第十三ノ契約 失った親友
ーーポチャン。
「……(あれ)」
水滴が落ちたような、何処か心地よいその音に国久は目を開けた。だが、目を開けても目の前は真っ暗で。可笑しいな、と思い、目元に手を当てようとするとギッと鈍い音と手首に走った痛みに顔を歪めた。
「(なにが……なにが起きて……?)」
冷静に、冷静に。そう此処は鈴花のように思い出すんだ。僕らはテスト中で、テストが終わって考え事をしていたら、いつの間にか教室には誰もいなくなっていて。早く二人のところに行こうと思って立ち上がって、それで……
「(それで、どうなったんだ……?)」
記憶がない。気絶したのか、それとも眠ってしまったのか。試しに手首を捻る。がどうやら縛られているようで身動きが取れない。多分、足もだ。と云うことは目が真っ暗なのは目隠しをされているから。何処に自分がいるのか、犯人は誰なのか、目撃されないために。なら、僕は拐われた、と云うことなのかな?声を出そうとしてみるが、猿轡をされているわけでもないのに声が出なかった。記憶がないことと関係があるのかもしれない。
「(…………ダメだなぁ、僕)」
なんでこうなったのはわからない。けれど、哉都と鈴花に心配をかけて……迷惑をかけてしまっていることがなによりも痛かった。ドロリ。黒い何かが、国久の中に溢れだす。
こんなことになるくらいなら、二人の側にいない方が良いのかな?哉都には刻がいるし、鈴花にはあの頭脳がある。哉都にも出来て鈴花にも出来る。自分にはなんの力もない。大きい力が欲しいわけじゃない。ただ、
「(……羨ましかった、なんて)」
二人が眩しすぎた。僕は二人と居すぎた。だからきっとこれは……二人に迷惑をかけるくらいなら、僕は……
ムクリ。まるで国久のその言葉を待っていたと言わんばかりにその物体は起き上がった。もちろん、国久には見えていない。暗闇で徐々に大きくなって行くその物体は、まるで大きな影。そうして、心の闇だった。
**
「どういうことだよ!?」
「カナ、落ち着いて!」
「……チッ、うがああああ!!」
バンッ!と哉都が苛立ちを隠さず、机を力任せに叩けば、破裂音のような音が響いた。それに軽く肩を震わせた鈴花の表情も固く、近くにいる刻の表情さえ固かった。哉都の怒りの元凶はなにもかも、刻から提供された情報と目の前にある黒いシミだった。黒いシミがまるで意思を持つかのように机に描いた文字の羅列。その羅列を一瞥し、刻が苦悶の声を漏らす。
「まさか、モノノケが誘拐するだなんて思わないしね……」
『オマエタチノユウジンヲ、ユウカイシタ。カエシテホシケレバ、ココヘコイ』
ミミズが這ったような文字に哉都が拳を振り下ろしかけ、辛うじて踏ん張った。貴重な情報を逃してはならないと思ったらしい。だが、憤慨しているのは見るからに明らかだ。
国久を探して早四十分が経っていた。再び隣の教室に集合し、国久の隣の机を見たらこの様である。事前に教室へ入る際に刻から「モノノケが何かを運んでいるところを見た神王がいる」と云う情報をもらっていた。その神王はモノノケが何を運んでいるのか遠目だったために分からず、警戒する必要もないと考えたらしい。その情報から刻はモノノケが国久を連れて行った可能性もあると考えたらしい。その可能性を言おうとした瞬間、決定的証拠を突き付けられた次第である。哉都が怒るのも無理はなかった。まさか、今話題と言うか警戒しろと言われているモノノケによる誘拐事件に国久が巻き込まれるだなんて、誰にも考えつかないだろうが!!しかもご丁寧に場所まで指名しやがって、余裕か!!
「モノノケによる誘拐事件に関しては八咫烏警備隊から発表はないはずだし……ってことは本当の可能性が高い……どうするんだい、主君」
怒りに震える拳を握りしめる哉都に刻が恐る恐ると言った感じで聞く。そんなの、決まってるじゃんか。彼の表情で全て読み取れる。
「助けるに決まってるだろ!?」
大切な親友を、放っておけるはずがない。例えそれが偽りの力で、傲慢であっても。自惚れであっても。モノノケが国久を誘拐した理由なんて、知りたくもないし、モノノケの事だから分かりたくもない。ただ、取り戻す。助け出す。この日常を、終わらせたくはないから。
バックをひったくり、今にも飛び出して行ってしまいそうな哉都を鈴花が慌てて引き留める。
「待ってカナ!相手はモノノケなのよ?あの時は、前は刻ちゃんのおかげで倒せたけれど、今回はそうとは限らないかもしれないのよ?国久が心配なのは分かるわ。でも此処は八咫烏警備隊に任せましょ……って、言っても無理よね」
しかし、途中から諦めたように苦笑をこぼした。そうして、その感情を静かに露にした。鈴花にだってわかっていた。いや、哉都と同じだった。自惚れていると言われても、大切な親友を助けたいと云う意思に偽りはない。なら、良いでしょう?力強い仲間がいるのだから。後で悔やむくらいなら、行動してからにしたいだなんて。自分達だけじゃ無理だなんて分かりきっている。「八咫烏警備隊に任せるべきだ」と云うのもわかっている。けれど、愚策でも無謀でも動いてしまう。それが人でしょう?
二人の意思を聞き、刻は少し目を見張った。あの時、「待つ」よう言っていた鈴花の言葉に驚きを隠せなかったのだ。これではあの時と真逆ではないか。だが、それ以上に嬉しいと思う自分がいた。
「でも、危ない時は」
「八咫烏警備隊、だろ」
「ええそうよ」
顔を見合せ、クスリとだろう?と笑い合う。そうして二人の真剣な瞳が刻を見上げる。刻に二人の強い意思を否定する理由は何処にもなかった。それ以前に刻だって心配だったのだ。哉都が憤慨し出さなければ、刻が飛び出して行ってしまうところだった。そう、此処はモノノケが巣くう世界。ならば。刻は二人に向かって軽く頭を下げ、云う。
「主君の望みのままに」
「国久を、助けてくれ」
俺達の今の願いは、ただひとつ。それだけ。わかってるだろう?
シュン、と刻を翡翠色の粒子が包み、着物姿へと変化させ、その手に薙刀を握らせる。強い意思を持った左目が怒りと不安と心配と、憎悪と複雑な感情と固い意思を持った哉都と鈴花を貫く。そんな二人に刻は再び頭を下げ、顔をあげると口角をあげて笑う。嗚呼、確かに。
「主君の仰せのままに」
机の上に広がった黒いシミを払いのけた刻は、恐ろしいほどに凛々しかった。
この三人の中で言えば劣等感(?)みたいなのがあってでも溜め込んじゃって(以下略)、連れて行かれそうなのは国久でした。てか、こういうのやってみたかったんだ!なんかごめんよ国久!でも悔いはない!
次回は木曜日です!