第一ノ契約 明けの明星
カッ、カッ、カッと勢いよく黒板に白いチョークで文字が刻まれていく。カッと一際勢いよく、それでいて何処か心地好い音を響かせながら、黒板の前に立っていた女性教師は教壇に手をつき、黙々とノートに板書している多くの生徒達に言った。中にはもう少しで終わりだと云うのにすでに夢の世界へと旅立ってしまっている生徒もいる。あとで泣いたって知らないよ?
「と云うことで、今まで私達は彼らから力を借り、化け物から身を守っている。この関係は今から約数百年前から続いているとされ、彼らの人数にも限りがなく、召喚される者は全員が異なると云う」
「同じ人はいないって事ですか?」
「そういうことになるわね。ただし、彼らにも兄弟と云う関係があることが確認されているわ。けれど、これも先程言ったように全て確認出来ていないため、正確には分かっていません。また、全員が全員知り合いと云うわけでもありません。これについては出生が全員、年単位で異なるもしくは活動時代が異なるとされ、彼らに詳しく訊くことではっきりすると言われています」
挙手をして質問した生徒に教師が答えた、ちょうどその時、キンコーンカーンコーンというお馴染みの音が響いた。その音と共に上の階からも隣の教室からもガタガタと椅子や机を動かす忙しない音が響き出す。最後の授業なため、早く部活に行ったり帰りたい生徒達が多いのだろう。案の定、この教室にもそんな人が何人もいる。中には早くも教材を片付けてバックを持ち、教師の終了の挨拶を今か今かと中腰になって待っている生徒もいる。部活か早く帰りたいだけなのか。それに教師は呆れたようにため息をつくと教壇に置いていた教材をまとめて脇に抱えた。
「今日は此処まで!ホームルームも省略!あ、でも、此処までがテスト範囲になるからねー!」
「「えぇーーー!?」」
「先生ぇ、広いよぉおおお」
「試合があるのに……」
「そんなこと言っても範囲は変えません。でも、問題集からだいたい出す予定だからちゃんとやっとけば取れるわよー」
「「よっしゃぁああああああ!!!」」
「馬鹿二人組うるさーい!」
「勝った!」
「はいはい、挨拶も省略しといてあげるわよ」
『『ありがとうございました!!』』
「はい、サヨナラー」
ガヤガヤと騒がしくなる教員のもとに歩み寄る人物が一人。生徒ではない。入り口近くに折り畳み式の椅子を設置して座っていたのだ。教師よりも長身な人物は教員の背中辺りをさりげなく促しつつも扉を開け、レディーファーストで教員を通す。それに教師は当たり前と言うか、ごく普通に促された通りにくぐり、人物も生徒達に軽く会釈をして出ていく。その様子がなんというか、美しいと言うか、そんな雰囲気とオーラに溢れていて、女子生徒が「はぁ……」と感嘆を吐いた。
「先生の旦那さん、カッコいいよねぇ」
「しかも神王でしょ?召喚した時は結婚まで行くと思ってなかったらしいじゃん!」
「しかも二人共、一目惚れでしょ?ロマンチック~!」
キャッキャと恋バナに花を咲かせる女子生徒二人。そんな女子二人の後ろの席である青年が彼女達の会話をBGMに片付けをしていた。全てをバックに詰め込むと誰に言うわけでもなく、うん、と頷いた。忘れ物なし。
「カナ!今日暇?」
片付けを終えた青年のもとに前の二人とは違う別の女子生徒がやって来た。すでに帰る準備を終えているらしく、スマートフォン片手に座ったままの青年を見ている。
「うんまぁ暇だけど。どっか行くの?」
「今日さ、国久が本屋行きたいって言ってたじゃない?それ終わったら、カフェ行かないかなーって」
「何かコラボやってたっけ?」
「んーそういうわけじゃないんだけど、期間限定商品が今日からなの。時間あれば行きたいなーって」
「ダメかな?」と小首を傾げるようにして問いかける少女。本当に期間限定に目がないんだから。青年が「どんなやつ?」と一応で訊くと彼女は「これ」と画像を見せてくれた。どうやらこの季節にぴったりな果物を使った限定ドリンクとケーキのセットらしい。控えめな生クリームの上にちょこんと乗った果物がなんとも美味しそうだ。種類は他にもあるらしく、全部で五種類だ。自分も見ただけだが、勉強終わりのためヨダレが出そうなくらい美味しそうだ。お腹も鳴った気がする。お腹の虫を納めるように腹を擦りながら「良いよ」と親指を立てれば、少女が嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうカナ!じゃあ、国久にも訊かなくちゃね!」
「そうだな……お金あったっけ……」
「ふふっ、無理に一緒に食べなくても良いんだからね?じゃっ、私、先に国久に訊いてくるわね」
「うん。靴紐結んだらすぐ行く」
青年が靴紐がほどけた上靴を示すと少女はクスクスと笑い、先に隣のクラスへ行ってしまった。隣のクラスもホームルームは省略らしく、この教室にまで楽しげな声が響いている。青年はさっさと靴紐を結び直すとスクールバックを背負い、掃除をしたり遊んだりしているクラスメイトの別れの挨拶を背に教室を飛び出した。すると、先程の教師と人物のような雰囲気というかオーラを醸し出す生徒二人が青年の前を通って行った。一見すれば先程の教師と人物のようにオーラだけ見れば普通なのだが、片割れには少し異なる部分があった。それは頭に犬の耳があり、尻にはふわふわの尻尾があったということだ。ちなみに先程の人物の背にはあえて追及されなかったが蝙蝠の羽が生えていた。偽物ではない、正真正銘本物である。彼らは人間であって少し違う存在。神王・神姫と呼ばれる、友人でもあり仲間でもある者達だ。
この世界はモノノケと云う化け物に侵略されていた。その化け物を倒す手段として、かつて存在したという『神の名を冠する者』と呼ばれる者達、神王・神姫を召喚し、契約を結ぶことで対抗策とした。そのため神王・神姫と契約し、モノノケから身を守っている。中には拙いながらも自らの知識や彼らとの連携を生かし、彼らと共にモノノケを倒す者達もいる。が何故か契約数自体多くなく、いることは当たり前ではあるが、契約しているのは稀だ。また神王・神姫と契約を結んだ者達で構成されたモノノケ専門部隊が存在する。正式名は独立組織モノノケ専門討伐部隊。通称八咫烏警備隊。その名の通り、モノノケを専門に扱う組織で各地に拠点を持ち日夜モノノケの研究と討伐に精を出し、平和を守っている。しかし全員が全員所属するものではなく、所属は召喚と契約の少なさもあり満二十歳からと決まっている。そんな理由も相成ってか、いつも神王・神姫と契約者を求めている現状だ。
というのがこの世界の常識、事情である。彼らと契約したことによってモノノケの被害が減り、少しながらも平和が戻った。ちなみに神王・神姫と契約すると彼らが従者、召喚・契約者(人間)が主となる。これはかつて存在していた彼らをこの世界に呼び戻し顕現するためと言われているが、実際はかつて彼らを従えていた者が存在した名残だと言われている。中にはそれ以上の関係になる者達もおり、良い例が先程の女性教師と神王夫婦だ。しかしそれさえも稀であり、先程も云ったように召喚が出来ても契約自体が少ない。その理由の一つとして召喚・契約と続けて失敗すると神王・神姫が管理する冥界に引き摺り込まれると言われているからだ。またこれも真実かどうか定かではない。冥界に引き摺り込まれる人がいたとしても帰ってくるとは限らないのだから。まぁ、契約している人は「凄い」と一概に思われる。
そんな生徒と神王の二人組を横目に青年は隣のクラスに飛び込んだ。するとちょうど少女ともう一人の友人ー青年ーの交渉が終わったらしく、少女が嬉しそうに飛び上がり、友人も嬉しそうに笑っていた。青年が教室の中に入って行くと少女が彼に気付き、こちらに向かって笑いかけてきた。
「カナー良いってー!」
「良かったな鈴花」
「ええ!ありがとう二人共!」
「本買うのに時間かかるかもだけど」
「何冊買うつもりだよ?」
「んー……五冊くらい?」
「「結構あるじゃんか」」
二人が友人の答えにそうツッコミをすれば、友人が苦笑した。そうして友人が立ち上がり、三人は仲良く会話しながら歩き出す。そのうちの一人、青年の名は琴鳴 哉徒。黒と茶色が混ざったような髪色でショート、瞳は優しげな黄緑色。学ランを着、ボタンを外しており、中にはベストの代わりにパーカーを着ている。スポーツシューズにスクールバックを背負う、何処にでもいそうな、ごく平凡な学生だ。
今までは。
とりあえず此処まで。次回は木曜日です。
……現代ファンタジー(一応)が久しぶりっちゃあ久しぶりなんで(これまで舞台が本当にファンタジー)ちょっと迷うことあるかもです。一応……