読みしているのだろうと本棚の間を行ったり来たりしていたが、刻らしき人物は見当たらなかった。
「刻は?一緒じゃなかったのか?」
「刻なら肩凝ったって、散歩しに行ったよ」
「いつ?」
「えーと……本読んで二時間したくらい?」
「茶々寝てたんだろ?」
「せぇかぁ~い」
哉都の問いに茶々が少し寝惚けた脳内を無理矢理叩き起こして答える。哉都と刻の波長は案外相性が良いし、校門前までなら容量範囲なので大丈夫だろう。でも
「散歩ならよく鉢合わせにならなかったね」
「移動教室がある棟にでも行ったんじゃないかしら?あっちって、あんまり人いないし」
「そうかもね。サボりにはもってこいだし」
「あら、国久、サボったことあるの?」
「ダメなんだー」
「違うってば!友達がっ!言ってたんだって!」
「シィー!」意地悪げな哉都と鈴花に国久が言い返せば、委員の生徒であろう「静かに!」という警告が響いた。警告と言っても空気を吐き出しただけのような、活きのないものだったが。慌てて口を押さえる国久と笑いをこらえる哉都他三人。そんな三人を国久は忌々し目で睨み付けるが、怖くともなんともない。
「じゃ、刻見つけて帰ろ」
「そうね……って、茶々帰れるの?」
スクールバッグを背負い直した哉都の隣で鈴花が唐突に首を傾げた。それもそうだ。刻も茶々も昼休みが終わった直後に入室したのだ。鍵がかかっていない図書室ではあるが、茶々のことはあまり知られていない。学校内では忍者のように過ごして暇を潰している茶々にとってもあまり注目を集めたくないー……いや、一部では既に集めているかもしれないー国久にとっても、そこから芋づる式で哉都と刻へと飛び火するのもなんとか避けたかった。しかし、そんな二人の不安とは裏腹に国久と茶々は顔を見合せニッコリと微笑んだ。それになんだと首を傾げたくなったのは云うまでもない。
「茶々ったらさぁ、此処の……今いる図書委員の子と友達になったらしくて」
「なるほどね。茶々ならあり得る話だわ」
「じゃあ早速、堂々と行くか!」
「しゅっぱーつ!」
片腕を哉都が小声で振り上げると茶々も小声で挙手する。茶々が図書委員の子と友達になっているのは意外だったがありそうな事なのでもう驚かない、うん。意気揚々と歩く茶々の後ろに哉都、国久と鈴花が続く。他に放課後の利用者はいなかったようでカウンター内にいる図書委員の子に茶々が「またね!」と手を振っていた。その子も何処か嬉しそうに微笑みながら「またね」と手を振り返していた。
移動教室でよく行く棟に哉都達が向かっていると前方の方から誰かが歩いて来た。部活の人は部活へと既に飛び出して行ってしまっているので廊下には恐ろしいほどに人がいない。
「お疲れ様、主君、鈴花ちゃん、国久くん」
「うんお疲れ様。で刻、何処行ってたんだ?」
前方から歩いてくるのは案の定、刻だ。左目だけをさらす布に描かれた家紋が太陽の光に照らされて、うっすらと浮かび上がる様子は何処か神秘的で、神々しかった。哉都の質問に刻は申し訳ない、と言うように苦笑を漏らした。図書室から出てすまない、と云う意味の苦笑と表情らしい。
「散歩していたら迷ってしまって……此処は結構な迷路だね」
「そうか?……まぁ慣れていない刻から見ればそうだよなぁ」
最初は自分も迷ったし。とは敢えて言わないでおく。それを知っている国久と鈴花がにやにや笑っていることも置いておく。「すまない」と軽く頭を下げる刻を見上げ、哉都は「大丈夫」と笑う。
「行こう」
「嗚呼」
哉都にそう言われ、刻は嬉しそうに笑った。玄関へと歩き始める刻の隣に哉都は並びながら、刻を盗み見るように見上げた。刻が哉都に気付き、笑い返す。哉都も笑い返せば、刻の背後から茶々が抱きつくようにして突進してくる。
「ねーボクお腹空いたー」
「えぇー?茶々お腹空くの早くないかぁ?」
「あーそう言えば、私もお腹空いたわねーどっか寄りましょ?」
「お金あるかな?」
「ホッとするとお腹減るからね」
抱きついて言った茶々から会話が広がって行く。そんな楽しげな雰囲気も楽しみつつ、彼らは玄関へと歩いて行った。
そんな彼らを外から窓越しに誰かが、いやなにかが見ているなんて知るよしもなく。
長くなります(言ってなかったんで、多分)
次回は月曜日です!梅雨ー!




