第十八ノ契約 新たな訪問者
国久の「食料がなくなる」と言う謎の主張に哉都と鈴花、刻は状況を把握出来ぬまま、彼が住むマンションに緊急集合した。インターホンを鳴らすと「勝手に入ってー!」と国久が扉越しに叫んで来た。本当に何事だ?そう怪訝そうに首を傾げながら家にお邪魔する。国久は今現在、絶賛一人暮らし状態である。両親が世界をまたにかけた仕事をしているため、家にずっといられない現状なのだ。幼い頃はずっと居れたようだが国久が成長するのに比例して両親の仕事も倍増し、世界を移動しながら仕事をこなすしかなくなったらしい。忙しくも自分を一番に考えてくれた両親の不安をなくそうと国久が懸命に頑張った結果、見事なオカン気味な親友の完成である。また一ヶ月に二回ほどは生活費の振り込みと共に一日中電話もしているし、もしもの場合は隣の人にお願いしているそうだ。あと結構防犯対策に力を入れているマンションでもある。国久が怪我をした場合はそこで入っていた仕事を放置して慌てて帰ってくるほど良好以上だ。哉都も鈴花も国久の家の事情は知っているのでなにかと色々招待している。が、今回はどうやら事情が違うようだ。国久以外に誰かがいる気配がある。国久が連絡し、とんぼ返りを果たした国久の両親ではなさそうだが、それが「食料がなくなる」という発言と何か関係があるのだろうか?
「国久?……リビングか」
玄関で靴を脱ぎ、三人揃ってなにやら音がするリビングに向かう。向かう途中で刻が「んん?」と怪訝そうな声を出していたのが気になったが、それよりも目の前の事が先行した。なんだなんだと鈴花と首を傾げながら扉を開けると台所とリビングを繋ぐ役目を如何にも持っています!と言わんばかりのテーブルに多くの料理が鎮座していた。しかもそのほとんどはすでに完食済みで、完食された皿をせっせと国久が下げ、洗い物へと投入させている。そんな彼の料理を一心不乱と云うように食べているのは中性的な顔立ちをした一人の青年だった。どうやら昨日の残りなのか、カルボナーラを瞬く間に完食してしまっている。一体全体彼は何者だ?そう、唖然とする国久と鈴花の頭の上から驚きの状況を垣間見た刻が叫んだ。
「茶々!?」
「え?!刻、知り合い?!」
刻が知っているということは、彼は神王か?!だが、『神の名を冠する者』特有というか、そんな神々しいようなオーラも気配もない。いや、彼が美味しそうにカルボナーラ等を頬張るその姿がまるでリスか無邪気な子供のように見えるから、そう勘違いしてしまっただけかもしれない。え、ってことは、国久が召喚して契約したってこと!?
「知り合いもなにも、まぁ知り合いだが、神王だよ」
「やっぱり!」
「国久、契約したの!?」
「あ、いらっしゃーい」
「「呼んだのにのんき!!」」
驚く二人に刻が告げる。ギャーギャーと驚きに騒ぐ二人に、呼んだ張本人であるにも関わらずようやっと彼らの存在に気づいたらしく、国久と青年がこちらを見た。皿を洗うのに忙しく、ほぼ無意識だったのかもしれない。こちらを見た国久の表情が何処か生き生きとして見えたのは世話焼きな性格が青年に反応したからだろうか。青年は刻の存在に気づくと花のように顔を綻ばせ、
「刻だー!久しぶりぃ!」
「おわっ!」
ギュッと刻に抱きついた。突然の抱擁であり、知り合いに刻は驚いていたが懐かしそうに微笑み、青年の頭を優しく撫でた。その優しい笑みは哉都と出会った時と同じだった。そうして彼の左耳にある
房飾りのイヤリングを見つけると片手で掬い上げた。刻の行動に青年が擽ったそうに身を捩っていた。そんなこんな、エプロンで手を拭きながらやってくる国久に哉都は鈴花と共に詰め寄るように問いかける。
「契約したの?」
「いつ?」
「え、えーと、ちゃんと話すから落ち着いて二人共。うん、召喚したのは昨夜。なんとなーく……ごめん、嘘。二人の役に立ちたくて召喚の詞を言った。そしたら成功したみたいでその子が……茶々が来てくれた」
まるで母親のような、優しい眼差しと笑みを刻に抱きついた青年に向け、哉都と鈴花に笑いかけた。つまり、昨日の事を国久なりに考えた結果なのだろう。哉都自身も出来ないと思いながらも刻を呼んでしまった手前、否定なんて出来やしない。それに多分、同じだから。
「もぉー!カナも国久も無茶してくれちゃって!」
「でも、嬉しいんだろ?」
「そりゃあ嬉しいわよ?」
クルッと哉都と国久の顔を覗き込み、にっこりと鈴花が笑う。その意味を親友ながらに分からないわけではない。
「無茶は駄目だけどな」
「あぁらぁ~?カナがそれ言うぅ?」
「鈴花もじゃんか!」
むぅと睨み合ってクスリと笑い出す。それに国久も嬉しくて笑う。暫く笑って気になったのか、哉都が問う。視界の隅で刻と青年がこちらにやってくるのが見えた。
「でさ、国久、食料がなくなるってなんだよ?」
「あ、そうよそれ!私達、それを聞いて急いで来たのよ……まぁ」
そこで区切って鈴花がこちらにやってくる刻と青年を見やる。彼女に倣って哉都も二人を見、なんとなく納得した。注目された青年が「?なぁーにぃー?」と不思議そうに首を傾げている。
「あの子とこの状況でだいたい分かるけど」
「うんまぁ……呼んで契約したけどお腹空いたらしくてさ、料理振る舞ってたら素直に美味しいって笑顔で言ってくれるしで、なんていうかちょっと……」
「ええ、分かったわ。神王ノロケで私はもうお腹一杯よ」
「ノ、ノロケ?!って、え?!」
「ックク」
「お腹一杯」とお腹を擦って見せる鈴花に国久は何処か理解出来ずに恥ずかしそうに頬を真っ赤に染め、哉都は鈴花の言い得て妙な言葉に噴き出すしかない。そういえば、以前刻は「食べても食べなくてもどちらでも大丈夫」だと言っていたのを思い出した。どうやらこの青年は刻よりも人間に近い、と云うか食べたい体質のようだ。そりゃあ、国久の性格が反応し、食料がなくなるわけだ。国久は素直と無邪気に弱い節がある。それでめちゃくちゃお腹一杯、国久の料理を食べた事もある、うん。いや、今はそんな事じゃなくて。「なんなの!?」と鈴花に詰め寄る国久を肩を押さえて取り押さえると青年が哉都の肩を叩いた。なんだと振り返ると頬に彼の人差し指が突っつかれる。どうやらイタズラ成功!らしい。青年の無邪気な笑みが証拠である。
「茶々」
「えへへ~♪刻の主様でしょ?ご挨拶?みたいな!」
楽しげに笑う青年を刻が宥めるが、哉都はニヤリと笑うとやり返した。それに青年は楽しそうに笑う。
「主様ーやり返されちゃった!」
「茶々、まず哉都と鈴花に挨拶」
「国久、お母さんみたいよ」
「この場合、お父さんじゃないか?」
「両方だろう?」
「「それだ、さすが刻/刻ちゃん」」
「ちょっとー?!」
国久のツッコミに楽しげな声が響き渡る。ずっと続けば良い、そんな風に思うのはこの瞬間が愛おしいからだと二人は知っている。ケラケラと楽しげに笑いながら冗談半分に敬礼をして、青年が言った。
「じゃ、改めてこんちは!ボクは茶々、主様の神王でーす!」
「茶々!?突然抱きつかない!」
自己紹介をしながら国久に抱きつく青年に彼が注意する。
青年、茶々はオレンジ色のショートで両のもみあげが長く、瞳は柑子色。左耳のみオレンジ色の房飾りのイヤリングをしている。黒の軍服に身を包み、上は丈が長く、ロングコートと合わさったような感じでもあり結構長めで太腿辺りまである。中にはワイシャツを着、ネクタイと共に緩めている。緩めている首元からは澤瀉紋と蛇の目紋が寄り添うようにデザインされた家紋のネックレスが見え隠れしているが、全体像はよく見えない。下の襟にはネックレスと同じデザインのピンバッチをつけている。左にのみ大きくスリットが入っているため、黒いズボンに包まれた足が見える。靴は黒い革靴。
「撫でて撫でてー」と言わんばかりに頭突きをしてくる茶々の頭を国久が優しく撫でる。まるで甘えん坊の猫と優しい飼い主のようだ。少し気になり刻を見上げるとにっこりと穏やかに、和むなぁと云うように二人を見て微笑んでいた。なるほど、解決した。いつものお返しのように背伸びをして哉都はポンポンと刻の頭を撫でた。びっくりしていた刻だったが、キョトンとしたあとフワリと嬉しそうに微笑んだ。それに哉都も嬉しくなって笑う。見ていた鈴花も笑い、いつの間にかまた彼らは笑っていた。
新しい子登場です!……中性顔多いか……?




