第十一ノ契約 影の襲来
哉都達は鈴花の提案で非常口を目指すことにした。大勢が逃げ出した事で正面入り口は混雑しているだろうし、非常口はあまり混雑していないと考えたらしい。二階でもあるため、非常階段もあるだろうと云う考えだった。歩いている間に哉都の体力も回復したらしく、国久の手を借りずとも歩くことが出来るようになった。なったが、まだ少し歩くと目眩を起こすらしく、半ば強引に国久と鈴花の手によって国久の肩に逆戻りしていた。そうこうして非常口を探していると刻が見つけた。鈴花の思った通りと云うか、扉が半開きになっていた。
「さっさと出よっか」
「そうね。はい、国久、カナ」
半開きでギィギィ長年使われていなかったと主張するように音を鳴らす扉を抑え、鈴花が二人を促す。国久は哉都の足取りに合わせてゆっくりと扉をくぐる。足取りは確かにしっかりしているように見えるが、まだ本調子ではないことは二人にしてみれば一目瞭然だ。その前方では刻が薙刀片手に警戒体勢を取っていた。扉をくぐると気持ち良いと云うか少し冷たい風が二人を襲った。その風に思わず目を閉じると、風に乗って多くのざわめきが聞こえてきた。どうやら正面入り口の方ではいまだに怪我人の治療や混乱が続いているらしい。八咫烏警備隊員が大声で指示を出しているのが此処まで聞こえてくる。多分、此処は裏口なのだろう。人はまばらで全員、正面に回り込んで行くのが見えた。国久がゆっくりと歩き出すのに合わせて哉都も手すりを掴んで歩き出す。そのあとに鈴花が続き、刻が続いた。ガチャ、と扉を半開きで閉めた時、いまだに中でモノノケと戦う八咫烏警備隊員達の雄叫びが聞こえて来た。
「あとは降りれば良い感じかな?」
「国久、ありがとう。もう良いよ?」
「駄目よカナ。私達の目はごまかせないわよ~?」
「このっ」と云うように鈴花を振り返った哉都の額に彼女は軽くでこぴんをかます。納得がいかない、という哉都の表情に国久と刻がケラケラと笑う。親友達の目は本当に誤魔化しようがないと改めて感じ、哉都は国久の肩に体重をかけた。その時だった
「「!刻!」」
「刻ちゃん?!」
「!?」
刻の背後に唐突に現れたモノノケの影に三人が一斉に叫ぶ。それに刻が瞬時に反応し、振り返り様に薙刀を振るとモノノケを弾き飛ばした。太陽のもとに姿を現した姿は異様なほどに人間じみていた。
「?!モノノケ?」
「嘘、中だけじゃなかったんだ!?」
「三人共、そこを動かないで!」
手すりに足をかけ、刻がモノノケに向かって高く跳躍した。
「刻!無理はするな!あと、」
「周囲にも人がいる、だろう?」
天高く跳躍した刻に手すりから身を乗り出して哉都は叫ぶ。大方彼の言いたいことが分かっていたのか、刻が空中から叫び返した。それに少し口角を上げたのは気のせいではない。上空でまるで浮遊しているモノノケ。モノノケは酷く人間のようで、真っ黒。その姿は影のよう、そしてその手に持つのは真っ黒に変色した黒い薙刀に似た武器。まるで刻のようにも見えるが、ゆらゆらと陽炎のように揺れる腕や足を見ていると全然刻ではない。スッと空中を蹴り、もう一度高く跳躍すると刻は薙刀をモノノケに向かって振りかぶった。それをモノノケは黒い武器で防ぎ、大きく弾いた。だが、薙刀を短く持っていたためすぐさま手首で回転させ、石突の方を突き刺す。モノノケがその攻撃をかわすために大きく後方へ仰け反り、武器を振り回す。が数秒速く刻が大きく仰け反り無防備にさらされた腹に踵落としを繰り出した。空中で受け身も取れずにモノノケが落下していく。地面に激突する、というところで体を捻り、激突を防ぐようにしてモノノケが着地する。と同時に頭上から刻の重い一撃が振り下ろされる。ガッッキン!!という金属なんだか違うんだか変というかなんというかそんな音を奏でながら、両者の武器が交差する。交差した衝撃で起きた風圧が哉都達のいる階段にまで到達し、扉がギィギィと悲鳴をあげる。
「うわっ!と、風すごー!」
「そんなこと言ってる場合!?」
国久と鈴花が風圧の凄さに叫ぶ。甲高い音を出して刻はモノノケの武器を払いのけ、後方に着地する。するとモノノケが一踏みで刻に一気に迫り、懐に入り込むと武器を突き刺した。その一撃を右に踊るようにして回避し、刻自らも武器を振るう。が余裕綽々とかわされてしまい、唇を噛む。いや、悔しさからではなく、完全には治っていない腹の痛みからだったのかもしれない。モノノケの懐にお返しだと云うように刻は滑り込み、足を振り上げた。モノノケの顎にクリーンヒットし、後方に倒れていくモノノケに刻が追撃を加えるべく、素早く薙刀を振り回した。切れ味鋭い一撃によって片腕がボトリと落ちる。しかし、後方に片腕で一回転して着地したすぐさまモノノケは武器を振り払うように振った。刻も薙刀を振るい、両者の武器が交差する。が、モノノケが薙刀を刻ごと弾き飛ばすと腹に拳を突き出した。腹に攻撃されてはたまったもんじゃない!と体をずらすが、脇腹に凄まじい衝撃の塊が辛うじてかすってしまったらしく、ガクンと体が傾いた。そんな状況をモノノケが見逃すはずもなく、上段から大きく武器を振り下ろした。薙刀を盾にし、衝撃を緩和させるが吹っ飛ばされてしまう。背後に視線を向ければ壁。空中で体を捻り、壁に激突することなく着地し、モノノケに鋭い視線を向ける。その刃物のような視線にモノノケが一瞬たじろいたのは気のせいではないだろう。
「あまり長居はしたくないんだが、なっ!」
バッと壁を蹴り、モノノケに向かって跳躍する。跳躍しながら薙刀を構える刻に武器を構えないわけはないだろう。が、刻はモノノケの上空を滑るように通過してしまった。え、と呆けるモノノケの頭を鷲掴みにし、グルッと無理矢理回しつつ、自分に向けられた攻撃を空中でかわし、足で絡め取る。真っ黒な影で表情が見えないは見えないが、人型であるためか可笑しな方向にねじ曲がった首に不気味というか、糸が切れた操り人形のように見えて気持ち悪い。
「見なくても良いんだよ?」
心配から哉都にそう言えば、彼はニヤリと笑うのみだった。嗚呼、なんて。背中にいる、そこにいる、それがこうも嬉しいなんて知っている。
「刻!さっさとモノノケ倒して帰るぞ!」
「嗚呼、そうしよう」
ニィと笑う哉都に刻も笑い返すと足で絡め取った武器と共にモノノケの後方に飛び退く。とすぐさまモノノケが持っていた武器を突き刺した。振り返りかけていたモノノケの胴体に貫かれた一撃。だが、モノノケも負けるわけにはいかない。
「!?刻!足元!」
「えっ?」
モノノケの足元と刻の足元にまるで絵の具を落としたかのように広がる黒い色。階段から刻とモノノケの接戦を観戦していた哉都が瞬時に気付き叫んだ。というよりも、それを見た途端、危ないと脳が警報を鳴らしたのだ。手すりから身を乗り出して叫ぶ哉都に国久と鈴花が慌てて駆け寄る。その間にも刻とモノノケの足元では黒い影が展開されていた。哉都の声に刻が反応し、足元を見ると黒く染まった地面から同じく黒い手が刻の足を捕らえようと伸びていた。それに背筋に悪寒が走ったのは刻だけではない。すぐさま後方に跳躍し、回避する。が影は執拗に刻を追いかけて来る。それを薙刀で蹴散らし、本体であるモノノケを見る。と刻の攻撃が効いているらしく、その場から動かず、影を動かすのみだった。つまり、最期の抵抗と云うことか。嗚呼、それなら、こっちだって。トッ、とついた爪先に力を入れ、そこで半回転するとモノノケに跳躍した。動けないモノノケは足元から伸びる手と云うか腕を自分の背丈ほどまで伸ばし、刻を迎え撃つ。だが、薙刀の美しくも素早い一線に全て狩り取られてしまうしか結末は残っていなかった。無防備になったモノノケに突き刺さる武器を力強く蹴り上げ、地面に縫いつけると同時に倒れ込むモノノケの首筋に薙刀の切っ先を当て、思いっきり横に引いた。切断された首からモノノケ特有の、形容し難い色の血が噴水のように吹き出、そうしてモノノケは生き耐えた。首筋に食い込んだ薙刀を消し、刻が哉都達を見上げる。哉都がにっこりと笑ったのに刻も暫し戸惑い、にっこりと笑みを返した。途端、腹の掠り傷が痛み出してしまい、腹を抱えたのは言わずもがなである。
そうして、哉都達は撤退と云う名の逃亡ー……なのかも不明だがーをし、帰宅した。やはり、八咫烏警備隊のおかげでモノノケ襲来は負傷者数名で収まったと云う。その代償はもちろん、建物等の損害だったわけだが。
……微妙にスランプです……ただそれだけ、うん
さて、次の投稿は木曜日です!




