第十六ノ契約 その意味を見出だしたが最期
「今度からはちゃんと相談してよ?私達を頼って」
「そうだよ。ま、その代わり俺達も国久を頼るけどな」
「また似たようなことあったら全員分の飲み物奢りね」
「出たー鈴花の無茶振りにも似た要望。でも今回は同意!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!それはキツイ、キツイって!」
「頼れば良いんだから!」
「それだって少し難しんだからー!」
「あら!」
ケラケラと楽しげに笑う声が廃工場に響き渡る。モノノケに特定の感情を糧にされ、すぐには立てなかった国久を哉都と鈴花が両脇から支えて歩いている。まぁ、彼らの身長差で少し階段のようになってしまってはいるが楽しそうであることに変わりはなかった。ちなみに刻は三人の前方を歩いており、背後から聞こえてくる彼らのお喋りにクスクスとこちらも楽しそうに笑っている。
「刻も迷惑かけたね」
「いいや?主君の友人で、私のことも友人として扱ってくれた友人を放ってはおけまい?」
「ごめんなさい」と言うように刻に言う国久に刻は三人を振り返り、にっこりと笑って見せる。それに国久は何処か安心したように頬を綻ばせた。と、その時、グゥウウウウ、と誰かさんのお腹の虫が「お腹減ったんですけどぉ~?」と抗議をし始めた。テストが終わってすぐさまモノノケに拐われた国久をあっちこっち探しまくり、廃工場に一直線に向かったのだ。誰のお腹の虫が抗議を始めたとしても可笑しくはなかった。だが、哉都も鈴花も中央にいる国久に顔を向けていた。あの大きな音は国久から聞こえて来たからだ。刻に至っては前例がある哉都だと思ったらしく、国久を見つめる二人に「え」と驚愕の視線を送っていた。国久自身も気づいてるらしく、恥ずかしそうにしつつもニヤリと笑った。その笑みが吹っ切れていて、いつもと違って良い意味で国久らしかった。
「鳴っちゃったね、お腹」
「お昼、抜かしちゃったものね」
「どうする?」
と、突然の国久が両脇の二人をギュッと抱き締めるようにして引き寄せ、ニッと笑う。
「迷惑かけた分、ご馳走するよ!何が良い?」
哉都と鈴花はその言葉に顔を見合わせるとニヤァと容赦なく笑った。自分で言っておいて少し後悔した。あ、これって本当に容赦なくリクエスト来る奴だぁ~と。でも、それがちょっと楽しくもあって嬉しくもある自分に気づいていて国久は微笑した。
「だってよカナ」
「だってな鈴花。俺、国久のカルボナーラ食べたい」
「あ、ずるいわよカナ!国久!私もカルボナーラ!」
「二人共、ホントに好きだよねぇ」
「「そりゃあ国久のカルボナーラ、お店のより美味しいし」」
リクエストの嵐から突然の「何を当たり前な」と言う即答付きの褒めに、苦笑を溢していた国久が止まり、林檎のように赤くなった。嬉しいんだけど、なんだろうむず痒い!それは哉都と鈴花も同じだった。そんな嬉しさと頬の赤さから気を逸らすように自分達を微笑ましそうに眺めていた刻に問う。
「刻は何が食べたい?」
「国久が作るのはなんでも美味しいわよ~」
照れてる国久がなにも言えなくなっている今のうちに!とでも言うように刻に問う。刻は一瞬、考え込むと既に決まっていたのかリクエストを告げた。
「お饅頭、かな」
まさか刻のリクエストがお饅頭とは思ってもみなかったらしく、三人がちょっと驚き、唖然とする。刻が「似合わないかな……?」と恥ずかしそうに苦笑すると鈴花が彼女に抱きついた。
「あら可愛い!刻ちゃんらしいわ!」
「……そ、そうかい?」
「ていうかお饅頭って、結構「国久なら作れるだろー?」……ああもう!デザート付きで作ってやる!」
刻に抱きついた鈴花を受け止めながら、鈴花が言えば、恋する乙女のように彼女の片頬が染まる。中性的でもあるし長身でもあるためか、なんだが弟の相手をしているようだ。弟いないけど。哉都にとっては兄みたいだけど。女性だけど、うん。刻のリクエストに国久が申し立てるよりも早く、哉都がニヤニヤと意地悪げに笑えば、国久が折れた。親友達と新しい友人に、本当に国久が甘くて、それがなんだか嬉しくて照れ臭くて哉都は小さく笑う。
「やった、やったわね刻ちゃん!」
「ふふ、そうだね」
「手伝えるならして欲しいかなー?」
「だってさ」
ケラケラ、ハハハ、と楽しげに笑い合う哉都達。そこにあるのは、きっと、いくつもの形なのだろう。
そんな彼らを眺めるものがあった。廃工場の脇に青々と生い茂る木々の中で光る二つのもの。それはまるで瞳のようにも見え、まるで銃口のようにも見える。物か者かさえもあやふやな不可思議な、恐ろしいそれ。正体不明のそれは彼らを見下ろし、愉快げに細めると飛び立った。いや、正確に飛び立ったのかさえあやふやだが、確かに音がしたのだ。バサバサッ、と。これが鳥のようなものでなくてなんだと言うのだろうか。……いや、なんでもありか。
**
『速報です。モノノケによる誘拐事件の首謀者であろうモノノケが先程、八咫烏警備隊によって討伐されました。軽い脱水症状になっているものの被害者は全員無事との事で、八咫烏警備隊はーーーー』
哉都達が帰った台所では国久が後片付けをしながら、テレビのニュースに耳を傾けていた。シン、と静まり返った部屋に国久が洗い物をする音とニュースキャスターの淡々とした声だけが響く。まるで外界から除外されたような、耳鳴りがしそうな静けさにテレビを消してしまいたくなる。
そうか、捕まったのか。それに国久は何処か安心していて、何処か残念な気もした。いや、目の前で刻に倒されていたではないか。もしかするとあれは分身だったのかもしれない。自分で片をつけたかったから、残念に思ったのかもしれない。
「……」
哉都と鈴花の言葉が甦る。耳に残って離れない。嬉しくて、情けなくて。だから、二人を守りたくて離れようと思った。強くなんてすぐになれなくても良い。だから
「(少しくらい、二人の……三人の役に立ちたい)」
そう思っても仕方がないでしょう?楽しかった遅めの昼食の洗い物を一時中断し、近くに置いてある布巾で手を拭うとドラマに移るテレビ前の椅子に座る。再放送のドラマらしく、前回からの続き物のようで主人公であろうスーツ姿の女性と男性が土手を走っている。だが国久にとってはどうでも良かった。
「(召喚の詞って、どうだったっけ)」
例え、失敗しても大丈夫。そんな気がしたのは哉都のむちゃくちゃな成功例を目の前で目の当たりにしたからだろうか?鈴花の素晴らしい頭脳を見てきたからだろうか?どんな形であれ、二人の役に立ちたいと思うのは傲慢だろうか?料理が出来る、優しいだけでも役に立つのだろうがそれは人による。ギュッとエプロンを両手で握り締める。緊張しているのは言うまでもなかった。深呼吸をし、口を開閉させる。哉都もこんな感じだったのかな?少しだけ場違いな事を考えて。そして、望め
「えーと、確か……我が縁が紡ぎし詞を辿り、今この場に現れ、契約を結ばん。我が願いを、欲を、望みを、詞を、聞き入れ、召喚とする。来たれ、我が『神の名を冠する者』よ」
その欲を。
召喚の詞を言い終わっても部屋はシーンと静まり返り、『ハハハ!!』と言うテレビから流れる笑い声が無情で残酷にも国久にその事実を示していた。やっぱり、無理か。出来るだなんて思ってはなかった。だけど
「……ちょっと悲しい、なんて」
国久は苦笑し、立ち上がった。まだ洗い物が残っている。さっさと片付けて夜食でも作ってしまおう。遅めの昼食だったのだから、夜中にお腹が空くだろう。そう考えて、台所に向かう。蛇口を捻った。ジャァーと言う水が流れる音がテレビの音と合わさって別の空間を作り出す。そこにカチャカチャと皿が重なる音が合わさる。洗い物に国久は集中していた。だからこそ、背後の異変に気がつかなかった。テーブルに腰かけるようにして現れるオレンジ色の光に。その光はゆっくりと国久に手を伸ばしかけ、やめたのか下ろす。それによって国久は背後の異変に、気配に気がついた。突如として現れたオレンジの、正体不明の光に国久は驚き、思わず腰を抜かしけるが縁を掴んで辛うじて立つ。何事か?驚愕で声も出ない。そんな国久を安心させるかのように、楽しげに笑うかのように無邪気な声が形を作り上げた光から響いた。
「契約を望み、ボクを呼んだのは、キミ?」
その日哉都は、流れ星を見た。
書き溜めが多くなって来ましたーそ・し・てぇ?!ですね、はい。今日はまだ続きます!覚悟せぇ!(なにに)




